接近遭遇にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇四月十三日
「マコトはここに寝てたんだ」
「にゃあ」
オレはリビングに布団を敷いて寝ていた。
おなかとパンツ丸出しだったにゃん。
「トラなのです」
オレを狙った大きく白いトラが外の結界に絡め取られて失神していた。
半分以上がガラス張りのロッジは、外から丸見えだから美味しそうな餌があると油断して近寄ったのだろう。
「まるで罠を仕掛けたみたいだね」
「まんまそれなのです」
「寝てるだけでトラが手に入る簡単なお仕事にゃん」
トラは、さくっと倒して回収した。
「午後から街に帰るから、午前中は思い切って森に深く入ってみるのはどうにゃん?」
朝ごはんを食べながら提案する。
「魔獣の森に入らなければ問題はないのです」
「午前中では、そこまで届かないから大丈夫にゃん」
「今日も三人まとまって行動でいいかな?」
「それが現実的なのです」
「決まりにゃん」
「それとマナの濃度に変化が有ったら要注意なのです」
「にゃあ、了解にゃん」
キャリーとベルを危ない目には遭わせられないので、細心の注意を払う。
危ないことは後で一人でするにゃん。
○プリンキピウムの森 南西エリア(危険地帯)
予定通りオレたちは森の奥に向かって魔法馬を進ませる。
防御結界を厚くしてゆっくり目の速度だ。
「前からクマが来るにゃん」
「昨日のクマに引き続き大きいのです」
「迎撃の準備出来てるよ」
「防御結界にぶち当たってもいいから引き付けて撃つにゃん」
「了解」
地響きを立ててクマが突っ込んで来る。
『ガアアアアアアア!』
前回のクマと違って隠れて襲いかかる気などまるで無しだ。
「にゃあ、今日のもデカいにゃん」
「うん、前のより絶対大きいよ」
オレの知ってるクマの大きさを遥かに超えてる。
「特異種にゃん?」
「いえ、クマの特異種はもっと大きいのです」
「マジにゃん?」
オレが目を離した隙にクマが崩れるように前のめりに倒れた。
「やった!」
防御結界にぶち当たる寸前にキャリーが一発で仕留めた。
クマはさっさと格納する。
「もうちょっと奥まで入ってみようか?」
「キャリーはやる気にゃん」
「やっとコツが掴めてきたから、もうちょっと大きいのとやり合いたいかな」
「ベルもいいにゃん?」
「問題ないのです」
オレたちは更に魔法馬を森の奥に向けて進めた。
森はより鬱蒼として暗くなり不気味さを増す。
「やった!」
「仕留めたのです」
森の不気味さを吹き飛ばす勢いでキャリーとベルが無双する。
「ここ、獲物が濃いね」
「私たちを食べようと集まって来ているのです」
「マコトと出会う前の私たちだったらもっと浅いところでも死んでるね」
「この銃は反則なのです」
「にゃあ、獣の強さもオレから見たら反則にゃん」
「それは考えたことが無かったよ」
『ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
突然、男の叫び声が聞こえオレは馬を止めた。
「どうしたの?」
「声がしたにゃん」
方向は良くわからない。ただ、かなり距離がありそうだ。
「声?」
「私には何も聞こえないのです」
「うん、私も聞こえなかったよ」
「かなり距離があるから、キャリーとベルには聞こえ無かったにゃんね」
「マズい感じの声?」
「叫び声だけでは何ともいえないにゃん、少なくとも悲鳴とは違ってたにゃん」
おっさんの叫び声?
