Turn 14. 全てこのための戦いだった
「私なら、このゲームの枠を壊して、完全勝利ができる。確か、マリアはそう言っていましたわね」
マリアは、力強く頷いた。
「カウントが『01』になったら、最終区域の中央に魔法陣が浮かび上がるの。勝者の生命がそこに入ると、それに反応して、エネルギーの収束が始まる。アナタは唯一、その時に自分の身代わりにできるモノがある。そうよね、シズク」
「あ、はい。マリアさんの推測の通り、ローズさんなら身代わりにできる生命を持っていますから可能です」
――影武者。
私そっくりの、動く人形。
私が起動して、入れ替わることで、私自身が願望器となることを避けることができる。そういうことか。
しかし。
私はふと気づく。
「それで、願望器を私が使えるようになるとして、あなた達の魂はどうなるんですの?」
マリアの前の話だと、ここから解放される唯一の方法だとか言っていた。
エネルギーが収束して願望器が完成してしまっては、彼女たちの魂は全て同化されてしまうはずだ。
「そう。だから、ここからはアナタへのお願いになるの」
マリアは、頭を下げた。
「お願い。その願望器で、このデスゲームを『正常な状態』に戻して。そうすれば、同化された私達の魂は、当初の通りにデスゲームの終了とともに解放されて、元の世界へ戻ることができる」
なるほど。
先ほど聞いたとおりであれば、魂は収束時に発生するエネルギーに必要なだけだ。願望器がなくなれば、おのずと魂は解放されるということか。
「アナタにとっても、一応メリットはあると思う。このデスゲームが『正常な状態』にならないと、アナタもここから解放されないわけだから」
「え……それは別に、私が願望器に「元の世界に帰りたい」って願えば叶うのでしょう?」
マリアは、あからさまに「ぎくり」という顔をした。
もしかして考えてなかったか、それとも分かっていて気づかないフリをしていたか。
私は、小さく息を吐いた。
そんな拙い説得をされなくとも、私の心は決まっていた。
「よくわかりましたわ。安心してくださいな。私は別に、そんなものに頼って叶えたい願いはありませんの」
マリアのホッとした顔を見て、なんだか少し、おかしな気持ちになった。
なんでも見通すことができるようなスキルを持つマリアでも、決して私の心の動きが読めるわけではないのだ。
「他の方々も、それで特に異論はないのかしら」
九十九人の令嬢たち。
そして、九十九人の使い魔たち。(厳密には剣とか杖とか、三体で一セットとかそういうのもいるようだったが)
彼女たちの顔を見る。
「元の世界に戻ったら、イチから道を歩み直すわ。剣は折れちゃったけど、絶対に打ち直してもらう。心があるってわかったんだもの。放っておけないわ」
「ありがとう、シャル。その日を待っています」
赤髪の剣士の少女。
見覚えがあるような気もする。
「まあ、そうじゃな。杖を修繕して、旅に出るのも良い。考えれば、滅びるべくして滅んだ国じゃ。新しい道を探すのも悪くはない」
「ツイデニ、回数制限モ増ヤシテ」
杖を持った炎術使い。
旅というのも、悪くないな。そう思う。
「オレはもう死んでるはずだからなあ……。ここにきたのはボーナスステージみたいなもんだし、敗者は勝者に従うのみだ。どこに帰ることになるかはよく分からねェが、まあなんでもいいぜ」
「ううっ、お嬢ーッ! 寂しいよォ、寂しいけど俺たちも頑張って生きていくよおお!」
三人のむさ苦しい筋肉男に泣きつかれている女戦士。
あの三人、もしかして使い魔だったんだろうか……。いや、そんな、まさか。
「わたしのやりたいことは、元の世界にあるから……だから、帰れるなら、それでいい。目覚めたら、今度こそ自分の力で、がんばるから」
「マスター、立派です」
ホウキに乗った魔法少女。
明るい顔で、前を向いている。
「僕も、もう死んでるんだよね……元の世界に帰って、また姉さんの御霊に戻るのかな?」
