7話 夏のトラウマ・リターンズ
序章の最後になります。
1章はまだ半分ほどなので、もうしばらくお待ちください。
先に出たルナを追いかけて出ると俺を見るなり、首を傾げられる。
「あれぇ? ダンさんは?」
「ああ、ペイさんにもうちょっとかかると言いに行った」
俺達の食事と寝る場所の確保に時間を費やす分、ペイさんには待って貰わないといけない。
そんな事を言いに行かないといけないダンさんに着いて行こうとした俺はなんて酷い奴なんだろうと思う。
きっと、ペコペコと頭を下げている所を見に行こうとしてた俺は本当に駄目な子だ。
俺の説明を聞いたルナは「それはしょうがないの」とあっさりと頷いて納得した。
それから5分も経たない内にダンさんは冒険者ギルドから出てくる。
「待たせたな、じゃ、行こうか」
ご、ごめん、マジでごめん!!
ルナもダンさんにどう触れていいか目を彷徨わせている。
俺もまた、ダンさんの頬にできた紅葉柄を2度見する勇気は存在しなかった。
ただ、フッと笑うダンさんの深みに俺はただただ、涙した。
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ダンさんの先導の下、俺達2人は着いていく。
ギルドからそれほど離れてない、木造の2階建ての建物に到着した。中から美味しそうな匂いが漂う。扉の前にある看板を見る。
「マッチョの集い亭」
俺は迷わず、回れ右する。ダンさんに肩を掴まれる。
「離せ! ダンさん、俺は行かないとダメなとこができた」
「まあ、落ち着け、あんちゃんが何を考えたかは分かるが着いてこい」
「早くするの! 徹」
俺の野生のカンが逃げろと言っている。
確かに店の中から漂う匂いは心惹かれるものはあるが、フラグが待ってる予感がヒシヒシとしてる。
落ち着いて考えれば、ギルドで新人に絡む冒険者や、ルナにちょっかいをかけるやつに絡まれるというドラマやマンガで良く見かける定番がなかった。
ここで来る。
しかもよっぽど、ギルドで絡まれたほうが良かったと思うハメになりそうだ。
「後生だ、ダンさん行かせてくれ!」
「いいから、入るぞ、あんちゃん」
「早くするの! 徹」
ルナさん、さっきも同じ事言ってますね、もう既に匂いにやられてますね。
食べる事しか考えられなくなってますね。でもね、でもね、ほんとヤバいの。
前の世界にいた時、去年の夏の思い出というかトラウマが蘇る。
中に入ると酒場って感じの普通の店の作りをしていた。
しかし、未だに俺の危険信号は止まる事はない。
落ち着かない感じはまさに嵐の前の静けさのように感じる。どこだ、兆しはどこに、せわしなく周りを見渡す。
その時、凄いプレッシャーが厨房のほうからやってくる。
「あ~ら、ダンじゃない、店に顔を出すのは久しぶりじゃない?」
「久しぶり! ちょっと頼み事があって顔を出させてもらった」
俺の眼の前にあるものを見て、膝をガクガクさせる。そして、去年の夏の海のトラウマが蘇る。
あれは、人間観察をするために先駆者である隆と電車3駅でいける海に夏休みを利用してやってきた。
俺達も14歳という歳であり、人を見る目を養うための訓練を乗り換えて真贋を見極められる一流の男になるためである。
双眼鏡を覗き込み、人間観察開始である。
「2揺れか、なかなかだな」
「3、いや4揺れがいるぞ」
「マジか! どこだ! なんだあれは、このビーチの化け物か」
男2人して幸せが溢れそうな顔をして訓練に打ち込む。
中には嵩増しをして偽装を見破る訓練だとかを繰り返し、俺達は成長していった。
突然、隆が騒ぎ出す。
「なんだと、何度揺らすんだ! あの物体は!!」
隆のセリフを聞いた俺は色めき立つ。
「どこだ、どこなんだ!」
「俺が指さす先の集団だ」
俺は食いつくように双眼鏡を覗き込む。
覗きこんだ先には褐色のいい色に焼けた肌が躍動的に跳ねまくる胸がそこにはあった。二の腕は太く、筋肉が踊るといった感じにポージングする無駄に白い歯をした、マッチョ、そうオスがいた。