「明確な救援要請じゃない場合は近付かない方がいいよ、獲物を追い込んでる可能性もあるから」
「了解にゃん」
方向もわからないから、どっちにしても近付くのは無理だ。
「にゃ?」
急に尻尾がゾワワってした。
「また聞こえたの?」
「そうじゃないにゃん、急激にマナが濃くなったにゃん、予定通り引き返した方が良さそうにゃんよ」
防御結界のレベルを上げた。
「間違って魔獣の森に入ったかもしれないにゃん」
「本当に?」
「いえ、それは有り得ないのです、ここは普通の森のはずなのです、植生がまったく変化していないのです」
「でも、マナが上がってるのは間違いないにゃん、オレはともかくキャリーとベルの身体には良くないレベルにゃん」
「それは相当な濃度なのです」
「そうなの、何も感じないけど」
「にゃあ、いまは魔法馬の防御結界に守られてるから大丈夫にゃん」
「わかった、とにかく戻ろう」
「それがいいのです」
オレたちは馬を反転させる。
「にゃお、ヤバいにゃん、ますますマナが濃くなってるにゃん」
「急激なマナの変化は、最悪、魔獣が森を出てる可能性を考慮した方がいいのです」
「魔獣は濃いマナをまとってるらしいからね」
「にゃあ、魔獣だとしたらこの状況はマズいにゃんね」
「森の中に居る私たちは恰好の餌なのです」
「生きては帰れないね」
「心配いらないにゃん、どんなことがあってもふたりのことはオレが守るにゃん」
「こういう時は、三人で力を合わせるんだよ」
「そうなのです、私たちは友だちなのです」
「にゃあ、力を合わせて戦うにゃん」
これまでとは比べ物にならない程の巨大な気配を感じた。
ベルの最悪の可能性が当たったらしい。
「かなり大きいのがこっちに近付いてるにゃん」
「私も探知したのです、この大きさはたぶん魔獣なのです」
「本当に魔獣が森を出たんだね」
「もう間違い無いのです」
「魔獣の越境が確定にゃんね」
森の中をめちゃくちゃな速度でこっちに向かってる。
「にゃお、オレたちを捕捉したみたいにゃん」
「覚悟は決まったから大丈夫だよ」
「運良く生き残った人はプリンキピウムのギルドに報告なのです」
「にゃあ、心配しなくても誰も死なないにゃん、魔獣はオレたちが狩るにゃん」
「いいね、その意気だよ!」
「私も戦うのです!」
「にゃう、まずはオレにやらせて欲しいにゃん」
ロッジを出す。
「でも」
「にゃあ、オレは大きな魔法が使えるにゃん、まずはそれを試してみたいにゃん」
「……わかったのです、マコトの魔法は私より間違いなく強力なのです」
「それは間違いないと思うけど」
「ふたりはロッジの中に入って欲しいにゃん、魔法馬の結界よりずっと強力にゃん」
「わかったよ、でも、マコトが危なくなったら出て行くからね」
ふたりは馬を降りた。
「銃はロッジの中からでも撃てるから、好きに攻撃していいにゃん」
「了解なのです、私たちはマコトの足を引っ張らないようにするのです」
「そうする」
「心配無用にゃん、オレは簡単にやられないにゃん」
キャリーとベルがロッジに入るのを見届けてから、オレは馬で少し距離を取った。
マナの濃度が更に上る。
防御結界無しの人間が卒倒するレベルだ。
「オレは平気みたいにゃん」
普通の人間とは身体の作りが違ってる。
「にゃあ、来たにゃん」
実際に目にするとかなりの大きさだ。
魔獣は金属の鎧の様な外皮をまとった巨大な蛇だった。
貨物列車みたいな蛇が森の奥から猛スピードで突っ込んで来る。
オレの防御結界に当たって火花を散らしながら横をかすめる。
「にゃあ! でっかいにゃんね、これって本当に生き物にゃん?」
オレの結界をかすめた蛇はかなりの距離を使って反転した。
三階建ての建物より高く鎌首をもたげる。
「魔獣って言うより怪獣にゃん!」
蛇は口を開くといきなり炎を噴き出した。
「にゃあ!」
反射的に魔法馬を消し去り後ろに飛び退いた。
防御結界があるから、いきなりこんがりはないが洒落にならない熱を感じた。
「魔獣って本当に魔法が使えるにゃんね」
こんな図体なのにわざわざ人間を狙ってる辺り他の獣と変わらない。
間髪入れず牙を突き立てて来る。
「こいつオレを丸焼きにして丸呑みするつもりにゃん」
更に後ろに飛び退くとまたスピードの乗った貨物列車の勢いで突っ込んで来る。
加速が半端ない。
蛇はまた防御結界に弾かれる。
今度は近距離でターンしオレを胴体で囲む。
蛇がまた鎌首をもたげて牙を剥いた。
『シャァァァァ!』
「にゃあ、オレの逃げ場を塞いでまた炎を噴き出すつもりにゃん!」
魔力が蛇の体内を移動するのが感じ取れた。
オレからは魔力の流れが丸見えだ。
魔力はいったい何処から供給されてる?