「お前、なんでここに来たのかまだ気付いてないのかよ。元はといえば、このデスゲームを了承しちまった姉の身代わりとして喚ばれたんだぞ。俺もお前も、これで晴れて自由の身だぜ」
シズク。
半分くらいは、彼女のお陰で助かったようなものかもしれない。
「……戻ればまた、弓を直して、敵を狩ればいい。……何度クエストに失敗しても、私の生きがい、それだけだから」
「ウチは戻ったら再アタックするんだから、負けたら負けたで早く元の世界に戻らないと!」
狩人の少女と、角の少女。
二人とも、なかなかガッツのある意見だ。
「じぶんは、戻ったら何をすればいいか、解らない。でも、いっぱい爆弾使えて、満足はしたから。ここでできたこと、元の世界でも、試すの。フ、ク、ク」
幼い爆弾魔。
……この子、元の世界に送還していいんだろうか。まあ私には無関係だからいいか。
「我も、元の世界に戻ったら、久々に実家に帰るか。二度もニンゲンに遅れを取るとは。もっと修行せねばなるまい」
「はっ! 魔王さま、お帰りをお待ちしております!」
巨大なドラゴン。
彼女の元の世界のニンゲンたちには頑張ってもらおう。私はしらない。
ほかにも、たくさん。たくさんの、それぞれの思いはあるだろう。
それでも、彼女たちは一様に頷いた。
「お願い、ローズ。黒幕に勝って。そして、このデスゲームを終わりにして」
「仕方ありませんわね。任されましたわ」
私は優雅にマリアの手を取り、お辞儀した。
誓いを示す動作をとる。
しかしこの誓いは決して、彼女たちのためではない。
ただ、気に食わない。
黒幕も気に食わなければ、デスゲームも気に食わない。
騙されたように参加させられたことにも、ノワールが悲しんだことにも腹を立てている。
その上、同じように騙された他の令嬢たちの魂を犠牲にして、願望器を手に入れる。
そんなのは、楽しくない。
結局は、それだけなのだろう。
「でもリリィを倒すためには、ここからあの最終区域に戻らないといけませんけれど、どうすればいいんですの」
「ああ、それならアナタの《取り巻き召喚》スキルで、最終区域に取り巻きを出せばいいのよ。アナタはまだ、生きた魂だから、スキルは問題なく使えるはず」
確かに、レベル10になったことで、取り巻きと自分の位置を交換できるようになった。
生きた魂に反応してエーテル素体が生成されるのであれば、私の魂が最終区域に現れた瞬間に、また身体が生成されるのだろう。
「でも、見えない位置に取り巻きを出したことは流石にありませんのよ? 本当にできますの?」
「それなら、問題ないです」
シズクが手を挙げる。
聞いたところ、この儀式魔術に関しては、マリアよりも彼女のほうが正確な知識を持っている。
「この場所は、『儀式空間の裏側』だっていいましたよね。位置的には、この場所は、最終区域と同一です。でも、ローズさんの取り巻きは魂ではないので、表側に召喚されることになります」
なるほど、理屈は通っている。
どのみち、できなければこの『裏側』に閉じ込められるしかないので、やってみるしかないのだが。
「ちなみにボクは、ローズが表に復活すれば、十五分後には正常な状態で再出現するらしいから取り敢えず気にしないで。万が一、リリィとの戦いが終わってないのに再出現しちゃったら、ずっと目は閉じてるから、ほんと気にしないで」
健気なノワールだった。
思わずノドをゴロゴロ撫でる。
かわいい。
では、準備はだいたい整ったというところか。
さて。
「ところで、私が勝ってこのデスゲームを正常に戻すのが、当然みたいに言ってますけれど、私が普通に負ける可能性はないんですの?」
「えっ」
マリアが硬直した。
途端、冷や汗をダラダラと垂らす。
「えっ。もしかして今まで、私が当然倒せると勝手に信じて、具体的にこうだから勝てそうという算段は全然ないとかそういう」
「えーっと、えーっと」
おい、マジか。
「我を倒したニンゲンならば、あの程度の小娘は一捻りであろう」
「そうだな、オレが倒されたくらいだしヨユーだろ」
この脳筋女戦士とドラゴンは、どれだけ自分の強さに自信があるんだろうか。
私はため息を吐いて、マリアに尋ねた。
