Turn 01. 悪役令嬢 VS 悪役令嬢
出口を通り抜けると、そこは一面の花園だった。
「デスゲーム、というには随分と幻想的な光景ですわね」
腰元まで届きそうな花畑に歩み出す。
振り返ると、花園の中を四角く切り取ったように、先ほどの白い四角があった。
正面以外から見るとただの平面だが、正面からみると中には先ほどの空間が広がっている。
まるで、魔術で空間と空間をつなげたようである。
このデスゲームとやらも、魔術式で組まれたものなのなのだろうか。
周囲に人気はない。出会い頭に殴りかかられる、といったことはなさそうだった。
制限時間は残り五分を切った程度。まだ、余裕はある。
「慌てて部屋を出てしまいましたけれど、誰かと鉢合わせする前に、スキルを試した方がいいですわね。
ノワール、私のスキルはどう使えばいいんですの?」
腕の中の黒猫は、落ちないように体を丸めてバランスを取っている。
かわいい。
「ローズのスキルは、一見召喚魔法っぽいけど、ローズは魔術師とかじゃないからね。呪文とかがあるわけじゃないだろうから、そのまま説明通りに使えるはずだけど」
《取り巻き召喚》、《靴に画鋲を入れる》、《お金をバラまく》……。
どれも一見して頼りないスキルだが、武器に至っては薔薇一輪である。
どういう効果が発生するのか、しっかりと確認しなければ。
とりあえず、順番に確認していくことにした。
「私の取り巻きたち! 出てきなさい!」
とりあえず、そう呼びかけてみる。
「「はい、ローズ様!」」
赤いドレスの少女と、緑のドレスの少女が、そこにいた。
一瞬、見間違いかと思うほど、「気づいたら居た」というレベルでごく自然に目の前に現れたのだ。
なるほどなー、とノワールが感心した。
「いっつも、どこにいたんだよって思うくらい、ローズが呼ぶと直ぐさま参上してたもんね。それがスキルとして認識されたんだ」
「実際には、ちゃんと予め呼びつけて待機させていましたわ」
別に魔術で喚び出していたわけでも、監視されていたわけでもないのだが、第三者からはそう見えたのだろう。
懐かしい取り巻きの少女たちは本物そのもののようだったが、その表情はどことなく機械的で、本物の人間ではないような雰囲気をまとっていた。
赤いドレスの少女はルージュ。緑のドレスの少女はオリーブ。どちらも幼年学校に入る前からの長い付き合いだ。
「久しぶりですわね、ルージュ、オリーブ」
「「はい。ローズ様」」
「あなた達はスキルは持っていませんの?」
「「はい。ローズ様」」
「……わんわんにゃんにゃんぽっぴんぺけぺ?」
「「はい。ローズ様」」
会話が成立していない。
意思はなく、雑談相手にはならないようだ。
うーん、それならば。
「私のまわりをくるくると3回まわって、ブリッジした後に逆立ちして、二人でお互いに全力でビンタをした後、最後にワン、と言いなさい」
くるくるくる。ブリッジ。逆立ち。パァン! パァン!
「「ワン!」」
命令を終了した二人が、真顔で立っている。
本物のオリーブは鈍くさくて逆立ちができなかった。やはり本人ではない。
厳密には人間ですらなさそうだが、複雑な命令でも忠実に履行するらしい。
「なんか、ローズが二人のことを友達じゃなくて、なんでも言うことを聞く便利な道具だと認識していたのがよくわかるスキルだね……」
「ちょっと! 私がそう思っていたわけじゃなくて、周りから見てそうだったということでしょう!」
否定はできないが、人聞きが悪い。
取り敢えず、本人ではなさそうなので、遠慮なく色々と試させてもらうことにした。
「では、《これ》はどうかしら」
靴に画鋲を仕込む。
そう意識して念じる。
二人は、無表情のまま反応がない。
靴の中を確認すると、靴の中にはちゃんと画鋲が入っていた。取り巻きには、痛覚がないようだ。
「ローズがよくヒロインにしていたイジメだね。どういうタイミングでいつ入れたんだ? っていう場面もあったから、それを忠実に再現してるんだろうね」
「実際には、ちゃんとこっそり自分で入れたり、人を雇って入れてもらったりしていましたわ」
画鋲を靴以外の場所に出せるか色々と試してみたが、靴の中にしか出せないことがわかった。
使いみちがあるだろうか……。ちょっと気を逸らすくらいになら使えるかしら?
