従業員募集にゃん
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
「いらっしゃい、ネコちゃん」
冒険者ギルドに入るとカウンターで接客中のセリアがゴツい冒険者を脇にどかして声を掛けてくれた。
「にゃあ、順番どおりでいいにゃんよ」
「こちらはもう済んだから大丈夫よ」
済んだというか隣の窓口に回されていた。
「にゃあ、ごめんにゃん」
ゴツい冒険者は苦笑いを浮かべつつ場所を譲ってくれた。いい人にゃん。
オレは譲ってもらったカウンターに取り付いた。
「今日のご用件は何かしら?」
「にゃあ、ちょっとセリアに教えて欲しいことがあるにゃん」
「なにかしら?」
オレはノーラさんに伝えたのと同じことを伝えた。
「つまり冒険者として適性がいまいちで早く死んじゃいそうな人をネコちゃんのホテルで雇ってくれるのね」
「そうにゃん」
「依頼を出したらいいんじゃない?」
「依頼にゃん?」
「求人の依頼ね、プリンキピウムではないけど州都に行けば割りとある依頼よ」
「なるほどにゃん」
早速書き始めた。
『ホテルの従業員募集! 未経験OK、従業員寮完備、三食付き、ランク不問、報酬相談、アットホームな職場です!』
そこはかとなくブラック臭の漂う求人票が出来上がった。
「にゃあ、こんな依頼を出して冒険者ギルド的には大丈夫にゃん?」
「ええ、就職が決まったら最初のお給料の一〇%を収めてくれればいいわ」
派遣会社みたいだ。
「にゃあ、それはオレが負担するにゃん」
「何人ぐらい採用するの?」
「にゃあ、応募が来てからノーラさんと相談して決めるにゃん」
「あたしからも何人か当たってみるね」
「お願いするにゃん」
求人依頼を張り出してるとデリックのおっちゃんことギルマスが後ろで見ていた。
「本来、冒険者の引き抜きは困るんだが、食えないヤツらが別の道を探すのは仕方ないか」
「にゃあ、引き抜きが嫌ならギルドがちゃんと冒険者として食べられる様に面倒を見てやるしかないにゃんね」
「ああ、マコトが孤児院の子供たちにやってるようなか?」
「にゃあ」
「そうだな、今後は必要だな」
「最初に冒険者のイロハを教えればかなり違うと思うにゃん」
「それはあるな、考えておこう」
「にゃあ、費用はオレが持ってもいいにゃんよ、納税者を育てるのは知行主の義務にゃん」
「いいのか? マコトの持ち出しになるぞ」
「にゃあ、問題ないにゃん、後でがっぽり稼いで貰うにゃん。それで費用はペイできるはずにゃん」
「長い目で見れば、何もしないで獣の餌になるよりは儲かるだろうな」
「そういうことにゃん」
冒険者ギルドにも初心者講習の制度はあるのだが、ここしばらくまともに開講されてなかったらしい。
費用はオレ持ちでまずはそれを定期的に開催することにした。中堅の冒険者用のコースもあるということでそれも合わせて頼む。
上級者用は、残念ながら対象者がいないとのことだった。
金額は依頼扱いで大金貨三枚で収まった。
日々増え続けるオレの金貨には焼け石に水の出費だ。
「にゃあ、よろしく頼むにゃん」
「おう、任せろ!」
ギルマスのデリックのおっちゃん自ら請け負ってくれた。
○プリンキピウム プリンキピウム・オルホフホテル 厨房
ホテルに戻って厨房にいたアトリー三姉妹に求人の話をする。
「あたしたちよりできない冒険者はいなかったと思うけど」
アニタの発言は自虐ではなく真実なのが悲しい。
「それはわかるにゃん」
「孤児院出身の子は他に働き口がなくて向き不向きに関係なく冒険者になる子が多いから」
アンナのいうとおり孤児院の子に職業選択の自由はない。冒険者になるか娼婦になるかの二択だ。
「十五歳になる前に死んじゃう子も珍しくないし」
アネリは何人か思い出してるのだろう。
「危なくあたしたちもそうなるところだったよね」
「あたしたちはどちらかと言うと餓死」
「ウサギより危険な獣がいるところには行かなかったからね」
「にゃあ、賢明な選択にゃん。それで三人の知り合いで食い詰めてる冒険者はいるにゃん?」
「あたしたちの知り合いは皆んなそんな感じかな?」