魔力の軌跡を追う。
「にゃあ、そこにゃん!」
オレは、大蛇の中にある魔力の源を結界で隔離して流れを止めた。
魔力に変換されなかった濃いマナが口から漏れる。
魔力の源を隔離された鎧蛇は、魔法も使えなくなったみたいだ。
マナがどんどん抜けていく。
程なくして魔力を失った大蛇のすべての機能が停止する。
鎌首をもたげていた大蛇が崩れるように倒れ周囲の木々を巻き込んで横臥した。
その轟音が森に響き渡った。
「ふぅ~やったにゃん」
倒れた大蛇を格納した。
貨物列車一編成分って感じにゃん。
あれだけ濃かったマナが急激に低下する。
魔獣の森から越境して来たのは幸いこの一体だけだったみたいだ。
「にゃあ、流石に疲れたにゃん」
オレはその場に座り込んだ。
これが複数だとちょっとヤバかった。
「「マコト!」」
キャリーとベルがロッジを飛び出して来た。
「本当に倒しちゃったんだね、魔獣を倒せるなんて凄すぎだよ、ギルドに報告したらきっと大騒ぎだよ」
「にゃあ、そうにゃん?」
「この前言った通り魔獣は、冒険者レベルでは太刀打ちできないのです、軍隊で対応するものなのです」
「マコトがいてくれたら安泰だね」
「でも魔獣が狩れることがわかったら、マコトは間違いなく王都に連れて行かれるのです」
「そうだね」
「貴族や王族の権力争いの道具にされるのは目に見えてるのです、王都にはマコトの力を無理矢理にでも手に入れようとする悪いヤツがいっぱいいるのです」
「でも、マコトだったら負けないんじゃない?」
「混乱に拍車を掛けるのです」
「にゃあ、オレもそんな気がするにゃん」
「この場合、魔獣の目撃情報だけを報告して、マコトが狩ったことは内緒にする方がいいと思うのです」
「うん、それがいいかな」
「にゃあ、オレとしても大事にしないでくれると有り難いにゃん、まだ一匹と戦っただけだから次も狩れるかどうか自分でも定かじゃないにゃん」
「では、決まりなのです」
「にゃあ、今度こそ街に戻るにゃん」
オレたちは、魔獣の目撃情報を冒険者ギルドに報告するべく街に向かう。
魔獣の目撃情報は報告義務があるらしい。
ベルの忠告に従って魔獣を倒したことは秘密にする予定だ。
魔獣らしきものは、オレたちに気付くこと無く魔獣の森の方向に戻って行ったことにして口裏を合わせた。
帰りの道すがら、ふたりに魔獣の中にあった赤く透き通った丸い石を見せる。
大きさは野球の硬球ぐらいだ。
洒落にならない濃いマナを放っているので表面を結界で囲っている。
「おお、これが魔獣の魔石だね」
「たぶんそう言われてるモノだと思うにゃん、魔獣の魔力の源にゃん」
「魔力の源、魔石が魔獣のエーテル器官だという説は正解だったのです、大発見なのです」
「エーテル器官にゃん?」
「人間の脳の中にある魔法を司る器官がエーテル器官なのです」
「そう、人間の頭の中には、豆粒ぐらいの白い石が入ってるんだよ」
「それがエーテル器官なのです」
「にゃあ、確かにあるにゃんね」
キャリーとベルを治療した時に実物を確認済みだ。
いまの時代だと魔素変換器官はエーテル器官と呼ばれてるのか。
ピッタリの名前だ。
「それが他の人より少し大きいと魔法使いになると言われてるのです」
「だからベルのは、私のより少し大きいはずだよ」
キャリーよりベルの方が少し大きいのは本当だ。ほんの少しだけど。
「魔獣の魔石がエーテル器官だとすると比べ物にならない大きさだね」
「人間が太刀打ちできない理由がはっきりしたのです」
「にゃあ、魔力の生成力が半端ないのは確かにゃん」
魔獣の魔石は大きさも出力もその構成も人間のエーテル器官の上位のものになる。
エーテル器官じゃなくてこれはもうエーテル機関だ。
残念ながら、このエーテル機関の情報も精霊情報体には存在しない。
魔力を作り出す機関。
これは精霊情報体に記録されてる魔力炉の代わりに使えそうだ。
それにエーテル機関を使えば複雑怪奇な刻印を使わないで済むので、魔法馬を始めとする魔導具作りがより簡単になるんじゃないだろうか。
これは、いろいろ遊べそうにゃん。