ホテルの名前にゃん
○プリンキピウム ホテル
「お帰りなさいマコトさん」
「ネコちゃん、お帰り!」
ホテルの入口でドアマンの衣装を着たシャンテルとベリルの姉妹が出迎えてくれた。
「にゃあ、ただいまにゃん!」
一〇歳と四歳のドアマンがドアを開けてくれた。実際にはゴーレムが後ろで開け閉めしてるけど。
続けてノーラさんにコレットとフェイに挨拶する。
「にゃあ、帰って来たにゃん!」
「「「お帰りなさい」」」
皆んな笑顔で出迎えてくれた。オレの留守中、問題はなかったようで何よりだ。
コックさんがひとりこっちに駆けてくる。
「ネコちゃんお帰り! 早速で悪いんだけどランチの準備を手伝って!」
厨房から飛び出してきたアトリー三姉妹のひとりだ。
「にゃあ、アニタにゃん?」
「正解! えっ、なんでわかったの?」
「六歳児の勘にゃん」
またはテキトー。
「とにかく厨房に来て!」
アニタに抱えられてそのまま厨房に運ばれた。
○プリンキピウム ホテル 厨房
厨房はすでにランチの準備が始まっている。
「ふたりともネコちゃんが来てくれたよ!」
アニタがオレを優勝トロフィーみたいに高く掲げた。
「おお! ネコちゃんだ!」
「ネコちゃん! 来てくれるって信じてたよ!」
アンナとアネリが寄ってくる。
「にゃあ、いま帰って来たにゃん」
「侯爵様たちが戻って来たのにネコちゃんがいないからどうしようかと思ったよ」
アネリがほっとする。
「準備はできてるし、オレがいなくてもちゃんとやれると違うにゃん?」
見た感じ何の問題も感じなかった。
「「「いまいち自信が」」」
きれいに声がそろったが元気がない。
前回は上手くいったけど、まだ自信につながるのには回数が足りないか。
「アニタもアンナもアネリも大丈夫! あたしが保証するよ!」
味見係のリーリがホバリングしながら仁王立ち。
「にゃあ、リーリが保証してくれるなら安心にゃんね」
「リーリちゃん」
「ありがとう」
「信用してくれてうれしいよ」
アトリー三姉妹が感動してる。
「さあ、ランチの調理を始めるにゃん、オレは見てるから三人でやるにゃんよ」
「うん、わかったよ」
「がんばる」
「そうだね、ここでがんばらないとね!」
「にゃあ、その意気にゃん」
アトリー三姉妹を元気づけて、オレは厨房の隅っこに待機する。
ランチはリーリが味見を繰り返した鶏のから揚げにタレを掛けたのを中心にした定食感あふれるメニューだが気にしない。
おいしければOKだ。
それに元はオリエーンス神聖帝国時代の宮廷料理のレシピだし。
他はアトリー三姉妹のアレンジした卵スープ。これは絶品だ。
サラダもきれいに盛り付けてる。男の手料理とは一味ちがうぜ。
「彩りも重要にゃんね」
オレは反省しつつ、すじ肉を煮込んでどて煮を作る。
「そうだね」
オレの頭の上で待機状態のリーリ。味見係は新しい料理に敏感だ。
「「「終わった」」」
アトリー三姉妹は全身全霊をかけて滞りなくランチコースを作り上げた。
「お疲れにゃん」
オレは隅っこでどて煮を作りながらその横でドーナツを揚げる。砂糖をまぶしたオーソドックスなドーナツだ。
「ネコちゃんのドーナツ美味しい」
「これはスゴい」
「うん、美味しいね」
アトリー三姉妹が揚げたてを食べてる。
「このサクフワがいいんだよ」
味見係の講評をいただく。
「こっちのお鍋は何を作ってるの?」
アニタが鍋を覗き込む。
「にゃあ、どて煮にゃん」
「「「どて煮?」」」
「すじ肉を煮込んでるにゃん」
「ネコちゃんは獣の肉を残らず使うから偉いと思う」
アンナに褒められた。
「おいしそうだね」
オレをじっと見るアネリ。味見係に立候補したいらしい。
「出来上がったら味見していいにゃんよ」
「「「やった!」」」
アトリー三姉妹と妖精が声を上げた。
昼食の後、ラウンジでくつろぐアーヴィン様に呼ばれた。
○プリンキピウム ホテル ラウンジ
「マコト、我輩に貸してくれた魔法馬を譲ってはもらえぬだろうか?」
「にゃあ、魔法馬なら最初から三人それぞれをマスターとして登録してあるにゃんよ、だから魔力を使わなくても専用の格納空間に出し入れができるにゃん」
「確かに便利な機能であったな、それに命も救われた。だからぜひ譲って欲しいのだ」
「にゃあ、マスター登録してあるからそれぞれアーヴィン様たちの馬にゃん」
「それはどういうことであるか?」
首をひねるアーヴィン様。
「にゃあ、アーヴィン様たちの馬ってことにゃん」
「マコトよ、このレベルの馬だと大金貨八〇枚は下るまい、それをただで譲ってくれるのであるか?」
「転売のできない仕様だからそこまでは高くないにゃん、主とともに生き、主が亡くなれば自壊する魔導具にゃん」
「なんと贅沢な」
「その人専用の魔導具だから仕方ないにゃん」
「譲ってもらえるのはありがたいのだが、ただというのは吾輩の気が収まらん」
「にゃあ、そうにゃん?」
貴族のメンツというよりアーヴィン様の矜持か?
