ヴェルーフ山脈を越えるにゃん
○アポリト州 ヴェルーフ山脈
夕方になって森を抜け山岳地帯に入り込んだ。
グールもオーガも近くにはいないが、馬車が通れる道もない。
オレたちは馬車を降りると横一列になって山脈を仰ぎ見た。洒落にならない大きさの山が連なっていた。
「ヴェルーフ山脈か」
ハリエットも夕日に赤く染まった巨大な山脈に圧倒されていた。心細くなるのもわかる。
「大きいね」
「うん、大きい」
ビッキーとチャスは目の前の雄大な風景に目を輝かせていた。
「マコトさま、ここをのぼるの?」
「のぼるの?」
ビッキーとチャスも山越えは初めてか。
「にゃあ、登るにゃん」
オレも前回の大公国行きで山岳地帯は通ったがヴェルーフ山脈ではなかった。ここまで大きな山脈は前世を合わせても今回が初めてだ。
どう見ても富士山よりでけーぞ。
そこに向かって登山道のような道が伸びている。最近は使ってないようでその道も草の中に消えようとしていた。
「アルボラ州からクプレックス州に抜けるのには通常、馬車で一〇日は掛かるにゃん。でもこのヴェルーフ山脈を超えるとかなり短縮できるにゃん」
ヴェルーフ山脈は、クプレックス州の境界門を囲うようにアルボラ州の北から四分の三ほど円を描いてから西に伸びていた。
南東方向から北上して来たオレたちは山脈にそって大きく西に回り込むか、このまま山脈を越えるかの二択が与えられている。
「にゃあ、ハリエット様が無理なら迂回ルートでもいいにゃんよ」
「いや、山越えでかまわない、ただどうやって登るんだ?」
この中でいちばん大きなハリエットでも徒歩での登山は現実的じゃない。
「にゃあ、ここからは魔法馬にゃん」
馬車と猫耳ゴーレムたちを格納して魔法馬を二頭出した。
「魔法馬で山を越えるのか?」
「にゃあ、そうにゃん」
「森を走れるなら登山もありか」
「近隣にグールの反応もないから、平地を進むより安全にゃん」
「道そのものが危なそうだが」
「にゃあ、そこは森と同じく魔法馬がアシストしてくれるにゃん」
「わかった、行くとしよう」
覚悟を決めたハリエットが魔法馬にまたがる。
オレの魔法馬にはビッキーとチャスを後ろに乗せた。リーリはオレの頭の上だ。
「登りだから速度は出ないけど迂回よりずっと早いにゃんよ」
「山道で速度を出されても困るぞ」
「にゃあ、ハリエット様は魔法馬に任せるといいにゃん、ちゃんとオレの魔法馬を追尾するから心配要らないにゃん」
「馬に任せるのだな」
「にゃあ」
○アポリト州 ヴェルーフ山脈 登山道
ビッキーとチャスを乗せたオレの魔法馬が先頭を行き、ハリエットの魔法馬が続く。
魔法馬は急斜面を軽々と登って行く。
崖に棲んでるシカみたいだ。
「暗くなるけどこのまま進むにゃん」
振り返ってハリエットに問いかける。
「あ、ああ、いいだろう」
「にゃあ、疲れたら言って欲しいにゃん」
「いや、王国軍の演習視察よりはマシだ」
「王国軍もこんなところを通るにゃん?」
「いや、普通の街道だ、王国軍の馬車は直ぐに壊れるから良く歩かされた」
「にゃあ、魔法馬や馬車を整備する人間もポンコツと違うにゃん?」
「否定できないのが辛いところだ、それに比べたらマコトとの旅は天国だ」
「ご飯も美味しいもんね」
「「おいしい!」」
リーリとビッキーとチャスの評価ポイントはそこらしい。
「そうだな」
ハリエットも同意する。
「にゃあ、王国軍は何でそんなに貧乏にゃん?」
「まず予算が少ない」
「にゃお、いきなり致命的にゃん」
「次に横領を生き甲斐にしているヤツらが多い」
「捕まえられないにゃん?」
「カルヴィンを使って準備をしていたのだが」
カルヴィン・ボーテング王国軍主計局副局長は、ハリエットの誘拐実行犯のひとりだ。誘拐の翌日、死体で発見された男のことだ。
「横領の隠蔽にしてはやることが派手にゃんね」
「いや、私を誘拐した者にその様な意図は無かったろう、国軍が無くなれば横領どころじゃなくなる」
「ハリエット様で王国軍が持ってるにゃんね」
「当家の持ち出しと支援者の寄付で何とか組織を維持してる状態だ」
「大変にゃん」
「流石に我が家の財力でも支えるのが難しくなっている」