「最後は《これ》ですわね」
腕を思いっきり、札束を撒くように空高く放った。
途端、舞い散る札束吹雪。
「おおー。いっつも、どっから出してるんだその札束、と思っていたやつだね。懐かしい光景だね」
「実際には、ちゃんと懐に入れていただけですわよ」
札束は地面に舞い落ちると、その場にゴミのように集積した。
うーん、使いみちが思い浮かばない。
「見知った通貨……お金ならなんでもいいのかしら? 例えば金貨、とか」
呟くと、金貨が手のひらにドサッと落ちてきた。数えると、きっかり30枚。
私が認識しているお金であれば、割と何でもいいようだ。
もう一袋出そうとしたところ、手のひらに持っていた金貨は消えてしまった。ふと見ると、足元にあった札束も消えている。
15枚と15枚で2に分けて出すことは可能だったが、同時には30枚までしか出せなかった。
スキルにはレベルが設定されていたので、レベルが上がればもっと量を出せるのかもしれない。
「よく考えたら、そもそも上がるんですの? このスキルレベル」
「一応、敵を倒すとスキルレベルは上がるみたいだよ。逃げ回って生き残った人より、敵を倒して生き残った人のほうが、最終的には有利になるルールだってさ」
「……どのスキルも、上がったら上がったで、なにができるようになるのかよく分からないのが難点ですわね」
これが魔術の類であれば、上位魔法が使えるようになるとか、威力が上がるとかが想像しやすいのだけれど。
制限時間を確認すると、残り一分を切っていた。蒼かった光芒は、危険信号を示すように紅く光っている。
これが最後の確認事項だ。先ほどの出口(今は入り口だが)はまだ残っている。
「ルージュ、中に入って待機しなさい」
赤い服の少女は、命令どおりに中に入った。ピクリともせずに、棒立ちしている。
「オリーブ、自分の腕を引きちぎりなさい」
ノワールが、ぎょっとした。
「ちょ、ローズ! なんて命令してんの! 折角のキミの取り巻きを」
「私だってウキウキしてこんな命令をしているわけではありませんわよ。
でも、この子達を正確に使いきるためには、確認しなければいけませんわ」
ひどい、ひどい! と暴れるノワールをなだめて様子をうかがう。
緑の服の少女は、ためらいなく自分の腕を引きちぎろうとして、何度も力を込めるように動いた。
そしてやがて、しばらく動かなくなり……分解して消滅した。
「なるほど、腕が実際に引きちぎられることはないけれど、ダメージとしては計上される訳ですわね。耐久性も普通の人間と同程度に見えましたけれど……私の場合でも、同じようになるかは、ちょっとわかりませんわね。私の腕に関しても、一発で腕が切り落とされたりしないのなら、とってもいい情報になるのですが……」
「こわかった……グロいものを見なくて済んでよかった……」
「そうですわね、ドレスが血しぶきで汚れたりしてもイヤですし」
「そういう問題じゃなくてね」
ノワールはジト目でこっちを見ている。
大事な問題ですのに。血の染みってなかなか落ちないんですのよ。
そんなことをしている間に、紅く点灯した制限時間が『00:00』になった。
入り口が消えていき、その中にいる赤い服の少女も、分解されていく。
制限時間は、『30:00』からまたカウントダウンを始めている。
「ああー……ルージュが、ルージュがあ」
無力な身をもどかしそうに身を捩らせるノワール。
かわいい。
その間、私は制限時間のカウントを眺めながら、呟き続ける。「ルージュ、出てきなさい」、と。
そして、『30:00』になってから、およそ30秒後。
「はい、ローズ様」
どこからともなく、赤い服の少女が出現した。
次いで、緑の服の少女も呼ぶと、当然のように現れる。
「消滅したら再度呼び出せる、と。制限時間のカウントも併せて考えると、エリアの縮小で消滅するまでには、30秒の猶予があると考えてよさそうかしら」
この情報が役に立つかはわからないけれど、頭の中にメモをする。
ノワールは感心したように、まん丸な目で私を見つめていた。
「すごいね、ローズ。また呼び出せるってわかってて実験してたの?」
「そんなわけありませんわよ。使い捨てかもしれないと思ってましたけれど、一回こっきりで使えなくなるようならどの道ロクな使いみちがありませんもの。割り切って試しただけですわ」
