88話 俺の譲れないジャスティス
こっそりと更新(;一_一)
陽が暮れ始めた頃、俺達は『マッチョの集い亭』から依頼で指定された町外れの酒場を目指して出発した。
お腹が膨れて満足そうなルナがニャニャとテンポ外れな歌を歌いながらスキップするのをゲンナリとした顔で見つめる。
そう、俺は今にも死にそうな顔をしている。
何故ならば、夕食を食べている時にコルシアンさんに美紅の身バレについてミランダに話すとあっけらかんに言われた。
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「えっ? 美紅の事を知ってるというより、名前を知ってる人もかなり限定されるわよ? 王族でもないと見つかるとは思えないわよ?」
愕然とする俺の顔を見て、言ってなかったと思ったらしいミランダが少し慌てた様子でシナ作りをする。
「やぁ~ねぇ。そんな事ないとすぐに美紅を捜す兵士でも来るし、冒険者登録も出来ないわよ? ……言ったわよね?」
「言ってねぇーよ! マジ初耳だぁ!」
カウンターを拳で叩くのを美紅はまあまあ、と諌める。ちなみにルナはカウンターの向こうに用意された自分の夕飯にホーリンラブ中である。
すると、恒例の俺の背後に瞬間移動するミランダ。
ちょっと待てぇ! 毎回、思うんだが、どういう仕組みなんだぁ!!
驚くと同時に横飛びをする俺。
驚きながらも固まらずに横飛びする俺も受け入れてるな……
順応する俺の動きにも既に対応しているミランダは空中にいる俺を掻っ攫うように抱き締める。
「ミランダのお茶目よ? 大事になる前に発覚したんだから許して? たっぷりサービスしちゃう!」
「やめてぇ! 頬ずりしないでぇ!!」
ミランダが頬ずりしながらうっとりしているが俺は天に召されそうだ。
午後のミランダは特に危険である。
朝から仕込み、掃除洗濯にまた夜の仕込みと大忙しのミランダは汗でテカリを見せる。
そして、何よりも成人男子であれば分かるだろうが夕方になると……
「その髭ジョリジョリがいやぁ~」
そう、中途半端に髭が生えてそのジョリジョリとされたら……気持ち悪い。
ああ、俺ってマッチョのおそらく♂に抱き着かれ続ける悲しい運命の赤い糸でもあるんじゃなかろうか……
そして、俺はアローラにやってきて数度目の爺ちゃんとの面談をする事になった。
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悲しい抹消したい過去を思い出して溜息を吐いている隣にいる美紅も同じように溜息を零す。
それに気付いた俺は美紅を覗き込むようにして話しかける。
「どうした? 何かあったか?」
「えっと、その……依頼人の事を考えてたら少し……」
美紅の言葉を聞いて思わず、「なるほど」と答えてしまう。
まあ、気になるよな。特に美紅は。
俺達が話をしてるのに気付いたルナが割り込んでくる。
「どうしたの? 依頼した人が困った人なの?」
「困った人というか、私が困るというべきなのか……」
歯切れ悪い答えをする美紅の言葉にルナは訳が分からないらしくアヒルのように唇を尖らせ、首を傾げて額に汗を浮かべる。
そして、困ったらすぐに俺を見てくるというお決まりのサイクルをしてくるのに肩を竦める。
「まあ、美紅はコルシアンさんの話で心配になった、という事なんだろうけどさ。俺は逆に安心してもいい状況になったと思うぜ?」
「どういう事なの?」
早速、食い付くルナが身を寄せてくるが俺の真意が気になる美紅も近づく。
それに困って、話を止めた俺に更に詰め寄るルナの顔を掌で押し退けて再開する。
「美紅が気になってるのは依頼人が貴族、エコ帝国の貴族だと思ってるからだろ?」
「あっ、はい。それも私と面識がある相手じゃないかと……」
「ふむふむ、なるほど、なるほど……それより手で押し退けるのを止めるの!」
グイグイと前に来ようとするルナを押し退ける手を続ける。
まあ、俺も美紅と同じで美紅と面識はともかく、知ってる貴族じゃないかな? とは思ってるんだよな~
それが問題になるかもしれないと不安に思っているようだが、俺は違う判断をしてる。
ルナとくだらない攻防を繰り広げながら話を続ける。
「でも俺は問題にならないと思ってる」
「どうしてですか?」
本当に分からないとばかりに長いまつ毛をパチクリさせる。
うーん、こうしてみると美紅のまつ毛って長いよな……
美紅には付けまつ毛は不要そうだと馬鹿らしい事を考えながら答える俺。
「どちらの事情も理解してると思われるコルシアンさんが止めなかったからかな? 少なくともコルシアンさんは問題にならないと思ってる」
「どうしてなの? それより、いつまで手で押してるの!」
ルナの抵抗が激しくなってくるがいなしながら話を続ける。
「コルシアンさんは依頼が終わって帰ってから初代勇者の足跡探しをしようと言ったんだ」
「あっ!」
その言葉で美紅が口許を隠すように手を充てるのを見て俺は頷く。
ルナは相変わらず俺の手と格闘中であったが放置して続ける。
「この後も付き合いをするつもりがある相手がそれどころじゃなくなる相手だったら止めるか無言を貫いたと思うんだよな」
「少なくとも、私の正体を知ってもエコ帝国に報せたり、吹聴する相手ではない、という事ですか」
納得するように頷く美紅を見ながら頭を掻く。
とは言っても安全かどうかは行ってみないと分からないんだよな……
あくまで現時点では吹聴はしないとは思うんだけど、切羽詰まったら交渉材料にしてエコ帝国と駆け引きぐらいには使うかも、とは俺は思っている。
でも、なんとなく、これはカンに過ぎないけどコルシアンさんが言ってた内容から美紅の価値はエコ帝国ではそれほどないと見ていいと思う。
その美紅を使って交渉したぐらいではどうにもならないどうにもならない立場の人じゃないかというのが俺の見立てだ。
コルシアンさんが厄介と言ってたしな。
顎に手をやり考え込む美紅を見て、おそらく美紅も似たような事を考えてそうだと思われ、少し表情に柔らかさが戻る。
「まあ、蓋を開けるまでどうなるか分からないけど、警戒のし過ぎは疲れるぞ?」
「ふふっ、そうですね」
やっと笑ってくれた美紅に「いざとなれば逃げよう」と笑いかける。
2人で笑い合っていると怒りからネコ化したルナが叫ぶ。
「いい加減にするの!!」
「ぎゃぁ――!!」
俺は情けない悲鳴を上げて、それを見る美紅は目を大きく見開いてパチクリさせる。
こいつ、俺の手を噛みやがったぁ!!
