Turn 04. 30秒のエクエアリティ
「まだ居るんだろォが! 出てこいよ、お嬢ちゃん!」
冷静に、あの女戦士に勝つ方法を考える。
なんらかの方法で、肉体が異常に強化されている。
その前提でおそらく間違いない。ならば、どんな攻撃をしたところでほぼ通らない。
しかし、どんなに強化されている肉体だとしても、この場所でなら、100%葬ることはできる。
「危険区域に放り込むしかありませんわね」
危険区域は、中にいる人間にダメージを与えるものではない。
中にいる人間を三十秒きっかりで分解するものだ。
ダメージを負わせた取り巻きを危険区域に入れるとどうなるか。
草むらから飛び出す時、取り巻きの一人に腕を折られる程度のダメージを負わせて、草むらに置いてきた。
取り巻きが消えたのは、三十秒後だった。
どうしても攻撃が通らない場合に、危険区域に入れるのは有効かどうか、考えてはいたのだ。
「危険区域に入った時に、ダメージを加算しつづけるのであれば、ダメージを負った取り巻きが消えるまでの時間は短くなるはず。でも、ダメージのない場合と、消滅するまでの時間は変わらなかった。ということは、肉体の頑丈さとは関係なく、中にいればなんでも分解されると見ていいでしょう」
「すごいやローズ、そこまで考えて」
「本当は、禁止区域に放り込んだあとに、集団リンチすれば三十秒間耐久しなくて済むから、それを確認したかったんですけれど。そう甘くはいきませんわね」
「褒めてもいいんだけど、褒めづらい」
しかめっ面のノワール。
かわいい。
使える取り巻きは六人。私を入れれば七人だが、殴り殺されてはたまらない。
あとは、さっき草むらから飛び出した人数を彼女が数えていたかどうか。
服の色は把握しているかどうか。
相手はどの程度考えているか。
そこに賭けなければいけない。
「ノワールは適当に隠れて、戦闘に巻き込まれないように気をつけるんですわよ」
「わかったよ。……ローズ、ボクはキミの勝利を信じてる。でも、気をつけてね」
「ありがとう、ノワール」
ノワールの頭を一撫ですると、不思議と気分が落ち着いた。
冷静に、そして大胆に、相手を崩す方法を考える。
◇
一見して、動きはない。
だが、殺気は感じる。
先ほどは、何の気配もないところから、急に相手が出現してきた。
冷静なアタマで考えてみれば、明らかにおかしい。
いってみれば、オレのスキルだって明らかにおかしいし、相手も何かしらのスキルがあるのだろう。
どんなに警戒したところで、オレの背後を簡単に取れるようなスキルだ。
それであれば、このバズーカ砲は何の役にも立たない。
殴り殺したほうが速い。
砲身と弾を一旦捨てる。筋肉を柔らかく、弛緩させる。
あらゆる動きに対応できるように、イメージする。
それは、唐突に来た。
背後から組み付かれる。
今度は目は狙ってこない。締める気か、首に手が回される。
「ハハッ、効くか!」
《筋肉増強》で鍛えられているのは、体表だけではない。元は筋肉を固くしてダメージを軽減するスキルだった。
相手はどこか制限の外れたような動きと強さではあるが、所詮はお嬢様の細腕だ。
力比べでは負けるべくもない。
腕を取って、先ほどのように無理やりブン投げる。
その隙を縫うかのように、目の前にもう一人、急に現れたドレスの少女。
チッ、ニンジャかよ!