「にゃあ、ちゃんと会計監査をした方がいいにゃんよ。人手が足りないなら冒険者ギルドに依頼するといいにゃん」
「冒険者ギルドは、そんなこともできるのか?」
「にゃあ、職員のスキルは高いにゃん」
「王都の冒険者ギルドならツテがある。ただ依頼料の捻出が問題だ、叔母上は公私混同を嫌う方だし」
「にゃあ、王国軍は依頼料も出せないにゃん?」
「王国軍は勿論のこと、恥ずかしながら我が家も屋敷を維持するのがやっとな状況だ」
「にゃあ、お屋敷も会計監査をする必要ありと違うにゃん?」
「いや、屋敷の者たちは誠実だ、間違っても不正に手を染める者などいない」
語気を強めるハリエット。
「不正じゃなくて無駄な出費を探して改善するにゃん」
「我が家に無駄な出費などあるだろうか?」
「それを調べるための依頼にゃん」
「良い話を聞いたが、問題は冒険者ギルドへの依頼料をどうやって捻出するかだ」
ハリエットが唸る。
「それぐらいならオレが立替えるにゃん」
「いいのか? 返済はいつになるかわからないぞ」
「マコトはお金持ちだから心配いらないよ」
リーリが後ろを向いてハリエットに説明する。
「カズキ殿もそのような事を言っていたな」
「金はあっても使い所が無くて困ってたにゃん、オレが貯め込むのはこの国の人にとっても良くないにゃん」
「だったら遠慮なく貸して貰おう」
「依頼料だけでいいにゃん?」
「もっと借りても良いのか?」
「にゃあ、いいにゃんよ、でも、横領してるヤツらを弾いてからじゃないとハリエット様の借金が膨らむだけにゃん」
「それは十分わかってる、マコトのアドバイスに従おう」
「にゃあ、だったら金の地金二〇〇~二四〇万ぐらいなら貸せるにゃん」
「金貨じゃなくて金の地金なのか?」
「にゃあ」
「何でそんなに持ってるんだ?」
「死霊の魔石の売却益の一部にゃん」
「マコトは本当に大金持ちなのだな」
「マコトだからね」
「後は王都の冒険者ギルドでにゃんね」
「わかった、ますます王都に帰らなくてはいけなくなった」
「にゃあ」
日が落ちて完全に暗くなった山をパカポコと登り続ける。
標高が高くなって木々が姿を消し周囲はほとんど岩になった。
一人だったらちょっと怖いかも。
「マコトは見えてるのか?」
「にゃあ、魔法も併用してるにゃん」
「あたしは魔法を使わなくても見えるよ」
「私はほとんど見えない」
「にゃあ、この暗さだとそれが普通にゃん」
「「……」」
オレの後ろにいるビッキーとチャスは馬に揺られて眠ってしまった。
どんなに爆睡しても魔法馬から落ちることはない。オレがさんざん実験済みだ。
暗い登山道だが、プリンキピウムの森みたいにオレたちを食おうなんてガッツのある獣はいないので平和そのものだ。
どこで宮廷魔導師クラスの魔法使いが襲ってくるかもわからないから、油断はできないが。
魔法馬の気配にマッチョな大シカも逃げ出した。プリンキピウムだったらウサギでも歯を剥いて襲い掛かって来るのに。
「おなか空いたね」
「にゃあ、そうにゃんね、夕ごはんの時間にゃんね」
「もう、そんな時間か」
ハリエットは疲労した様子だ。何度かウォッシュで身体の疲れも洗い流していたが、精神的な緊張までは軽減されなかったか。
「この辺りがちょうど良さそうにゃんね」
魔法馬を停めて登山道わきのデカい岩の中に地下壕式のロッジを設置した。
「にゃあ、朝までゆっくりするにゃん」
「夜通し進まなくていいのか?」
ハリエットも魔法馬を下りる。
「にゃあ、馬車が使えない場所は普通に野営するにゃん」
ビッキーとチャスも目を覚まして魔法馬の背中から降りた。
「高級ホテルみたいな場所に泊まるのは普通は野営とは言わないのだが」
「安全な場所で美味しい物を食べてぐっすり眠るのが本来の野営のあるべき姿にゃん」
「あるべき姿か、なるほど」
入口を開く。岩に穴が空きその先がロッジのリビングになってる。
「あそこには人がいるにゃん?」
遠くに都市の明かりが見えていた。城塞都市だ。
「レーグラの街か、あそこも連絡が途絶してるはずだ。明かりは魔導具が自動的に点灯しているのだろう」
「にゃあ、人はいないにゃんね」
「うん、元人間しかいないね」
リーリは一瞬で探査してしまったらしい。
