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81話 今ならグゥで殴れる!

 カウンターの上に置かれた『Bランク昇格要請』の書類を眺めている俺は落ち着いていた。


 それこそ、特に購買意欲が沸かない商品の8割引きセールと謳われたチラシを眺める気分に似てるように思う。


 いつからだろう? 冒険者ランクを気にしなくなったのは、と自分の事なのに考え出す。


 最初の頃は、ダンさんと肩を並べて大冒険するような事を夢見てた事があったように思う。勿論、今でもダンさんとどこかに依頼に出れたらな? とはいつも思っている。


 だって、楽しそうだ。


 しかし、ダンさんの事は今はいいとして、いつ頃からかと考えているとやっと心当たりに行き当たる。


 ペイさんにお願いされて猪狩りに山に行った時に助けた駆け出し冒険者のマイケルとボブの一件後だと思い出す。


 1度のラッキーから得れた評価に味をしめた2人が無茶を承知に自分のキャパを超える依頼を受け続け、失敗を繰り返して後が無くなった時、他人、そう、俺が倒したビックスパイダーの討伐部位を提出した。


 それを提出した事でランクアップし、それに浮かれ、2人に群がる者達を冷めた目で見つめた時だろうか?


 多分、その辺りから俺はランクを気にしなくなった。


 その時には生活に困らないだけの依頼が受けれるようになってた事もあるだろうが、何より、そんなハリボテに興味が持てなくなったからである。


 同じように見てた2人に顔を向けるとルナはどうでも良さそうに多分、俺と同じで暇な時間にチラシを眺めているような感覚のようだ。


 美紅は変に注目を浴びるのを嫌う性質なので、ランクが上がった事により悪目立ちするのが嫌らしく眉を寄せて困った表情を浮かべていた。


 俺やルナであれば思っている事を口に出来るようになってきてるので忘れ気味であるが美紅は人見知りで、それなりに付き合いになるシーナさん相手でも断るというような拒絶を告げるような類の事は酷く言い難い。


 ルナもどうでも良いと思っていそうなので、ここは男の子である俺が代表で断る方向で話を進めよう。


 差し出された書類を俺はやんわりと押し返すようにしてシーナさんに詫びる。


「うーん、正直、ランクアップには興味がないんだ。まして、飛び級するようにランクアップとなると余計にね?」


 Cランクの人にまず声をかけて、と告げて書類を返そうとする俺の手を取って、また書類を押し返すシーナさん。



 なんばしょっと!?



 シーナさんの行動に目を白黒させると溜息混じりに言ってくる。


「私もトールさん達がそう言うだろうとは想定してました。ですが、連絡の取れるCランクの方達には既にアプローチ済みで、皆さんが口を揃えてトールさん達を推しているのです」

「どうしてなの?」


 首を傾げるルナに問われたシーナさんは困った顔を俺と美紅に向けると美紅が何かに気付いたように眉の寄り方が強くなる。


「トオル君がBランクパーティを1人で打ち破った……からですか?」

「まあ、それも少なからずあるのですが……ある人物のせいとも言えなくもないというか、多分、それが一番の原因かと……」


 美紅の言葉に肯定をするも、困った顔から苦笑に帰るシーナさんに首を傾げる。


 どういう事かと問おうとすると背後から違う女性に声をかけられる。


「それはね、ダンが酒場で酔うとトール君達の事をべた褒めするものだから必要以上に注目を浴びてた所でこんな事が起きたせいよ」

「ペ、ペイさん!?」


 いきなりペイさんに告げられた事に驚く俺達が固まるのを無視してペイさんの説明は続く。


 ダンさんの声音を真似て話し出すペイさん。


「『あんちゃんはよ、メキメキ腕上げてきてるのにまったく鼻にかけない良いヤツでよぉ?』とか『若い頃がギラギラしてていいのに、出世欲がなさ過ぎるのが傍目で見ててヤキモキして溜まらねぇ!』などと延々と騒ぐモノだからトール君達が知らない所で有名になっちゃったのよ」


 困った顔をして頬に手をあてるペイさんが「あの馬鹿のせいでごめんなさいね?」と謝り、ルナと美紅はおかしくて笑うのを堪えながら、どう対応したらいいか悩んでいる。


 そして、俺は……



 ダンさん、アンタ、人の事をペラペラと誇張して話してるんだぁ!



 恥ずかしさに耐えられなくなり、両手で顔を覆って蹲る。


 そんな俺をペイさんとシーナさんが生温かい視線で見つめる。


「だから冒険者の間じゃ、貴方達の評価は鰻登りな訳。ダンも公言はしてないけど、周りの者達からすれば『Aランクが認めた実力のある冒険者』という認識になってるのよ」

「ええ、そういう訳でCランクの方達は辞退を申し出ました。ああ、勿論、後2名の枠はCランクの方から選ばれてます」


 苦笑いするシーナさんが「擦り付け合いが始まって結局一番若いCランクの2人が泣く泣く受けさせられましたけどね」と言ってくる。


 それに溜息を吐く俺はルナと美紅を見つめる。


 見つめられた2人もしょうがなさそうに苦笑しながら頷くのを見て、俺は肩を竦める事で返答とする。



 仕方がないよな、ダンさんにそこまで言われたらな?



 俺は前に向き直るとシーナさんに告げる。


「分かった。俺達で良ければ昇格を受け入れるよ」

「有難うございます! それでは了承したサインを!」


 嬉しそうにするシーナさんにペンを渡されて自分の名前を書いた後、ルナにペンを渡して書いてるのを見ているとペイさんに話しかけられる。


「そうそう、クラウドの勇者スケベって二つ名を流したのも酔ったダンよ?」


 えっ!? という声と共に俺達3人はペイさんを凝視する。


 美紅が短く声を上げて「だから、あの時……」と口許を隠しながら俺をどう触れたらいいか悩む素振りを見せて見つめてくる。



 そう、俺がいつだったか、望まぬ二つ名に愚痴をダンさんに言った時、いつも以上に優しく慰め、その場にいたルナと美紅を連れて凄く雰囲気が良い高級なレストランで食事を奢って貰った。


 ルナと美紅はデザートと食べ放題に喜んでいた。


 俺も慣れない雰囲気に戸惑いながらも楽しんでいると優しく肩を叩くダンさんが、


「噂ってのは気付けば忘れられるもんだ……しばらくの我慢さ?」


 と笑いかけながら優しく肩に腕を廻しながら笑いあった楽しい思い出……



 フルフルと触れる俺に苦笑しながら「ごめんね?」と謝るペイさん。



 ペイさん……申し訳ないけど許せる事と許せない事があるんだよ!



 息を大きく吸って俺は叫ぶ。


「裏切り者はアンタか、ダンさん!! どこだぁ!!」


 今なら、ダンさんをグゥで殴れると俺は拳を握り締めた。

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