78話 あの頃の3人には戻れない
情けない事だが、ルナが大蛇をぶち抜くように倒すのを見た後、気が抜けたのか失神してしまった。
気を失って落ちて行くのを美紅に助けられるといった、格好を付けてもルナと美紅におんぶに抱っこな事実に肩身が狭い思いをさせられて泣いた事実は確認されてない。
残りの魔力を一気に爆発させた余波か目を覚ましても碌に動けなかった俺はロキにズタ袋を肩で担ぐようにされて村へと戻る。
村への途中で待っていてくれたジャフとミントが俺の無事を喜んでくれたが、俺の様子を見たジャフが声を顰めて言ってくる。
「村で待ってた方が良かったか?」
友よ! それは口にせずに知らない顔するところだろ!?
俺は曖昧な笑みを浮かべるがミントにハンカチを差し出された気がするがきっと幻覚である。
村に戻ると早朝ではあったが村人が全員集まり、広場に集まっていた。
その中心にはパテルと見知らぬ同じ年頃の茶髪のおじさんが並んで立っていた。
ジャフとミントに連れられて帰ってきた俺達を見つめて、ガッツポーズを見せる茶髪のおじさんと静かに目を瞑るパテル。
「父さん!」
ジャフがガッツポーズをする茶髪のおじさんに声をかけるのを見て、ジャフの父親と知る。
「ジャフ、よくぞ、戻った! 事情はパテルから聞き出した」
ジャフの父親、クラスタは嬉しそうにジャフとミントを同時に強く抱き締め、2人の無事を祝う。
うーん、どうやら、ジャフのおじさんは熱い人ぽいな?
「おじ様、ご心配をおかけしました。ですが、私達を救ってくれた方がいてこそです」
ミントが差し向ける手の先にいる俺にクラスタが見つめる。
「そうか、よく息子とミントを救ってくれた!」
「いやぁ、俺はただ時間稼ぎしただけで……」
照れて見せる俺にクラスタは人好きする笑みを浮かべる。
「その時間があってこその今だ。増長はいけないが過小評価もいけないぞ?」
そういうクラスタの言葉にルナと美紅も優しげな視線を向けて頷いてくる。
俺達のやり取りを見ていたクラスタが俺とロキを交互に見つめて頷く。
「ところで、どうして君は小脇に抱えられてるんだい?」
「まあ……色々ありまして……」
村に入る前にズタ袋のように肩に担がれてるのを見られるのは恥ずかしい、と文句をロキに言うと「仕方がねぇーな?」とこちらに席替えされた次第である。
余計に恥ずかしい気がするぞ!!
ちょっとお腹も苦しいし!
どことなく可愛いモノを見るようなルナと美紅の視線が痛いっ!!
ニッコリと笑っていたクラスタが俺から視線を外して、背後で目を瞑るパテルに目を細めて声をかける。
「お前が好きな言葉を言わせてもらうなら、結果は出たぞ」
「その通りだな。好きにしろ、だが、俺は自分のした事を恥じたりしてない」
まったくの動揺も見せないパテルにクラスタは沈黙で応える。
閉じていた目を開いたパテルは、クラスタが黙った事でその背後にいる俺、というよりロキを見つめる。
「謀った事を許せないのだったな? 君でも良いのだぞ?」
「ああっ? そんな事言ったっけか? 馬鹿も無事だしよぉ、俺はどうでもいいわ」
鼻を鳴らすロキとそんなやり取りをするパテルを見つめるクラスタは溜息を吐くとゆっくりとパテルに近づく。
「パテル、お前が村長に成りたがってたのは俺もセージも気付いていた」
それまで、殺されるとしても構わないとばかりに不動だったパテルの肩が跳ね上がる。
「お前は良く言っていたな、人を束ねる者は優秀な者がすべきだと……でも、俺達の村は人となりを重視する、言ってしまえば古い考えの村だ。お前が苛立った気持ちは分かる」
ゆっくり近づくクラスタとパテルの距離が近づき、そっと強張る肩にクラスタが手を置く。
仲が良いのか悪いのか分からない2人だと見ているとそれに気付いたらしいジャフが耳打ちしてくる。
「ミントのオヤジさんが間に入る形で付き合いのあった3人組だったらしい」
ジャフも少し前に知ったばかりと肩を竦めながら伝えてくる。
とりあえずの納得をした俺は前を見つめる。
「それを覆そうと色々やってたのに、今の村長は俺を指名しようとしていると知ったお前の気持ちは理解できるとは言わん」