「男やん、無駄にマッチョな男やん、誰得なんだよ!」
俺は怒りに任せて砂浜に双眼鏡を叩きつける。
「すまん、自分だけ見て不幸になってたのが許せなかったんだ。反省はするが後悔はしてねぇ!!」
「ふざけんな、このボケがー」
そんな暑苦しい青春の1ページが描かれるかと思われたが、軽い取っ組み合いが始った辺りで2人を止める声がする。
「ヘイ、ボーイ達、ケンカはいけないよ」
無駄にポージングを変えながら止めてくる変態がいた。それはさっき双眼鏡で覗いたマッチョであった。
「若いってのはいいことだけど……ん? ユー、ユーだよ!」
急にテンションが高くなったマッチョは俺を指差す。
「オオ、リトルプリティボーイ。2人で肉体言語、キ・ン・ニ・クしないか?」
頬を染めたマッチョがポージングして近寄ってくる。お友達もどうだい? と隆にも声かけると、マッチョに結構です! と言って俺を置いて逃げたした。
目を覚ますと知ってる天井、つまり俺の部屋で寝ていた。
あの後の事はよく覚えてない。迫りくる肉、汗の匂いと無駄に暑苦しかった事は断片的に覚えてる。
俺が目を覚ますと号泣する隆が土下座しながら謝り続ける姿があった。
俺はどんな酷い目にあったのだろうか。
思い出そうとすると俺の中のブレーカーが落ちそうになるのを感じた。
俺は忘れる事にした。
生まれたての小鹿のようになりながら、ダンさんの後ろでかろうじて立っていた。
「なんで、そんな格好をしてるんだ?」
「夜のピーク時に暑くなっちゃって、思い切って脱いちゃった」
そこには、赤い、もっこりパンツを履いたスキンヘッドの変態がいた。
描写を省いたのではなく、本当にパンイチだったのだ。
生きるためには逃げるしかないと判断した。
自分に注意を向けさせないように細心の注意をしつつ、その場から離れ始める。
「ダンさん、お腹が減ったの。お話は食べてからでもできるの」
馬鹿、ルナ、なんでもう少し我慢できない。
というか、この異常事態でも腹ペコ娘全開か。
そんなんだから腹の虫が騒ぐんだよ! と思っていたら、マッチョと目が合う。
目と目で何か通じ合う、そんな関係になりたくないな!
「まあ、カワイイ坊やが一緒にいるじゃない、どうしたのダン?」
それを聞いたダンさんが、これは好感触だと思ったらしく指を鳴らす。
「実はな?」
ペイさん達にした事情を話す。
「へぇ―そう、それは大変だったわね」
若干、含みのある笑みを浮かべられて背中に悪寒が走る。
「という訳で、格安で泊めてやってくれないか?」
「そうね、ダンの頼みだし、いいわよ、この子も私好みだし?」
俺に向けてウィンクしてくるマッチョをダンさんを盾にしてなんとか逃れようとする。
「じゃ、銅貨10枚で朝夕の食事付きで1泊でどうかしら? あ、でも、坊やが添い寝してくれるならタダ、むしろ払ってもいいのだけど?」
即死系の流し目を俺に飛ばすが、無駄だ! 俺には盾がある。
「銅貨10枚でお願いします」
俺がやや大きい声になりながら答えるとマッチョは笑いながら手を差し出す。
「私はミランダ。これからよろしくね」
いきなり偽名確定の挨拶に、俺達も名前を伝え、挨拶をする。
「お腹空いてるんでしょ? 日替わり定食出すからテーブルに着いて待ってて」
腰を左右にスイングしながら歩くマッチョは厨房に消えた。
まだ異世界生活初日にして既に疲労がマックスに感じている俺がそこにいた。
宿を銅貨10枚で泊まれる上、食事付きでこれほど破格の値段はないだろう。
ランチメニューで5枚って話だから食事代だけで泊めてもらえるのに文句言いようがない。
せめて、食事だけでもまともである事を切に願うばかりである。
こうして、俺の異世界生活が始まった。
序章 了
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