Turn 10. いま迫りくる未来について
歩いて先に進まないといけないことは分かっていた。
時間制限は残り二十分。
最後に地図を確認した位置から考えて、時間の余裕はそれほどない。
残りの令嬢は、『06』人。
◇
砂漠に熱い風が吹く。
短いスカートがめくれ上がりそうになる。
でも、私のスカートがめくれることは絶対にない。
私の名前は、マリア=キラワーレ。
キラワーレ伯爵の一人娘で、現在は王族御用達女学校の一生徒。
我田引水。傲岸不遜。厚顔無恥。
庶民出の同級生を虐めて、苛めて、陥れる。
中世じみた設定には不釣り合いな、今時のセーラー服を着た、少女小説の悪役令嬢。
でもそれは、本当の姿じゃない。
私の本当の名前は、吉良 真理亜。異世界から転生した女子高生だ。
マリア=キラワーレは、私の愛読書に出てくるキャラクター。
主人公にあらん限りのイヤガラセをして、最後には破滅する運命だった。
そんな彼女が実は異世界に実在していて、更にそれに乗り移るように転生してしまうとは、悪夢にだって思わなかった。
しかもその原因はと言えば、私の名前が似ているから、神様がなにかの拍子に混同して間違えて転生させたらしい。いい迷惑だ。
とにかく私は、破滅の運命から逃れるために、彼女の人生を矯正しようとループを繰り返している真っ最中だった。
だというのに、今度はこんな世界に巻き込まれてしまうとは。
私に与えられた武器は竹刀。スキルは、《絶対領域》、《剣道》、そして《仕掛暴露》。
《仕掛暴露》のスキルによって、相手の令嬢のスキルや武器を殆ど把握できたおかげで、得意の剣道一本でここまで苦労することなく勝ち残ることが出来た。
そして、スキルレベルが上がって能力がグレードアップした結果、私はこのデスゲームの真実について《仕掛暴露》を知ることになった。
「マリア、本当に行くつもり?」
「うん。早く行かないと」
心配げに私の顔を覗きこむ、毛足の長い白猫。
この子が、私の使い魔のペルシャだ。
私では、このデスゲームに完全勝利することはできない。
《仕掛暴露》でそれが分かってしまった。
このデスゲームを唯一、完勝できる可能性がある人物。
ロザーリア=G=マルデアーク。
彼女にコンタクトを取って、伝えなければ。
いや、伝えても無駄だということは、私が一番良く知っている。
使い魔は、悪役令嬢が唯一心を許せる存在。
そして、そんな使い魔がいることこそが、ここに喚ばれる必要条件だったのだから。
それでも。
彼女が私の話を聞いてくれるタイミングは、おそらく今しかないのだから。
◇
どのくらいの時間、立ち竦んでいただろう。
小走りでこちらに向かってくる足音が聞こえた。
他の令嬢だろうか。
ぼんやりとそんなことを考える。
私は戦うべきなのだろう。
そう理解している。
しかし、今の私は、そうすることにまるで意味を感じていなかった。
「アナタがロザーリアね」
何故、私の名前を?
訝しみ、顔を上げる。
目の前には、見た目こそ貴族じみたところがあれど、雰囲気は全くそれに似つかわしくない、不思議な少女が立っていた。
どこか、ヴィヴィに似ている気がした。
「私は、マリア。このデスゲームの参加者の一人。でも、私はアナタと戦うつもりがない。……というか、アナタを助けに来たの。あなたのスキルは、《取り巻き召喚》、《靴に画鋲を入れる》、《お金をバラまく》。今のスキルレベルは、『8』。そうでしょ」
ノワールがいないので、今はスキルとマップを確認することは出来ない。
しかし、さっきの爆弾令嬢を倒したあとに確認したスキルレベルは、確かに『8』だった。
いや、その前に聞き捨てならないことを言われた。
戦うつもりがない? 助けに来た?
