Turn 12. 最後の悪役令嬢
右手のブレスレットの数字は『02』人。
残る令嬢は、あと一人。
制限時間はあと十分といったところ。
マップを見ると、安全区域は大分狭くなっていた。
「いよいよ、これで最後だね」
「ええ……」
ノワールと二人、神妙な顔つきになる。
ここまで、長かったような、短かったような、不思議な感覚だ。
白い部屋で目覚めてから、五時間ほど経っているだろうか。
五時間もぶっ続けで戦ってきた割には、疲れもしないし、お腹も減らない。
制限時間に追われるように急いできたせいもあり、時間の感覚がかなり曖昧だ。
濃い五時間だった。
疲れのうち精神的なものに限っては、ないと言えば嘘になるだろう。
「本当のこというと、あんなスキルで、ここまで来られると思ってなかったよ。よくここまで来られたよね」
「そうですわね。私もですわ」
二人で、笑い合う。
よくここまで勝ち残れたものだ。
思えば、最初に自分のスキルを見た頃には、こんなスキルでどう戦うのかと頭を痛めた。
負けるつもりは毛頭なかったが、だからといって勝てると思っていたわけではなかった。
最高レベルに達したスキルを見ると、随分頼もしいスキルになったと思う。
……いや、はじめから戦闘に特化したスキルであれば、今頃は更なる劇的な強さを発揮していたのかもしれないのだが。
ノワールをチラリと見る。
最後の相手を前に緊張している風ではあるが、様子に変わったところは微塵もない。
マリアの言っていたセリフが今も気にかかってはいるが、どう気をつけろというのだろうか。
安全区域に足を踏み入れると、そこは真っ白な空間だった。
最初にいた部屋と同じような、何もない部屋。
ふと後ろを見ると、先程までの砂漠は消え失せていた。壁はなく、無限に続く白。
マップ上では、安全区域は円形に形どられている。
周囲がこうも真っ白だと、空間の広さどころか、自分の位置を把握するのもおぼつかない。
マップを見ながら移動しないと、危険区域に足を踏み入れてしまいそうだった。
ノワールは、なにかを探すようにウロウロしていた。
周りになにもない、誰もいないが、残る一人はここにやってくるのだろうか。
それとも、既にいるのだろうか。
私は、取り巻きと影武者を全員展開した。
こんな遮蔽物も何もない場所では、気休めにしかならないとも思うが。
「ローズ! ローズ! 助けて!」
遠くから、ノワールの叫び声。
慌てて探す。
見れば、ノワールが魔法陣の中に閉じ込められていた。
私は無警戒に、そちらへと走っていった。
ふいに、足元に光が浮かび上がった。
「――――な」
足元に魔法陣のような模様が浮かび上がる。
身動きが取れない。
出していた取り巻き達が、次々に消えていく。
ノワール! 声をかけようとした。
声が出せなかった。
ノワールは、いつの間にか魔法陣から開放され、ただうつろな目でこちらを見ていた。
『使い魔に気をつけて』
マリアの言葉が、警鐘のように頭の中に鳴り響く。
「あーっはっはっはっは、こんな簡単にいくなんてね」
唐突に、背後から得意げな少女の声が響いた。
後ろを振り向くことはできない。
カツン、カツン、と足音が響き、私の目の前へと回り込む。
そこには、魔道士のようなローブをドレス風に羽織った、長い黒髪の少女がいた。私と同じ程度の年頃だろうか。
「ごきげんよう、ローズ……だったかしらね。私の名前は、リリアン=ヒドゥ=ゴクアーク。よくここまで勝ち残りました」
いたずらっぽい瞳で笑う。
小馬鹿にしたような物言いにカチンと来て、思わず睨みつけた。
辛うじて表情くらいは動くようだ。
「あら、怖い。別に、馬鹿にしているわけじゃありませんのよ。ただ、貴女が勝ち残るとは思っていなかったの。だって、もっと強い令嬢は沢山いたんだもの。それこそ、貴女の倒したモヒカンスタイルの女戦士とか、さっき倒したドラゴンとかね」
私自身、よく勝てたなと思っているので、その言い分はわからないでもない。
しかし、当然のように私の名前を知っていて、私の戦った相手のことも知っている。
「なんでリリィがそんなこと知っているのか、って気になるかしら? 気になるわよね」
勿体つけるように、にやにやしている。
私はと言えば、「うわあー、自分のこと自分の名前で呼ぶ系の女だあー」としか考えられなかった。
彼女は、くるりとターンする。
