会館の正体にゃん
○州都オパルス 商業地区 会館 ホール
会館の扉を潜ると吹き抜けの大きなホールだった。
空間拡張の魔法が使われている。凝った装飾はないが白い石材と魔導具の間接照明で清潔で品のいい空間を作り出していた。その代わり使われている刻印の魔法式はかなり凝ってるのが面白い。
見た感じ役所ではなさそうだ。
そして何に使われていたかは一目瞭然だった。
「にゃあ、お館様、ここって美術館と違うにゃん?」
「そうにゃんね、まさに美術館にゃん」
オレがちゃんとした美術館に入ったのは高校の修学旅行の一回きりだが、その時の雰囲気と良く似ていた。
画廊は行ったことがないので知らないが、ここまでは大きくないと思う。
「にゃあ、絵がたくさん飾ってあるし解説のプレートもあるから、美術館で決まりにゃん」
「ああ、なるほど美術館ですか、たしかにそのようですね」
オレと知識を共有してないマイケルも同意した。
「副会頭の知ってる美術館にも似てるにゃん?」
「王都の王立美術館に一度だけ入れていただいたことがあります。それにお城の一角にある領主様の絵を飾った部屋と似てますね」
「にゃあ、オレも見せて欲しいにゃん」
Kaz★Pon!先生の作品なら見逃せないにゃん。
会館は美術館で間違い無さそうだ。
「お館様、この絵、変にゃん」
「お館様、こっちの絵も変にゃん」
「にゃあ、動いてるにゃん」
飾られてる絵はいずれも一見すると普通の絵なのだが、じっくり眺めてると裸の女が現れては隠れる。
『お館様、それは魔法絵にゃん、芸術と言うよリエロ絵にゃん』
幸いなことに猫耳のひとりが魔法絵に詳しかった。念話で教えてくれた。オレも州都の図書館から得た情報と照らし合わせる。
「間違いなく魔法絵にゃんね、ここにある全部それっぽいにゃん」
「「全部にゃん?」」
「にゃあ、ざっくり探査したところどれも魔法絵の反応があったにゃん」
「お館様、地下はもっとスゴいにゃんよ」
「にゃ!?」
探査魔法で十分にわかるぐらいスゴいみたいだ。
「これは領主様に知らせた方がいいにゃんね」
エロ漫画家だったKaz★Pon!先生ならオレたちより詳しいはず。
「私もそれが良いかと思います。カズキ様は魔法絵にも造詣が深いはずですから」
「にゃあ、領主様は専門家だったにゃんね」
さもありなん。猫耳経由で公式に知らせるよりも念話で元エロ漫画家のカズキに直接知らせた。
『にゃあ、オレにゃん、いまいいにゃん?』
『うん、大丈夫だよ』
『例のただの物件の扉を開けたらこんなのを見付けたにゃん』
魔法絵の映像をカズキに送った。
『マコト! それって魔法絵じゃないか!? お宝だよ! いまから直ぐに行くから待ってて!』
『にゃあ、了解にゃん』
領主様は冷やし中華の研究を投げ出して魔法馬に跨った。冷やし中華の開発はリーリが中心に作業を進めるらしい。
○州都オパルス 商業地区 会館 ギャラリー
「まさかここまで簡単に結界を解くとは思って無かったよ」
カズキはふたりの護衛を連れて本当に超特急でやって来た。
護衛はどちらも魔法剣士だ。
「おお、紛れも無く魔法絵ですな」
エイハブ・マグダネル博士もいる。
「エイハブ博士も詳しいにゃん?」
「魔法絵にも造形が深いからね」
「エロ絵の専門家にゃん?」
「いや芸術だよ」
「にゃあ、地下の絵を見たら芸術なんて言えないと思うにゃん」
「マコトは見たの?」
「魔法で探索しただけにゃん、Kaz★Pon!先生の作品よりヤバいにゃん」
「マコト、エロも突き抜ければそれは芸術なんだよ」
「にゃあ」
以前のオレなら興味津々だったろうが、いまはさっぱり。
『ああ裸にゃん』ぐらいの感想しか出てこない。
普通、同性の裸とはそういうものだ。
「カズキ様! これはレオナルド・ダ・クマゴロウの作品ですぞ!」
エイハブ博士が興奮した声を上げた。
「な、何だって!」
カズキも大興奮だ。
嫌にゃんね、男子は。
「これも、これも、これも!」
「おおお、本当だ!」
『レオナルド・ダ・クマゴロウにゃん?』
何にゃんそのフザけた名前は?
