Turn 13. 世界の裏側で
「やあ、ローズ。無事かい?」
眩い光が収まり、目を開ける。
周りは何もない、まるで夜空のような群青。
そこにいたのは、一匹の黒猫。
「ノワール?」
そうか、私は負けて、死んだのか。
となると、彼もきっと私と同様に死んでしまったのだろう。
こんな別れの時間を用意してくれるなんて、神様も粋なことする。
「無事も何もないような気もしますけれど、取り敢えずはなんともないような感じですわね。ノワールこそ、大丈夫ですの?」
先程までと、何も変わらない感覚。
すると、ノワールはゆっくりと首を振って、笑った。
「ボクは大丈夫。……ごめんね、ローズ。あんなの、君を裏切ったも同然だ」
「そんなこと! ノワールは抵抗しようとしてくれたのでしょう。そのせいで、動けなくなってしまうほど」
リリィが言っていた。心と身体が余りにかけ離れたせいで、齟齬を起こしたと。
「それだけじゃないんだ。君がこんなデスゲームに参加しなきゃいけなくなったのは、ボクのせいでもあるんだ」
ノワールは、目を伏せて、悲しそうに言った。
何を言っているのだろう。全てあのリリィとかいう少女が悪いのに。
「リリィが言ってただろ。『使い魔』を罠として使うために、大切な相手がいる子だけを選んだって。それだけじゃないんだ。リリィは言わなかったけど、決して彼女の《転移術》は万能じゃない。このデスゲームに相手を転移させるには、色々と条件がある。もっとも重要な条件は、『相手の同意』なんだ。ローズは、『ヒロインになりたいか』という問いかけに応えたでしょ?」
「確かに、応えましたわね。まあ、デスゲームに参加したいとは言ってない上に、先ほど知らされた真実を思えば、随分と詐欺じみた勧誘だったと思いますけれど」
しかし、転移に『相手の同意』が必要ということとなれば、確かに『使い魔』の転移はどうなっていたのか。
「そう。ローズがここに喚ばれる前、ボクたち使い魔も、このデスゲームに参加することを了承しているんだ」
言われるまで、気にもしていなかった。
確かに、私たち令嬢を喚ぶのに同意の必要があったなら、使い魔についてもその必要があってしかるべきだ。
私たち令嬢はみな、一様にヒロインになりたいと願った。
では使い魔たちは……。
ノワールの顔を見る。
「使い魔の願いはね。『令嬢にまた会いたいか』。このデスゲームで喚ばれた使い魔はみんな、経緯に差はあっても、主人と別れているんだよ」
それは、主人の死であるかもしれない。
自分の死であるかもしれない。
死ではなくても、長い時間、遠く離れてしまったのかもしれない。
でもその願いを、どうして責められるだろう。
私だって、ノワールにずっと会いたかった。
きっと他の令嬢たちだって同じはずだ。
「ここに喚ばれてすぐに、ローズが今どうなっているのかも見せられた。ボクは、なんとかしてローズにあの状況から脱却してほしかった。このデスゲームで勝ち残って、幸せを掴んでほしかった。いや……ただ、ローズが生き生きとしている姿を見たかったんだ」
ノワールの声は後悔に彩られていた。
「だから、ローズよりも先にデスゲームの説明を受けて、『マップ表示』と『スキル表示』の機能を組み込まれてた。今思えば、変な魔法陣の上に座らされてたから……その時に、あの行動命令も打たれてたんだろうね」
《拘束術》による、『主人を裏切れ』という行動拘束。
ノワールは、あの監獄塔の生ける屍のような私を見ていたからこそ、こんなデスゲームであろうと積極的になってほしかったのだ。
私がここに来ることを了承してしまった以上、彼もまた腹を括るしかなかったのだろう。
そう思うと、今までのことが腑に落ちた。
「ノワール、顔を上げて。私、このデスゲームに参加したこと、なにも後悔していませんわ。あのまま監獄塔に囚われていても、死んだも同然でしたでしょう。それに、ノワールにも会えたんですもの。後悔しているというのなら、あの日、貴方ときちんとお別れできなかったこと」
