冒険者ギルドに報告にゃん
○プリンキピウム 西門
昨日決めた予定より数時間遅れてプリンキピウムの門を通り抜けた。
「よう、お嬢さんたち景気はどうだい?」
「まあまあにゃん」
「緊急な報告があるので失礼するのです」
「おっ、おお、行ってくれ」
守備隊のおっちゃんの緩い会話をベルが遮って冒険者ギルドに向かった。
「途中でお昼を食べたらきっと怒られるよね」
「間違いなく怒られるのです」
「ひとまず報告にゃん」
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
ギルドに到着したオレたちは、受付嬢のセリアに緊急情報があることを告げた。
「緊急情報ですか、どういった内容でしょう?」
セリアが声を潜めた。
「魔獣の目撃情報なのです」
打ち合わせでベルが代表してしゃべることにした。
オレとキャリーではボロを出す可能性がある。
「ま、まじゅう、わ、わかりました、少々、お待ち下さい!」
直ぐにギルマスのデリックのおっちゃんが出て来て手招きした。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ギルドマスター執務室
ギルマスの執務室に三人で入った。
「魔獣とは穏やかじゃないな」
デリックのおっちゃんは地図をテーブルに広げた。
「どの辺だ」
「ここなのです」
ベルが目撃地点を指差した。
「街から三〇キロってところか、おまえらそんなに深く潜ったのか?」
「にゃあ、馬を使ったにゃん」
「森の中を魔法馬で走ったのか!?」
「にゃあ」
「メチャクチャやるな、まあ、いまはそのことはいい、魔獣の種類はわかるか?」
「これなのです」
ベルが魔法で、在りし日の魔獣の姿を投写して見せる。ドラレコみたいな魔法にゃん。
「鎧蛇と思われるのです」
見たまんまの名前だった。
「二〇年前にこの街を襲った奴と同型か、侵入経路も同じと来てやがる、同じ個体の可能性があるな」
「二〇年前なんてつい最近にゃんね」
「最近かな?」
「生まれる前の出来事なのです」
オレと違ってふたりはそうなるね。オレがまだ三流私大の学生だった頃か。まさか二〇年後こんなことになるとは夢にも思わなかったけどな。ちょびっとだけ付き合った彼女はいま何をしてるやら。オレほど変わり果てた姿になってはいないだろうけど。
「それで魔獣はどうした?」
ギルマスの声に現実に引き戻される。
「反転して魔獣の森の方向に戻って行ったのです」
「戻ったか、ひとまず安心だな」
ギルマスは椅子にどかっと腰を落とした。
「おまえらは良く無事だったな、そこで喰われたら、ヤツはもっと人間を求めてきっと街に来てたはずだ」
「マコトの結界のおかげで見付からずに済んだのです」
「そうか、マコトか」
「次も通用するかはオレもわからないにゃん」
「試す機会がないことを祈るぜ」
「報告は以上なのです」
ベルが上手く切り抜けてくれた。
「明日、調査をギルドで行う、場所が特定されてるからおまえらの同行は必要ない」
「了解なのです」
「おっちゃん、今日ギルドの裏にテントを張ってもいいにゃん?」
「テントか? ああ好きにしろ」
○プリンキピウム 冒険者ギルド 廊下
ギルマスの部屋を出たオレたちは、買い取り窓口に行く前に廊下の長椅子に座ってそろってハンバーガーを食べる。
「今日のギルドは慌ただしいにゃんね」
職員が走り回ってる。
「私たちが持ち帰った魔獣の目撃情報のせいなのです」
「にゃあ、オレたちのせいにゃん?」
「マコト、チーズバーガーをもう一個ちょうだい」
「はいにゃん」
「私にはトマトを挟んだのをお願いなのです」
「了解にゃん」
オレはふたりにお代りを渡して、ミルクシェイクを飲んでる。
「全部買い取ってくれるかな」
「無理だと思うのです」
「まずは聞いて見るのがいちばんにゃん」
○プリンキピウム 冒険者ギルド 買い取りカウンター
遅い昼食の後、買い取りカウンターに行った。
「マコトに軍人さんたちか、野営してたら魔獣に食われそうになったんだって?」
買い取り担当職員はこの前と同じ兄ちゃんだ。
ザック・リンフットは、まだ若いのに枯れた感じがする青年だ。
「にゃあ、微妙に違うけどおおむねそんな感じにゃん」
「買い取りをお願いするのです」
「一度には出さないでくれよ」
「わかってますよ、マコト、ドーンとやっちゃって!」
「おいおいドーンはやめろよ!」
ザックの腰が引けてる。
「まずはトラにゃん」
「トラが一頭じゃないのかよ、五頭分か、スゲーな」
「次はクマにゃん」
「おい、クマも一頭じゃないのか!?」
「もちろん違うにゃん、まだまだあるにゃん」