『転生者だろうね、一〇〇〇年前ぐらいの人間だからいまも生きてるかは不明だけど』
カズキが念話で教えてくれた。
『一〇〇〇年前の人間が生きてる可能性があるにゃん?』
『ボクたちは不老だからね、不死ではないよ、何処かに隠遁して生き延びてる可能性はあるんじゃないかな?』
『一〇〇〇年もエロ絵を描いてたらきっとスゴいことになってるにゃんね』
『たぶん、我々には理解できない世界になってるよ』
『にゃあ、ここに有るのでさえ理解できないオレには、芸術と認識できないにゃん』
『メンタルが六歳の女の子ならそうだろうね』
「マコト、これをどうするつもりだ?」
今度は普通に喋った。
「にゃあ、どうするって、最初からここは銀行にするつもりにゃん」
「これは魔法絵画の歴史を塗り替える大発見ですぞ! わたくしはこのままの状態で保存することを具申いたします!」
エイハブ博士は興奮冷めやらずだ。
「にゃあ、それは困るにゃん、ここは銀行にするにゃん」
「わかった、マコトには別の土地を用意するから、ここは譲ってくれないか?」
「お幾らにゃん?」
「博士、幾らになると思う?」
「かなりの金額になるかと、大金貨五万枚から六万枚で収まれば御の字でしょう」
「かなりの値段にゃんね」
「当然です! レオナルド・ダ・クマゴロウの作品は大金貨数百枚がザラですから、それがざっと見て回っただけで二〇〇点以上、地下には更に値の張りそうな作品がありそうですから、いったい何処まで伸びるやら」
「ひとまず地下を確認しよう」
「そうですな、正確な見積もりを出すにも確認は必須でしょう」
「そうにゃんね」
「マコトはダメだぞ」
「にゃ?」
「ええ、未成年は立入禁止です」
「そういうわけだからマコトたちはここで待っていてくれ」
「にゃあ、わかったにゃん、待ってるにゃん」
幾ら中身がアラフォーでもこの成りでは世間体が悪いか。カズキならわかってくれるだろうが護衛と博士は事情を知らない。
許可したら六歳児にエロいものを見せて喜ぶ変態のレッテルを貼られてしまう。
「ウチらがお館様の代わりに見て来るにゃん」
「マコト様の従者殿もヤメた方がいいですぞ」
「うん、刺激が強すぎる」
「にゃあ、おまえらも待つにゃん」
『それにわざわざ行かなくてもわかるにゃん』
念話で語りかける。
『にゃあ、それもそうだったにゃん』
領主様と博士と護衛が地下に降りて行く。
護衛の一人はオレたちと一緒に地上階に残り、副会頭のマイケルは商業ギルドに戻って行った。
『地下の絵は裸の女が絵の外に出て来るにゃんね』
『娼館に行く手間が省ける便利道具にゃん』
『にゃあ、領主様たちが直ぐに戻って来るにゃん』
『枚数を数えただけにゃんね』
一〇分も経たずに階段を駆け上って来る領主様一行。
いずれも頬を上気させてる。
「どうだったにゃん?」
「マコトは当たりを引いたみたいだよ」
「にゃあ?」
「レオナルド・ダ・クマゴロウの幻の連作『後宮画シリーズ』のほぼ全作品が地下に有りました」
博士が当たりの内容を教えてくれる。
州都の図書館に資料はあったがあまり突っ込んだ内容ではなかったので、概要が検索できた程度だ。
「にゃあ、見積もりはいくらにゃん?」
「全部で大金貨一二万枚は下らないかと」
エイハブ博士がざっくりとした金額を見積もった。
「にゃあ、倍になったにゃんね」
「正確な見積もりは後日出すよ、だからひとまずここは現状維持で頼む」
「仕方ないにゃんね」
「新しい土地なら、ボクの手持ちのここをマコトにあげるよ」
カズキは商業地区の地図を取り出し、オレに見せてくれる。
場所はここよりも冒険者ギルド寄りだ。
「状態はどうなってるにゃん?」
「更地になってるよ」
「大きさはどうにゃん?」
「こことほぼ同じぐらいあるよ」
ブロックの四分の一ってことだ。
「にゃあ、銀行を作るには申し分ない大きさにゃん、他に何かあるにゃん?」
「ちょっとね、どぎつい呪いが掛かってるかな?」
「にゃあ」
「でも、無料だ」
「仕方ないにゃんね、次は何が出て来ても取り替えないにゃんよ」
「わかってる」
「にゃあ、もしかしてオパルスってワケアリの土地が多いにゃん?」
「いや、それはないよ、王都なんか行ったら一ブロック立ち入り禁止の呪われた地区とか普通にあるからね、オパルスは可愛いものさ」
「歴史のある街ほど瑕疵のある土地が増える傾向にありますな」