ノワールが死んでしまった、あの雨の日。
もっと何かしてやれなかったか。心残りばかりだった。
「まあ、負けてはしまいましたけれど。出来レースで、こんなスキルの割には敢闘したんじゃないかしら」
全て黒幕が勝つための出来レースにまんまと載せられた事自体は癪だったが、最後に一泡ふかせたせいか、それとも、こうしてノワールと最後に会話できたおかげか。
案外と、私の心は穏やかだった。
しかし、ノワールは驚いたように首を振った。
「そうじゃないよ、ローズ。君はまだ、負けてもないし、死んでもいない」
驚く。
そんなはずはない。
私はあの結界で、息も、鼓動すらできなくなって、あとは死ぬしかなかったはずだ。
しかしノワールは、驚きに言葉を失った私を見て、笑っていた。
嘘ではなさそうだ。
「一体、どういうことですの、ノワール」
「えーと、そうだね。何から説明したものか。まず、今のローズは、魂だけの存在なんだ」
つまり、どういうことだ。
なおも言い募ろうかと思ったが、なにからなにまで疑問点だらけで、説明責めにしてしまいそうだった。
取り敢えずは大人しく話を聞くことにする。
「このデスゲームは、彼女――リリィの造った結界でできてるっていうのは聞いたよね。そこにローズや、ボクたちを転移させてきたって。でもそれは、正確な表現じゃないんだ。転移させてきたのは、ボクたちの魂だけ。この結界内に、生きた魂が入り込むと、エーテル素体が生成される。それを容れ物にして、ボクたちは戦ってたんだ」
エーテル素体。
生命エネルギーを固体化し、自由に姿を変化させる万能物質。
『神の粘土』とも呼ばれるそれを、理論としては聞いたことがあるが、少なくとも私の世界では、その精製には成功していない。
「エーテル素体の耐久力は人間と同程度だけど、いわゆる生身と違ってダメージを受けても肉体は損傷しない。ただし、深刻なダメージを負うと、エーテル素体は固体を保てなくなって分解されてしまう。この時、死んだ魂は『儀式空間の裏側』に一時ストックされる仕組みになってる」
つまり。
「ここが、その『裏側』ということですの?」
ノワールは、そのとおり、という顔で頷いた。
「エーテル素体が分解されて、死んだ魂がこちらにストックされることで、残りの令嬢の数がカウントダウンする。そしてカウントが『01』になった時に初めて、残った令嬢が勝者として判定される。だけど、ローズはエーテル素体が分解される前に、生きた魂だけこっちに移動してきたんだ」
「……理屈は大体わかりましたわ」
リリィが私を倒す前に、私の魂がこちらに移動したことで、勝利条件は満たされなかった。
ということは、カウントは『02』のまま。
今頃リリィは、術式の不具合かと思って慌てているのかもしれない。
「でも、どうしてそんなことになったのかしら。それに、どうしてノワールがそんなことを知ってますの?」
「ああ、それはね」
少し気まずそうに照れながら、ノワールは後ろを振り向いた。
「彼らに聞いたのさ」
剣を持った赤い髪の少女、杖を持った魔法使い、筋骨隆々の女戦士、ホウキで空飛ぶ魔法少女、ボーイッシュな魔道士、密林の狩人、角の生えた雷使い、幼い爆弾魔、巨大なドラゴン……そして、マリア。
その後ろにも、大勢の少女たち。使い魔たち。
いつの間にか。
ノワールの後ろには、たくさんの人が立っていた。
◇
「はじめまして。僕はシズクと言います。……といっても、一応、君とは戦ったんですけど」
どことなく陰気な雰囲気の、ボーイッシュな魔道士が、前に出て挨拶する。
「僕のスキル、《呪具転身》は、一度だけ王の身代わりになる効果を持ってるんです。こんなデスゲームじゃ意味のないスキルだと思っていたけれど、どうやら僕を倒した時に、ローズさんが僕の『王』として設定されたみたい。ローズさんがリリィさんに倒されそうになった瞬間、僕のスキルが発動して、僕の魂が身代わりになった。結果としてローズさんの魂はこちらへ匿われたんです」
「あっ。もしかして、貴方。あの毒の沼地の相手ですの?」
