Turn 02. 闘志を燃やす悪役令嬢
令嬢を一人倒したところで、エリア縮小までの制限時間が十分を切っていたため、急いで移動することにした。
「できれば、今のうちにもう一人二人は倒したかったかもしれませんけれど、無理をしても仕方ないですわね」
「ローズ、なんていうか、戦ったこととかないのに相手を倒すのに躊躇がないよね……これ、血とかは出てないけど、一応人殺しになると思うんだけど」
「失礼な。わかっていますわよ」
べつに、相手を意思や感情のない人形だと思って倒しているわけではない。
でも、こちらだって命がけだ。それに、相手だって覚悟しているはずだった。
「戦闘の意思がないのなら、白い部屋から動かないままじっとしているべきなのですわ。出てきたということは、相手にも覚悟があるのでしょう。遠慮するのはかえって失礼ではなくって」
「いいセリフだけど、みんながみんな、ローズほど覚悟してるわけじゃないと思うけど。まあ出てきた時点で相手も同罪だね」
剣士の令嬢だって、ためらいなく切りかかってきた。
あそこに立っていたのが私なら、一瞬で殺されていただろう。
殺された後どうなるのかは不明だが、このゲームからのリタイアは確実だ。
「そういえば、色々と試しましたけれど。取り巻き達を出し入れしたり、お金をばらまいたりするのに回数制限とかはなさそうですわね」
「魔術なら魔力量が枯渇したりすると思うんだけど、ローズのは魔術じゃないもんね。そもそもスキル扱いになってるのもちょっとおかしいけど、傍から見てるぶんには理不尽な魔法みたいに見えたから、当然っちゃ当然なのかも」
「何度もいいますけれど、実際はちゃんと準備してましたわよ?」
知ってるよ、とノワールはどこか自慢げにヒゲを揺らした。
「ローズは人一倍、努力家だったもの。努力の方向が明後日に向くこともいっぱいあったけどね」
「一言余計でしたわよ」
拗ねたように言ったのは、照れ隠しだ。
今までも、人から褒められたことはあったはずだけれど、ノワールの言葉はなんだか初めて、自分を認めてもらったように感じたのだった。
◇
エリア縮小が終わると、ブレスレットの数字は『43』になっていた。
既に最初の半数以下になっている。
交戦があったと考えれば妥当だろうか。
いきなり十人倒しているような令嬢が居ると厄介だな、と案じていたが、数値を見る限りではそういったことは起こっていなさそうだ。
全員、初期配置はマップの端だったのかもしれない。
安全区域まで移動すると、花園の光景は途絶え、草むらが広がっていた。広い砂利道と木や岩が点在している、田舎道と言った風情だ。
次のエリア縮小も、参加者が中央に寄るように設定されている。制限時間は先ほどと同じく『30:00』。
引き続き、赤い服の少女を先行させて、他の取り巻きを左右後方に配置し、身をかがめて進むことにする。
ドレスがだいぶ汚れてしまったが、命には代えられない。
新しく得たスキルの性能を確認して、わかったことがいくつかある。
最初はこのスキルでどう戦ったものかと頭を悩ませたが、《取り巻き召喚》はかなり使える。
複雑な命令でも問題なく履行できることに加えて、見た目が令嬢なのが特にいい。この調子で数が増えれば、もっと取れる戦術も増えるだろう。
発声しないと召喚できないことと、私の周囲にしか召喚できないことには気をつける必要がある。
《靴に画鋲を入れる》と《お金をバラまく》は、まだ『使える』というには心もとないが、レベルアップによって効果が増大しているのは確かなので、期待せず確認はしていこう。
新しく増えた、金のドレスの少女と、銀のドレスの少女を眺めて、ノワールがヒゲを揺らした。
「ディオとアルも結構古くからいるキミの取り巻きだけど、友達にはなれなかったの?」
新しく増えた金のドレスの少女と、銀のドレスの少女は、幼年学校で出会った成金の娘たちだ。
「悪い子たちではありませんでしたわよ。ドレスの趣味が悪くて、育ちが悪くて、感性が下品ではありましたけど。別にキライではありませんでしたし。必死で私に取り入って、上流階級の娘として認めてもらいたがっている様は少々滑稽ではありましたけど」
「それはフォローのつもりなの」
「そもそも、取り入ろうとしてくる子は、友達ではありませんでしょ」
赤いドレスの少女と、緑のドレスの少女に関しても、親の命令で私に取り入ろうとしていただけだったのが分かっていた。
幼いころはそれでも、友人だと思っていた部分もあるのだけれど、ことあるごとに「友人ではない」と気付かされ続けてきた。付き合いが長くなるほど、その頻度は高くなった。