知られてると思ってなかったらしくパテルは奥歯を噛み締める。
「単細胞のお前に気付かれてるとは思ってなかったな……」
「馬鹿野郎、何十年の付き合いしてる? 俺が気付く訳ないだろう? 全部、セージが俺に言って頭を下げてきたからに決まってるだろうが!!」
クラスタの言葉に村に着いてからほとんど動く事がなかった表情が大きく動く瞬間を目撃する。
「俺が村長に打診されているという事をセージに相談した時「君が村長をやりたくないならパテルに譲ってあげてくれないか?」と言ってきただぞ! アイツはお前が必死に村長になる為に裏工作をしてた事を知ってたんだ」
「そ、そんな同情なんて求めてない……」
クラスタから目を逸らすパテルの胸倉を掴み上げる。
「はぁ? 何言ってるんだ? 手段は選ばないからミントを犠牲にする術を実行しんだろうが? セージはな、お前の事を嫌ってる俺に『最後のお願い』と言って頭を下げたんだ。村長になったお前を支えてやってくれてと!」
「『最後のお願い』?」
絶句するパテルの胸倉を引き寄せて、額と額をぶつけるようにするクラスタ。
「死期を悟ったアイツが言った。俺はアイツが裏でそういう事されて怒ると言ったがセージはお前に信じて貰う為に胸襟を開くと言ってた。今日まで何の事か分かってなかったが、お前もどういう事か分かるだろ!」
悲しみから涙目になるクラスタの瞳に覗きこまれたパテルは震える手で胸元からジャフに見せた本を取り出す。
ミントの家に口伝以外で残されていた唯一の書物。
そこに書かれていた内容は娘のミントにも伏せておきたいのが誰の目でも分かる内容が書かれており、それを中身をみられる事を覚悟したセージがパテルに渡した。
刃物を持つ相手に無防備に裸で近寄るような愚行とも取れる捨て身な方法でパテルに信じて欲しいと訴えていたのである。
「それをお前は功を焦り、セージの気持ちを裏切り、何をした! お前は俺より頭が良いのだろう!? 冷静になればセージの心配り、気持ちに気付けただろうが!」
突き飛ばすようにするクラスタの手から離れたパテルはその場で弱々しく尻モチをつく。
「俺は……俺は……」
顔を両手で覆うパテルから目を逸らして、周りで様子を見る村人に混ざる気弱な村長にクラスタが近寄る。
先程までのクラスタの怒気に恐れてか少し震える村長に頭を下げる。
「略式にはなりますが、村長の権限を今、与えては貰えないでしょうか?」
「あ、そうね、うん、分かった、今から君がこの村の長だ」
元々、村長を早く辞めたかったという事もある雰囲気を漂わせる村長だったから、あっさりと手放す。
もう1度、頭を下げたクラスタが蹲るパテルに向き直り、その場に居る者に聞き取れるように通る声で告げる。
「パテル、村長権限でお前をこの村から追放する。二度とこの村に近寄る事を禁じる」
死刑か何かにされると思ってた元、パテルの周辺を固めていたモノが驚く素振りを見せるとクラスタは強い視線を向けて静かにさせる。
ジャフの父ちゃん、カッコよすぎるだろ?
まったく介入する隙がなかったのでロキに抱えられながら、ずっと見学していた俺の視線の先のパテルが力弱く立ち上がる。
「恩赦を感謝する……」
そう言うと、ゆっくりとミントに近寄るとセージから預かった巫女の家に引き継がれていた書物を手渡し、静かに深く頭を下げる。
「本当にすまなかった」
「いえ……」
ミントもどう反応していいか分からないようで受け取ったはいいが、良かったのかとジャフに振り返ると頷かれる。
そして、広場から離れ始めるパテルから背を向けるクラスタ。
ゆっくりと歩いていたパテルが1度、足を止める。
「クラスタ、暴飲暴食は控えろよ、腹を出して寝るなよ?」
「うるせぇ! テメエに心配されるような事はない! さっさと村から出ていけ!」
そう言われたパテルは苦笑いを浮かべると今度は足を止めずに出て行った。
村人達からはクラスタの背しか見えなかっただろうが、こちらに顔を向けているクラスタの表情は俺達には良く分かった。
やっぱり、俺のダチの父ちゃんはカッコイイな!