そんなことを急に言われても、信用できる理由がない。
「貴方、一体なんなのです? 何故そんなことを」
「私はこのデスゲームの設定についての全てを知ってる。それと、アナタの今までの行動と、スキルもね」
このデスゲームについて、全てを知っている……。
そんな人物は、このデスゲームを仕組んだ人物くらいしか思い当たらなかった。
まさかこの子が、このデスゲームの主催者なのだろうか。
私の警戒が表情に現れたのか、マリアは慌てて首を振った。
「ああ、いや、違うの。私は、あくまでもただのプレイヤー。こんな悪趣味なゲームを主催した黒幕なんかじゃない。私のスキルで、たまたまそれを知ることができただけ。それと、アナタの使い魔が今はいないことも、知ってる」
顔が強張る。睨むように彼女を見つめるしかできなかった。
マリアは、深呼吸すると、まっすぐな瞳で私を見つめて、言った。
「アナタの使い魔は、死んでない」
その言葉に、虚を突かれた。
マリアが私の手を引いて歩きだす。私はつられて歩き始める。
「使い魔は、令嬢が生き残っている限りは、死なないようにできてるの。ただ、死んじゃうくらいのダメージを受けると一旦消滅して、再出現まで一五分かかる。ペナルティみたいなものね。だからって、一五分間もこの場所で待っていたら、安全区域までは間に合わない。ここから安全区域までは他の令嬢は来ないから、走って」
そのまま、手を引かれて、走る。
ノワールが死んでいない? 本当に?
頭の中が、それだけでいっぱいになる。
私の脳にエネルギーが巡り始める。
確かに、マリアは私のスキルも、現在のレベルまで言い当ててみせた。
更に、戦うつもりはないという。
その言葉に、おそらく嘘はないだろう。
彼女の手には、木製の刀が握られている。殺すつもりなら、いくらでも殺すチャンスはあったはずだ。
だが、今の、使い魔が死なないという言葉は、果たして真実だろうか。
「フギャッ」
マリアの使い魔であろう白猫が、短い叫び声を上げて昏倒した。
何を隠そう、その原因は私である。
マリアは、慌てて足を止め、白猫に駆け寄った。
「ペルシャ! ペルシャ! どうしたの!」
「今、心臓っぽい場所に画鋲を刺しました。多分死んだはずですわ」
「は……はああああああ!? し、信っじらんない」
私の自白に、呆然と呟くマリア。消滅する白猫。
しかし、その顔は呆れと驚き。怒りも、悲しみも、一欠片も浮かんではいなかった。
諦めたような顔で、再び私の手を引いて走り始める。
「使い魔は死なないっていうのは、本当みたいですわね」
「それを確認するためだけに、そういうことするんだね……。ネタバレ通りではあるけど、予測できるかっていうと、ちょっと」
深い溜め息。
どうやら、本当に私を助けるために来てくれたらしいのに、少し悪いことをしたかもしれない。
私はマリアの手を振り切ると、自分の力で走り始めた。
私が生きている限りはノワールが死なないというのなら、確かにこんなところでグズグズしていられない。
ノワールが帰ってくるとして、私が消滅したら元も子もないのだから。
「まあ、丁度よかったのかも。ペルシャがいたんじゃ、ちょっと言いにくい話もあるから」
私の横で走りながら、マリアは複雑そうな顔をしていた。
「時間がないから、このまま話すよ。大事なところだけ。先ず、最後の一人を倒す前に、アナタのレベルを最大の『10』まであげないといけない。だから、取り敢えず安全区域に辿り着いたら私を殺して、レベルを『9』にして。それで確実に『10』にできるから」
「それ、計算が合わなくありませんの?」
こうしているうちにも、令嬢同士が戦って、私とマリアを除いて最後の一人になってしまう可能性もあるんじゃないか。
そう思うのだが、マリアは首を振った。
「最後の一人は、生き残りが『02』人になるまで絶対に姿を表さない。だからそれは大丈夫」
それも彼女のスキルで知ったということか。
もしかすると、その最後の一人とやらが、黒幕なのかもしれない。なんとなしにそう感じた。
「どうして私を助けようとするんですの? 貴方も、このデスゲームに勝ち残るために参加したんじゃありませんの?」
「このデスゲームは、完全勝利しないといけないの。仮に最後の一人に勝ったとしても、それだけじゃ、私たちは決してここから開放されない。このデスゲームの枠自体を打ち破らないと……私にはそれができそうもない」
このデスゲームに組み込まれてしまった時点で、私たちに勝利はない。
マリアはそう言いたいのか。