「こわいことするね……」
相変わらずだなあ、と言ったノワールの声は、呆れたような目つきとは裏腹に愉快そうだった。
オリーブについても、問題なく呼び出せることと、性能に変わりのないことを確認する。
「ローズのスキルについては、だいたいわかったかな。
次のエリア縮小範囲が判明したから確認してみよう」
「《地図表示》」とノワールが唱えると、エリアの全体地図が透明なボードに表示された。
「赤くマーキングされている部分が、次の危険区域。緑色に点滅しているのが、ボクたちの現在地だ」
「なるほど、こうやって徐々に狭めていって、他の参加者との遭遇率を高めていくわけですわね」
私たちがいるのは、地図の随分はしっこだった。30分以内に危険区域から脱出しないと、先ほどのルージュのようになる。
このデスゲームがどういった理由で開催されているのか、術式を組んでいる何者かがいるのかすらわからないが、少なくとも積極的に戦わせることを推奨したルールになっている。
ふと右腕のブレスレットを見ると、現在の令嬢の数は『74』になっていた。
「戦う前から戦意喪失した子が、結構いたみたいだね」
気持ちはわからないでもないけど、とノワール。
戦いに向いていない性格の令嬢や、ロクなスキルもない令嬢は、諦めて勝負を投げたのかもしれない。
そういう意味では、私だって戦ったことなんてないし、私のスキルも大概なのだけれど、それだって諦める気はサラサラない。
彼女たちの気持ちは、私にはわからなかった。
「じゃあそろそろ移動しようか、ローズ。君のことだから、積極的に戦っていくつもりなんだろう」
「当然ですわ。勝利を得るために、リスクは恐れません」
スキルのレベルが上がるのは、最終的に有利になる。……はずだ。
そのためには、スキルの上がった相手と戦うよりも、上がっていない相手と戦ったほうが勝てる可能性は高いだろう。
私の目的はあくまでも、最後まで勝ち残って、ヒロインになること。
「と、その前に」
「どうしたの、ローズ。何か忘れてたことでも?」
「致命傷を負った場合に即消滅するかどうかと、即座に再召喚できるのか確認するのを忘れていました。ルージュ、オリーブの首の骨を折りなさい」
ノワールのゲンナリした眼差しが私に突き刺さった。
◇
あたしはシャルロッテ=ワルジャーナイ。
ワルジャーナイ伯爵の第一令嬢として生まれて、領内では知る人ぞ知る、名うての剣士だった。
最後は武闘会の決勝でヒロインに負けて、王子との結婚を祝福するつもりだったけど――小さい頃からずっと好きだった憧れの王子様のことを、本当は諦めたくなかった。
あの声に応えた時は、こんなことになるなんて想像もしてなかったけど、戦いなら得意分野だ。
他の、普通の、剣も握ったこともないような令嬢たちと、あたしは違う。勝ち抜ける自信がある。
「シャロ、油断は禁物ですよ。そう言ってアナタはヒロインに負けたんですからね」
今喋ったのは、私の愛剣『ノーブルファンタズム』。幼い頃から、この剣だけが私の唯一の信頼できる味方だった。
それがこうして会話してくれるなんて、まるで魔法みたいだ。
「わかってるわよ。でも、自信があるのは悪いことじゃないでしょ? スキルも全部戦いに向いてるし」
《瞬速》、《攻撃力強化》、《剣技》。どれも間違いなく戦闘スキルだ。元々の私の実力がレベル1と考えれば、レベルが上がれば能力を上乗せしてくれるかもしれない。
「できるだけ、ガンガンにレベルを上げていきたいわね。百人もいたら、何人かは強敵もいるだろうし」
言いながら花園を進んでいくと、遠くに赤いドレスの少女が見えた。
私以外の令嬢だ!
近寄って声をかける。
「そこのアナタ! 勝負を申し込むわ! 尋常に勝負なさい!」
白い手袋を投げつける。決闘の合図だ。
赤いドレスの少女は、まるっきりの無表情でこちらを見ていた。
一瞬、気圧されるものの、何かをする気配はない。
「なんだか、ぼんやりしているけど、斬りかかっちゃっていいのかしら?」
「何か罠を仕掛けているかもしれません。気をつけて」
「何かする隙も与えなければいいんでしょ」
《瞬速》。瞬きする間に距離を詰めて、一気に斬りつける。
確実な手応え。令嬢が分解されて、消滅していく。やった!
