Turn 06. 呪いの儀式魔術
次の安全区域にたどり着くと、残りの令嬢は『21』。
先ほどの田園風景のエリアが開けた場所だったせいか、割合的にはそこそこ減ったように感じる。
制限時間は残り15分程度。かなりの余裕を持って切り抜けることができた。
新しく広がった風景は、陰気な雰囲気の沼地だった。
「またドレスの裾が汚れてしまいますわね……」
お気に入りのドレスは、度重なる前屈移動で膝下がだいぶ薄汚れてしまった。
こんなことになるなら、お気に入りの服なんて寄越さないでほしいものだ。
「ボク黒猫でよかった」
そういうノワールの毛並みも、決して汚れが目立たないわけではない。
白猫だったらもっと酷いことになっていただろう、と思える程度だ。
取り巻きは出し入れするたびにドレスが綺麗になって出てくるので、つい羨ましく思ってしまう。
《取り巻き召喚》のスキルレベルが上がって、新しく増えたのは、黒のドレスの少女と白のドレスの少女だ。
懐かしく思い出す。
赤いドレスの少女と緑のドレスの少女は、幼年学校に入る前からの幼馴染。
金のドレスの少女と銀のドレスの少女は、幼年学校で出会った、成金の娘たち。
紅のドレスの少女と碧のドレスの少女は、中等学校で出会った、宝石商の家の姉妹。
ダイヤのドレスの少女真珠のドレスの少女は、ルビィとサファイアの双子の姉。
黒のドレスの少女と白のドレスの少女は、高等学校で出会った、没落貴族の娘だった。
「どうでもいいけど、ローズって取り巻きすごい多かったよね」
現在、呼び出せる取り巻きは十の大台に乗った。
取り巻きと呼べる人間はもう少しいたように思うから、レベルアップすれば、まだ人数が増えるかもしれない。
「私の取り巻きというよりも、お父様の力ですわね」
「そうかなあ。ボクはそれだけじゃなかったと思ってるけどね」
ノワールは、私自身の魅力で取り巻きがついたと言いたいのだろうか。
そうだと思えればよかった。
彼女らのことを友人だと心から思えていれば、破滅するような行動は慎めたのかもしれない。
私の父、マルデアーク公爵は、現皇帝のいとこに当たる。
広大な帝国領地の一角を治めているうちの一人だった。
生まれながらに、ほとんどお姫様のような扱いを受けながらも、学校には他の子のように普通に通った。
上流階級の子や、お金持ちの子しか来ないような、格式の高い学校だ。
その中ですら、私の存在は浮いていた。
教師ですら私に媚びへつらう有様では、生徒である彼女たちに「普通の友人のように接してほしい」と言ったところで、ただの命令でしかなかっただろう。
その命令すら「恐れ多い」で却下されるのだったが。
家で雇っていた家庭教師のほうが、まだ私に対して公平だったろう。
私には生まれたときから婚約者がいた。隣の国の王子様だった。
結婚すれば領地が大きくなるだけの、紛う方なき政略結婚だったけれど、それでもよかった。
私は、初めて出会ったときから、王子様のことが好きだったのだ。
しかし、彼は違ったようだ。私よりも先に、ヒロインに出会っていたのだ。そして、将来を約束していたのだろう。
友人については諦めていた。
それでも私には、将来が約束されていると思った。でも違った。
ヒロインについて思い出す。
ある日突然、お父様が家に連れてきた妾の娘。
私に対しても怯まなかったあの娘。
「王子様を取り合う立場でなければ、あるいはあの娘と、友人のような姉妹になれたのかしらね」
「案外、向こうはそう思ってたかもよ」
ノワールはそんなことを言う。
そんなバカな。私は彼女に対して、たくさん酷いことをしてきたのに。
「ローズのやることはなんていうか、あんまり意味がよくわからなかっただろうからね……いまどき靴に画鋲が入ってたからって、気付かないで履くわけでもなし。あとお金バラまくのに関してはあの子、喜んで拾って感謝してたよね」
「なっ! 古典の文芸作品に書かれていた手法を参考にしましたのに、意味がわからないなんて、教養のない証拠ですわよ!」
「イヤガラセするのに古典を参考にしてる時点で、なんていうかね。あとあの子、普通に教養なかったからね」
ば、バカにされている。
怒ってもいい場面だったのかもしれないが、根本からセンスを否定されたショックが思いのほか大きかった。
「あっ……ローズごめん、違うんだ。そういうことが言いたかったんじゃなくてボクがいいたかったのはね」
「もういいですわ……」
拗ねる私に、ノワールがなおも慰めようとして唐突に、くしゅん、とくしゃみをする。
沼地に入ってから、確かに少し肌寒い感じがする。
ノワールを拾い上げて、胸に抱えた。
「ローズ、いいよ、汚れるよ!」
「私も少し肌寒いところでしたの。いいから大人しく抱き抱えられてくださいませんこと」
ノワールは諦めたように大人しく丸まると、少しでも綺麗にしたいのか毛並みを舐めはじめるのだった。
◇
僕はシズク=アクナレナーイ。
アクナーレ王国の第二王子なのだが……なぜかここに居る。
最初の白い部屋で、「あなた達は悪役令嬢です」って書かれてたんだけど、僕、令息だと思うんだけど。
なんで呼ばれたのかわからないけど、ヒロインになれとか言われても、僕男だから困るんだけど。
確かに、よく女子に間違われるけど!