私が彼女たちのために何かしようとするたびに、彼女たちがくれる言葉は「恐れ多い、やめてください」だった。欲しかったのは「うれしい」とか、「ありがとう」とか、そういう言葉だったのに。
彼女たちが喜ぶのはいつだって、彼女たちの親が『私の友人である娘』を褒める時だけだった。
ノワールは「仕方ないなあ」とため息を付いた。
私はイタズラ心で、ノワールにお願いをしてみた。
「ノワール、ちょっとだけでいいから尻尾を握らせてくれませんこと? こんなデスゲームに参加することになって、なんだかんだ緊張して落ち着かないので、何かを握っていたいのですわ」
「尻尾握りたいだけでしょそれ。ボク尻尾掴まれるとゾワゾワしちゃうから、絶対ダメだからね! やめてよね!」
毛を逆立てて怒ったそぶりをする。
私は微笑んでノワールの薄い耳を撫でた。
「あっ、こんなんで機嫌とったってダメなものはダメだからねっ。あう、もっと右ぃ、そのへんそのへん」
かわいい。
私の言うことをすんなりとは聞いてくれないノワールだからこそ、親友だと信じられるのかもしれない。気まぐれな私の黒猫。
ノワールとこうしてお話できるだけで、デスゲームに参加する甲斐があったような、そんな気がしてくるのだった。
めろめろになったノワールを抱きかかえようと手を伸ばしたその時。
斜め前方から飛来した火球によって、赤いドレスの少女と金のドレスの少女が炎上した。
◇
妾はマーガレット=コアークトゥ。
コアーク帝国の第三王女。炎の魔法を得意とする魔術師じゃ。
ゼンリョー王国の王女のせいでコアーク帝国は滅び、憧れのフッツ王子との縁談もなかったことになってしもうた。噂では、ゼンリョー王国の王女と結婚したと聞く。
妾はその噂を聞いて、人知れず涙した。
不可思議な声に応えて、こんな変な場所に転移させられたが、これは何か大規模な魔術なのじゃろうか。
いずれにせよ、戦って勝ち抜くしかない。ゼンリョー王国の王女には遅れを取ったが、あれは嵌められたも同然。
最初に交戦した少女は、人間相手に殺す気で戦うことに慣れていなさそうじゃったが、妾は違う。この炎の魔術で、人を殺めたことだってある。
「メグ、敵ダ」
杖を構える。
燃えるような赤い宝石を頂に抱いた、『炎王の杖』。魔術の威力を増幅させることができる、帝国の国宝の一つであり、今は妾の頼りになる使い魔じゃった。
ゼンリョー王国との戦いでも、こうして喋ってくれていたら、そう思う。
あの時は、魔術の負荷に耐えきれずに折れてしまったのじゃ。妾が回数制限に気付いていれば、避けられた運命じゃった。
「《探知》」
とっさに岩影に隠れ、呪文を唱えると、索敵範囲に二名の反応があった。
もしかすると、交戦中の令嬢じゃろうか。こちらに気付いていないのならば、都合がいい。
「《火炎球》!」
反応の片方に照準を合わせて、一撃必殺の魔法を撃つ。
相手が魔術で防御でもしない限り、塵ひとつ残しはしない。
さらにもう一撃。
二名も倒したら、妾の魔法もかなりパワーアップしたはずじゃ。
そう思い、スキルを確認した。
レベルは2のままになっていた。
「なんじゃ、反応が遅いのか? さっきはすぐにレベルアップしていたと思うのじゃが」
念のため《探知》を行う。
すると、驚くべきことに、反応は二つとも残っていた。しかも、早いスピートでこちらへと向かってきているじゃと!
「ま、まさか、相手の令嬢も魔術師? いや、それとも炎耐性の装具を身に着けているとか?」
こちらの攻撃手段は《火炎球》しかない。《魔法耐性》で相手の魔法威力を軽減することはできるが、攻撃が効かなくては倒せない。
一旦撤退じゃ!
後退しながら、既に目視できる距離にいた赤いドレスの少女と、金のドレスの少女に向かって、再度《火炎球》を撃つ。
二人の少女の姿が分解して消えていく。倒せた!
一発で倒せなかったのでうろたえたが、相手も《魔法耐性》を持っていたのかもしれない。
しかし次の瞬間、炎の中から、再び赤いドレスの少女と金のドレスの少女が現れた。
「バカな、さっきのは《幻術》じゃったのか!?」
《火炎球》を二連発ずつ叩き込む。
するとその炎の後ろから、今度は緑のドレスの少女が現れた。新手じゃと!?
杖を構え、慌てて《火炎球》を撃とうとした時。
「メグ、キヲツケテ、メグ、キヲツケテ」
『炎王』がそう喋ったのを聞いた。一瞬、思考が停止する。
――妾は今、《火炎球》を連続で何発撃ったのじゃ?
