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悪役令嬢ですけれど、絶対に悔い改めません!  作者: AICE
本編 ~悪役令嬢デスゲーム編~
9/21

Turn 08. 回想~雨の日の思い出~

 ボクがローズに初めて出会ったのも、こんな雨の日だった。

 

 生まれた日のことは覚えていない。気付いたときにはノラ猫だった。

 親はいなかった。多分、道ばたで死んでしまったか、どこかの家猫でボクだけが捨てられたか。

 大きくなるまで生きられるノラ猫は多くない。

 同じようなノラ猫たちを見て。それを虐げる人間を見て。それだけは理解していた。

 

 小さい体で。雨に打たれて。お腹が空いて。

 

 その日、しとしとと降る雨の中、名もないボクはゴミ捨て場の生ゴミを漁っていた。

 

 震える身体で魚の残骸を舐めていると、ふいに、雨が止んだ。

 

 「お腹が空いてますの?」

 

 びっくりするほど、きれいな女の子だった。

 

 人間は、ノラ猫を(しいた)げるものだ。

 そう理解していたはずなのに、逃げようなんて思いつかなかった。

 

 「そんなものよりも、これをお食べなさい」

 

 差し出された手のひらには、汚れ一つない食べ物があって、とても美味しそうないい匂いがした。

 ボクはぎこちなく近づいて、夢中になってそれを食べた。

 

 「あなた、一人ですの? お母さまはいらっしゃいませんの?」

 

 ボクは、掛けられた言葉の意味がよくわからなくて、ぽかんとその子の顔を見上げていた。

 すると、彼女はボクをフワッと抱きかかえた。

 ボクはそこらじゅう汚れていたのに、ひとつも気にする様子もなく、綺麗なレースの刺繍が入った胸元に抱き寄せてくれた。

 雨に濡れて冷え切った身体が、とっても温かかくなったのを覚えてる。

 

 「あなたさえよろしければ、うちに招待したいですの。来てくださいます?」

 

 ボクは、彼女が何を言ってるのかよくわからなかったのに、なんだかとっても嬉しくなって、「ニァア」とひと声鳴いた。

 彼女は、そこで初めて微笑んだ。

 

 「私はローズ。あなたのお名前は……ノワール。ノワールでいいかしら。私のお友達になってくださる?」

 

 名前。初めて呼ばれた、ボクの名前。

 

 その子の髪の毛は、雨の中でキラキラと輝いて。

 冷たかった雨は止んで。

 抱きかかえてくれた手のひらはあたたかくて。

 ごはんはとっても美味しくて。

 

 その子のことを、お日さまみたいだって思ったんだ。

 

 

 ◇

 

 

 「お嬢様! そんな汚らしい猫なんか拾ってきて……猫を飼いたければ、もっと上等な、きちんとした品種の猫を買って(しつ)けましょう。この子は里子に出しますから」

 

 ローズの家に入ると、なんだかローズは怒られているみたいだった。

 ボクみたいな小汚いのを急に連れ帰ったもんだから、教育係はカンカン。

 ローズは、「お世話もなにも全部私がする、だからどうしてもこの子がいい」って言って聞かなかった。

 ボクのなにが気に入ったんだか。

 

 結局、ローズのお父さんが帰ってきてから、ローズがちゃんとお世話するんなら好きにさせてあげなさいって言ってくれた。

 ローズのお父さんは、なんだかんだローズに甘かった。

 それで、ローズはボクを綺麗に洗ってくれて、すべすべした緑のリボンまで付けてくれて。

 リボンには「ノワール」って刺繍(ししゅう)まで付けてくれた。

 

 最初は首がゴワゴワして何度も外そうとしたんだけど、ローズがその度に付け直すので、そのうちに慣れてしまった。

 

 ボクが家の中を汚したり、物を壊したり、食べ物をこぼしたり、人を引っ掻いたり。

 そんな悪さをする度に、家の人達にローズは怒られていたみたいだった。

 

 「やっぱり、ノラ猫なんか拾ってくるから」

 

 「ノラ猫は人には懐かないんだから」

 