「マコトには少なくとも三頭分で大金貨二〇〇枚は受け取ってもらいたい、これ以下は有りえぬぞ」
「そうにゃんね、だったらオレのホテルにアーヴィン様御用達のお墨付きが欲しいにゃん。大金貨二〇〇枚の価値は十分にあるはずにゃん」
「吾輩のお墨付きであるか。よかろう、我が家の紋章を使うことを許すのである。ここはプリンキピウム・オルホフホテルとするがいい」
「にゃあ、ありがとうにゃん」
○プリンキピウム プリンキピウム・オルホフホテル 前
こうしてホテル正面にオルホフ家の紋章とプリンキピウム・オルホフホテルの名前が入ったプレートと旗が掲げられた。
「おお、なかなかいいではないか」
アーヴィン様も気に入ってくれた。
「にゃあ、箔が付いたにゃん」
ホテル正面にしつらえたプレートとポールの上で風にたなびく旗を眺める。
「まるで、アーヴィン様がネコちゃんのホテルを乗っ取ったみたいですね」
キャサリンは遠慮なしだ。
「むしろ、マコトさんがアーヴィン様の隠し子説が流れる気がします」
エラが事態をややこしくしそうなことを言う。
「お義兄様の隠し子じゃなくてアーヴィン様?」
「貴族はそう思うのが普通です」
「そうにゃん?」
「吾輩は知らぬぞ」
アーヴィン様は首を横に振った。
「にゃあ、ノーラさん、ホテルの名前はどうにゃん?」
「侯爵様の紋章を背負うなんて畏れ多いのですが」
ノーラさんの顔がちょっと青い。
「十分にやれておる、胸をはるがいい」
「ありがとうございます。侯爵様の家名を汚さぬよう誠心誠意、務めさせていただきます」
すでにノーラさんのジャケットの胸ポケットにはホテル名の入ったオルホフ家の紋章が刺繍されている。
他の従業員の制服にも刺繍済みだ。
「隠し子はともかく、これで例え貴族が来てもイチャモンは付けられなくなるにゃん」
「無論である、このホテルを汚す者は我が家に喧嘩を売ったも同じなのである」
オレの横でアーヴィン様も頷く。
「ふざけたヤツには戦争にゃん」
「戦争である」
「ネコちゃんもアーヴィン様も冗談に聞こえないから怖いんですけど」
キャサリンが引き気味にオレとアーヴィン様を交互に見る。
「アーヴィン様もマコトさんも本気です」
「そうにゃん、エラの言うとおりにゃん」
「吾輩も本気である」
「何かあっても戦争よりもうちょっと穏便に解決してください」
「マコトさんがいじめられてもですか?」
「そんな輩は普通に殺します」
キャサリンは軽く殺害宣言をした。
「もちろん戦争は相手次第にゃんよ。時には力で思い知らせないといけない場合があるにゃん」
「そのとおりである、正道は力をもって切り開くものである」
「にゃあ!」
オレだって紛争解決に戦争が良くないことはわかってる。
だが、バカをのさばらせて不利益を被るのは勘弁だ。バカの道理よりもオレの道理を優先させることに躊躇はしない。そこはオレの好きにさせてもらう。
○プリンキピウム プリンキピウム・オルホフホテル 厨房
夕食の仕込みの時間になって、オレはまたアトリー三姉妹に拉致られて厨房に連れてこられた。
「今日の夕食はシチューだよ!」
メニューは味見係のリーリから発表された。
「どうしてシチューにゃん?」
夏でも空調が効いてるホテルの中なら問題ないけど。
「あたしが食べたいからだよ!」
妖精は清々しいほど自分の欲望に忠実だった。
「にゃあ、わかったにゃん、皆んながんばって作るにゃん、わからないところがあったらフォローするから安心して始めて欲しいにゃん」
教えるのは、精霊情報体か図書館情報体から引っ張った知識だけどな。
「うん、ディナーは任せて」
「やれると思う」
「いざとなったらネコちゃんが助けてくれると思うと心強いよ」
「おしゃべりはそこまでだよ! 手を動かして!」
「「「はい!」」」
アトリー三姉妹はリーリに注意されて調理を開始した。
シチューのレシピは伝授済みだし、三人はブラウンソースのビーフシチューを何度か作ってるから、いまさら慌てることもない。