その、気を取られた一瞬で、眼前に迫った緑のドレスの少女の飛び蹴りを避けることができなかった。
◇
「こーわ。今のこーわ」
「恐ろしい相手でしたわね。姿も見せずに攻撃してくるなんて」
ひょっこりと木陰から身を乗り出す。
「確かにこわかったけど、それローズが言うの? 言っちゃうの?」
「私は姿は見せてますでしょ」
「囮を見せてるからって、自分を例外扱いにするのはどうかと思うよ」
索敵のために、四人の取り巻きを円状に配置しておいて助かった。
取り巻きが立ち止まる前に攻撃を食らったことと、赤いドレスの少女以外は匍匐前進させていたことを考えると、もしかすると、相手も隠れて索敵していたのかもしれない。
「魔法の軌道で位置が読めたからよかったものの、軌道の読めない魔法だったら危ないところでしたわ。遠距離魔法はやはり警戒すべきですわね」
「うっかりしたら、いきなり燃やされてたのかと思うとぞっとしないね……」
私の《取り巻き召喚》は使い勝手のいいスキルではあるが、やはり攻撃手段としては不十分だ。
相手がすぐに魔力切れしてくれたのは、運が良かったとしか言えない。
私のスキルレベルが上ったところで、次はまっとうな攻撃手段を持っている令嬢たちが、今後スキルが強化された状態で出てくることになる。
今のところ、相手の虚を突く形で上手く対応できているが、範囲魔法で広範囲を爆撃でもされたら、私に取れる手段はないのだ。
そう考えると、全く気は抜けないのだった。
危険区域から抜けるにはもう少し距離がある。
手早くスキルを確認すると、取り敢えずは新たに増えた紅のドレスの少女と、碧のドレスの少女も配置に加える。
「《靴に画鋲を入れる》と、《お金をバラまく》が、もう少し攻撃手段として頼りになればいいのですけれど」
「その二つが攻撃手段候補っていう時点で、心が折れてもおかしくないと思うよ。ローズはよく頑張ってるよ……」
ノワールが慰めるように、私の足に頭をこすり寄せた。
「ありがとう、ノワール。そうですわね、弱気はいけませんわね。ヒロインが王子と結婚すると聞いて、国中の教会を一晩で爆破した私ですもの。あの時の苦労に比べれば、やろうと思えばなんだってでますわ」
「監獄塔に送られるわけだよ」
ボクのフォローが台無しじゃん! とノワールからの抗議。
そして、はっと気付いたような顔をした。
「もしかして、監獄塔のそばの教会でヒロインが結婚式挙げたのって、あの教会だけしかもう残ってなかったからなの? ただの自業自得なの?」
「監獄内の教会を数に入れてなかったのは、ミステイクでしたわ」
まさか監獄内の教会で結婚式を強行するとは思っていなかった。
ヒロイン……手強い子。
「たぶんそういう問題じゃないと思う」
ノワールの視線はなぜか冷たかった。
◇
「もうすぐ、エリア縮小範囲を抜けますわね」
制限時間は残り三分弱。ギリギリというほどでもないが、それほど余裕のあるタイムでもなかった。
交戦が長引くと、それだけでタイムアウトしてしまう恐れがある。
相手が強敵になっていくことも考えれば、早めに進んでおいたほうがいい。
残っている令嬢の数は『36』。先ほどのエリア縮小後の数が『43』だったことを考えると、交戦せずに先へ進むことを優先した令嬢も多いかもしれない。
新しいエリアは、荒廃した街のようだった。
草むらはここまでで途切れている。家を遮蔽物にして進むしかなさそうだった。
遮蔽物があるのはこちらとしても助かるが、家となると、先に相手に潜まれるのも厄介だ。
「ルージュ、建物の中を見て、巡回して問題がなければ、入り口に出てきて右手を挙げなさい。できるだけ急いで」
手近な家を指定して、しばらく待機していると、問題がなかったのかルージュが出てきた。
家の中まで走って移動する。一分。
手間が掛かるが、安全には代えられない。
移動時間を少しでも短縮するために、取り巻き全員に同じ命令を出すことにしようとした。
まさにその時。
家が轟音とともに吹き飛んだ。
「なっ!?」
前方からの衝撃に、腕で顔をかばう。
今の攻撃の正体を探らなくてはいけない。土煙の中、必死に目を凝らす。
ほどなく、土煙が晴れていく。そこに。
目を疑うような光景に、思わず私の身体は硬直した。
そこには、モヒカン頭に棘付き鎧の、筋肉質な女戦士が立っていた。
手には大砲。
屈強な裸の男たちが、さながら一台の馬車となって、彼女を載せて走っている。
ちょっと待て。
「ま、まさかとは、思いますけれど」
呆然と呟く。
ノワールは白目をむいて反応がない。
そんな私達の反応を知ってか知らずか、彼女は声を張り上げる。
「お次の令嬢はどこのどいつだ! どこからでもアタシにかかってきなァ!」
「お嬢! ついていきやすぜェ!」
れ、令嬢の定義とは一体……。
いや、そんなツッコミよりもなによりも。
「あんなのと、一体どうやって戦えっていうんですの!?」
私の心からの叫びに、誰も答えてはくれなかった。
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル3
効果:発声することで、取り巻きを六人召喚する
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル3
効果:念じることで、『足の裏の下方』に画鋲を入れる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル3
効果:念じることで、見知った通貨を120枚出せる