マグダネル博士が補足してくれた。
○州都オパルス 商業地区 空き地
カズキがその場で出してくれた書類を持ってオレたちは次の土地に向かった。
「お館様は今日もボロ儲けにゃんね」
「にゃあ、オレが意図してるわけじゃないにゃんよ」
「呪われた土地にお宝が眠ってるにゃんね」
新しく手に入れた土地は四方を高さ二メートルほどの古びたレンガの塀で覆われた見た目は特に特徴のない場所だった。
「入口がないにゃんね」
塀に添って多重に結界が張ってあった。
最も古いものはオリエーンス連邦のモノだ。つまりさっきの美術館よりもずっと古いイカレた土地ってことだ。結界は外側に向かって新しくなってる。
「お館様、これってヤバさでは龍の躯の上を行くと違うにゃん?」
「にゃあ、やっぱりそう思うにゃん?」
「古いオリエーンス連邦の結界はかなり深いところまで続いてるにゃんね」
「これは地下から行った方が良さそうにゃん、地面の下に何かあるにゃん」
「にゃあ、一旦ホテルに戻るにゃん」
魔法蟻には結界近くまでトンネルを掘る様に指示を出した。
○州都オパルス クリステル・オパルス・オルホフホテル 制限エリア オパルス拠点
ホテルに戻ると地下拠点では既に準備が出来ていた。
追加の猫耳が三人加わって蟻の背中に跨ってトンネルを進む。
結界の近くをトンネルが通っていたのでほんのちょっと掘り進めるだけで到達できた。
○州都オパルス 商業地区 空き地 地下
「呪いの正体は、今回も高濃度のマナで間違いないにゃんね」
「にゃあ、お館様の見立て通りだと思うにゃん」
「「「にゃあ!」」」
猫耳も全員同意した。
「問題は、龍の躯を超えるマナの濃さにゃん、猫耳ゴーレムを超えてるにゃん」
結界が無かったらアルボラ州が魔獣の森に沈んでるレベルだ。
「この世界、こういった危ないものがゴロゴロしてるにゃんね」
「にゃあ、お館様、これって報酬を取るレベルの仕事と違うにゃん?」
「「「にゃあ」」」
「オレたちは報酬代わりに濃厚なマナを作り出してる何かを丸ごと頂戴するから収支はプラスにゃん」
「流石、お館様にゃん」
魔法蟻たちが縦坑を作る。魔法を併用してるから恐ろしく早い。新しいトンネルは結界に添って垂直に下る。
地表から八〇〇メートルほど掘った地点に呪いの原因と思われる物体を確認した。おいおい深く埋めてこれだけのマナが地表にまで出てるのか。
「形はドラゴンゴーレムにゃんね」
探査魔法で結界の向こう側にある物体を調査する。そのドラゴンゴーレム全体からあり得ない量のマナが放出されていた。
「魔力炉ではないにゃんね」
ちょっと期待したが、残念ながらこいつはマナを撒き散らすだけで魔力に変換してくれるわけではない。
「お館様、これってエーテル機関そのものみたいにゃん」
「ドラゴンの形をしたエーテル機関にゃん」
「もしくはエーテル機関で出来たドラゴンゴーレムにゃんね」
「にゃあ、そうみたいにゃん」
猫耳たちが観察したとおり埋まっているドラゴンゴーレムはエーテル機関で構成された身体を丸めていた。
「お館様の聖魔石の魔法馬と同じにゃんね」
「にゃあ、もっと魔力が欲しいからエーテル機関を大きくしてみましたという考え方、オレは嫌いじゃないにゃん」
「でも、お館様の馬と違って未完成にゃんね」
「そうにゃんね、ちゃんと完成してたらこんな場所に埋まってないしマナも吐き出してないにゃん」
ドラゴンゴーレム型のエーテル機関が魔力では無くマナを作り出してるのは魔法式が未完成だからだ。力技でエーテル機関を大きくしたはいいが制御することができなかったのだろう。
設計の途中でわかりそうなものだが、実際に起動させるまで不具合に気付かなかったらしい。
「手に負えなくなったので廃棄したっぽいにゃん」
地下深くに埋めて厳重な結界で囲ったあたり当時の慌てぶりが目に浮かぶ。この結界はなかなか優れもので高濃度のマナもしっかり遮断してくれる。
「お館様、このドラゴンゴーレム型のエーテル機関をどうするにゃん?」
「にゃあ、オレはちょうど魔力をバカ食いするものを持ってるにゃん」
「龍の躯に埋まってた魔法龍にゃんね」
「そうにゃん」
州都のホテルを造るときに手に入れた巨大なドラゴンゴーレムだ。これをまともに動かすのには膨大な魔力を必要とする。
