オパルス城にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇七月二五日
○プリンキピウム街道 旧道
翌朝、目を覚ますとハリエットがオレに抱き着いていた。座席もベッドにできるのだが昨夜はデッキで全員が雑魚寝した。
ハリエットは公爵家の当主で王国軍のお偉いさんだが、十二歳はこちらの世界でも子供だ。
馬車は既に巨木地帯を抜けており、後は残すところ四分の一ぐらいだ。
旧道は巨木群は抜けても街道に出るまでは森の中を進む。
寝転がったまま上を向くと木々の間から青空が見えてる。
幌は使わずオープンのまま寝たのだが解放感があって楽しい。
UVカットはしてあるから日焼け対策も万全だ。
「もう、朝か」
ハリエットが目を覚ました。
「本当に夜通し走っていたのだな」
「にゃあ、思ってたより早く着きそうにゃんね、午前中にはオパルスの門に到着しそうにゃん」
ところどころかつて耕作地だったことを思わせる土地が森の中に見え隠れする。
「まだ人が少ないのだな」
「にゃあ、この辺りの旧道沿いにはほとんどいないにゃん、街道沿いならちゃんと農村があるにゃんよ」
「なぜこの辺りには人家がないんだ」
「獣のせいにゃんね、プリンキピウムに近いほど強い獣が出るにゃん」
「獣か」
「にゃあ、冒険者じゃないと対処は難しいにゃん」
「他の州も同じなのだろうか?」
「オレが見た限りでは、獣も人もいない場所も少なくはなかったにゃん」
「人間にとっての本当の脅威は森だと思うよ」
リーリが胸元から這い出した。
「魔獣よりも森が脅威か」
ハリエットは為政者の目をしていた。
「森が少なくなったら妖精が困ると違うにゃん?」
「何で?」
リーリが首を傾げる。
「にゃあ、困らないならいいにゃん、朝ごはんにするにゃん」
「賛成!」
リーリはオレのほっぺにくっついた。
「「おはようございます」」
ビッキーとチャスも目を覚ましてオレにくっついた。
リーリも含めて全員がグレーのスエット姿だ。
実用性重視にゃん。
「マコトの馬車に乗ってると、いまが夏だと忘れてしまいそうになる」
ハリエットは馬車の端っこで外を眺める。
お姫様がスエット姿ってシュールな絵面だ。
オレの犯行だけどな。
「にゃあ、王都に比べるとこっちはかなり暑いらしいにゃんよ。オレなんか空調なしでは死んじゃうにゃん」
「「……!」」
ビッキーとチャスがオレの周りに防御結界を展開して温度を下げた。一気に氷点下二〇度になったにゃん。
「みゃああ、いまは空調が効いてるから死なないにゃん、それと空調は急激にやっちゃダメにゃんよ」
息が白くなる。
「「はい!」」
ふたりの防御結界が解除された。
「にゃ~」
猫耳とシッポに着いた霜を払い落とす。
「朝ごはんの前に着替えるにゃん」
皆んな魔法を使って早着替えする。
ハリエットも魔法馬の魔力を使って着替えた。お姫様みたいなドレスは拒否されたので、いまはオリエーンス連邦の軍服をアレンジした衣装を提供してある。
ビッキーとチャスはプリンキピウム寄宿学校のブレザーの制服だ。夏にブレザーもあれだが空調及び防御結界が仕込んであるので問題はない。
オレとリーリはいつものセーラー服と踊り子風の衣装だ。慣れた格好がいちばんいい。
代わり映えのない風景も朝食が終わる頃には、農地が混じり始めた。
「間もなく街道に合流するにゃん」
鎧蛇由来の魔法は終了して馬車と騎馬隊の速度を落として、こちらでの常識的な速度にする。
「ゆっくりになったね」
リーリがオレの頭に乗る。
「これでも単騎の魔法馬なみの速度は出てるにゃんよ」
これも街道に出るまでだが。
○プリンキピウム街道
旧道から街道に合流する。
六頭立ての大型馬車に二〇騎の騎士しかもゴーレムとあって、ハリエットのベッドフォード家の紋章を見るまでもなく他の馬車が道を譲ってくれた。
「ほとんど荷馬車なのだな」
ハリエットは珍しそうに対向車の馬車を眺める。
「王都の馬車に比べると汚いのばかりだと思うにゃん」
大公国のに比べればまだマシだが、小綺麗な馬車はほとんど走ってない。
「王都の中なら貴族の馬車も走っているが、王国軍の馬車はそう変わらないぞ」