「州都に行っちゃった子も多いよ、あっちは雑用系の仕事が有るから」
「こっちに残ってるのは少しできる子かな、あたしらは州都に行くお金も無くて残った口だけど」
「男子はこっちでも何とかなるけど女子は厳しい」
「にゃあ、そういった危なそうな冒険者からホテルの従業員を増やそうと思ってるにゃん」
「何人か紹介できるよ」
「にゃあ、助かるにゃん」
「でも、食い詰めてる冒険者の中には単に働きたくないヤツもいるから気を付けた方がいいよ」
「にゃあ、何処にでもいるにゃんね」
「冒険者なんて皆んな訳ありだから、変な人も多いし」
「勇敢でちゃんとしてる人ほど早死しちゃう世界だし」
「にゃあ」
オレも六歳で冒険者とか変な人のくくりなのは間違いない。
アトリー三姉妹から、三人ほど紹介してくれたのでランチの手伝いをした後に会いに行くことにした。
手伝いといっても厨房の隅っこでカスタードクリーム入りのドーナツを揚げていただけだ。
姉妹たちが紹介したかった子は、もうふたりいたらしいのだが、去年狩りに出たまま帰らなかったそうだ。
それが珍しくないプリンキピウムの現状を少しでも変えていきたい。
○プリンキピウム 市街地
午後一でパカポコとアトリー三姉妹から教えてくれた場所に向かう。
「その子たちも孤児院出身なんだね」
リーリはオレの頭の上でカスタードクリーム入りドーナツを食べてる。
アトリー三姉妹と話してる時にソフトクリームの魔導具に張り付いていたけどちゃんと聞いていたようだ。
「にゃあ、そうにゃん、これから会いに行く三人は孤児院出身でアトリー三姉妹の後輩にゃん」
ノーラさんもOKを出してくれたから後は本人たちの返事次第だ。
昨日一人が怪我をしたそうで今日は、三人で借りてる小屋にいるとのこと。
最近は、アトリー三姉妹がご飯を持って行ってあげたりしてるので以前よりはずっとマシになったそうだ。
前はアトリー三姉妹が獲物を分けて貰ってたとか。
借家を追い出された時も泊めてくれたが物理的に狭すぎて連泊は断念したらしい。
人間、他人には親切にしておくものである。
○プリンキピウム 三人の小屋
「にゃあ、こんにちはにゃん」
確かに小屋だ。
ホームセンターで売ってる物置小屋ぐらいしかない。
これでは三人でも狭そう。確かに六人なんてもっての他だ。
「誰? ネコちゃん?」
「ネコちゃんて、ホテルのオーナーの?」
ドアから顔を出したのはふたりの女の子だった。汚れてるけど可愛らしいお嬢さんたちだ。アトリー三姉妹の後輩だから十二~三歳か?
「にゃあ、オレはマコトにゃん」
「あたしはリーリだよ」
「「妖精さん?」」
「今日は三人にお願いが有って来たにゃん」
「「お願い?」」
「にゃあ」
オレは小屋の中に通された。
狭いけど綺麗に使ってる辺りは女の子だ。
「にゃあ、まずはアトリー三姉妹からのお土産にゃん」
三姉妹の焼いたパンの詰め合わせを渡した。
「「「ありがとうございます」」」
「にゃあ、お礼はあの三人に言って欲しいにゃん」
「今度、ちゃんとお礼するよ」
「にゃあ、まずは三人の名前と年齢を教えて欲しいにゃん」
「うん、じゃあ、あたしから」
さっきドアを開けてくれたうちの一人が手を挙げた。
「ベッティ・マーサー、十三歳。弓使いだよ」
くるくるの明るい金髪でやや小柄だ。
「次はあたしね、チェリー・マーサー。十三歳。いちおう剣を使ってるけど、ここ最近はナイフの出番が多いかも」
チェリーは、さっき出迎えてくれたうちのもうひとりだ。濃い金髪でストレートで体格は同じく小柄だった。
これは劣悪な環境のせいだろう。
「あたしはエミー・マーサー、十二歳。罠が専門かな」
怪我をしたのはこの子だ。青い髪でさらに小さい。本人は気付いてないみたいだが魔法使いの素養がある。
三人の姓が同じなのは、孤児院に引き取られた時に名前がなかったからだ。
名前が不明の子には、孤児院で同じファミリーネームが付けられる。いまの孤児院だとブレア、カラム、メグがそうだ。他にもちっちゃい子に何人か。
ビッキーとチャスにもそのファミリーネームが付くことになる。
「にゃあ、話の前にエミーの怪我を診るにゃんね」