「マコトも何か作りなよ」
リーリがオレの頭に着地する。
「にゃあ、そうにゃんね」
オレは格納空間で合成して作り出した白玉粉を再生した。
「何を作るの?」
「アイス大福を作るにゃん」
前世で某アイス大福をとにかくいっぱい食べたいと作ったことがあるからだ。買えば済むのだが、コンビニであだ名を付けられそうだから自作に走ったのだった。
前世で一人暮らしだったオレは、誰にも止められなかったのでアイス大福とカステラはそこそこ極めた。
主食系は毎日のことなのでどうしても外食かコンビニに流れたので、当時はほとんどやらなかった。
トップセールスは忙しいのだ。
嘘にゃん。
トップじゃないけど忙しかった。
これは本当にゃん。
「これがアイス大福なんだ! 危なく吠えそうになるぐらい美味しいよ!」
「なにこれ、美味しい!」
「ソフトクリームと対を張るおいしさ」
「美味しい! ネコちゃんこれおいしすぎるよ!」
オレの横でリーリとアトリー三姉妹が丸めたばかりのアイス大福を次々と口に運ぶ。
「にゃあ、鍋は大丈夫にゃん?」
「問題ないよ」
「今夜のデザートはこれだね」
「でも、足りないよ」
「皆んなが食べてるからでしょう!」
リーリが怒る。
「いちばん食べてるのはリーリちゃんだよ」
アネリに指摘される。
「てへ」
妖精は舌を出す。
「にゃあ、試食も味見もそこまでにゃん!」
アトリー三姉妹は自分の持ち場に戻っていき、リーリはアイス大福で火がついたらしくソフトクリームの魔導具に張り付いた。
○プリンキピウム プリンキピウム・オルホフホテル レストラン
アーヴィン様たちの夕食にオレとキンキンに冷えたリーリも同席した。
「スープが温かくて最高だね、身体に染み渡るよ」
「にゃあ」
リーリはコーンポタージュスープをおかわりする。
「マコトのホテルの料理人は実に腕が良い、吾輩の屋敷に連れ帰りたいぐらいである」
アーヴィン様はアトリー三姉妹に胃袋を掴まれた。
「三姉妹のコックさん、かわいいですよね」
料理以外の部分も評価しているキャサリンは近寄らせないほうがいいだろう。
「王都の高級レストランでも十分に通用するレベルですが、マコトさんの魔導具がないと力を発揮できないと思われます」
エラはよく見てる。
「それにマコトの用意した食材がないとどうにもならないよ」
リーリが条件を付け加えた。
少なくとも魔法牛と魔法鶏は必須だろう。
「もっと経験を積んでどこででも作れるようになったら後は本人次第にゃんね」
「三人を手放しちゃうの?」
「オレとしてはずっと働いて欲しいにゃん、でも本人の希望がいちばんにゃん」
「マコトさんほどいい条件を提示する雇い主はいないと思います」
「それはオレが平民上がりだからにゃんね」
「いいえ、平民上がりの貴族の方は部下に厳しい方ばかりです」
「ネコちゃんみたいに気前のいい人は、いないんじゃない?」
「そうであるな、代々貴族の人間の方がおおらかではある」
「にゃあ、そういうものにゃんね」
「ネコちゃんは貴族階級出身なんじゃないの?」
「違うにゃん、それにオレも誰彼かまわずにモノをあげてるわけじゃないにゃんよ」
オレ基準での善人のみだ。
悪いけど魂の中まで見ている。
「マコトさんの場合は、もっと対価を取るべきです」
エラにも忠告される。
「吾輩が言うのもなんであるが、貴族には油断せぬことだ」
「にゃあ、ヤバい貴族は大公国で一通り見たにゃん」
「マコト、真に危険な貴族はひと目でわかるものではないぞ」
「アーヴィン様みたいに見た目、怖いけどいい人もいるから」
「にゃあ、アーヴィン様は怖い内に入らないにゃんよ」
「マコトさんは中身が大人ですから、六歳の子なら普通は怖がります」
エラはオレのことをわかってくれてるようだ。
「にゃあ、オレは大人にゃん、誰も信じてくれないから主張をするのをヤメただけにゃん」
「うん、マコトは大人だよ!」