「にゃあ、それはそれで大変そうにゃんね」
「古いから故障が原因の事故も多い、頭の痛い問題のひとつだな」
「にゃお、本当にお金がないにゃんね」
魔法馬の防御結界があるから大丈夫だとは思うが、キャリーとベルのことが心配になる情報だぞ。
「王宮は、無駄飯喰らいと呼ばれてる方が平和だとのんきだが、動かないのと動けないではわけが違う」
ハリエットは不満を隠せない。
「ハリエット様が資金を集めるしかないみたいにゃんね」
「私がか?」
「にゃあ」
「資金を自分でか、なるほどな」
街道は他の馬車がいるので流れに乗った速度で走る。
「あと二時間ぐらいでオパルスに到着にゃん」
「幸い襲撃は無さそうだな」
「そうにゃんね、近衛軍が来るかと思ったらそれも無かったにゃん」
「誘拐は近衛の組織的な関与ではあるまい、あれはあれで規律には厳しい、王の係累には手を出さないだろう」
「襲って来てもマコトに返り討ちだけどね」
「にゃあ、誰であろうと戦争にゃん」
「「せんそう!」」
ビッキーとチャスも拳を振り上げた。
「いや、戦争は勘弁してくれ」
ハリエットは本気でオレたちを止めた。
街道は農村地帯を抜けて州都に近付く。
ハリエットはまた王都の王国軍総司令部との通信を再開する。
ビッキーとチャスはリーリに監督されながら魔法の練習。
オレは大公国の領地のドクサの執政官ルチア、クルスタロスの代官のヤルマルそれにネコミミマコトの宅配便の総司令であるバルドゥル・シャインプフルークにそれぞれに念話した。
バルドゥルはネコミミマコトの宅配便を軍隊に作り変えた張本人だ。元大公国軍の将軍で、ルチアとヤルマルの相談相手もしてくれてる。
『マコト閣下の玉声をいただき、身に余る光栄に打ち震えております』
優秀で頼れる人なんだけどちょっと苦手にゃん。
オレたちはオパルスの城壁門に到着した。
○州都オパルス 城壁門
いつもと違う貴族用の入口前に誘導される。猫耳ゴーレムの騎士も六頭立ての馬車も報告が上がっていたのかまったく驚かれなかった。
ちょっと物足りないにゃん。
「ハリエット様、お待ちしておりました。アルボラ領主の娘フリーダ・ベルティにございます」
オパルスの騎士団を従えたフリーダが出迎えてくれた。
「出迎えご苦労である」
「にゃ、フリーダって領主様のお嬢さんだったにゃん?」
「ネコちゃんに言って無かったかしら?」
フリーダは笑みを浮かべる。
「にゃあ、聞いてないにゃん」
「私は別に隠してなかったわよ」
「にゃお、誰も教えてくれないのにわかるわけないにゃん」
「どうかしたのか?」
ハリエットがオレを見る。
「冒険者ギルドのギルマスが領主様のお嬢さんだったにゃん、衝撃の事実にゃん」
「いや、特に珍しくはないぞ」
ハリエットに指摘される。
「にゃ、言われてみるとそうにゃんね」
確かに大公国でもそうだったか。デリックのおっちゃんも別の領地だけど領主様の息子になる。
「それではご案内いたします、馬車を先導します」
「頼む」
「にゃあ」
フリーダとオパルスの騎士団に先導されて州都に入った。
市街地ではなくこれまで足を踏み入れたことのなかった貴族地区に向かう。
○州都オパルス 貴族地区
オパルス城は州都の北東部、街の四分の一を占める貴族地区の中央に位置している。
これまで遠くからしか見てなかったが近付くにつれその大きさに圧倒された。
「にゃあ、大きいお城にゃんね」
「マコトが造った倉庫の方が大きいよ」
リーリに突っ込まれる。大公国に造った小麦の集積所のことだ。
「そうだったにゃん?」
「マコトさまの倉庫の方がおおきい」
「うん、ずっとおおきい」
ビッキーとチャスも小麦の集積所に軍配を挙げた。
体積はそうかもしれないがお城と比べるのはいかがなものかと思う。
城の周囲には幾重にも防御結界が張ってある。
それ自体は珍しくないが、そのうちのいくつかが精霊情報体由来の結界だった。
城が遺跡ではなさそうだから、オリエーンス神聖帝国時代の魔法に詳しい刻印師がいるようだ。
刻印自体はオリエーンス連邦時代の技術だからいずれの時代の魔法にも通じた人間らしい。
敵に回したら厄介そうな存在だ。
