Turn 09. 嘲笑う爆弾
密林の次は、まるで古城の庭のような、朽ちた風景が広がっていた。
制限時間は残り十分程度。
警戒しながら進んだにしろ、先ほどの沼地よりは余裕のあるタイムだ。
残りの令嬢はといえば、ブレスレットには『09』と灯っていた。
「随分、減りましたわね……」
「もう一桁しか残っていないんだね」
いや、沼地ではほとんど交戦がなかった様子を考えれば、ここで一気に脱落者が出るのはおかしくはないのか。
密林は遮蔽物が極端に多かったし、待ち伏せには持ってこいだったろう。
中央に向けて次第にエリアが狭まっていくということは、交戦が一時的に滞ったとしても、エリア内の人口密度が上がることになる。
その直後に交戦が激しくなるのは、道理だった。
密林で急に降りだした雨のお陰で、衣服の汚れは多少マシになった。
あるいは、汚れていたほうが迷彩にはなったのかもしれないが、泥のこびりつくような不快感がなくなったのは素直に嬉しい。
ノワールも雨の中、なんだか嬉しそうにしていた。
「しかし、丈夫な画鋲って、どの程度丈夫なんですかしらね」
「さあ……。丈夫とはいっても、サイズは変わらないしね」
指先に乗る程度の小さな画鋲。
これが例えば、象の足の裏にも刺さるほど丈夫だとして。
丈夫だとして……?
「どう頑張っても、致命傷にはならない気がしますわね……。あの筋肉ムキムキの女戦士の眼球に刺さるようになったりするのかしら」
「今更すぎるう」
こちらのスキルも上がっている分、相手のスキルも上がっている可能性も考えると、結局どの程度の効果が見込めるのかは分かりづらい。
古城の中は、今にも崩れそうな古めかしい壁が、空間をいくつかに仕切っていた。
今までの風景に比べると圧迫感を感じるが、視界は開けているほうだ。
狭い道幅に、崩れた柱などの遮蔽物がそこかしこにあった。
壁沿いに、なるべく遮蔽物に身を隠しながら、歩いて行く。
敵が潜んで奇襲をかけて来るとしたら、やはり遮蔽物の陰か。
取り巻きを二人だけ出して、私の通り道と、道の反対側の壁沿いに先行させた。
残りの令嬢の数を考えると、余り多く出すと相手から不自然に見えかねない。
すると、壁沿いに歩かせていた取り巻きが突然、爆発した。
「なに今の! 急に爆発したよ!」
慌てるノワール。
何か罠を踏んだのだろうか。それとも、遠隔魔法のような何かだろうか。
私は一旦物陰に隠れる。
「赤いドレスの少女、停止して」
ルージュを停止させて、しばらく息を潜めたが、動きはない。
罠を踏んだのか、こちら側は見つかっていないのか。
先ほど爆発した緑のドレスの少女と、金のドレスの少女を、再度道の向こうに歩かせ、周囲を探らせることにした。
すると、先ほど爆発した位置と近い場所で、緑のドレスの少女の額に向かって一筋、赤い光線が伸びるのが見えた。
瞬間、爆破。
続いて、再び光線が伸びてきて、金のドレスの少女も爆破される。
間違いない。他の令嬢が、あの光線に当たった対象を爆発させている。
緑のドレスの少女と、金のドレスの少女を、同時には撃てなかったのかもしれない。
道のこちら側は相手の知覚範囲外のようだけれど、向こうに戦力を集中して、攻勢に出るべきか。
そう考えたとき、何の脈絡もなく、近くの壁に赤い光線が伸びてきた。
――『03:00』。
「ちょっ……!」
私はとっさに取り巻きたちを目の前に出して、『壁』にした。
爆破。爆風。熱の塊。
ノワールを抱えて、後ろに下がる。
壁は、まるごと破壊されていた。
一瞬だが、壁に浮かび上がった数字が、カウントダウンするのが見えた気がする。
額に灯った数字から、ぱっと連想したのは、魔術式の時限発火魔法だった。
制限時間が来れば発火し、制限時間が来なくても起爆命令を出せばすぐに発火する。
今まで交戦してきた令嬢のことを思うと、自分の知っている範囲の知識で物事を判断するのは危険にも感じるが、原理としては近いものを感じていた。
今度は向こう側の壁に、赤い光線。