「いい加減、その陰気な顔やめろよ、シズク。結局は戦うって決めたんだろ」
この、ちょっと口の悪いのは僕の使い魔。昔に愛用してた髑髏、名前はシャーレ。
友達がいないボクの唯一の話し相手だけど、いつも僕のことをバカにしてくる。
でも、コイツの言ってくることはいつも正論だ。
「そうだね。ここを形造った魔術はきっと、僕の範疇内だから……」
アクナーレ王国は、古くから呪術だけで生き残ってきた小国だった。
古代の文献から、文明崩壊前の前代文明、果てはどこかにあるとされる異世界まで、ありとあらゆる世界の呪術について、その痕跡を調べ上げ、王族だけが知る秘宝として代々受け継いできた。
その中に、僕が今置かれている状況と似た呪術がある。
――蠱毒。
古くから伝わる呪いの儀式魔術だ。
その大本は、百種の虫を壺に入れて閉じ込め、共食いをさせて、最後に残った虫を呪具にするものだ。
それを発展させた儀式魔術では、人間同士を争わせ、最後に残った一人は神霊へと昇華され、なんでも願いを叶えることができるという。
「僕の知っている儀式魔術かどうかはわからないけれど、多分この戦いは勝っちゃいけないやつだと思う。そうなんだろ、シャーレ」
「そうだな。いいカンしてると思うぜ」
きっと、シャーレは知ってる。この儀式魔術を組んだやつがどんなやつか。なにが目的か。
僕に何も言わないけれど、僕はたぶん、期待されてる。
でもそれは、勝ち残ることじゃない。この儀式魔術を阻止することだ。
そのために必要なことをしないといけない。
そんなカッコイイことを頭の中で考えてはいるものの、現実的にどうすればいいのかは、思いついていない。
「そんなに深く考えるなよ。シズクは考えるの苦手なんだからよ」
「だからといって、考えない訳にはいかないだろ」
「クカカ」
シャーレは愉快そうに嗤った。
僕のスキルは、《呪具知識》、《呪陣形成》、《呪具転身》。
スキルレベルが上がれば、今いる状況についても、もっと詳しくわかるかもしれない。
しかし、どれも戦いに向くようなスキルではなかった。
ここまでで倒せたのは二人だけ。それも、相性がよかったからだ。
「取り敢えずは、先に進んでまた呪陣を組むしかないかな……この沼地と僕の呪術は相性が良かったんだけど」
《呪陣形成》は、地面に魔法陣を設置して呪いをかける、呪術の一種だ。近寄ってくる相手へ、罠として反応させるのが主な用途になる。
戦闘中に魔法陣を足元に敷いておき、踏んだ敵にのみ発動させるのが、一般的に知られている形成方法だ。
この魔方陣の式を一部書き換えることで、地面に対して直接呪いを起動させることができる。そうすると、そこを踏んだ相手に状態異常を与えることができるようになる。
とはいえ、地面を直接呪ってしまうと、土自体が見た目で判別できるほどに腐ってしまうので、普通の人は踏もうとは思わないだろう。
しかし、このエリアのように濁った沼地が随所にあれば、見た目がごまかされるので、相手に踏ませることができる。
解呪するか、術者が死なない限り、敵味方どころか人と魔物すら区別なく作物まで、あらゆる生命を呪う。
ともすれば不毛の大地を造ってしまうことになるため、倫理的な観点から、禁呪とされていた魔法陣だ。
この異空間であれば、倫理には気を遣う必要がない。とはいえ、この異空間のフィールド全てを呪うほどの魔法陣は僕には造れない。
だから、僕の近くに特に大量の呪陣を造って、身を守っていた。
僕にだけは、僕の造った呪いは効かない。僕に近寄ろうとすればするほど、相手は呪いを大量に受けて死に至る。
遠距離で狙われるとどうしようもないが、今のところはこれくらいしか戦う手段はないのだった。
そろそろ移動しよう、と思ったその時、こちらに向かってくる人影が見えた。
もう一人倒していけるかな?
