森に戻るにゃん
○帝国暦 二七三〇年〇四月十四日
「おはよう」
「おはようなのです」
それぞれのテントから同じタイミングでキャリーとベルが出てきた。
「にゃあ、おはようにゃん、朝食を用意するから顔を洗ってくるといいにゃん」
「「は~い」なのです」
ふたりがテントに戻って顔を洗ってる間にテーブルにパンとサラダとソーセージにスープにジュースを並べる。
「よく眠れたにゃん?」
「うん、宿屋よりもずっと快適だったよ」
「軍隊に戻るのが辛くなりそうなのです」
「それはまずいにゃんね、普通のテントに戻すにゃん?」
「やめて!」
「軍隊生活は甘んじて受け入れるのです」
三人で朝食を食べ始める。
「今後の予定はどうするにゃん?」
「それなんだけど、マコトは本当に私たちと州都に行って大丈夫なの?」
「問題ないにゃん」
「だよね、昨日のアレを見たら大丈夫か」
「大丈夫なのです」
「プリンキピウムの滞在は、今日を入れてあと四日かな」
「そんなところなのです」
「それから州都に向かうにゃんね」
「最初の計画と違ってマコトに馬とテントがあるから、時間的にはかなり余裕が出来たんじゃないかな」
「早く帰るぐらいで進めた方がいいにゃんよ」
「それが良さそうなのです」
「マコトは州都からの帰り道は気を付けてね、私たちはこれでも王国軍の兵士だから、襲われる可能性は低いけど、マコトは違うから」
「盗賊ってそんなにいるものにゃん?」
「はっきり言って多いよ」
「州によって差はあるのです、でもマコトが考えているより多いと思った方がいいのです」
日本では、最初から殺しに来る強盗はそんなに多くないし、特に行きずりの一般人が襲われる可能性はかなり低い。
「今回、盗賊に遭ったらどうすればいいにゃん?」
「前にも説明した通り、殺すのがベストかな、捕まえれば犯罪奴隷として売れるけど今回に限ってはお勧めしない、マコトは一人なわけだから」
六歳児対盗賊では考えるまでもないか。
「マコトなら銃で撃って、その間に逃げるのがいいかな」
「相手を無力化するにゃんね」
「軍のマニュアルでは、殺した方が次の犠牲を防ぐので良いとされてるのです」
「にゃあ、獣と扱いが同じにゃん」
「盗賊を専門に捕まえる人たちもいるけど、数はそんなに多くないし、別に襲われている人間を助けてくれるわけじゃないから」
世知辛い世界にゃん。
「ギルドにも常時依頼が出てるのです」
「Cランク以上だったりするけど」
「Fランクのオレには関係ないにゃんね」
「捕まえて犯罪奴隷に売るのは問題ないのです、守備隊でも冒険者ギルドでも好きな方に売れるのです」
「冒険者だったら冒険者ギルドに売るのが面倒が少ないよ」
「にゃあ、機会が有ったらやってみるにゃん」
「どんな危険があるかわからないから、絶対に無理は駄目だからね」
「駄目なのです」
ふたりに念を押されまくった。
朝食の後は、ふたりの魔法馬を格納したままの状態で改造する。
「馬の魔力をはっきりと感じるのです」
「ベルだったら、魔法馬から魔力を分けて貰えるにゃんよ」
「人には言えない秘密が蓄積されるのです」
「いいな、私も魔法馬から魔力を分けて欲しい」
「キャリーにも魔力が回ってるにゃん」
「魔法が使えないと宝の持ち腐れだったね」
「身体強化に使うといいのです」
「身体強化にゃん?」
「魔力はあるけど、魔法が使えない人の為の技なのです」
「どうやるにゃん?」
「簡単なのです」
オレの額にベルが額を当てた。
「にゃああ、知識が流れ込んで来るにゃん」
魔力による身体強化は、初めてこの世界に落ちた来た時、オオカミをやっつける時に使った風の魔法を手足に乗っけた時の上位版みたいだ。
「ベル、私にも教えて」
キャリーとベルが額を合わせる。
「おお、なるほどね、うん、いまなら私にも使えそうだよ」
空手の型みたいのを披露してくれる。
突きとか蹴りが光った。
「人目に付くところでは使用禁止なのです」
「ええっ、何で!?」
「キャリーの魔力が増えたことを説明するのが難しいのです」
「あーそうか、マコトに貰った魔法馬のことは詳しく説明できないものね」
「最終的な護身用なのです」
「そうにゃんね、面倒ごとに巻き込まれないように上手く使って欲しいにゃん」