その瞬間。
「がっ……!」
後頭部に激しい衝撃を受けた。目の前がチカチカする。
一体なにが起こったの? 私の戦いを、どこかで見張っていて、遠距離から攻撃してきた令嬢がいた……?
続けて足元に、鋭い痛み。よろけて地面に倒れ込みそうになる。
バランスを取ろうと必死にバタつかせた手のひらから、剣が抜き取られる。
「シャロ! シャロ! いやです! 私がシャロを殺すなんて、そんなの」
そこで意識はぷっつりと途絶えた。
◇
「なんか今、この剣喋ってませんでしたこと?」
「多分、この子の使い魔だったんだろうね。ひどいことしたなあ」
剣士の令嬢の喉元から剣を引き抜くと、令嬢が分解されて消えていくのと同時に、手に取った剣も分解されていく。
できれば今後も使いたかったのだけれど、令嬢の持ち物や使い魔も、一緒に消えるルールのようだ。
手持ちの『武器』では一撃で相手を倒せるような攻撃力はない。
剣を引き抜いても、取り巻きと同様に血しぶきなどは出なかったのは、精神的にやさしい仕様だった。
「愛剣が一番の心の支えだったのかしら。なんだかネクラっていうか、寂しい人生ですわね」
「えっ。ローズがそういうこと言う?」
ノワールが驚きの声を上げる。
いったいどういう意味でしょう。
「私にはちゃんと、ノワールという親友がいますでしょ。道具を心の支えにするのとは違います」
「ツッコミしたいけど結構嬉しいから困っちゃうな、それ」
ノワールの尻尾はピンと立っていた。
赤い服の少女と緑の服の少女を一旦下がらせる。
作戦は成功だ。
私は、赤い服の少女と緑の服の少女が、何も知らない相手からすれば、令嬢に見えるのではないか、と思った。
赤い服の少女には、花畑をゆるい速度で巡回して、令嬢を発見したらその場で棒立ちしたまま相手の顔を見るように命令した。
緑の服の少女には金貨の入った袋を握らせて、花畑の中をほふく前進させていた。相手が赤い服の少女を攻撃したら、背後から後頭部に思い切り金貨の入った袋をぶつけるように命令した。
同じく花畑に潜んでいた私が、相手が足に刺さったであろう画鋲でよろけたところを見計らって、剣を奪い、喉を一突き。
相手が剣を持っていなかったら、即座に赤い服の少女を再召喚して首でも折らせるつもりだったが、剣のほうが確実に決着がつくと思い、プランを変更したのだった。
致命傷を負った取り巻きは即消滅、再召喚できることが分かっていたので、落ち着いて対応できたと思う。
画鋲は余り役に立っていなかったかもしれないが……まあいいだろう。
ノワールは、金貨の入った袋を前足でちょいちょいといじった。
「硬貨を入れた袋で殴りつけるなんて不良みたいな野蛮なマネ、どこで覚えてきたの?」
一瞬真面目に答えそうになったが、言外に非難されているだけのような気がするので、ここはスルー。
「思っていたより、上手くいきましたわね。
でも、相手が切りかかった瞬間は全然見えませんでしたわ。やっぱり、私が囮をするのは危険が大きいですわね」
「いかにも剣士って感じの子だったし、それなりの戦闘スキルを持ってたんだろうね。見ててヒヤヒヤしたよ」
ノワールが身震いすると、逆だっていた毛が収まった。まだ尻尾はふくらんでいる。
制限時間は残り十分を切っていた。
あたりを見回して、安全を確認する。
「今の戦いで、それぞれのスキルのレベルが上ったはずですわね。早めに確認しておきましょう」
そこまで期待しているわけではないが、心なしか自分の胸が弾んでいるのが分かる。
先ずは取り巻きから確認していこう。
「私の取り巻きたち、出ていらっしゃい!」
瞬時に現れる、赤いドレスの少女と、緑のドレスの少女と、金のドレスの少女と、銀のドレスの少女。
「「ふ、増えてる……」」
思わずノワールとハモるほど、随分とわかりやすいレベルアップだった。
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル2
効果:発声することで、取り巻きを四人召喚する
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル2
効果:念じることで、『靴または靴下の中』に画鋲を入れる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル2
効果:念じることで、見知った通貨を60枚出せる。