両目から涙だけなく、鼻水までダラダラと流すクラスタは最高に男前に映った。
失って初めて知る気持ちって、いくつになってもあるんだな……
俺も少し、賢くなった瞬間であった。
▼
それから数時間後、俺達は帰り支度を済ませて、馬車の前でジャフ達、村人達に見送られていた。
「そんなに急いで帰らないでもいいだろう?」
「いやいや、村は村で大変そうだし、あんまりゆっくりするとウチの化け物が手が付けられなくなるしよ?」
俺は忘れていない、予定より遅れて帰って「心配したんだから!」と言って地獄のフルコースの抱き着きから始まるアレを体感する訳にはいかんのですよ!
若干震える俺にジャフは「大変そうだな?」と言ってくる。
マジで大変よ!
ジャフの隣にやってくるミントが革袋を差し出してくる。
「これ、少ないですけど、追加報酬に……」
「いらねぇーよ。報酬はギルドで出るし、俺にくれてやる金があるなら結婚資金に廻しておけよ!」
俺が振り返り、一応、3人に了承取るとルナと美紅は嬉しそうにニコニコと頷き、ロキは「好きにしろ」と手を振ってみせる。
顔を真っ赤にしてフリーズする2人を馬鹿笑いするクラスタ。
話が止まったのを見計らった村の若い少女達が申し訳なさそうに言ってくる。
「ごめんなさい、いくら覗かれたとは言ってもやり過ぎました。それなのに村の為に色々……」
「ええんよ、俺はまったく気にしてないからぁ!!」
俺は先頭にいた胸の大きな村の少女に飛び付き、谷間に顔を突っ込むとエキサイトする。
ヒャァアッハア――――!!
高速稼働させる俺の頭は掘削機のように深い谷間に突っ込んでいく。
「きゃあああぁぁ!!」
悲鳴を上げる胸の大きな少女に平手打ちを受けて引き剥がされると問答無用に村の少女達にマッハフミ○ミされる。
「ぎゃああああぁぁ!! ちょっとした男の子のお茶目ですよぉ!!」
弁解するがまったく聞いて貰えない俺はしばらく踏まれ続けた。
そして、ズタボロになった俺の襟首をルナと美紅が掴んで引きずる。
俺の頭には某ランドのネズミの耳のような大きなタンコブが育っていた。
製作者は言わずとも、俺を引きずってる悪魔だ!
ギロっと睨まれた俺は心の中で「可愛い天使です」と訂正する。
俺に向ける冷たい視線が嘘のように柔らかい笑みを村人に向ける2人。
「それでは、馬鹿は回収していくの!」
「本当にご迷惑をおかけしました!」
「「はい、できれば去勢しておいてくださいね?」」
ニコニコと語り合う女子トークに俺は震える。
馬車に凭れるロキが俺を見て「筋金入りの馬鹿だ」と腹を抱えていた。
ズルズルと引きずられる俺にジャフが大きな声で言ってくる。
「トール! また来いよ!」
「おお! 勿論、スペシャルコースを用意してくれるんだよな!」
俺がそう言うと男前な顔をしたジャフがサムズアップしてくるので返礼とばかりに男前な顔でサムズアップを返す。
「じゃ、またな!」
手を振る俺はルナと美紅に引きずられて馬車の御者席に放り投げられる。
普通に荷台に乗る3人を振り返り、おそるおそる言ってみる。
「あのぉ、俺、色々とぼろぼろ……」
「何か?」
ニッコリと笑う美紅から慌てて視線を逸らして前を向く俺。
俺に拒否権ないのね……
トホホと項垂れながら俺は諦めて馬車を村から発車させ、クラウドへと帰路に着いた。
4章 了
幕間を1話噛まして、更にアレを噛ましてから5章に突入する予定になっております。
感想や誤字がありましたら、気楽に感想欄にお願いします。