「了解しました」
キャリーが敬礼した。こっちにもあるにゃんね。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
テントやテーブルを片付けてオレたちは、冒険者ギルドの受付嬢のセリアに裏庭を使わせてくれたお礼を言った。
「次はいつ戻ってくるの?」
「私たちは森から真っ直ぐ王都に帰るのです」
「次に来られるとしたら二、三年後かな」
「オレは州都まで行って引き返して来るにゃん」
「ネコちゃん一人でプリンキピウムに戻って来るの?」
「そうにゃん」
「気を付けてよ、ちゃんとした乗合馬車に乗らないと大変なことになるから」
「ちゃんとしてない乗合馬車があるにゃん?」
「荷馬車に格安で乗せてやるとか言葉巧みに近付いて、そのまま攫われたり殺されたりするらしいよ」
「にゃあ、酷いヤツがいるにゃんね、オレは自前の馬で戻って来るから大丈夫にゃん」
「ネコちゃん、魔法馬も持ってるの?」
「にゃあ」
「それはそれで気を付け無くちゃダメよ、悪い大人がいっぱいいるんだから」
「気を付けるにゃん」
○プリンキピウム 冒険者ギルド前
セリアとデニスは、マコトたちをギルドの前で見送った。
「ネコちゃんたち本当に魔法馬に乗ってるんだ」
セリアは、疑っていたわけじゃないが予想以上に立派な魔法馬だった。この辺りではまず見たことがない。見栄っ張りの町長の魔法馬だってもっと貧相だ。
「ネコちゃんは、王都の宮廷魔導師の関係者で間違いないか」
デニスが腕組して呟く。
「えっ、ネコちゃんて貴族なの?」
宮廷魔導師は貴族として遇される為、宮廷魔導師はイコール貴族だ。
セリアが横に立つデニスの顔を見る。
「ギルマスが、ネコちゃんのこと王都の宮廷魔導師のお家騒動で捨てられたんじゃないかって言ってた、あたしもそう思う、魔力が強いだけならまだしも高度な魔法の教育を受けているもの」
「あんなに凄い娘を捨てちゃうんだ」
「当主候補からしたら、身内にネコちゃんがいたら絶対に目障りな存在じゃない? 自分の地位をおびやかすわけだし」
「だからって王都からプリンキピウムの森まで運んで捨てちゃうんだ」
「殺さなかっただけマシと思ってるか、何かしらの護身の魔導具で守られていて殺せなかったとかね、それにプリンキピウムの森ってそういう場所だし」
「ああ、あるかも」
過去に身元不明の貴族らしい護身の魔導具を持った遺体が何度か発見されていた。魔導具が高く売れることから冒険者が遺骨と一緒に拾って来るのだ。
「ネコちゃん、無事に帰って来てくれるかな?」
セリアは、マコトが貴族と聞いて急に心配になった。
貴族の幼子が一人で歩いていたら間違いなく狙われるし、盗賊だって積極的に襲撃を掛けてくる。
「大丈夫じゃないかな、そんな気がする」
デニスは、はっきりと言い切った。
「そうかな?」
「少しでも危なそうなら、あたしが州都まで付いて行ったけど、少なくともそんなところは見えなかったもの」
「デニスはネコちゃんに意外と肩入れしてたんだ」
「当然じゃない、ネコちゃんは間違いなく高位の冒険者になるし、って既に支部のエース級だよ、応援するに決まってるじゃない」
「それってさ、州都に行ったら本部に囲われちゃうんじゃない? こっちで買い取れない分をあっちで売るんでしょう?」
「……しまった」
デニスは慌ててギルマスの執務室に走った。
○プリンキピウム 西門
オレたちは冒険者ギルドを出ると馬に乗って街の門を目指した。
「こうして魔法馬を歩かせているだけで、昨日と違いを感じるのです」
「うん、力強く感じる」
三頭の魔法馬はパカポコと進む。
門では数台の馬車が外に出る手続きをしているところだった。
「朝から随分と混んでるにゃんね」
貨物用の馬車が五台に乗合馬車が一台だ。
「にゃあ、あの行列でまとまって行くにゃんね」
「そうなのです、まとまって行くのが普通なのです」
「盗賊も人数を揃えないと襲えないから安全性が高まるんだよ」
行列を作っていた一行は、一度に全部が出て行った。
「これでいつもの門にゃん」
「おお、今日は早いなマコト、魔獣の調査隊ならもう出て行ったぜ」
「おっちゃん、おはようにゃん、調査隊も気合が入ってるにゃんね」