幸いエーテル機関は運用していないようなので、そこだけはオレにアドバンテージがありそうだが安心はできない。
○州都オパルス オパルス城 車寄せ
幾つもの門を通り抜け車寄せに向かう。
実に貴族地区の三分の二が城だった。
シルエットはヨーロッパの城に似てなくもないが、明らかに大きく違う特徴がある。
白く輝く城はガラスの様な半透明の物質で出来ていた。
有機的な曲線で構成されたそれは異世界にふさわしいデザインだ。
やっとたどり着いた車寄せでオレたちは馬車を降りる。続けて猫耳ゴーレムたちと馬や馬車を消した。
「「「格納?」」」
「格納したのか?」
「そうらしい」
「本当かよ」
騎士たちがザワっとしてる。
「「「いらっしゃいませ」」」
その声をかき消す様に使用人たちが出迎えてくれた。
メイドさんに執事さんだ。
にゃあ、こっちのメイドさんも執事さんも日本のイメージのまんまにゃんね。
「では、こちらへ」
城内もフリーダが案内してくれた。
○州都オパルス オパルス城 ゲストルーム
連れて来られたのは格式の高そうなゲストルームだ。ハリエットだけじゃなくオレたちも同じ部屋に通された。
護衛兼側仕えの扱いなのだろうか?
「この部屋でしばしおくつろぎください。シャワーもベッドもご自由にお使い下さい。ネコちゃんたちもゆっくりしててね」
「すまない」
「「「にゃあ」」」
ビッキーとチャスもオレと一緒に鳴く。
フリーダが出て行き、オレはゲストルームを眺めた。
「スゴい部屋にゃんね」
「そうなの?」
リーリは興味がないようだ。
「にゃあ、これはかなり高度な技術が導入されてるにゃん」
「そうなのか?」
ハリエットも興味がないらしい。
オレはまずはトイレとシャワーの使い心地を確認する。風呂とシャワーが別なのは元日本人としては好感が持てる。
「にゃあ、オレのホテルと違ってちゃんと配管がしてあるにゃん」
オレのホテルはそれぞれがその場で水を作り、排水を分解する。
スタンドアロンでも面倒がないのはすべてエーテル機関のおかげだ。
城のシャワーはシャワーヘッドに隠された刻印でお湯を作ってる。しかも火傷防止機能付きとかかなり凝った内容だ。
「さすがにゃん、さすが領主様の城にゃん」
シャワーを浴びた後はベッドの寝心地をチェックだ。
「「わあ」」
先にビッキーとチャスがベッドの飛び跳ね具合をチェックしていた。ベッドにはスプリングが使われている。
「にゃあ、魔法に逃げずにちゃんと作ってるところが贅沢にゃんね」
制作そのものはふんだんに魔法を投入してる。
魔法の補助なしで快適な寝心地を実現とはスゴすぎだ。
「にゃあ、これに比べるとオレのはまがい物にゃん」
「マコトとビッキーとチャスもまずは座ったらどうだ?」
ソファーに座ったハリエットはお茶を上品に飲んでる。
「「はい、ハリエットさま」」
「にゃあ、結界もスゴいにゃんね」
「防御結界か?」
「にゃあ」
「まあまあだね」
リーリは勧められるまでもなくテーブルのお菓子に取り付いてた。
「にゃあ、ウチのホテルも内装をこれぐらいやる必要があるにゃんね」
上品な豪華さは見習うべきだろう。
「そうか、もうあれで十分に豪華だろう?」
「にゃあ、ここと比べてしまうと実力の違いを痛感させられるにゃん」
天井を見上げれば、高さがある上に装飾がこれでもかっていうほど入れられていた。
あれにゃん、テレビで見たベルサイユ宮殿にゃん。
ふと壁の絵に目が行く。
「にゃ?」
そこだけがベルサイユ宮殿ではなく、オレの知ってる日本を連想させた。
某ボーカロイドそっくりな緑色の髪のツインテールの少女の絵だ。
異世界にボーカロイド?
しかも半端無く上手い。
そして特徴あるこのタッチ。人気エロ漫画家のKaz★Pon!先生に似てる。
ちょこちょこっと絵に近付いてじっくり眺めた。
「にゃあ、このサインKaz★Pon!て読めるにゃん!」
「どうかしたのか?」
「にゃ、にゃあ、オレの知ってる絵描きさんの作品だっただけにゃん」
「マコトは芸術にも造詣が深いのだな」
ハリエットが感心する
「にゃあ、ちょっとだけにゃん」
オレの頭の中は『?』でいっぱいになった。
これはいったいどういうコトだ?
