プロローグ
――リンゴーン、リンゴーン
鳴り響く鐘の音。
舞い散る白い花びらの中を、花嫁姿のヒロインが笑顔で歩いている。
その隣には、彼女を愛おしそうに見つめる金髪碧眼の王子様。
二人は幸せなキスをして、幕引き。
私こと、ロザーリア=G=マルデアークは、その様子を高い塔から眺めていた。
足には鎖が繋がれている。
窓には鉄格子。
みすぼらしく薄汚れた、麻布の囚人服。
辛うじて外を眺められる程度の自由。
自慢だった金髪の巻き毛は、見る影もなくボサボサになってしまった。
私は今、幸せな二人とは対象的に、監獄塔に押し込められている。
この監獄塔から見える位置に、結婚式場の教会が建っているとは、なんという皮肉だろうか。
私が一体、何をしたというのだろう。
ほんのちょっと、ヒロインが妬ましかった。
私が王子様と結ばれたかった。
だから、できる限りの努力をした。
今思えば、努力の方向性を、見当ハズレに間違えてしまったのかもしれないけれど。
ただそれだけだったのに。
私は何も悪くなんかない。
あそこに立っているのは、私のはずだった。私でなければならない。
強く、悔しさを噛みしめるように歯ぎしりをした。
――『ヒロインになりたいですか?』
その時、頭の中に声が聞こえた。
その声の正体を考えることもなく、私は即答していた。
「なりたいに決まってるじゃない!」
なりたい。なりたい、なりたい。
なんとしても、なにをしても、なにがどうなろうと、ヒロインになりたかった。
――『では、貴女にチャンスを与えます』
そして、私の意識はそこで途絶えた。
◇
『あなた達は悪役令嬢です。
ヒロインが王子と結ばれたことで、あなた方のストーリーはバッドエンドを迎えました。
これから、あなた方にはデスゲームをしてもらい、生き残った一人には次のヒロインとなる権利を与えます』
気付くと、目の前にはそう書かれた看板があった。
真っ白な部屋だった。
天蓋付きのベッドも、ドレスがいっぱいに詰まったクローゼットも、陶磁器のティーセットも、お昼寝用のソファも、間接照明も、何も置かれていない。
不思議なことに、一つの照明も、窓すらないのに、部屋の中は明るかった。
ただし、私の服は、みすぼらしい囚人服などではなかった。
金糸の刺繍が入った大きなリボンに、真っ白なレースのフリルが贅沢にあしらわれた、絹製の青いロングドレス。
私の一番のお気に入りだ。
髪の毛も、かつてのような美しい二つの縦巻き髪に戻っている。
「夢、かしら? 私はさっきまで、監獄塔に押し込められていたはず……。いえ、それとも今までのほうが、悪い夢……?」
「夢じゃないよ、ローズ」
唐突に、私のことを愛称で呼ぶ声がした。
後ろを振り向くと、そこには一匹の黒猫がポツンと座っている。
私が幼い頃からずっと一緒にいた、いつも語りかけていた、唯一の親友。
「ノワール? ノワール、これは夢じゃありませんの! ノワールが喋るなんて! あらあら、まあまあ」
手にとって、首に巻かれた深緑のリボンをひっぱると、ノワールは「ぐえ」とヒキガエルのような声を漏らした。
堪らず抱きしめて頬ずりする。
ああ、とっても可愛らしい、私の黒猫!