「向こうは私のスキルについても、ノワールの目を通して見ていて、おそらく知っているのでしょう。向こうのスキルくらい私が知っても、決してアンフェアではないと思うのですけれど。マリア、リリィのスキルは分かるのですよね?」
「あっ、うん、そ、そうね。まあ、そもそもこのデスゲーム、始まりから全部インチキだし。ローズに勝ってもらわないと困るから、分かることは全部教えるつもりではいるのよ」
気を取り直したように、咳払いする。
「リリィのスキルは、《結界術》、《転移術》、《拘束陣》の三つ。大まかに説明すると、《結界術》は、好きな場所に自由な広さの空間を造れる。《転移術》は、同意を得た対象物または無機物を、任意の『指定』場所へ自由に転移させることができる。《拘束陣》は、相手の『行動』を指定することができる」
なるほど、リリィが自慢げに語っていた内容と辻褄が合う。
彼女はこの三つのスキルを使って、このデスゲームを設定し、罠を張っていた。
「《拘束陣》は、リリィの話からすると、準備が必要な上に一箇所しか置けないんでしたわね。見た目を隠すことくらいはできるみたいですけれど、そこまでの脅威ではないかも」
「そうね。それに、あの《拘束陣》は結構使いづらいとこもあって、厳密には、「陣を踏んだ任意の対象に、任意の行動を指定できる。また他の人から陣を見えなくすることができる」。だから、あの陣を直接踏まなければ発動しないの」
なるほど。例えば、空中を移動した場合には空中に判定はない。
それに、もしかすると……『障害物』を地面に広げることでも、陣を無効化できるかもしれない。
であれば、やはり、《拘束陣》の存在は考慮しなくても良さそうに思えた。
問題は残りの二つだ。
「一番厄介なのは、《結界術》と《転移術》の併せ技ですわね。新しい空間を無制限に造って、その中に逃げ込まれたら打つ手がありませんわ」
相手に一瞬でも隙があれば、画鋲の一刺しで決着がつきそうなものだが。
むしろリリィのスキルこそ、『相手の背後を取る』ことに特化しているように思える。
「ごめん、正直なところ、私にはあんまり妙案が思いつかないの。《結界術》は、厳密には、このデスゲームの結界外には空間を作れないけど、空間を歪ませて自由なスペースを造れる。ただ、既に彼女は専用空間を造っているから、今となってはこのスキルに余り使いみちはないかも」
確かにそのとおりだ。
つまり、一旦逃げ込まれたら、その時点で勝機は薄いかもしれない。
「《転移術》に関しては、その場所にマーキングをして『指定』しないと転移できない。だから、新しく造った空間に自由自在に移動したりはできないと思う。ただこれも、マーキングに特に制限はないから、あの白い空間には、既にたくさんのマーキングがあると考えたほうがいいと思う」
背後を取られて、《拘束陣》を足元に置かれたら、その時点でゲームオーバーだ。
私は、勝ちの目が高そうな手順を、計算する。
「……わかりましたわ」
刹那の判断力が問われる戦いになりそうだったが――思えば、ここに来てから、全ての戦いがそうだった。
だから、大丈夫だ。
覚悟は決まった。
私を送り出す、九十八の令嬢たち、九十八の使い魔たちに向きなおる。
スカートの端を持ち上げて、片足を引き、もう片足を軽く折り曲げる。そして、頭を深々と下げた。
「では、皆さま。ごきげんよう」
彼女たちに最大限の敬意を表して、私はその場を立ち去った。
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、取り巻きを十四人と、影武者を1人召喚する
また、それぞれと自分を入れ替えることができる
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、任意の箇所に好きなだけ画鋲を刺せる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、見知った通貨を好きなだけ出せる。