「おいおい、まだ有るのか?」
獲物をドサドサ出すとザックが驚きの表情を浮かべた。
「ちょっと待て、また応援を呼んでくる!」
「まだウシ八〇頭も出してないのです」
「ちなみに何ウシだ?」
「クロウシとマダラウシにゃん」
「そいつは買い取りたいが、ここではスペースも資金もないから州都のギルドに持って行って売ってくれるか?」
「どうするにゃん?」
「もともと王都への帰りに州都で乗合馬車を乗り換える予定だったので構わないのです、でもマコトを連れて行くのは可哀想なのです」
「そうだよね、行きは私たちと一緒だけど帰りに一人で旅はさせられないよね」
「心配ご無用にゃん、オレは一人で帰って来れるにゃん」
オレは胸を張る。こう見えても中身は百戦錬磨の新車営業にゃん。
「あまりお勧めしないが、これだけの獲物を仕留める実力があるんだ、ちゃんとした宿屋に泊まれば大丈夫だろう」
買い取り担当のザックがアドバイスしてくれる。
「野営も平気にゃん」
「盗賊を獣と一緒に考えてると痛い目に遭うぞ」
「盗賊ってそんなに強いにゃん?」
「ずる賢いんだよ、高位の冒険者が盗賊のチンピラに殺されることもそう珍しくない」
「いちばん怖いのは人間にゃんね」
異世界も元の世界も変わらないらしい。
「とにかく応援を呼んで急いで査定するからちょっと待ってくれ」
ザックは走って行った。
買い取りの査定が終わった頃にはもうすぐ街の西門は閉じられる時間だった。
案の定、間に合わなかった。
「ここ数日で完全に金銭感覚が麻痺しちゃった」
「私もなのです」
本日もかなりの売上だ。
「ないよりは有ったほうがいいのがお金にゃん」
「それは否定しないのです」
○プリンキピウム 冒険者ギルド 裏庭
冒険者ギルドの建物を出て裏に回る。
ここは非公式のキャンプスペースになっている。
「今夜は、ここに泊まるんだね」
「そうにゃん」
「利用者は、私たちだけみたいなのです」
「そうみたいにゃん」
「ここは獲物の少ない時期に宿に泊まるお金のない冒険者の為の緊急避難場所だからね、お金のある人は使わない場所だよ」
「まずは綺麗にするにゃん」
綺麗とは言えない裏庭全体をウォッシュする。
それから勝手に水場を作ったらキャンプ場っぽくなった。
「テントを出すにゃん」
地面を綺麗に整地して昨夜作ったテントを三つ並べて建てる。
「おお、一人一個なんて贅沢だね」
「旅の間に使うならふたりで一つのテントを使うのがいいにゃん」
「これは贅沢どころの騒ぎじゃないのです、キャリーもテントの中を見るのです」
先にベルがテントの中を見ていた。
「えっ、中?」
キャリーがテントの入口をぺろんとめくって中を覗き込んだ。
「これって、中身がロッジと変わらないんじゃない?」
「風呂がなくてシャワーだけだしキッチンも大幅に簡略化されてるにゃん、ハンバーガーしか出て来ないにゃん」
「もう完全にアーティファクトの領域なのです」
「キャリーとベル専用だから心配しなくてもバレないにゃん、ふたり以外には拡張した空間は見えないにゃん」
「つまり他の人にはただのテントってこと?」
「そういうことにゃん、もちろん防御結界があるからふたりに害意のあるヤツは弾かれるにゃん」
「ロッジと同じなんだね」
「そうにゃん、持ち運びも馬と同じだから、かさばらないにゃん」
「やっぱりスゴすぎるのです」
「今夜使ってみて不具合が有ったら修正するから後で教えて欲しいにゃん」
「うん、頑張るよ」
「確かに頑張らないと不具合なんて見付けられそうにないのです」
「じゃあ、夕ご飯にするにゃん」
続けてバーベキューセットにテーブルや椅子、それにランタンを出す。
ランタンの明かりが薄暗くなり始めた周囲を照らした。
サラダにパンを取り出す。
それに果汁のジュースにお茶のピッチャーを置く。
続いて秘伝のタレに漬け込んだ肉を焼き始めた。
何が秘伝なのか知らないが精霊情報体のレシピにそう書いてあるのだから仕方ない。
「私の思ってた野営と全然違ってる」
「私もそうなのです」
「焼けたのから食べていいにゃん」
「「いただきます!」のです」
おいしそうに食べるふたりを見てオレはほっこりした気分になる。
「ネコちゃんたち、今日ここで泊まるって聞いたんだけど、お金が無くてってわけじゃないみたいね」
受付嬢のセリアともう一人、職員のお姉さんデニス・バレットがやってきた。
ギルドのおっぱい&綺麗どころだ。
「買い取りできないほど獲物を持って来たのにギルドの裏で野営するって言うから何かと思ったわ」
「自分でお肉を焼きたいから野営するのね」
「そんなとこにゃん」