「そう! 私がこのデスゲームの黒幕なのです! どう、驚いた?」
その眼球にいきなり画鋲を刺してやったらどんなリアクションをするだろう。
さぞかし爽快な気分になれると思うのに、スキルが発動する気配はなかった。
「その顔だと、予想はついてたって感じかしら。なあんだ、つまらないわ。でも、貴女を見ているのはとっても面白かった。ね、私達って似てると思わない?」
どこが。
ていうか、そっちはずっと見ていたとしても、こっちとしては初対面なので似ているかどうかなんて知るよしもないのだけれど。
喋れたなら、この上なく冷たい声でそう言ったはずだが、惜しいことに今は口がきけなかった。
「気品あふれる振る舞いとかー、手段は選ばないところとかー。まあ、私の方が全体的にカワイイし、頭もいいし、天才だとは思うんだけどー。このローブもお気に入りでね? 高い耐魔力の竜革に羊の金毛を編み込んでるんだけど、そのままだと可愛くないから王都のデザイナーにドレス風に仕立ててもらったの。この宝石もとっても希少で、リリィが可愛いからって貴族に貢がれちゃったんだけど……」
こ、こいつ。人が口をきけないのをいいことに好き勝手なことを。
もはや聞く気も起こらないような、どうでもいい自慢話をぺらぺらと喋り始める。
「まあでも、貴女にはとっても楽しませてもらったから、このデスゲームについても全部教えちゃおうかなー」
ぴくり。
思わず反応してしまう。
私の顔に興味の色が灯ったのがわかったのか、リリィは嬉しそうに口元を歪めた。
「リリィはね。とーっても優秀な魔導士なの。特に、《結界術》と《転移術》に関しては、万年竜にだって引けを取らない、大天才なんだから。今いるこの場所は、ぜーんぶリリィの《結界術》で造ったし、中身は《転移術》で持ってきたの」
中身、というのは、風景のことか。それとも集められた令嬢のことか。あるいは両方かもしれない。
結界術でこんな大規模の空間を構築するなんて話は、今まで聞いたこともなかったし、異世界から好きなように物質を転移させるという話も聞いたことはなかった。
大天才という言葉も、あながち間違いではないかもしれない。
「リリィは別に、趣味でこのデスゲームを開催したわけじゃないのよ? しっかりとした目的があるんだから」
胸を張って、勝ち誇るように宣言する。
彼女が自分のことを自分の名前で呼ぶたびに、画鋲を刺したい衝動に駆られるが、スキルは発動しない。
「リリィはね、神様になるの」
子供じみた無邪気さと、狂信的な執着が合わさったような、きらめく瞳。
その眼差しは、正気とも狂気とも言いがたかった。
どことなしに不気味さを感じる。
「『蠱毒』って知っているかしら。百の虫を壺に閉じ込めて、最後に生き残った一匹を強力な呪具にするの。これを元にした儀式魔術では、百の人間を集めて、殺し合いをして、最後に残った人間に百人分の力を集める。そうすることで、勝ち残った一人は神様へと昇華されるのよ。そうしたら、なんでも思い通り。そのために、同じような属性を持つ、優れた人間……願いが報われずに悪へと至った、高貴な少女たちが百人必要だったの」
いろんな世界から集めたせいで、ちょっとイロモノが混ざっちゃったけどね、とため息。
イロモノにばかり遭遇した気がするが、この際そこは重要ではない。
「とにかく、それを基礎に、細かい部分は弄ったの。だってリリィ、戦いは苦手なのに、リリィも参加して勝たなきゃいけないなんて、ひどい欠陥があるんだもの。だから、リリィの初期のスキルレベルとか、それと貴女たちの『使い魔』とか……開始時の設定に関する魔術式を色々と変えたのね。あとは、戦いを回避できるように、結界内にこっそり造った私専用空間に転移できるようにして、ほかにも色々。どう、凄いでしょ?」
リリィは自分の《転移術》とやらで、結界内を自由に移動できたということか。
おそらく私のいた世界では、彼女のいた世界ほどには、魔術が発展していないのだろう。
元になった儀式魔術がどんなものなのかも、それを書き換えることがどれだけ凄いことなのかも、私には分からなかった。
ただ、このデスゲームが、はじめから彼女だけが勝てるように仕組まれた茶番だったということだけは、よく伝わった。