リーリが同意してくれるのはうれしいが、テキトーに話を合わせてる感が拭えない。
「こんなに可愛い大人はいないと思うけど」
キャサリンは多数派の信じない派だ。
「マコトさんなら腹に一物をもってる程度の人間にはまず騙されないと思います」
「にゃあ」
「ネコちゃんを騙したら後が怖いんじゃない?」
「当然です、マコトさんは実際に戦争をされてますから」
エラはオレの情報を集めていたようだ。
「おお、それはマコトの大公国での武勇伝であるな」
アーヴィン様も知っていたか。
「へえ、ネコちゃんスゴいんだね」
キャサリンは知らなかったらしい。
「わずか四〇人の少女を率いて大公国とはいえ、ひとつの領地を電撃的に攻略した手腕はとても六歳とは思えないそうです」
「人数を絞っての城攻めとは楽しそうである」
アーヴィン様は羨ましそうにオレを見る。
「そんなに活躍したら、いろいろ目を付けられるんじゃない?」
「普通ならそうですが、マコトさんは冒険者ギルドと大公国に多大な影響力を持っていますから、下手に手を出せばその二つを敵に回すことになります」
「影響力にゃん?」
「冒険者ギルドには膨大な富をもたらしましたし、大公国はいまマコトさんに手を引かれると国として立ち行かなくなります」
「それは噂に聞いたマコトの小麦であるな?」
「噂になってるにゃん?」
「近いうちに王国でも流通が始まるそうです」
「にゃあ、そうにゃん?」
「間違いありません。冒険者ギルドの仕切りなのでマコトさんには細かな報告が届いてないのでしょう」
「そうにゃんね、ほとんど丸投げ状態だからいまから細かく報告されても手に余るにゃん」
「冒険者ギルドは小麦を扱っておるのか?」
「いままで持ち込みがなかっただけのようです。大公国では商業ギルドが冒険者ギルドの下部組織として発足するようです」
「にゃあ、あの国は冒険者ギルドに有能な人材が多いから自然とそうなるにゃん」
「それと、ネコミミマコトの宅配便がかなり力を付けてるようです」
「それはマコトの関係であるか?」
「にゃあ、オレが作った小麦の運送組織にゃん」
やはりネコミミマコトの宅配便のネーミングがそのまま使われているのか。
冗談だったのに。
「マコトの作った小麦の配送組織が力を付けているのであるか?」
「そうです、元奴隷だった方々ですが、それ以前は軍の重鎮を始め、能力のない貴族に迫害された有能な人たちです。いまは大公国軍を上回る戦闘集団になっているようです」
戦闘集団?
言ってる意味がよくわからないのですが。
「すでに六つの領地を攻略して領主を追い出したそうです。表向きは大公領ですが実質マコトさんの支配地域だそうです」
それも初耳だ。
「これは下手にマコトに手を出したら本当に大変なことになりそうであるな」
「文字通り戦争です。ネコミミマコトの宅配便の彼らの士気の高さが普通ではないそうですから、最後のひとりまで戦うでしょう」
「王国軍より強そうであるな」
「冒険者ギルドと大公国のバックアップもありますから、王国軍どころか近衛軍でもただでは済まないと思われます」
「ネコちゃんは皆んなから愛されてるのね」
「奴隷から救ってくれたマコトさんに忠誠を尽くすのは当然かと」
確かに武器を渡すから忠誠は誓ってもらったが、話を聞くかぎりそれでは収まってないような気がする。
「本当に戦争になるね」
「にゃあ、オレはそれほど弱くないから心配しなくてもそこまでの騒動には発展しないにゃん」
「マコトならそうであるな」
「ネコちゃんに何かあったら、私も馳せ参じるから心配ご無用だからね!」
感極まったキャサリンに抱き着かれた。
「にゃあ、ありがとうにゃん」
ありがたいけどごはんの途中ではヤメて欲しい。
デザートのアイス大福は、防御結界を張ってから食べてもらった。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
大正解だった。




