エピローグ
曇り一つなく、青い空。
私は、みすぼらしい囚人服から、質素な灰色のドレスに着替え、空の下を歩いている。
塔から続く石畳の道。
その先には、漆黒の塗装に金の装飾が施された、大きな馬車が停まっていた。
馬車の前には、見慣れた壮年の男性。
「ローズ! ああ、こんな……こんなにやつれて!」
「……お父さま」
私の父、ダニエル=G=マルデアーク公爵。
久々にその人のことを、「お父さま」と、トゲを含めずに呼べた気がする。
お父さまはそれに気付いてか、それとも気付かずにか、涙ぐんで私を抱きしめた。
「すまない、もっと早く出してやりたかったが、私の力でもこれが精一杯で」
「別に、構いませんわ。したことの報いは受けるべきですもの。それがどんな立場の人間であろうとも」
異母妹のヴィヴィと、私の元婚約者である王子の結婚式から、三ヶ月余り経っていた。
その間にも、取り巻きたちやヴィヴィとは面会があったが、お父さまは一度も来られなかった。
それを恨みに思うつもりはない。
立場を思えば、囚人に会いに来られないのは当然だ。
本来の刑期を思えばここから出るのは早すぎるのだが、お父さまにとっては長かったのかもしれない。
しかし私にとっては、ノワールと過ごした『あの世界』での出来事のほうが、長く感じるほどだった。
◇
「お姉さま……」
面会に来たときのヴィヴィは、それは酷い顔をしていた。
晴れやかな結婚式で見せた笑顔からは想像もつかないような、悲壮な顔。
結婚式が終わるまで、私が何をしたのか、どうなったのか――この子には、誰もなにも伝えなかったのだろう。
そうすべきだ。
本来は、花嫁が悲しい顔で結婚式を迎えるなんてこと、あってはならないのだから。
まあ、そんな偉そうに思っているが、原因はすべてこの私である。
「当日になって急に、監獄塔の中にしか教会が空いてないから移動だなんて、おかしいと思ったんです。どうして国中の教会を爆破なんて……いえ、それよりも、そもそもどうやったんですか」
「その話はおいておきましょう」
折角のいい雰囲気が台無しになりそうな気配を感じ、ストップを掛ける。
すべて私のせいだが。
「それよりも、結婚おめでとう。ヴィヴィ。これは、心から思っていますわ」
想像していたよりもスムーズに、私はそう言葉を紡ぐことが出来た。
ヴィヴィは、困惑したような顔。
「でも、お姉さま、あの人のこと」
「そうですわね。好きか嫌いかで言えば、好きでしたわ。でもそれは、あの方が私の婚約者だったからですの」
本心からの言葉だった。
彼が私の婚約者でなかったら、私は彼を好きになってはいなかっただろう。
だから本当に、これでいいのだ。
ヴィヴィは私の言葉を聞くと、暫くの間じっと見つめて、気の抜けたように肩を下ろした。
「お姉さまは、本当にそう思っているんですね」
「ええ。だから、安心しなさいませ」
久々に、ヴィヴィに向かって笑いかけることができた。
ヴィヴィも嬉しそうに笑顔を浮かべる。
それを、喜ばしく思えている私がいた。
もっと早くにわだかまりが溶けていれば、本当の姉妹のように、仲良く舞踏会や歌劇場へ出かけたりしたのかもしれない。
「お姉さま、いつかここから出たら、私の家に来てください。そうしたら一緒に……」
「それは出来ませんわ。ごめんなさいね、ヴィヴィ。私はあくまでも、囚人です。ここを出ることがあったとしても、犯した罪はなくなりませんの。貴方はもう公爵夫人なのですから、そんな人間とは関わりを持つべきではありませんわ」
「そんなの!」
関係ない、と言いたげなヴィヴィを目で制して、言葉を続ける。
「私はきっと、もう貴方と会うことはないでしょう。でも、最後にきちんと言葉を交わせたことを、嬉しく思いますわ。会いに来てくれて、ありがとう」
「お姉さま……」
面会終了のベルが鳴る。
監視人を見ると、「もう時間だ」と言わんばかりの難しい顔をしていた。
言いたいことは言えた、と思う。特に悔いは残っていない。
「あの方と、お幸せに。絶対に、もう実家に戻ってはいけませんわよ」
ヴィヴィはそれを別れの言葉と受け取ったのか、諦めたように席を立った。
「……ありがとう、お姉さま」
深くお辞儀をし、出口へ向かう。
その両手は強く握りしめられていた。
ヴィヴィは一度も振り返ることなく、退室していった。。
口ではああ言ったものの、生きている以上、ヴィヴィとまた出会うことはあるかもしれない。
もしその日が来たら、今度は友人のように会話できたらと、私は願うのだった。
◇
監獄塔から移送される馬車の中で、私は面会のときのことを思い返していた。
ヴィヴィだけではない。
友人ではないと思っていた、取り巻きの少女たち。
彼女たちにとって、囚人となった私に会いに来ることは、デメリットでしかないはずだった。
それでも、あのデスゲームで取り巻きとして現れた彼女たちは、私に会いに来て、涙ながらに訴えた。
「どうして、こんなことをする前に私たちにも言ってくれなかったのか」と。
おかしなことに、彼女たちは私に協力したかったらしい。
私には案外、悪のカリスマとしての才能でもあったのかもしれない。
ノワールの言葉を思い出す。
彼女たちが私のそばに居てくれたのは、私のお父さまだけが理由じゃない。
今なら、その言葉を少し信じられるような気がした。
私が監獄塔を出ることになったのは、お父さまの尽力だけではなく、彼女たちの嘆願も大きかったと聞く。
もともと、投獄というよりは幽閉に近かった身とはいえ、三ヶ月あまりでの出獄は早すぎるのではと思ったけれど。