「でも、ロザーリア。アナタには完全勝利できる可能性がある。私のスキルは、現時点で確定している真実を見るだけだから、完全にこの先に起こる出来事が分かるわけじゃない。でも、スキルレベルが上がって、かなり高い精度でおおまかな未来を予知できるようにはなったの。だから、アナタを助けに来た。それは、私がここから解放される唯一の可能性でもあるから」
このデスゲームの枠組を壊すことで、負けた令嬢たちも全て解放される可能性がある、ということか。
つまり、負けた令嬢たちは、厳密には死んだわけではないのかもしれない。
少なくとも、現時点では。
「私に、ただ勝ち残るだけじゃなくて、このゲーム自体を壊せと仰るのね? 私がただ勝ち残って、ヒロインになりたがる可能性はありませんの?」
「ない」
マリアはきっぱりと否定した。
「私の知ってる真実では、アナタは黒幕にいいように利用されて納得するような性格じゃない」
「まあ、合ってはいますわね」
確かに、ヒロインになりたくてここに喚ばれた。
でも、このデスゲームを望んだ黒幕がいて、いいように付き合わされて、そいつの思い通りにことが進んでいるのかと思ったら、腹立たしいものがある。
それに、ノワールにも言われた言葉。
その意味を、私はずっと反芻していた。
「貴方と戦うことにならなくてよかったですわ。ほとんど未来視できるような相手と戦っても、勝つ自信はありませんもの」
「私も、アナタと戦うのはイヤだったよ。なんていうか、アナタ、知ってても予測しづらい動きをするんだもん」
先程のことを責められているように聞こえるのは、気のせいだろう。
制限時間は残り三分。
私たちは、次の安全区域――砂漠の入り口まで辿り着いた。
「ちゃんと間に合ったね。そろそろ、アナタの使い魔も再出現するはず。ご主人の傍に再出現する設定だから、安心して」
実のところ、100%本当とは信じきれていないのだが、それでも何処かその言葉に慰められるのがわかった。
私にこんな思いをさせたからには、ノワールにはちゃんと謝ってもらわないと収まらない。
マリアはそこで、迷うように視線をうろつかせた。
「どうかしましたの?」
「いや……ええと、あと何か絶対言っておかなくちゃいけないこと、あったかなーって」
歯切れの悪い言葉だ。
この際だから、このデスゲームの仕組みも、残りの悪役令嬢についても、知っていることは洗いざらい説明してもらいたいものだが、時間がないのは確かである。
残りの令嬢を倒して、また次の安全区域に進まなければならないのだから。
「じゃあ、私はここまで。本当は、残りの令嬢に関しても一緒に戦いたいところだけど、うっかり私が倒されちゃうと、アナタのスキルレベルが上がらなくなっちゃうからなあ」
「分かってますわ。心配無用ですの」
心配無用、はいくらなんでも誇大表現だと我ながら思ったが、マリアは満足そうに笑った。
「健闘を祈ってる。アナタに会えて、なかなか楽しかったわ、ローズ」
「私こそ、感謝しますわ。マリア」
私は、彼女の心臓に画鋲が刺さるように、念じる。
なるべく彼女が、苦しみませんように。
そう祈りながら。
◇
ローズが言葉を終えると、体の内側に痛みが走り、急激に身体が溶けていくような感覚がした。
さっき、ペルシャの心臓に画鋲を刺した、とか言ってたっけ。
『任意の場所』っていう説明で、人の体内にも刺せると考える方がどうかしてると思うんだけど。
私はおかしくなって、笑う。
結局、彼女に一番伝えたかった言葉は、言えなかった。
使い魔が死なない理由には、マップ機能とスキル確認機能がないと、お話にならないっていうのもあるけど。でも、それだけじゃない。使い魔はみんな、最後に一つ、重要な役割を持ってる。
悪役令嬢が唯一心を寄せる使い魔は、黒幕が用意した罠なのだということ。
でも、そんな真実を伝えたとしても、何も変わらないのだ。
ローズの顔を見れば分かってしまう。
それでも彼女は、自分の使い魔を信じるだろう。
彼女の使い魔が、彼女のために迷わず命を投げ出したように。
それでも。
「……使い魔に、気をつけて」
そうして意識を失う前、彼女の傍に黒猫が現れるのを見た。
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル9
効果:念じることで、取り巻きを十四人と、影武者を1人召喚する。
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル9
効果:念じることで、任意の二箇所に画鋲を刺せる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル9
効果:念じることで、見知った通貨を7680枚出せる