「おまえらは行かなくていいのか?」
「同行不要と言われたのです」
「王国軍の軍人さんに仕事を頼むといろいろ面倒か」
「この場合だとギルドが私たちの指揮下に入らなきゃならないからね」
「私たちも面倒なことになるのです」
「にゃあ、ややこしいにゃんね」
「魔獣がまた出てきたら、面倒とも言ってられないけどな、おっとやべぇ、隊長が来た、じゃあ気を付けて行って来いよ」
「にゃあ、今度は何日か後に戻って来るにゃん」
オレたちも揃って門の外に出た。
○プリンキピウムの森 西門近隣
「どっちに行くにゃん?」
「昨日が南方だったから、まだ行ってない南東方面とかどう?」
「ギルドの地図によると大型の獣が出る危険地帯って書いてあるにゃん」
地図は昨日、獲物の査定をしている間に売店で買った。
「油断は出来ないにしても魔獣ほど危険ではないと思うのです」
「にゃあ、決まりにゃんね」
オレたちは、危険な南東エリアに向かって馬を走らせた。
「わっ!? 昨日よりずっと速いよ!」
「それに安定してるのです」
森の中を三頭の魔法馬が駆ける。
「本来の形に近いのがこっちにゃん」
結界が守ってるので、風切音ひとつしない。
「前方にクロヒョウなのです」
「流石に危険地帯が近いだけあるね」
「このまま突っ込むにゃん」
「了解なのです」
キャリーの馬が先頭に立って襲い来るクロヒョウに突っ込んだ。
「上に別のクロヒョウだよ!」
木の上からも襲い掛かって来た。
「構わずこのままにゃん!」
『『ギャアアア!』』
二匹の連携は見事だったが、どちらも馬の防御結界に弾かれて絶命した。
死体はオレが格納する。
「スゴいね」
「防御結界のレベルも上がったにゃん」
「いまの人間が当たった場合はどうなるのです?」
「オレの銃で撃ったみたいに素っ裸になって気絶するにゃん」
「じゃあ、盗賊が出たらいまみたいに突っ込んじゃえばいいんだね?」
「そういうことにゃん」
○プリンキピウムの森 南東エリア(危険地帯)
目的のエリアまで銃を使わずに到着した。南東エリアは奥に進むまでもなくいきなり危険地帯だ。素人にはオススメしないと地図に書いてある。
「魔法馬で走り回っただけで、かなりの数を仕留めてしまったのです」
「馬の結界、凄すぎだよ」
ベルとキャリーも効果実感だ。
「狩りというより出会い頭の事故といった感じだったにゃんね」
それでもまだ地図に注意書きされてる様な大物には出会っていない。
「どれほど大きいのがいるか楽しみにゃん」
今度は慎重に森の奥に向かってゆっくりと魔法馬を進ませる。
道らしい道も無くなってしまった。
「ここはマナが他の場所より濃いにゃんね、魔獣のマナほどじゃないけど普通の人間なら頭痛を起こすレベルにゃん」
マナの濃度と身体の影響に付いては精霊情報体に記載があった。
「私たちは魔法馬の防御結界に守られているから平気なんだね」
「にゃあ、そういうことにゃん」
「濃いマナは、強い獣を引き寄せる効果があるのです、だからここが危険地帯になったと推測されるのです」
「原理は魔獣の森と一緒か、棲み分けが明確なんだね」
「そうじゃなかったら、プリンキピウムは遠の昔に消えているのです」
「だろうね」
「にゃあ、ただでさえ強い魔獣が多いプリンキピウムの森で、更に危険地帯にゃん、気合が入るにゃん」
「そうなのです、強い獣たちが群がって来ると予想されるのです」
「気を引き締めて行こう」
「おーにゃん!」
危険地帯に入り込んで大して進んでいないが、探査魔法にお目当ての反応が有った。
向こうから近付いて来る。
元の世界では、狩りはハンターが必死に獲物を探して仕留めるものだと思っていたが、こっちは真逆だ。
ただ歩き回っているだけで獲物からオレたちに寄って来る。
獣からしたらオレたちが美味しそうな獲物なのだろう。
オレたちも獣もここでは対等というわけだ。
「大きいのがこっちに来るにゃん」
「今度は銃を使っていいんだよね?」
キャリーが許可を求めた。
「いいにゃんよ、ふたりの銃も改造してあるから試して欲しいにゃん」
キャリーとベルはそれぞれ格納されていた銃を取り出した。
「本当だ、透き通ってる、ちらっと見ただけでもとんでもない品だってわかるよ」