ある意味では、私のしでかしたことの大きさが、こんな処遇に繋がったのかもしれない。
馬車が停車する。
「ローズ、おいで」
お父さまに手を引かれ、馬車を降りる。
王侯貴族しか乗らないような高級馬車を挟むように、灰緑の小型護送車が停まっているのは、なかなか異様な光景だった。
しかも、わざわざ公爵が囚人と同乗しているのである。
こういう特別扱いは良くないのではないだろうか。
とは思いつつも、お父様の厚意(罪悪感かもしれない)に素直に感謝する。
「ここが、私の新しい居場所ですのね」
到着したその建物を、見上げる。
それは、立派ではあるが、かなり古びた教会だった。
「ここは、大きさでは王都の大聖堂に劣るが、歴史上は最も古くから存在する、格式ある教会だ。総本山と言っていい。お前にはこの教会で、修道女としてこの教会の管理を行ってもらうことになる。それがひとつ」
「なるほど。それで、ふたつ目には何をすればよいのです」
「『話のつじつま』を合わせてくれれば、それでよい」
お父さまが言いたいことは、私の幽閉を解除する言い訳として、この教会に居場所を用意したということだろう。
それに伴って、私には何らかの役割があるといったところか。
折角お父さまが整えてくれた体裁を、自分からぶち壊すつもりはないので、ありがたく乗っておくとする。
「我が国の教会は認可制となっており、神父とは別に管理者を国が派遣しているし、建物の管理も国が請け負っている。それはお前も知るところだと思うが。……お前がそこまで考えていたかどうかは、父には分からぬが、此度発生した各地での教会爆破は、老朽化に伴う建て替えについての連絡の行き違いということになっておる」
「なるほど。苦しい言い訳ではありますが、筋は通りますわね」
「……当然、その連絡の不備の責任はお前にあったということになっておる」
悪びれずに答えたように思われたかもしれないが、率直な感想であって、決して悪いことをしたと感じていないわけではない。
そこは信じてほしい。
「だから全教会の管理における責任者として、国中の教会の建て替え費用をお前が捻出しなさい。手段はお前に任せよう」
「なるほど。……なるほど」
お父さまは簡単に言ってくれたが、国家予算並の金額である。
実のところ、各地の教会はかなりの老朽化とそれに伴う人気の低下、そして管理者の不足が加速化していた。
それも見込んで、事を起こしたのは確かではある。
しかし、こうなってみると、なんだか体よく使われている感じがしてしまう。
自業自得だが。
とはいえ、この教会に連れてこられると聞かされた時点で、ある程度こうなるのであろうと予測はついていた。
だから、私は余り驚かなかった。
お父さまは眉間にしわを寄せている。
「できないとは言わんのだな、お前は」
「お父さまは、できないと思っていますの?」
問い返せば、呆れたように溜め息を吐いた。
もしかすると、「できない」と私に言って欲しかったのかもしれない。
娘二人を急に手放す羽目になったお父さまの心情を思うと、申し訳ない気持ちが湧いてきた。
この父はなかなか寂しがりやなのだ。
「この教会は、損傷があったのが内部の礼拝堂だけであったからな。最低限の復旧は既に済んでおる。生活に支障はあるまい」
「『箱』が大きいですものね。まあ、内装さえメチャクチャになればいいと思っていましたから、別に建物自体を壊そうとは思っていませんでしたのよ」
「ローズよ……」
ちゃんと反省しているのか、と言いたげなお父さまの目を躱すように建物全体を眺める。
建物の規模の割には、閑散とした雰囲気がある。
庭には草が生い茂っており、手入れが回っていない印象を受けた。
それでも、建物の雰囲気は悪くない。
縦長の簡素なデザインだが、窓や屋根などには細かな飾りが凝らされている。
六世紀ほど前の建築様式が使われた柱には、青を基調にしたガラスのモザイクで慎ましやかに植物の意匠が描かれていた。
建物の中に入る。
そこには、随分と年若い神父がいた。
ひょっとして、私より若いのではないだろうか。
「お待ちしてました。この方が、この教会の新しい管理者ですか」
「ああ、君が神父か。随分と若いな。今日から彼女が管理者として任に就く。協力してやってほしい」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
お父さまに、挨拶をするように促される。
私は、完全に硬直していた。
黒い髪。金の瞳。胸元の十字架に結ばれた、緑のリボン。そして、聞き覚えのある声。
そんなはずはない。ありえるはずがない。偶然に決まっている。
そう頭で考えるのとは裏腹に、胸の内には不思議な確信があった。
幾ばくかの勇気とともに、声を絞り出す。
「ノワール、ですの?」
声はみっともなく震えてしまった。
彼はいたずらっぽく笑った。
「ただいま、ローズ」
沢山のブクマ、評価などいただきましてありがとうございました。
本編は今回で完結となります。
皆様の応援により、無事に完結まで書き進めることができました。重ねて感謝申し上げます。
また完結にあたって、感想、ブクマ、評価などいただけると、ものすごくうれしいです!
今後は、後日譚の更新をしていきますので、もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。
後日譚については、プロットがない状態なので、更新スピードが緩やかになるかと思います。
何卒ご了承ください。(内容は、少しはラブコメっぽくなるはず……たぶん)




