71話 向こう側の奇跡
男が2人並んで草むらの奥を覗き込む絵がそこにあった。
まあ、その片割れは俺なんですけどね?
ワタクシ、徹は只今、先程、心の友となったジャフと共に桃源郷の調査中だったりする。
聞けば、ジャフはこの村の者でしかも驚いた事にあのツンツンでデレがないミントの婚約者という事を聞かされた!
ジャフも俺と同様に真理の探究に余念がなく、ここによく調査にくるらしい。
それだけ分かれば多く語る必要はなく、俺達は固い握手を交わした。
「しかし、驚いたな、ミントに婚約者がいたのも驚きだけど、その相手がこんなナイスガイなヤツだとは思ってもなかったぞ?」
俺は、「場所を変わってくれ」と言って立ち位置を入れ替えながらジャフと話す。
落ち着いて考えれば、あのツン度が高いミントが俺の悪戯に寛容だったのはジャフで慣れてたからか、と分かれば納得な理由だ。
無報酬で働かされたとしても文句が言えない状態だったからな~
俺と場所を入れ替わってくれたジャフが遠い目をするようにして湯けむりに隠れる向こう側を覗き込みながら言う。
「親同士の付き合いもあって、生まれた時にされた許嫁だからピンとはお互いきてないんだがな」
ジャフはもう少し詳しい内容を口にしてくれたものによると、ミントの両親は2~3年前に病気で他界してしまい、天涯孤独らしい。
そのせいもあって悲しむ肉親がいないから人身御供に出してもいいだろうという村人の心ない行動の後押しになっていると聞かされた。
ちぃ! 湯けむりが邪魔で色々見えないぞ、こらぁ!!
光や煙で見えないのはアニメだけでいいんだよっ!! あんなのDVDやBDを買わせる為の企業努力なんだから今はいらないっ!!
深夜、アニメを見ていて何度、身悶えたか分からない少年がアローラにいるかもしれない。
湯けむりを必死に手で払おうと努力する俺の隣で男前の顔をヒョットコのように口を尖らせて息で飛ばそうとする漢が続きを口にする。
「勿論、許嫁としての意識は甘いかもしれないが、幼馴染のピンチに黙ってられなくて許嫁としての立場を利用して冒険者に討伐を頼むという話をねじ込んだんだ」
「男前だな、友よっ!!」
サムズアップし合う俺達の耳に黄色い歓声と水飛沫の音がおかしくさせるのか、俺達は天を仰いで声なき叫びを上げて神風を祈る。
「当然だ。アイツ等の言ってる事には根拠もなく、今ある不安を紛らわしたいだけなのがミエミエだ。ちぃ、こっちのは全然見えないな……今日は凪か? 俺のマストは張る準備完了なのに!!」
「酷い話だとは思ってたけど、更に酷い感じだな? 俺達がなんとかしてやるからな! ロキもなんとかできそうな言い方してたしな。しかしよ、友よ、下品だぜぇ? せめて、暖機は済んでるから燃料待ちぐらいにしないとよぉ?」
はぁはぁ、と荒い息を吐き、目を血走らせてる2人の顔を第三者が見れば、それだけで通報レベルであった。
そんな時、俺の背筋に冷たいモノが走り、嫌な予感に包まれる。
「凄いの! これが宿の人が言ってたお風呂なの?」
「そのようですね。私も知識だけで見るのは初めての温泉ですが、皆さん気持ち良さそうですね」
すこぶる聞き覚えがある声に俺は震える。
友、ジャフが嬉しげに声を洩らすがすぐに残念そうに言う。
「煙から外れた所から新しい子がきたから喜んだけど……バスタオル越しでも分かるぐらいに絶望的に胸がないな……凄く可愛いのに……残念だ」
見てないのにその絵がはっきりと分かる気がする俺は全身から汗が噴き出す。
そんな俺に不思議そうに首を傾げるジャフ。
「こんな女の子ばかりがお風呂に入っているのを徹が知ったら大変なの!」
「そうですね、散歩に行ってくれて本当に……どこに行ったのでしょうか?」
歯がカチカチと気付けば鳴り始めている俺から目を逸らすジャフが言ってくる。
「あれ? あの子達、急に辺りをキョロキョロしだしたぞ?」
見てみろというジャフの言葉に従い、おそるおそる覗き込むと風呂場の中央を陣取る青髪の少女と黒髪の小柄の少女がバスタオルをきつく押さえてこちらを睨んでいるのと目がバッチリ合う。
あうちっ!