「銃から半端じゃない魔力を感じるのです」
「昨日の魔獣レベルなら十分イケるはずにゃん、でも魔法馬の結界なしで立ち向かうのはヤメた方がいいにゃんよ、マナで先にやられるにゃん」
「いまのところ魔獣とやりあう予定はないから大丈夫だよ」
「機会が有っても基本は逃げるのです」
「それがいいにゃん、昨日の鎧蛇はたまたま弱かった可能性もあるにゃん」
「魔獣の生態は謎に包まれてるのです」
「昨日は違ったけど魔獣の森では、一体狩ると次々と魔獣が湧いて来るらしいから気を付けた方がいいよ」
「にゃあ、魔獣が数で押して来るとヤバいにゃん」
「だから、マコトも無理はしないこと」
「わかったにゃん」
オレたちは馬の足を止めて獣が近付くのを待った。
「獣は正面の大きな木の後ろに隠れてるのです」
「撃ってもいいにゃんよ」
「了解なのです」
ベルが正面の大木に向かって引き金を引いた。
大木がブルブルと振動する。
金色の影が大木の後ろから飛び出した。もう別の大木の影に隠れた。
「外したのです」
「にゃお、違うにゃん、ヤツはベルの銃弾を避けたにゃん、恐ろしく身体能力の高いヤツにゃん」
「獲物に衝撃が伝わる前に大木の幹が振動したからね」
「それでも避けたことに違いはないのです」
「ベル、ヤツを挟み撃ちにするよ」
「わかったのです」
「マコトは援護よろしく!」
「了解にゃん」
キャリーとベルが揃って魔法馬を走らせる。
獲物が隠れてる大木を挟み込む。
オレも銃を構えた。
『ガアアア!』
金色の影が、キャリーに襲い掛かった。
「いただき!」
弾丸に金色の影が跳ね飛ばされて地面に倒れた。
「キャリーの一発で仕留めたのです」
「この銃スゴいよ、サーベルタイガーを一発なんて!」
「にゃあ! 本当にサーベルタイガーにゃん!」
黄金の毛皮に鋭く長い牙、そして巨体。
「仕舞うにゃん」
サーベルタイガーを格納した。
どういう生態系か知らないが、地球で滅亡した動物もこっちではブイブイいってるみたいだ。
「にゃ、足音がするにゃん」
間髪入れず次の獣の登場だ。
「私たちの存在が獣たちに気付かれたのです」
直ぐに次のが来るって魔獣の森と同じシステムなのだろうか?
「うん、複数でこの足音は二足歩行だね、座学で何度もヒヤリングをやらされたから間違いないよ」
キャリーは自信たっぷりに断言した。
「二足にゃん?」
「恐鳥で間違いないと思われるのです」
ベルが声を低くする。
「にゃ、恐鳥って、もしかしてでっかい鳥の恐鳥にゃん?」
地球では大昔に滅んだ恐竜みたいな鳥だ。
「うん、それだよ、マコトも詳しいね」
「にゃあ、本物は見たこと無いにゃん」
「私たちも直には見たことはないのです」
「見たら最期だからね」
オレも探知する。
恐鳥の数がわかった。
「全部で一〇羽いるにゃんね、一羽、二羽って数えるのを躊躇する大きさにゃん」
恐鳥の群れは脇目も振らず真っ直ぐこっちに来る。
「来たのです」
そして遂に肉眼で捉えられる位置に現れた。
「来た、うわ、本当に大きい!」
「想像以上なのです」
キャリーとベルも初めて目にする実物に驚いていた。
「にゃお、ほとんど恐竜にゃん」
もちろんオレもだ。
恐鳥が木々の間から次々と姿を現す。恐竜に羽毛とくちばしが付いてる感じだ。
大きさといい動きといい映画で見た恐竜とそっくりだ。
実際の恐竜は、のっそり動いてたなんて話を生前ネットで見たが、こっちの恐鳥はかなり機敏だ。
「奴らは無秩序に集団で襲って来るのが特徴なのです」
「だからこっちも銃や魔法を撃ちまくるのが基本だよ」
ふたりとも銃を構えるとフルオートで乱射した。
「デカいから無秩序でもヤバいにゃん」
『『『ガアァァァァ!』』』
耳が痛くなる鳴き声を上げこちらに突進する恐鳥たち。
前の恐鳥が倒れても直ぐに後ろの恐鳥が死体を乗り越えてくる。
怖ぇぇ!
「恐鳥には毎年少なくない犠牲者を出してるのです」
「この迫力なら納得にゃん!」
横から突進してきた恐鳥が魔法馬の防御結界にぶち当たってくちばしを折ってズルっと倒れる。
続く恐鳥には電撃を浴びせた。
反対側は銃をフルオートにゃん!
時間にすれば、五分も経って無かったが体感はもっと長く感じた。