人間のいた名残の光を少しだけ眺めてから、皆んなをロッジに案内した。後は魔法馬を消して入口を閉じればオレたちの気配は完全に消えてしまう。
○アポリト州 ヴェルーフ山脈 登山道 ロッジ
まずはお風呂で身体の疲れを癒やす。もう身分差も関係なしの全員一緒の裸の付き合いだ。
「「「ふう」」」
たっぷりとお湯を張った湯船に浸かって全員が息を吐き出す。
全員がかなり疲労していたみたいだ。
治癒魔法の効いたお湯が身体にしみわたる。
「にゃあ、疲労回復にはウォッシュだけじゃダメにゃんね、治癒魔法も混ぜるといい感じに疲労が抜けて身体が楽になるにゃん」
「私にも使えるようにしてくれるとありがたい」
「了解にゃん」
ハリエットの魔法馬経由の魔法に治癒を追加した。
「でも、ちゃんと休まないとダメにゃんよ」
「マコトもな」
「「マコトさまも!」」
「マコトもだね」
全員に突っ込まれた。
「にゃあ、そうにゃんね」
身体の疲れを洗い流して風呂を出た。
夕食はブタの生姜焼き定食だ。豆腐のお味噌汁が郷愁を誘う。
郷愁を感じてるのはオレだけだが。
ビッキーとチャスはオレの作る日本ぽい味にもすっかり慣れたみたいだし、ハリエットも好き嫌いなく食べてる。
「最高だよ!」
リーリにはスマッシュヒットだ。
「にゃあ、宮廷料理って美味しいにゃん?」
これはどうしても聞いておきたい質問だ。
「そうでもないよ」
リーリが先に答える。
「にゃお、そうにゃん?」
ハリエットに確認を取る。
「宮廷で出される料理のことか? 見た目は綺麗だな」
「味はどうにゃん?」
それを知りたい。
「私はマコトやプリンキピウムのホテルの料理の方が美味しいと思う」
「それはちょっと悲しいお知らせにゃん」
「そうか、宮廷の厨房と言ったら一流の料理人が集う場所だぞ、そこより上なのだから誇っていいと思うが」
「にゃお、オレの本業は冒険者にゃんよ」
「そうなのか?」
「違うよ、マコトはあたし専属の料理人が本業だよ!」
リーリがビシっと宣言する。
「にゃ?」
「マコトも知らなかったの? ダメだな!」
「にゃ、にゃあ、ごめんにゃん」
いま初めてオレの本業を知った。
○アポリト州 ヴェルーフ山脈 登山道
真夜中になって、皆んなが寝静まったところでロッジを抜け出し大岩の上に登った。
遠くの城塞都市は街灯をともし続けている。
それは問題ない。
「問題はこいつにゃん」
ロッジの防御結界に黒い煙みたいのが張り付いている。
それは蛇のように身をくねらせた。
「にゃあ、残念ながらオレの結界からは逃げられないにゃんよ」
防御結界に絡め取られた煙のような蛇を解析する。
「なるほど、これがハリエットを狙う本命にゃんね」
この蛇の正体は呪いだ。
ハリエットの生存を知った術者が新たに呪いを放ったのだろう。リンクは生きてるが術者の特定はちょっと難しい。
「にゃお、でも呪い返しはそれほど難しくないにゃん」
呪いを作り変え、ハリエットとのリンクを切った。
「にゃあ、おまえの生みの親のところに戻るにゃん」
力を増してくっきりと蛇の形になったそれは、結界から解放され夜の闇に溶け込んだ。
「もうひと仕事にゃん」
半径五〇キロの範囲を探査する。
「にゃあ、少しいるにゃんね」
たぶんオレたちが通り過ぎた後、かすかに残った匂いをたどって追って来たのだろう。残り香までは認識阻害の結界でも誤魔化せなかったらしい。
「今後の研究課題にゃんね」
半径五〇キロ圏内にはグールの反応がほんの少し有った。
「もっと広げるにゃん」
さらに探査する範囲を広げた。
八〇キロ。
ポツポツと反応が増す。
オーガの反応も混じった。
「にゃあ、まだまだにゃん、半径一〇〇キロならどうにゃん!」
今度はグールが約二〇〇〇〇、オーガ約四〇〇〇を確認した。
すべての個体にマーキング完了!
少々範囲が広いがオレの鍛え抜いた聖魔法なら不可能では無いはず。
「にゃあ!」
稲妻型の聖魔法でマーキングした個体をそれぞれピンポイントで貫いた。
眼下の森の暗闇の中で青い閃光がいくつも瞬く。
それから少し間を置いて雷鳴に似た音が響いた。
「にゃあ、成功にゃん」
合計二四〇〇〇個の聖魔石を回収した。