「アニタ姉さんたちがネコちゃんに頼んでくれたんですか?」
「にゃあ」
「そんな大げさにしなくていいのに」
エミーは首をすくめる。
「ウサギにやられたにゃん?」
「うん、罠に掛かったウサギを回収するときにちょっと」
右足を負傷した様だ。
「にゃあ、確かにたいしたことはないにゃんね、でも治すにゃん」
治癒の光でほんの数秒の治療でエミーは完治した。エーテル器官もきれいにした。
「わっ、治った!」
「にゃあ、ついでにベッティとチェリーも古傷を治すにゃんね」
ふたりもエーテル器官のエラーを修正する。
「本当だ、昔の傷が消えてる!」
「えっ、じゃあ、あたしの背中の痣も消えてるの?」
「にゃあ」
チェリーの背中の大きな痣も怪我ってわけじゃないが消した。宝の地図とか失われた魔法式と言うわけでも無かったので。
「どれどれ」
ベッティがチェリーのシャツをめくって覗き込んだ。おっぱいが見えてるにゃんよ。
「うん、綺麗に消えてる」
「ありがとうネコちゃん!」
チェリーに抱き着かれた。おっぱいが出たまんまにゃんよ。
「マコトだからね! このぐらいどうってことないよ!」
リーリがオレの頭の上で威張る。
「にゃあ、ここからが本題にゃん」
「「「本題?」」」
三人が声を揃えた。
「にゃあ、今日来たのは勧誘にゃん」
「「「勧誘?」」」
三人そろって目をパチクリさせる。
「三人にホテルの従業員になって欲しいにゃん」
「「「ホテルの従業員?」」」
「にゃあ、そうは言ってもピンと来ないだろうから、二、三日滞在して雰囲気を感じてもらうのがいいにゃんね」
「ネコちゃん、その仕事ってあたしたちにできるの?」
ベッティが疑問を投げ掛ける。
「こんな仕事にゃん」
三人のエーテル器官を通して情報を流し込む。
口で説明するのが面倒くさいのもあるが、正確無比に伝えられるのだから利用しない手はない。
「「「えっ!?」」」
「にゃあ、手っ取り早く教えるのに魔法を使ったにゃん」
「「「スゴい!」」」
「あの、文字が読めるんですけど」
チェリーが壁に貼られた古いポスターを見てる。
「うん、前と違ってちゃんと読めてる」
ベッティも頷く。
「これもネコちゃんの魔法なの?」
エミーがオレを見る。
「にゃあ、読み書きと計算は出来た方がいいからサービスにゃん」
「ネコちゃん、気前良すぎだよ」
ベッティは呆れ顔だ。つまりそれだけ読み書きの重要性を理解してるのだろう。
アトリー三姉妹よりしっかりしてる。
「にゃあ、魔法使いには簡単なことにゃん」
「「「そうかな?」」」
「にゃあ、そんなことより早速ホテルに行くにゃんよ」
「いまから行くの?」
「そうにゃん、ちゃんとご飯もあるにゃんよ」
「「「行く!」」」
リーリも一緒に声をあげた。
○プリンキピウム 市街地
三人を乗せた馬車をパカポコとホテルに向かって進ませる。
「アニタ姉たちのパン美味しい」
荷台では三人がお土産のパンを食べてる。
「フワフワで甘い」
「アニタ姉たちがパンを焼けるなんてぜんぜん知らなかった」
エミーが知らないのは当然だ。
「にゃあ、アトリー三姉妹はぜんぶホテルで覚えたにゃん」
「「「ホテルで?」」」
「にゃあ、もともと料理人の才能があったにゃんね」
「あたしたちには微塵も見せてなかったよ」
なにも知らない状態でホテルに来たのだからベッティがそう思うのは当然だ。
「うん、火を熾すのも下手だったし」
チェリーは懐かしそう。そんな前の出来事ではないはずだけど。
「お肉も黒焦げか生焼けだったよね」
エミーはそう言うが、魔法や魔導具がないとオレだってそんなものだ。
「にゃあ、人は成長するものにゃん」
「うん、スゴい成長した」
「こんなパンが焼けるんだもん」
「美味しい」
馬車は三人がパンを食べ終わる頃にホテルに到着した。
○プリンキピウム プリンキピウム・オルホフホテル 従業員寮
裏口から従業員寮に案内する。
「ネコちゃん! なんかでっかい人形が歩いてたよ!」
「うん、歩いてた」
「もしかしてあれがゴーレム?」
「にゃあ、エミーが正解にゃん」
「何でエミーは知ってるの?」
「何で?」