 「黒猫なんて不吉だわ。横切られただけでその日は憂鬱になる」

 

 ボクが悪く言われると、ローズはいつも反論して、ボクのことを庇ってくれた。

 ローズはボクのことを決して怒ったりぶったりしなかった。

 

 ボクは次第に、ボクのことでローズが怒られるのはいやだなと思うようになった。

 やさしくてきれいなローズのことが大好きだったから。

 

 ボクが大人しく、お行儀良くなると、ローズが褒められることが多くなった。

 

 「お嬢様はきちんとノワールの(しつけ)をされてますね」

 

 「ノラ猫はなかなか人に懐かないというのですが、お嬢様にはとても良く懐いていますね」

 

 「はじめはすぐに投げ出すものだとばかり思っていましたが、こうしてみると、この子を飼わせたのはお嬢様の教育にもよかったのかもしれません」

 

 だってさ。調子いいよね。

 ローズは別に、誰かに言われてボクを飼ったわけじゃないし、最初からずっと、とってもいい子だったんだから。

 

 ローズの(しつけ)がしっかりしてるって、ボクがちゃんとローズに懐いてるって、みんなが思い始めたら、使用人の人たちも、ローズのお父さんも、ボクのことを家の一員だと認めて接してくれるようになった。

 別にボクは、ローズに躾けられたから大人しくなったわけじゃないんだけど。

 まあ、細かいことはこの際いいよね。

 

 ある日、ローズのお父さんが、ボクにこっそり耳打ちしてきた。

 

 「娘はすっかり、キミに懐いてしまったようだ。娘はあれでいて(かたくな)性質(たち)でね。キミを拾ってきた日も、ローズにとっては辛い日だったから、キミが少しでも慰めになるのならと思っていたんだが……。これからもあの子のことを、よろしく頼むよ」

 

 もちろん! 任せてよ。

 ニャアと鳴く。

 

 その時は、言われた言葉の意味は半分くらいしか分からなかった。

 ただ、これからもずっとローズと仲良くしてほしいっていうのなら、それはボクがお願いしたいくらいだったから。

 

 でも、あとになって気付いたんだ。

 あの日、ローズが来ていた服は真っ黒な礼服だった。

 

 ボクが拾われた日は、ローズのお母さんのお葬式の日だった。

 

 

 ◇

 

 

 ローズが幼年学校に通うようになると、ボクはお屋敷で一人でお留守番することが多くなった。

 ローズは学校でも人気者で、なにかにつけ、よく学校の子たちからプレゼントを貰ってた。

 そうして貰ったプレゼントを、それは大事にしていて、ボクにも自慢して見せてくれた。

 

 「こんなに素敵なプレゼントを貰ってしまったんですもの。何かお返しをしなくちゃ」

 

 そうだね。ローズからの贈り物なら、みんなもきっと喜んでくれる。

 だってローズはちゃんと、相手がなにを貰ったら嬉しいか、いつもきちんと考えているもの。

 ボクの名前も、おいしいごはんも、リボンだってね。

 

 次の日、ローズはとても落胆した様子で帰ってきた。

 

 「私がプレゼントをあげようとしたら、いらないって言われてしまいましたわ」

 

 ボクはびっくりした。

 なんで? ローズはちゃんと、相手が喜ぶものをあげようとしたんでしょ?

 

 「私からのプレゼントは、『おそれおおい』んですって。私から何か貰ったなんて知れたら、『パパに怒られちゃう』んですって。私、そんなの、わからないわ」

 

 ローズは、泣いてはいなかったけれど、とても悲しそうだった。

 ボクはローズをなんとか慰めてあげたくて、彼女に近寄って、必死にボクの毛並みをこすりつけた、

 

 「……ありがとう、ノワール」

 

 そうすると、ローズはようやく微笑んで、ボクの頭を撫でてくれた。

 ボクの毛並みは、ローズがキレイにしてくれた毛並みだよ。

 ボロボロで、栄養も足りてなくて、汚らしかったのに、ローズが必死にお世話をして、こんなにキレイにしてくれたんだよ。

 ボクの全てはローズがくれたもの。それをいらないなんて、とんでもない。

 