爆発があちこちで起こる。一箇所ずつではあるが、着実に、壁が、遮蔽物が、崩されていく。
「み、見境なしだ! このへん一帯、更地になっちゃうよ!」
「……あの赤い光線に当たったら、その時点でゲームオーバーですわね」
直接当たらなくても、爆発に巻き込まれても、無事では済まないだろう。
私は取り巻きを全員出すと、敵の位置を探るべく散開させた。
これは、早く決着を付けないとマズそうだ。
◇
イーラは、イーラ。
ラーイは、ラーイ。
じぶんの名前は、イーラ=ジャークナー。
陰気で、孤独で、可哀想なじぶんの唯一の趣味は、爆弾を唯只管に、造ること。
《火薬増強》、《爆弾設置》、《自由着火》。
全部が全部、武器の爆弾を自由気儘に使うためのスキル。
戦うのは、怖い。武器のナイフは一回も使ってない。
でも、爆弾を沢山作れる。爆弾を沢山使える。
フ、ク、ク。
嗤う。何かが爆発するのは、愉しい。木っ端微塵。
『相変わらず、気味の悪い笑い方だねえ』
「……五月蝿いな」
使い魔のラーイは、何時も何時も、口五月蠅い。
じぶんの頭に住んでいる、産まれた時からの、じぶんの友だち。ずっとずっと、一緒だった。
誰も信じなかったけど。
「早く、この爆弾、使いたいなあ」
先刻スキルレベルが上がったら、《爆弾設置》で、『任意の対象物一つを時限爆弾に変える』ことが出来るようになった。
それを《自由着火》のスキルで、いつでも起爆できる。
チクタク、チクタク、チクタク、ドカン!
今はまだ、同時に一つまでしか爆弾に変えられない。でもスキルレベルが上がったら、もっと沢山、同時に爆弾にできるかも。
早く、次の令嬢を倒さなくちゃ。
壁の隙間から、探す。探す。探す。
見つかって、殺されることなんて、今は考えない。
相手に見つかる前に、じぶんが見つけちゃえばいいんだ。そしたら、ドカン!
「――見つけた」
冷たい壁の隙間から、緑のドレスの少女を発見した。
緑の少女に、《爆弾設置》。
チクタク、チクタク、チクタク、ドカン!
令嬢は木っ端微塵。
じぶんは浮き浮きしてスキルを確認。
「あれ……?」
困惑。
スキルはレベルアップしていなかった。
『どういうことだろうねえ。頭を吹き飛ばされて、死なない筈がないのに』
ラーイの声。
もう一度、壁の隙間を覗き込む。
壁の隙間に、緑のドレスの少女と、金のドレスの少女がいた。
先刻の一人は死んでないし、更に一人増えている?
二人とも順番に、《爆弾設置》。
チクタク、チクタク、チクタク、ドカン!
スキルを確認する。レベルアップしていない。
……じぶんは、なんだか苛々した。
「あの子たちは、偽物なの? 先刻から、全然殺せてない」
『何かの、スキルかもしれないねえ。幻覚か、人形か、分身か。何処かに本体が居るのか、居ないのか』
ふうん。
それなら、殺しても意味はない。爆発させるのは愉しいけど、虚仮にされている気がする。
「何処かに隠れているんなら、手当たり次第、潰しちゃおう」
爆破。爆破。爆破。爆破。爆破。爆破。爆破。爆破。
フ、ク、ク。
凄く愉しくなってきた。
じぶんが隠れている壁も、全部、全部、邪魔な物は全部、爆破。
どれだけ爆破しただろう。
これだけ爆破すればもういいだろう。
土煙がもうもうと立ち込める中、人影が何人も、真っ直ぐこっちに向かって来た。
さっき爆破した、緑に、金に、赤、銀、黒、白……な、何人も居る!
「なに、こいつ等!」
慌てて、でも慌てずに、一人ひとり確実に、相手に《爆弾設置》して、《自由着火》していく。
至近距離で大量の爆風を食らって、堪らずに吹き飛んだ。
頭が、腕が、脚が、全身が痛む。全員、爆破した筈だけど、本当に倒しただろうか。
スキルを確認する。
レベルアップは、していなかった。
驚愕と戦慄とともに、息を潜める。
瓦礫の中、更にこちらに向かう人影があった。それは、先程までとは違って、どこか振れ幅のあるような、人間的な動きに見えた。
相手もじぶんに気付く。目が合って、じぶんは今度こそ確信した。この子は、本物だ!