そんなふうに呑気に構えていたが、それは間違いだったとすぐに気付かされた。
普通、呪いを食らった相手は、先ず走ることができなくなり、次に歩くことができなくなり、更には立っていることができなくなり、最後には息をすることができなくなる。
その人影は、脇目も振らず全速力でこちらに向かってきていた。
「えっ、な、なんで! ウソでしょ!」
想定していなかった相手にうろたえる僕。
空を飛んでこられたり、遠距離から攻撃されたら勝ち目はないとは思っていたが、地面を普通に歩いてここまで来るなんて!
赤いドレスの少女が見えたかと思ったら、その後ろには更に多数のドレス姿の少女がこちらに向かってきている。
思わず逃げようとするが、ぬかるみに足を取られてなかなか速く走れない。
そうしている間にも、相手はどんどん迫ってきている!
「うわあっ」
滑って、地面に倒れ込む。
泥水が口に入る。厭な味。
すぐに身を起こそうとする。後頭部に強い衝撃。
抑え込まれ、首を締められる。
意識が遠のく。遠のいていく。僕はここで負けるのか。死ぬのか。なにもできずに。
僕の懐で、シャーレが囁く。それは珍しく、とてもやさしい響きだった。
「いいんだよ、お前の本番は『死んでから』だ。そうだろ、相棒」
アクナーレの第二王子として生まれた、僕の特性。《呪具転身》。
それは、死して王の呪具となること。
そうだ。そもそも、ここに来る前から、僕は既に死んでいる。
「大丈夫さ、お前はここまでよくやった。だからきっと……」
◇
「つ、つらい、ですわ」
「大丈夫、ローズ?」
「ええ、なんとか。多分、もう大丈夫ですわ」
たまらず膝をついた私に、ノワールが心配そうに話しかける。
それでも今、急速に身体が楽になっていくのがわかった。
おそらく、この酷い身体の倦怠感の原因となっていた令嬢を倒すのに、成功したのだろう。
はじめはただの寒気だった。最初は気のせいかと思った。
次第に身体が重くなっていき、頭がガンガンと痛み始め、これは異常だと気付いたときには、歩くことも難しい状態になった。
ここからはただの推察になった。
先ほどまで不自然なほど疲れを一つも感じていなかったのに、急に体に変調が現れるのには何か原因がある。
敵である令嬢のスキルが怪しい。
私より先に、ノワールがくしゃみをしていたが、ノワールにそれ以上の変調はない。
生体が地面に接地することで、何らかの罠となるスキルが発動した可能性を考えた。
取り巻きについては何の変調の兆しもなかったが、単純に生体としてカウントされない存在なのかもしれない。
それまで、沼地のぬかるみのできるだけ浅いところを歩いていた。
よく見ると浅いところの色は、他のぬかるみよりも薄青く淀んでいる。
深い沼を避けて歩くという、人間の当たり前の行動心理をうまく突いた、毒の罠。
取り巻きたちに、『薄青いぬかるみ』の多い方へと辿っていき、その先に令嬢がいれば問答無用で全力攻撃するように指示をした。
この薄青いぬかるみを造った相手がいるとしたら、自分の身の回りをこれで固めて守っていると考えたのだ。
推察がどの程度当たったのかは知れないが、身体が楽になったということは、やはり他の令嬢のスキルによる罠だったのだろう。
薄青かったぬかるみは、赤っぽい茶色に変化していく。
確認すると、スキルレベルも上がっていた。
「相手が死ぬことで解除されるたぐいのスキルだったみたいで、命拾いしましたわね……」
「もう大丈夫なの? 本当に?」
「ええ、本当に。一瞬前まで、ひどい風邪のような感じでしたが、スッキリなくなってしまいましたわ」
ゆっくりと身体を起こす。
あのまま進行していたら、おそらく死んでいただろう。
とんだ搦め手だ。
ノワールは未だに耳を伏せて、心配そうな顔をしていた。
「ローズは限界になるまでつらいって言わないからなあ……」
「こんなにノワールが心配してくれるなら、たまには風邪を引くべきだったかもしれませんわね」
「まったくもう!」
ぷりぷりと怒るノワールを抱え込む。
あたたかい。
「あのねえ、ローズ」
少し思案して、ノワールはぽつりと呟いた。
「少なくともボクはやっぱり、ローズに取り巻きが多かったのは、キミの父親だけが理由じゃないと思うんだよ」
それは、心からの偽りのない言葉に聞こえた。
「ノワールが心からそう言ってくれるなら、私にはそれだけで十分ですわ」
これも私の、心の底からの、偽りのない気持ちだった。
------------------------------------------------------------------
■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル6
効果:発声することで、取り巻きを十二人召喚する
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル6
効果:念じることで、任意の一箇所に画鋲を出せる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル6
効果:念じることで、見知った通貨を960枚出せる