「にゃあ、こいつを格納空間に放り込んで魔法龍と融合させるにゃん、ドラゴンゴーレム型のエーテル機関の魔法式を書き直すから、おまえらも手伝うにゃん」
「「「にゃあ!」」」
未完成のまま廃棄されたドラゴンゴーレム型のエーテル機関を分解してオレの格納空間に入れた。作り物なので取り込むこと自体は簡単だ。
オレの格納空間でマナをあふれさせるので、簡易的に時間を止めた。
結界内に溜め込まれていた濃厚なマナも一緒に取り込んで呪われた土地を解放する。長い年月に亘って蓄積されたマナは液状化して結界の底に溜まっていた。精霊情報体に記載はあったが初めて見た現象だ。
○州都オパルス 商業地区 空き地
幾重にも土地を隔離していた結界を書き換えて統合しオレたちは地上に出た。地表は粒子の細かい砂に覆われている。
「何もないにゃんね」
塀の内側は草すら生えて無かった。マナも濃すぎると森すら形成できなくなるらしい。
「にゃあ、お館様、魔法龍の調子はどうにゃん?」
猫耳のひとりに問い掛けられる。
「いまドラゴンゴーレム型のエーテル機関とマッチング中にゃん、作られた時代が近いから明日の朝には融合させられそうにゃん」
猫耳たちにも協力があっても新たな魔法式の構築にはそれだけ掛かりそうだ。
「出来上がったら自分が神だとか言い出したりしないにゃん?」
「にゃあ、それは心配にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちはありがちなシチュエーションを危惧する。
「それはないにゃんね、身の程を知るぐらいの知性は持ってるはずにゃん」
オレの中の巨大な魔法龍は、賢者の様に落ち着いたヤツなのでいきなりキャラが変わるとも思えない。
「それに今回のドラゴンゴーレム型のエーテル機関を融合させても神を名乗るほどの魔力は得られないにゃん」
オレの格納空間から長時間、外に出るにはまだまだというわけだ。
「お館様、銀行の建物はどうするにゃん?」
「招き猫がいいにゃん!」
猫耳のひとりがオレと共有してる知識から情報を引っ張り出した。
「にゃあ、千福万来にゃんね」
オレも悪くないと思う。
「金色にするにゃん?」
「にゃう、危なく同意するところだったにゃん、金色は近衛軍が来そうだからダメにゃん」
「だったら白がいいにゃん」
「にゃあ、黒も捨て難いにゃん」
「赤もいいにゃん」
「にゃあ、基本は三毛にゃん」
「ウチも三毛がいいにゃん」
「「「ウチもにゃん」」」
猫耳たちの意見は三毛模様で決まった。ちなみにこちらの猫も日本で見かけた猫たちとそう変わらなかった。
人に飼われてる犬猫は森の獣と違って凶暴じゃない。
アポリト州のヴェルーフ山脈の向こうにいた野生のタヌキみたいなおとなしい動物もいることはわかってるので、そういう可愛いヤツらは積極的に保護していきたい。
「にゃあ、三毛と決まったところで一気に作るにゃんよ」
「「「にゃあ!」」」
この土地に溜め込んだマナを使い州都オパルスの商業地区の一角に巨大な招き猫が出現した。可愛くデフォルメされてるので大きくても威圧感はない。
『銀行の名前だけど、カズポン銀行にしてもいいにゃん?』
領主様のカズキに念話でお伺いを立てた。
『何故、銀行の名前にボクのペンネームが出てくるんだい?』
『にゃあ、お世話になってる人の名前を使うのがいいと思ったにゃん』
『カズポンなんてこっちじゃ誰も知らないよ、ストレートにマコト銀行でいいんじゃないか? ボクが命名したんだから変えちゃダメだからね』
『にゃ!?』
いきなりの命名権発動だ。
「「「ウチらもそれでいいにゃん」」」
猫耳たちも賛成してカズキと念話で話してるうちに銀行の名前がマコト銀行に決まってしまった。
○州都オパルス 商業地区 マコト銀行
銀行の従業員は猫耳たちと猫耳ゴーレムで賄う。
『『『ニャア』』』
精霊情報体から得た金融機関の知識に現行社会の大店の商会と裏社会の知識が融合してる猫耳たちにはいい商売になると思う。
そうはいっても、お客さんも強盗も銀行の業務が知れ渡るまでは来ないだろうから、そう慌てなくても大丈夫だ。
「営業に行って来るにゃん」
「ウチも行くにゃん」
「ウチもにゃん」
建物の仕上げが済むと猫耳たちが次々と出て行った。やる気満々だ。
銀行が早くも稼働を開始したのを見届けたオレは、猫耳たちに後を任せてホテル裏に作った牧場に向かった。