口の端が、歓喜に持ち上がる。
――相手に、《爆弾設置》。
「ローズ、危ない!」
じぶんと相手の射線上に割り込むように、その黒猫は飛び出てきた。
「ノワール!」
ローズと呼ばれたその少女は短く悲鳴を上げたかと思うと、じぶんにトドメを刺すように、大きな袋を持った手を振り上げた。
頭の天辺に、鈍い痛み。
ああ、惜しかったなあ。
きっと、あのローズって子は、本物の令嬢だったのに。
邪魔さえ入らなければ、《自由着火》してドカン! それでお終いだったのに。
邪魔をするから、黒猫に当たってしまった。
フ、ク、ク。
薄ら笑いを浮かべて、それでもじぶんは、戦いが終わることに安堵していた。
◇
「ローズ、大丈夫だった?」
「え、ええ……。油断しましたわね。もっと警戒して然るべきでしたのに、焦ってしまいましたわ」
爆発を恐れるあまり、早く倒そうとして、気が急いてしまった。
ノワールが庇ってくれなければ、危なかったかもしれない。
スキルを確認すると、きちんとレベルアップしている。
ほっ、と一息ついた。
「ノワール、あなたこそ大丈夫ですの?」
ノワールに近寄って、いつものように抱えあげようとする。
すると、ノワールはなぜか私の手を避けて、私から距離を取った。
「どうしたんですの? ノワール」
「ごめんね、ローズ」
ノワールは、申し訳なさそうに。それでも、どこか誇らしげに、声を発した。
「ボクはここまでしか一緒に行けない。身体の中から聞こえるんだ。カチカチ……って、時限発火魔法みたいなカウントの音が」
私は、愕然とした。
ノワールの額には、爆発する直前の壁と同じように、赤いカウントが灯っている。
それは、『3:00』から始まってから、カウントダウンを続けていた。
「あの子が倒れたら、解除されるのかと思ったんだけど……一旦この状態になっちゃうとそのままみたいだね。起爆してた子は消滅したから、時間にはちょっとだけ余裕があるけど」
私の頭は真っ白になって、もう何も考えることができなかった。
ノワールの言葉を、どう受け止めればいいのかわからない。
何も、言葉が出てこなかった。
「ボクはこのまま、禁止区域まで走っていく。爆弾の威力がどのくらいだか、わかんないしね。運良く禁止区域まで間に合えば、30秒で消滅するから、爆発はしなくて済むし。最後に、少しだけ役に立ててよかった」
「何を……言ってますの。ノワール」
そんなのはダメだって叫びたかった。
それでも、この場を打開するような方法は思いつかなかった。
理性では理解してしまっていた。
もう、手遅れなのだ。
私は取り返しのつかないミスをした。
「ノワール、お願い、いなくならないで。あなたがいないと、私」
ひどく声が上擦る。
ノワールを引き止めないと。
このままでは、またこの子は、私の前からいなくなってしまうのに。
ノワールは私に向かって、おどけるように語りかけた。
「ローズ、よく聞いて。あのクソッタレの王子様が、君に向かって吐いた言葉を覚えてる?」
「……よく、覚えてますわ」
『君にとって僕は、必要じゃない』。ああ、たしかにその通りだ。
私にとって、あんな人は必要じゃなかった。
「ローズは、ヒロインになりたい?」
そんなことを思ったことは、ないはずだ。
第一私は、彼女の幸せを羨みこそすれど、今更王子様と結ばれたいと願うほど、盲目的な人間ではなかった。
私はただ、ヒロインになりたかったのだ。
私の表情の変化を見ただけで、ノワールは満足げに頷いた。
「ボクはね、ローズは、ローズのままがいいよ。ヴィヴィなんかになる必要ない。それを忘れないで」
「ノワール! 待って! 」
「大好きだよ、ローズ。また会えて嬉しかった」
そう言って笑うと、一目散に危険区域の方角へと走っていく。
それはもはや間違えようもなく、別れの言葉だった。
待って。いやだ。もう私を置いて行かないで。一人にしないで。
頭の中で、必死で祈りの言葉を叫んだ。それでも。
私は、ノワールを追いかけることができなかった。
折角、こうして会えたのに。
私も、あなたが大好きだったのに。
ノワールは、一度も振り返らなかった。
そして、私の祈りを引き裂くように――遠くで何かが爆発して崩れるような、轟音が響いた。
私は、ただ無力感でいっぱいで、その場に立ち尽くしていた。
------------------------------------------------------------------
■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル8
効果:発声することで、取り巻きを十四人と、影武者を1人召喚する
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル8
効果:念じることで、任意の一箇所に画鋲を刺せる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル8
効果:念じることで、見知った通貨を3840枚出せる