「スゴくいい匂い」
「クロウシの熟成肉を秘伝のタレに漬け込んだにゃん」
「「クロウシ!?」」
「マコト、お姉さんたちにも食べさせてあげたら」
「それがいいのです」
「そうにゃんね、オレとしたことが気が利かなかったにゃん」
椅子を出して皿に肉と野菜を取り分けてあげる。
「えっ、いいの?」
「ありがとう、皆んな」
セリアとデニスのふたりは嬉しそうに肉を口に運んだ。
「「……!」」
ふたりの動きが同時に止まる。
「「すごく美味しい!」」
「口に合ってよかったにゃん」
「ネコちゃんは、お料理も上手なのね」
「上手ってほどじゃないにゃん」
この国の料理がヤバいだけで、オレが特別上手なわけじゃない。
しかも、精霊情報体に記録されたレシピからオレ好みのをセレクトしただけだし。
「これはお店を開けるレベルだよ、その気になったらいつでも相談に乗るから」
デニスが拳に力を入れる。
「マコトの場合、冒険者の方が実入りがいいから簡単には転職しないと思うのです」
「確かにそれはあるね」
ベルの言葉にセリアが頷く。
「お店とかは、冒険者を引退してからでいいんじゃない」
「その頃のマコトなら、あくせく働く必要がないほどのお金持ちになってると思うのです」
「そうね、ネコちゃんは登録して直ぐに売上げトップだものね」
セリアの頭の中には今月のランキングが収まってるみたいだ。
「そうにゃん?」
「普通、あんなに持ち運べないから、高く売れる部位だけを持って帰って来るんだけど、ネコちゃんたちは全部だもんね」
デニスが肉を焼くオレを撫でる。
にゃあ~ん、耳のところはダメにゃん。
「そのまま持って帰るにしてもあの数はスゴいよ」
「キャリーとベルがいてくれるからあの数にゃん」
「純粋に三で割っても、あんな数にはならないから、この可愛い身体の中にどんな秘密があるのかしら」
「大した秘密はないにゃん、それにオレの他にも大きめの格納空間を持ってる人はいくらでもいると違うにゃん?」
「冒険者にはあまりいないんじゃない? もっと安全で儲かる仕事があるから」
「儲かるにゃん?」
「ちょっとデニス、ネコちゃんに余計なことを吹き込まないで」
「例えば王国軍がそうなのです、それに大店の商会も高給で雇ってくれるのです」
「ただ六歳だと冒険者以外はないんじゃないかな?」
キャリーが難しい顔をして言う。
「それに、いくら高給をくれてもマコトの稼ぎには追いつかないのです」
「そう、それ!」
セリアがビシっと指差す。
「心配しなくても転職するつもりはないにゃん」
「ふぅ、それを聞いて安心した」
セリアが脱力する。
オレ一人に大げさにゃんね。
「皆んなは、まだ食べられるにゃん?」
「「「食べる!」」」
皆んなの返事を聞いてオレは追加の肉を焼いた。
セリアとデニスは、「「お腹がいっぱい」」と言いながら、しっかりデザートのアイスも食べてから帰って行った。
夕食の後はキャリーとベルにはテントの使い方を簡単にレクチャーする。
空間拡張を使ってること以外はロッジとそれほど変わらないので戸惑うことはないと思う。
ふたりとも眠そうにしていたので全身にウォッシュを掛けてやった。
それぞれのテントで眠る。
オレはバーベキューの跡を片付けてから自分のテントに入った。
自分のテントの下にこっそり工房を造り上げる。
魔法馬を呼び出し、更に本日採りたてのエーテル機関を再生する。
「たぶん、大丈夫にゃん」
早速、魔法馬にエーテル機関を移植する。
赤い宝石はすんなりと魔法馬の中に入り込んだ。
「おお、思ってたよりも相性がいいにゃんね、もしかして互換性があるにゃん?」
本来は超小型の魔力炉を使うのだが、エーテル機関は出力こそ及ばないものの、刻印よりずっと本来の性能に近くなりそうだ。
お馬さんの知能が上がってより本物の馬っぽくなった。
明日、出発前にキャリーとベルの馬にも同じくエーテル機関を埋め込んでやろう。
オレは一度格納したものはいくらでも再生できる。
「コピー能力にゃんね」
野菜や小麦だけかと思ったら一度格納空間に仕舞ったモノなら何でもOKみたいだ。
ついでにテントにも埋め込んだ。
精霊情報体ベースで作ったモノと相性がいい。
「にゃあ」
防御結界をより強化できる。
魔獣の構成物質を流用してテントそのものも強化する。
「にゃあ、質感が上がったにゃん」
銃にも使える。
エーテル機関は形や色を変えても問題ない様だ。
銃が黒の半透明のガラス細工みたいになった。
ついでにロッジも格納空間の中で弄って新しくする。
オレが日本で住んでいたアパートより数段快適な空間に仕上がった。
満足したオレはベッドに戻って毛布に潜り込んだ。