「このマップは、集めた令嬢が最後の一人になったら、安全区域を渡るときに必ずこの最終区域に繋がるように魔術式を組んだの。この空間には、《拘束陣》を仕掛けておいた。これは強力だけど、狭い範囲に一箇所しか仕掛けられない。だから、『使い魔』には、この空間に踏み入れたら、ご主人を裏切って、罠へと誘導するように命令を組み込んでおいた。使い魔の目に映るものは、《転移術》で私専用空間から監視できるようにしてあったから、あとは貴女がかかったのを見計らって出てきたっていうわけ」
ああ――マリアが言っていたのは、こういうことか。
でも、果たしてマリアにはっきりと言われていたとして、ノワールを助けようとしない選択肢が私に取れただろうか。
あるいは、マリアもそう思って、明言を避けたのかもしれなかった。
「『使い魔』は、貴女たちの唯一の弱点だものね。リリィにはそんな相手いなかったから、よくわからないんだけど……貴女たちのために命を賭けて、貴女たちも自分の命より大事にする。そういう相手がいることを、ここに喚ぶ条件にしたの」
ノワールは先程から、少しも動かない。
その黄金の眼には、なにも映らないかのように、ぼうっと虚空をみつめていた。
リリィは面白くなさそうな顔でノワールを眺める。
「……こんな風になっちゃうとは、思ってなかったのだけど。さすがに魂に変更を加えるのは無理だから、《拘束陣》で身体に命令を組み込んでたんだけど、魂と身体が齟齬を起こして機能停止しちゃったみたい。無理な命令をしたつもりはなかったんだけど、そんなにイヤだったのかしらね」
頭に血が上るのが、はっきりとわかった。
そのそばから、心の芯は冷えていく。
この少女のくだらない策略で、どれほどノワールの心に負担がかかったのか。
「なあに、怒ったの? でも、貴女はここでオシマイ。今は、《拘束陣》を緩めているけど、私が『行動指定』すれば、呼吸も、心臓の鼓動すらも、生命活動の全てが停止するわ。ずうっと誰にも知られずに一人で頑張って準備してきたから、すこしだけ話し相手が欲しかっただけなの。話し相手になってくれてありがとう、ローズ」
彼女が上機嫌そうに、指先で小振りな杖を振り上げる。
「大サービスよ、最後にひとつだけ、言葉を聞いてあげようかしら。私を称える言葉でも、負け犬の遠吠えでも、なんでもいいわよ」
一方的に話を押し付けるのを話し相手と呼ぶのなら、相手はその杖でいいんじゃないですかしら。
そんなだから友だちもできなかったんですわね。
私と同じくらいの年齢に見えるけど、その歳で自分のことを自分の名前で呼ぶのは流石にイタイと思いますわ。
言いたいことは山ほどあった。
しかし、私が選んだ言葉は、一言だけだった。
「ブス」
リリィの顔が、目に見えて引きつった。
「ブス。ブス。ブース。ブース」
構わず連呼する。
みるみるうちに、顔が真っ赤になる。
「あらあら、ブスが怒った。ますますブス。ブースブース」
「な……な……なんですってええええええええええ!」
地獄の悪魔のような形相で大きく叫ぶ。
(自称)可愛いと評判の顔が台無しだ。
私はといえば、「あ、これで殺されて終わりですわね」と淡白に思っていた。
リリィがこれから神様になっても一生、そのために必要だったこの犠牲を、果てはこのデスゲームを、思い出すだけでムカムカできることだろう。
そう考えると胸がすく思いがした。
ノワールのために、これで一矢報いた、とまでは思えなかったが。
リリィが感情に任せて杖を振り上げた。
《拘束陣》に『行動指定』が行われたのか。呼吸ができなくなる。
それでも、私は、不敵に微笑んでいた。
そして、光が溢れて、私はその場から消滅した。
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、取り巻きを十四人と、影武者を1人召喚する
また、それぞれと自分を入れ替えることができる
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、任意の箇所に好きなだけ画鋲を刺せる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル10(MAX)
効果:念じることで、見知った通貨を好きなだけ出せる。
おかげさまで日刊に載りました!ありがとうございます!
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物語も佳境に入ってまいりました。引き続きお楽しみいただければ幸いです。