 「私のお友だちは、ノワールだけですわ」

 

 嬉しそうに言ったローズのセリフは、同時に寂しそうでもあった。

 ローズは、こんなに素敵な子なのに。

 ボク以外にもいっぱい友だちができて、みんなに囲まれて幸せになってほしいのに。

 

 いつかみんな、分かってくれるよ。それでローズに沢山の友だちができても、たまにはボクと遊んでよね。

 

 

 ◇

 

 

 ローズが高等学校に入学して、ボクもすっかりこの家で貴族の一員らしさを身に着けたころ。

 

 「お父様、どういうことですの」

 

 ある日、ローズが珍しく、動揺して声を荒げていた。

 いつも穏やかに笑っているローズの剣幕に、みんな何も言えないでいるみたいだった。

 ボクは何ごとかと思って、慌てて声のする玄関まで飛んでいった。

 

 玄関には、ローズと同じくらいの年頃の女の子が、ローズのお父さんと一緒に立っていた。

 髪の毛は伸ばしっぱなしで、結わえていない。レースもフリルも付いていない、簡素なピンクのドレス。

 いかにも素朴な感じの子だった。

 

 「この子の名は、ヴィオレットという。ローズ、お前の妹だよ。ヴィヴィ、この子が君のお姉さんになる子だ」

 

 「そんなことは聞いていませんの。私のお母さまは、亡くなったお母さま一人きり。その子は一体、どこの子なのです」

 

 その女の子――ヴィヴィの茶色い髪と、緑の目は、どことなくローズのお父さんに似ていた。

 ローズもきっと、想像がついていたんだろう。

 

 ヴィヴィは、ローズのお父さんの、ローズのお母さん以外の女の人との間にできた、娘だった。

 ヴィヴィのお母さんは、庶民の出で、数年前になくなっていた。ヴィヴィが孤児院に暮らしていることを知ったローズのお父さんは、外聞を捨てて彼女を引き取って養子にした。

 ローズのお母さんが亡くなったことを、ヴィヴィのお母さんは知っていたんだろうけど、だからって連絡を取って後妻に収まろうとしなかったのは、褒めていいことなのかもね。

 なんにしろ、ヴィヴィが大人になるまでお母さんに何事もなければ、ヴィヴィはこの家に来ることもなく、ひっそりと幸せになっていたことだろう。

 

 公爵ともなれば、お(めかけ)さんがいるなんて、珍しいことじゃない。

 それでも、ローズのお父さんに今までそんな兆しは全くなかったし、ローズは、お母さんのことが大好きだったから、辛かっただろう。

 ヴィヴィが悪いわけじゃないと分かっていても、気持ちを抑えることができなかったみたいだ。

 

 妹といっても、ヴィヴィの誕生日はローズとほとんど同じだったから、同じ学校で同級生にもなると、どこへ行くにも一緒だった。

 

 ローズはヴィヴィにかなり冷たく当たってた。

 取り巻きと一緒に仲間ハズレにしてみたり(ヴィヴィはそもそも友だちがいなかったから、話しかけてくれる人がいるだけで嬉しそうだった)。

 靴に画鋲を入れたり(ヴィヴィはイジメだって気付いてなかった)。

 これみよがしにお金をバラまいて「欲しければ()いつくばってお拾いなさい」とか言ってみたり(ヴィヴィは拾って喜んでた)。

 ヴィヴィを家から追い出そうと、自立するように仕向けたり。(ヴィヴィは自立させてくれたことに感謝してた)

 

 ……まあ、色々と悪知恵をはたらかせはしたものの、全体的にヴィヴィには伝わってなかったんだけど、ヴィヴィのそのニブさに救われたのかもしれない。

 なんだかんだローズは面倒見がよくて、ヴィヴィが本当に困っていると全力で助けちゃったりして、ヴィヴィもそれを素直に感謝する控えめないい子だったから、次第にローズの心も落ち着いていった。