何故にここにKaz★Pon!先生の絵があるんだ?
オレ以外の転生者が作ったのだろうか?
稀人なら造作もないことだが。
精霊情報体由来の結界といい近くにオレ以外の稀人がいるのだろうか?
「状態保存の魔法が掛けて有るから最近のものなのか、それとも大昔のモノなのか見当がつかないにゃん」
「ふーん」
オレの頭に着陸したリーリも関心が薄かった。食べられないからか?
「失礼致します」
ワゴンを押してメイドさんがやって来た。
よく見るとまんまメイド喫茶のメイドさんの制服だ。
メイドさん本人は二〇代前半だがキャピキャピしたところはなく落ち着いた美人さんだった。
お胸は、冒険者ギルドの受付はちょっと無理そうだ。
それはともかくワゴンの上で湯気を立ち上らせているのは!
「醤油ラーメンにゃん!」
「はい、醤油ラーメンでございます、胡椒はお好みでお使い下さい」
メイドさんはテーブルにラーメンと半チャーハンを人数分置き一礼して出て行った。
ハリエットもオレたちも同格の扱いだ。
ハリエットは気にしてるふうでもないからいいのかな?
「「「醤油ラーメン?」」」
オレ以外の意識はラーメンに集中していた。
「にゃあ、そういう名前の麺料理にゃん」
オレ以外の全員が初対面らしい。
「にゃあ、美味しいけど熱いから気を付けるにゃんよ」
「「はい」」
ビッキーとチャスもいい返事をした。ふたりには取り皿が用意されていた。気が利くメイドさんだ。
早速食べてみる。
「にゃあ! 本物のラーメンにゃん!」
しかもかなり美味しい。
チャーシューもちゃんとブタの肉を使っていた。
チャーハンも美味しい。
「にゃあ、故郷の味にゃん」
「うん、美味しい!」
「そうだな」
リーリとハリエットも同意した。
「「おいしい!」」
ビッキーとチャスも気に入ってくれた。
オレの精霊情報体と図書館情報体のアレンジレシピとは違う本物だ。
オレ以外の転生者がいるのは間違い無さそうだ。
ただ、ベルサイユ宮殿でラーメンの出前を頼んだ様な違和感は拭えないけどな。
「にゃああん、おなかいっぱいにゃん」
調子に乗ってスープまで飲んでしまった。
でもレシピはパクったにゃん。
「うん、おいしかった」
「そうだな」
「「はい」」
ハリエットとビッキーとチャスには、多かったので残りはそれぞれの格納空間に仕舞った。
「ラーメンの後はアイスにゃん」
棒アイスを出して皆んなで舐める。
「にゃあ、最高にゃん」
「本当だね」
「これはなかなか」
「「おいしい」」
メイドさんがやって来て丼を片付けると冷たいお茶とお菓子を置いてくれた。
「お待たせした」
続けて入って来たのは中学生ぐらいの男子とフリーダだった。
「フリーダの弟さんにゃん?」
フリーダと同じ金髪、それに何処と無く面影が似ていた。
「いや、あちらはアルボラ州の領主、カズキ・ベルティ殿だ」
ハリエットが小声で教えてくれた。
「にゃ?」
「久しいなカズキ殿」
「ご無沙汰しております、ハリエット様」
「若いお父さんだね」
リーリも感心する。
「ごめんなさい、こう見えて今年で五〇歳になるわ」
「にゃあ、謝らなくていいにゃん、魔力の多い人間に良くあることにゃん」
「そう、こっちの世界では珍しくない現象さ」
領主様が笑みを浮かべる。
どこぞの大公陛下と違ってこちらは爽やかイケメンだ。
「にゃ、『こっちの世界』にゃん?」
「フリーダ、ボクはマコトと込み入った話が有るからハリエット様たちをお部屋にご案内してくれないか?」
「わかりました。ハリエット様と妖精さん、それにビッキーとチャスもお部屋にご案内いたします」
「わかった、マコトまた後でな」
「にゃあ」
「お菓子ある?」
「いっぱいあるわよ」
「「マコトさま?」」
ビッキーとチャスが心配そうな顔をした。
「にゃあ、オレも後で行くにゃん」
フリーダに案内されてハリエットたちが出て行き、ゲストルームにはオレとカズキだけが残った。