ベッティとチェリーがエミーを見る。
「前にアンナ姉さんが言ってたよ、『ホテルにゴーレムがいる』って」
「聞いてなかった」
「同じく」
「ふたりとも、からあげを食べるのに集中してたから」
「からあげのときか」
「あれは衝撃的においしかったから仕方ないよ」
「わかるぅ~」
オレの頭の上でリーリがシンパシーを感じていた。
「にゃあ、部屋は横並びにベッティ、チェリー、エミーの順番でいいにゃんね」
「ちょっと待ってネコちゃん、それって部屋を一人で使っていいってこと?」
ベッティが確認する。
「いいにゃんよ」
「スゴい」
「あの、何をやらされるの?」
「ホテルの仕事全般にゃん」
「変なことじゃないよね」
「にゃあ、変なことをさせるホテルを六歳児が作ると思うにゃん?」
「変なことを聞いてごめん」
「いいにゃんよ、不審に思うのは当然にゃん、でもアニタたちがいるから安心していいにゃんよ」
「それもそうか」
「アニタ姉さんにアンナ姉さん、アネリ姉さんが呼んでくれたんだもんね」
こちらの常識に照らし合わせると危ないぐらい待遇がいいらしいことはオレもわかってる。
だか、こちらの基準に合わせるつもりはさらさらないけどな。
「にゃあ、ひとまずゆっくりするといいにゃん、それから支配人のノーラさんのところに連れて行くにゃん、何か疑問があったら聞いてみるといいにゃん」
「ノーラさんて、冒険者ギルドにいた人?」
「そうにゃん」
「あたしも噂では知ってるよ」
「あたしは知らない」
「にゃあ、今日は挨拶で働くことになったら、報酬とか細かいことはノーラさんと話し合って決めて欲しいにゃん」
「報酬って、住む場所にごはんが付いて報酬まで貰えちゃうの?」
「にゃあ、そうにゃんよ」
「ごはんは美味しいよ!」
リーリが付け加える。
「そんなの絶対にやるに決まってるじゃない!」
「うん、やるよ!」
「あたしもやる!」
「にゃあ、わかったにゃん、オレからノーラさんに話しておくにゃん」
「「「お願いします!」」」
「アトリー三姉妹にも手が空いたら来て貰うにゃんね」
「うん、パンのお礼を言うよ」
「おいしかった」
「また食べたい」
「コレットとフェイもいるから、わからないことがあったら聞くといいにゃん」
「コレットさんとフェイさんもいるの?」
「にゃあ、ふたりもホテルで働いてくれてるにゃん」
「「「スゴい!」」」
「にゃあ、着替えも入ってるからまずはお風呂に入るといいにゃん」
「「「お風呂!?」」」
「あれ? 知らないはずなのに何故か知ってる」
ベッティは不思議そうな顔をする。
「なぜか、あたしも知ってる」
チェリーも同じく不思議そうだ。
「これってネコちゃんの魔法?」
エミーはすぐにわかった。
「そうにゃん、部屋の魔導具もホテル本館の魔導具も全部わかるはずにゃん」
「うん、わかるよ」
「知らないのにわかるって変な感じ」
「一人部屋なんて初めてだから緊張する」
「にゃあ、直ぐに慣れるにゃんよ」
少なくともあの物置チックな小屋よりは快適なはずだ。
「「「ベッティ、チェリー、エミー」」」
コックさん姿のアトリー三姉妹が厨房から戻って来た。
「「「姉さん」」」
「スゴい、本当の料理人みたい」
「いや、本当の料理人だよ」
ベッティの言葉に突っ込むアニタ。
「姉さんたち本当に料理人だったんだ」
しみじみ呟くチェリー。
「信じてなかったんだ、食べ物を持っていったのに」
アンナは、ガーン!って感じだ。
「ちゃんと信じたからもう大丈夫だよ」
いちばん年下のエミーにフォローされる。
「エミーは大人だね」
アネリがエミーの頭を撫でる。言ってることとやってることが違う。
「にゃあ、三人のことを頼んでいいにゃん? お風呂に入って着替えたらまずはノーラさんのところに連れて行ってあげて欲しいにゃん」
「わかったよ、あたしたちに任せて」
アニタが代表して答えた。
「にゃあ、頼んだにゃん」
「よろしくね!」
リーリがオレの頭の上で手を振った。
ベッティ、チェリー、エミーの三人が働くことをノーラさんに伝えて報酬などの待遇面を決めてくれるように頼んだ。
追加の従業員をひとまず三人確保した。