「あ、はい。ご、ごめんなさい」
つい、うんざりとした顔をしてしまった。
どの戦いも決して楽しかったとはいえないが、毒の沼地の交戦相手は、その中でも群を抜いてイヤな相手だった。
シズクは、申し訳無さそうな顔をする。
まあ、シズクのおかげで助かったらしいので、文句をいうのも可哀想かもしれない。
「このデスゲームを終わらせるためには、リリィさんを倒して、カウントを『01』にしないといけない。でも、それだけでは、完全に勝利したとはいえないんです」
マリアもそんなことを言っていた。
そして、それができる可能性があるのが、私だけとも。
「リリィさんはボカしていたけど、この儀式魔術は、もともとはリリィさんが造ったものじゃない。古くから伝わる、誰が造ったかもしれない儀式魔術の方式なんです。本来は、参加者の魂の収束によって発生するエネルギーを動力に、それまでに分解された高濃度のエーテル素体を媒体にして、神を顕現させるのが目的でした。そして唯一の勝者が神に謁見したあと、次なる世界で『ヒロイン』になる――つまり神の恩恵を得ることができる。このデスゲームに集められた魂は、全員元の世界へと送還されます」
最初の看板は確かに、そんなようなことが書いてあった気がする。
あれはつまり、本来の儀式魔術の名残ということか。
「それを、リリィさんは根本から誤解していたんです。彼女はこの儀式魔術を、『勝者が神様になるための儀式』だと思っています。その解釈を元に、術式を自分の都合のいいように書き換えた。その結果、深刻な不具合が発生しています」
深刻な不具合……イヤな予感がする言葉だ。
確かにリリィは、『ヒロインになるの』と宣言していたが。
「結論から言うと、この儀式魔術で彼女の願いは叶いません。このまま勝者が確定すると、魂の収束エネルギーを糧に、勝者の身体は神霊になります。そして、敗者の魂はすべて、願望器を存続させ続けるためのエネルギーになります」
神を顕現させるだけであれば、エネルギーは一瞬でいい。
しかし、神霊として存続させるためには、エネルギーを保たなければならなくなるのか。
私は、神霊の炉心として動き続ける魂をイメージした。
「ただし、そうやって造ったそれは、『使用者』の願いを叶えるための願望器でしかありません。使用者がいないこの空間で、ただのエネルギーの塊として閉じ込められることになります。例えるなら、無人の惑星で『ランプの魔人』を生み出すようなもの」
あるいは、本来の儀式魔術のとおりに神を喚べば、リリィの願いも叶ったのかもしれませんが……。
沈痛な表情のシズク。
『ランプの魔人』。使用者の願いを三回だけ叶える精霊。莫大な魔力を持ちながら、自分のためには何一つ願いを叶えることができない。契約に縛られた奴隷。
彼女の話が本当なら、このデスゲームはこのまま進めても、誰も得をしない。
黒幕のリリィですらも。
しかも、度し難いことに、リリィはそれに気付いていないのだ。
そして、リリィを倒しても、勝者はこの空間に閉じ込められるだけ。
「なにが天才ですの、あのおたんこなす……」
私は、絶望的な気分になった。
「まあ、今の話を聞くと、だいぶ絶望的に聞こえると思うんだけど。言ったでしょ、ローズ」
マリアが、シズクのあとを引き継ぐように歩み出た。
そして、自信ありげに笑うのだった。
「アナタなら、このデスゲームに完全に勝利できる可能性があるの」
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、取り巻きを十四人と、影武者を1人召喚する
また、それぞれと自分を入れ替えることができる
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、任意の箇所に好きなだけ画鋲を刺せる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、見知った通貨を好きなだけ出せる。