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手に綺麗な歯並びを思わせる歯型を付けた俺は手に息を吹きかけながら場末な酒場に入っていく。
中に入ると客はおらず、辛気臭い店主がカウンターに凭れかかっていた。
険しいというより、面倒臭そうな表情を見せる店主が俺が話しかける前に言ってくる。
「ガキが来る場所じゃねぇよ。それに今日は店をやってない」
「まあ、俺も酒を飲む気なんてないさ」
そう言った俺達を更に面倒そうに見る店主が何か言う前に今度は俺が先に言う。
「クラウドの冒険者ギルドからきたんだ。『荷物を預かりに来ました』、でいいはずだよな?」
「上の一番奥の部屋だ」
ヤレヤレと言った様子で肩の荷が下りたとばかりに言う店主を見て変に不安にかられる。
あれれ? 予想以上に厄介な依頼なの?
内心、冷や汗を掻きながらも涼しい顔をして頷くと奥に見える階段を登る。
階段を登りながら振り返ると美紅は難しい顔をしており、ルナは『やるの?』と言いたげに口を開けてみせる。
なんで続きをやるという流れを維持してんだ、ルナ?
違う意味で困った気分にさせられる俺は階段を登り、一番奥の部屋のドアをノックする。
すると、ゆっくりと開かれた先には長い銀髪の騎士風のイケメンが顔を出す。
「あの~クラウドの冒険者ギルドから派遣された……」
「帰れ」
俺を見た瞬間、顔を顰めたイケメンはすぐにドアを閉じようとするが俺の背後にいたルナと美紅を見た瞬間、爽やかな笑みを浮かべる。
「おお、お美しい女性が居られるのに無礼を働くところでした……大変、申し訳ありません」
そう言って再びドアを開いたイケメンはルナと美紅をエスコートし始める。
イケメンの豹変ぶりに驚きながらも一緒に入ろうとする俺を妨害するイケメン。
「お前はいらん。帰れ」
「帰れじゃない! 俺達はパーティだ!」
額をぶつけ合って言い合うと奥から若い女の子の声が聞こえる。
「何を騒いでいるのですか?」
そう言って出てきたのはウェーブがかかった金髪で可愛い顔をしてはいるが勝ち気な気性が見え隠れする為、少々惜しいと言った街娘風の格好の少女が出てくる。
街娘風の格好をしているが酷く違和感が付き纏うのも気になるが、もっと気になるポイントに俺の時が止まる。
その少女が俺から美紅に視線を向けた瞬間、口に手を充てて固まる。
同じように驚く美紅が呟く。
「クリミア王女!?」
「み、美紅なのですか?」
驚き合う2人を余所に俺は少女、クリミア王女の足下で片膝を着いて見上げる。
「王女様でしたか。道理でお美しいと思いました」
「あっ、えっと、その通りですがどなたですか?」
俺の顔が見えないのか後ろに少し下がるクリミア王女であるが俺は追走するようにその姿勢のままで同じだけ前に行く。
「私はクラウドの冒険者ギルドに指名されたトールと申します。以後、お見知りおきを……」
見上げる俺は……
孤高に突き出し、自己主張をするアレを真摯に見つめる。
あの重力に逆らう存在に敬意を払う以外に何があろうか?
「あの……私の顔を見えてます? 私は貴方の顔が見えませんけど……」
困った声音で言うクリミア王女に俺は歯を輝かせて言う。
「お構いなく!」
びば、ロケットオッパイ!
下から見たら顔など見えるようなヤワなオッパイではなかった。
考えてみてくれ、海に浮かぶ船の下に潜って見た事がある人はどれくらいいる? クジラの腹を真下から見た人は?
きっと、それに匹敵する感動がここにある!
「その……少し下がってくれませんか? 良く分からないですが恥ずかしい……」
「お構いなく!」
恥じるクリミア王女に更にヒートアップする俺は更に歯を輝かす。
喰らえ、トールフラッシュ!
必殺技を披露する俺の後頭部をルナが拳で殴りつける。
「状況を考えるの!! それとトールフラッシュなんてないの!」
床に叩きつけられた俺は慌てて振り返る。
やっぱりルナは俺の心を読めてねぇ?
口に出てるのかな? と思いつつ更にクリミア王女の足下に移動させられて見上げたロケットオッパイを見て思う。
この角度から見るオッパイもジャスティスだと俺は思う。
世の中、色んな角度から見る必要を学んだ俺であった。
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