デカイ袋を振りかぶって、真っ直ぐオレの顎を狙って振りかぶる。
避けられないタイミングだ。
体表は無理と見て、脳震盪でも狙う気か。確かに、狙いはいい。
――《筋肉増大》。
避けられないタイミングでも、認識さえできればいい。
オレが、普通の数倍のスピードで動けば、『それ』は避けられる。
避けた勢いのままの速度で、相手の顔を掴む。
そこでオレは、違和感に気づいた。
コイツには、見覚えがある。そうだ、さっき倒したうちの……。
掴んだ瞬間、相手の姿が消えた。
オレは、勢いを殺せずに、大きく姿勢を崩した。
後ろから衝撃。体当たり。
足が浮き、踏ん張ることが出来ずに、倒れ込む。
倒れ込んだ先は、地面ではなかった。
ドレス姿の少女が六人、オレの身体を掴みに現れる。
「なっ……一人も倒せていないだと!」
マズい。
本能が告げる。
コイツらに、ロクな攻撃手段はない。トゲで目を狙ってきたのがいい証拠だ。
しかし、身体の自由を奪われて、オレは今運ばれている。
その方向は間違いなく、危険区域だ。
いくら身体が頑丈になったといっても、危険区域の中で無事に済むとは思えない。
「正気かよ!」
夢中で身体を振り回すと、ドレスの少女たちを振りほどくのは難しくなかった。
しかし、急に消えたり現れたりするせいで、バランスが取れない。
オレを運んでいるドレスの少女は全部で六人。
コイツらが、どういうインチキで何度も現れるのか、急に消えたり現れたりするのか分からない。
何をすればこの戦いが終わるのか、見当がつかない。
それでも、オレが消えるまでオレを押さえつけるしかないとしたら、コイツらも消えるんじゃないのか。
危険区域に、入った。身体が分解されていく。痛みはない。重みもない。ただ、自分の身体が、頼りなくなっていく。
オレの死で、終わるのか。
いや、まだだ。まだ焦るな。
身体を掴まれている場所に集中する。力を込める。
掴まれたすべての手を、一気に振りほどいた。
ドレスの少女たちが倒れ込む。
地面に着地する。身体が完全に消え去る前に、何としても安全区域にたどり着く。
《筋肉増大》だ。足に力を込めて、スピードを最大に。
これなら間に合う!
正面に、見覚えのない、青いドレスの少女がいた。
その目を見ればすぐにわかった。
そうか、お前か。オレの敵だったのは。
オレの捨てたバズーカ砲を構え、発射する。
前進するために最大にした筋力を、無理やりに捻じ曲げる。躱そうとする。
しかし、元から、直撃は狙われていなかったのかもしれない。
躱そうとした、その足元に着弾する。
――轟音。
身体が吹き飛ぶ。
あまりの衝撃に、意識が遠くなる。
視界が、アタマが、音がぼやける。
オレは今、地面に倒れ込んだのだろうか。
戦いの終わりには、相手の戦士に敬意を持て。
オヤジがそう言った意味が、今になって初めてわかった気がした。
そうか。オレが後継者に選ばれなかったのは、女だからではなくて、未熟だったからか。
身体が虚ろになっていくのを感じながら、胸は何故か満足感で満たされていた。
◇
「お、終わった……」
女戦士が消滅したのを確認して、私はその場に崩れるように座り込んだ。
彼女の使い魔と、武器も消えていく。
恐ろしい相手だった。
決して最初から、大砲で攻撃するつもりではなかった。
ただ、六人全員が振りほどかれた時、まるでそれを予め予期していたかのように、私の身体は既に動いて大砲を手にしていた。
そこまでの警戒に足る相手だった。
「ローズ! 大丈夫! 怪我は!」
ノワールが走り寄ってくる。
これが普通の戦いであれば、大砲を撃った反動で腕が壊れていただろう。
痛みはあるが、動きはする。怪我をしていないとはいえないかもしれないが、表面上、異常はないようだ。
「大丈夫ですわ。今回ばかりは肝を冷やしました」
「ボクは毎回冷やしてるけどね」
深い溜め息。
流石に疲れた。肉体が疲れたというよりは、神経が疲れた。一休みしたいところだ。
しかし、制限時間は無情にも、刻々と過ぎているのだった。
残り時間は一五分を切っている。
「時間を食いましたわね……先を急がないと、待ち伏せされていたら厄介ですわ」
「次に行かないといけないからね……少しくらい休憩時間がほしいところだよ」
「そうですわね。せめて紅茶とスコーンでも頂いてから出発したいですわ」
「それはくつろぎすぎ」
脱力したノワールを抱えて、柔らかい毛並みを撫でる。
それだけで疲れが癒えていく気がした。
よし、と気合を入れて立ち上がる。休んでいる暇はない。
新たに増えた、ダイヤのドレスの少女と真珠のドレスの少女を合わせて八人。先の偵察用に出しておく。
スキルのレベルアップは順調だ。
「画鋲は、役に立つ日が来るのかな……」
「まあ、今回みたいな異常な防御力の相手じゃなければ、もう少し使いようがあるのかも、とは思うのですけれどね……」
そんな会話をしながら、次の安全区域へと足を進めるのだった。
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル4
効果:発声することで、取り巻きを八人召喚する
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル4
効果:念じることで、『相手の体の下方』に画鋲を入れる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル4
効果:念じることで、見知った通貨を240枚出せる