 ヴィヴィと普通に会話するようになっても、お父さんとはしばらく口を利かなかったけど。

 

 だからボクは、問題なんかあってないような些細(ささい)なもので、この広いお屋敷に新しく家族が増えたんだと思ってた。

 ボク以外に友だちがいなくて寂しそうにしていたローズに、年の変わらない妹ができるなら、それはいいことなんじゃないかって、のん気にそう思ってた。

 

 ローズの婚約者の王子と、ヴィヴィとが出会うまでは。

 

 

 ◇

 

 

 結論から言えば、王子はローズじゃなくてヴィヴィを選んだ。

 

 ローズが五歳の時、婚約する前から、二人は出会って将来を約束していたんだってさ。

 庶民の娘を正妃にするわけにはいかないから、諦めてただけなんだってさ。

 王子の家は、ローズの家と結婚したがってただけだから、ヴィヴィが公爵家の娘になるのなら、生まれがどうであれ結婚には支障がないんだってさ。

 

 ローズは、五歳の頃に結婚相手を決められて、ちゃんとその相手を好きになったんだよ。

 生まれにあぐらをかかないように努力して、王子が恥ずかしい思いをしないように、正妃に相応しい振る舞いを身に着けたんだよ

 この国のために、正妃として自分になにができるか、ずっと考えて、色々なことを学んできたんだよ。

 

 王子がローズに言ったセリフを、一字一句覚えてる。

 

 「君は僕よりもずっと強い。君にとって僕は、必要じゃないよ」

 

 そんな断り文句がある?

 もっとはっきり言えばいいのに。

 ローズは綺麗で、賢くて、勇気があって、だからローズと並んで比べられるのはイヤなんだってさ!

 こんなやつと結婚しなくてよかったよ。ローズにはもったいないもの。

 ボクは心底そう思った。

 

 でも、ローズは違ったみたいだった。

 自分の長年の恋心と、王子の心ない仕打ちと、ようやく好きになれてきたヴィヴィの存在と。

 上手く折り合いをつけることが出来なくて、苦しんでた。

 

 お父さんはボク以上にのん気なものだった。

 

 「自分は庶民の出だったヴィヴィの母とは結婚してやれなかったが、ヴィヴィは好きな人と結婚できる。こんなに幸せなことはない。ローズも、政略結婚の婚約者(あいて)なんかじゃなくて、本当に好きな人を見つけて結婚しなさい」

 

 これを聞いて、ローズはキレたよ。

 

 「私のお母さまとは、好きじゃなくて結婚したとでもいうのですか!」

 

 ……ボクは、だいたいお父さんが全部悪いと思うんだけど、この人も別に悪人ではないからね。だからタチが悪いんだけどさ。

 

 ヴィヴィはと言えば、王子様と結婚できるのを素直に喜んでいた。

 この時ばかりは、この子のニブさにイラついたかな。

 ボクはなんだかんだ、ローズ贔屓(びいき)だから。

 

 でも、お父さんと違って、ローズの様子を気にしてはいた。

 「ローズは強くて、なかなか本音を言ってくれないから、心配だ」って。

 

 いい子だよね。だからローズが一人で苦しむハメになったんだけどさ。

 

 

 ◇

 

 

 そこから先のことは知らない。

 本当は、ボクがずっと、ローズの味方をしていたかった。

 だって、ボクしかローズの味方はいなかったんだから。

 

 

 最後の日。

 それは奇しくも、ボクが生まれたあの日と同じ、雨の日のことだった。

 

 雨の日が好きだった。

 ボクが初めてローズと出会った日だったから。

 

 ボクは何気なく外を散歩していた。

 道の向こう側に、雨の中でも美しく咲く、赤い野ばらが咲いているのを見つけた。

 これを摘んで持っていったら、ローズは喜んでくれるだろうか。

 

 お屋敷のすぐ目の前の舗装道路(ストリート)で、慌てて道を渡ろうとした。

 ボクに向かって、急なスピードで突っ込んでくる馬車に気付くことができなかった。

 

 

 ボクは最後の瞬間まで、君の幸せだけを願ってた。

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