「いたの! 覗いてるのがいるの!!」
そうルナが叫んだと同時に風呂に居る女の子が悲鳴を上げてバスタオルで隠そうと走り出す。
ルナは手を突き出して叫ぶ。
「エアブレット!!」
「「ぎゃあぁぁぁ!!」」
躊躇のないルナのエアブレットが俺達がいる草むらに直撃して俺達の姿が白日の下に晒される。
「やっぱり徹がいたの!!」
「本当にこういう事には鼻が利きますねっ!!」
「あああっ!! ジャフもいる! アンタ、何度同じ事すれば懲りるの!?」
目が据わった女の子達に睨まれ、震えるのもあるがその中央にいる2人の少女の氷の視線にミニ徹がキュッと小さくなるのを実感する。
あかん、今回は殺されるかもしれんっ!!
ジリジリと後ずさる俺の視界には男前な顔をするジャフが正座するのが見えた。
「お、おい、ジャフ! 逃げないと殺されるぞ!?」
「我が友、トール。俺は命でも代えれない真理を知る為に逃げられない……」
そう言うジャフに命より大事なモノはないと力説しようとすると首を横に振られる。
「怒れる女の子達は色々、防御が緩くなるんだ……お風呂で火照った体、上気する頬……そして……」
俺もジャフに負けじと男前の顔で目を細めてジャフを見つめる。
ジリジリと近寄ってくる暴徒と化した少女達を無視してジャフが続ける。
「殴る蹴るする時に揺れるんだ……」
「何がだ?」
そう問いかける俺にニヒルに笑ってみせるジャフがたった一言なのに胸に響く言葉を告げる。
「おっぱい……さ……」
俺はジャフの肩に優しく手を置いて頷くと同じように隣に並ぶように正座する。
鼻の下を指の腹で擦る俺がジャフに言う。
「共に見ようか!」
「ああっ! バスタオルの向こう側の奇跡をなっ!!」
俺達は天使の訪れを眺めるように殺意を放つ少女達の到着を幸せそうな顔で待ち構えた。
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「まあ、そういう事で、あの馬鹿が言い淀んでたって訳だ?」
「なるほど、以前に勝手に忍び込んた事があったから怒られるかと思ったと? 封鎖してた訳ではないですし、基本、出入りを禁止してませんから問題ありませんけど……」
村長宅に乗り込んだロキがミントとその場にいた村長にそう説明した。
ロキの説明に村長は明らかに落胆したような顔をして溜息を零した所から、ミントから聞かされた時になんらかの期待があったのであろうと想像に難しくない。
それを見たロキが知った事かとばかりに頭を掻く姿を見つめるミントはロキの説明に疑問を持っているようだが、どう言葉にしていいか迷っている素振りを見せていた。
何かを口にしようとしたがすぐに思い直したように言ってくる。
「ロキさんの説明は分かりました。一応、後でトールさんに確認を取らせて貰いますね」
「疑りぶけーな? でも、頭のいい女は割と好みだぜぇ?」
男臭いがこなれたウィンクをするロキに少し照れたのか咳払いするミントが村長に話しかけようとした時、勢い良く村長宅のドアが開かれる。
「村長! 女風呂に覗きが現れて捕えました!!」
興奮気味の少女が怒鳴り込むのを見て村長は目を白黒させ、ミントが両手で顔を覆い、ロキは面倒臭そうに頭を掻く。
「「あの馬鹿か……」」
ロキとミントの声が綺麗に被った。
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