「私、ずっと貴方とお喋りしたかったんですのよ。いつも私からの一方的な会話で終わってしまって、寂しかったんですからね」
「ローズ、おねがいだからちょっと落ち着いて、ローズ」
ノワールは器用に前足と後ろ足を動かして身を捩ると、私の腕からすり抜けた。
「僕は君の使い魔として、この場所での説明役と案内役を任されたんだよ。右腕のブレスレットを見て」
言われるがままに右腕のブレスレットを見ると、紅い光芒で『100』と数字が刻まれていた。
「それは、ここに集められた悪役令嬢たちの現在数なんだ。いまこの空間には、ありとあらゆる世界から集められた、百人の悪役令嬢が存在していて、僕達と同じように白い部屋で待機している。ここに来る前、頭の中に声が聞こえたろ? あれがこのゲームへの了承の合図になった。みんな、勝ち残ってヒロインになるために、このゲームに参加しているんだ」
「なるほど。私と同じような、ヒロインに痛い目に遭わされた令嬢たちがリベンジしに来ているわけですわね」
「えっ。いや、痛い目に遭わされてたのはヒロインの方だったと思うけど……」
よくわからないことをモゴモゴ言って、ノワールは押し黙った。
「とにかく」と、コホンとひとつ咳払いする。かわいい。
「まあ、順応性が高いのはキミの美点だね。看板に書かれている通り、これはデスゲームなんだ。勝ち抜くためには、他の令嬢たちをやっつけなきゃいけない。左手に腕時計みたいなのがあるでしょ」
今度は左手首を見る。こちらは蒼い光芒で、時刻のような数字が刻まれていた。一見時計のようだが、数字は『10:02…01…00…09:59』とカウントダウンしている。
「今表示されている数字が『00:00』になったら、領域が縮小される。最初の危険区域は、今ローズが居る、白い部屋だよ。制限時間が来る前に、この部屋を出て安全区域に移動しないといけない」
「もしここから出なかったら、どうなるんですの?」
「積極的戦意の欠如と見られて、退場になる。身体は分解されて、この空間から消滅する。あと、他の令嬢から深刻なダメージを受けた場合にも、同じく身体は分解されて、この空間から消滅する」
「死ぬ、ということですの?」
「さあ……そこはよくわからない。よくて、元の世界にそのまま戻される、とかかな。デスゲームというくらいだし、悪ければ死亡かも」
ノワールは、しょんぼりするように耳を垂れ下げた。
「この空間から消滅する」というのがどうなることを指すのか、はっきりとは知らされていないようだ。
ふむ、と唸る。
「あのまま監獄塔につながれていたとしても、死んだのと同じようなものですわ。そこはまあ、いいでしょう」
死が身近に迫ることが怖くなかったわけではない。
しかし、私は前に進むことを決めた。
ノワールは小さく頷くと、説明を続けた。
「戦う方法だけど、令嬢たちは、過去の人生から得意技を『個人技能』という形で三つだけ与えられてるんだ。まずは、ローズの技能を確認しないとね」
ノワールが「《技能表示》」と唱えると、私の目の前に透明なボードが現れた。
■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル1
効果:発声することで、取り巻きを二人召喚する
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル1
効果:念じることで、『靴の中』に画鋲を入れる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル1
効果:念じることで、見知った通貨を30枚出せる。
「ちょっと、ノワール」
私が白い眼でノワールを見ると、ノワールは目を逸らした。
「このスキルで、一体、なにを、どう、戦えって言うんですの?」
「えーっと……」
額に冷や汗がたれている。
「あっ、そうだ!」と、まるで命乞いでもするような慌てた様子で声を上げた。
「忘れてた! 武器も一つ持たされてるらしいよ! なにか置いてなかった?」
「武器ぃ〜? そんなものこの部屋のどこにもありませんわよ」
投げやりな気分になって部屋を改めてみるが、真っ白な床と壁が広がっているだけだ。
ドレスのポケットに何かないかと思って、ドレスもまさぐってみる。
ふと、あることに気付いた。
胸元に、一輪の薔薇が差し込まれている。
「……まさか、これですの?」
自らを象徴するかのような、美しい赤い薔薇。
今度こそ、めまいがした。
よろける私を慰める、ノワールの声。
「仕方ないよ。ローズは魔術が使えたわけでもないし、武術の達人だったわけでもないし。ただ、人並み外れて悪知恵がはたらくだけの悪役令嬢だったんだから」
それを聞いて、私は――嗤った。
「ふ、ふふふ……ふふふふふふ、ふふふのふ」
「ど、どうしたのローズ。ショックで気が触れちゃったの」
「違いますわ!」
私の目は、意欲に燃えていた。
そうだ、強力なスキルも、最強無比な武器も、なくていい。
「思い出したのです。私の一番の武器は、この頭脳! スキルと武器がちゃちいのなんて、丁度いいくらいのハンデですわ!」
ノワールは呆れたような、面白がっているような、複雑な顔になった。
「そうだね、キミは目的のためなら何をすることも厭わない、誰よりも頼もしいお嬢様だった。たまにドン引くようなことも平気でやってのけたけど……ボクはなんだかんだ、キミがまだ戦意喪失していないことを喜んでいるよ」
「当然ですわ」
私はノワールを胸に抱きあげて、部屋の壁にうっすらと見える、四角い切れ目の前に立った。
ドアノブも何もないが、おそらくこれが出口だろう。
「私は今度こそ絶対に、ヒロインになるのですから」
私は高らかに宣言すると、出口を通り抜けた。
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■ロザーリア=G=マルデアーク(17)
■職業:公爵令嬢
■技能Ⅰ 《取り巻き召喚》 レベル1
効果:発声することで、取り巻きを二人召喚する
■技能Ⅱ 《靴に画鋲を入れる》 レベル1
効果:念じることで、『靴の中』に画鋲を入れる
■技能Ⅲ 《お金をバラまく》 レベル1
効果:念じることで、見知った通貨を30枚出せる。
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