58話 騙される側でありたい
相変わらず話の切り時が下手だな、と思う今日この頃。
ルナと美紅が見つめるインプが作ったスクリーンでは男に包丁で刺されそうな徹の姿が写されていた。
「危ないの!」
「トオル君!!」
「水を差すようで申し訳ないけど、あれはお兄さんの記憶だから? 本当に危ないなら、お兄さんはここにいないしね」
思わず、駆け寄ろうとした2人の顔の辺りに薄いシールドを張られて顔をぶつける2人はインプの言葉に少し恥ずかしそうにする。
そんな2人に嘆息すると徹の周りに渦巻いていたオルデールに動きがある事に気付くインプが口許にイヤらしい笑みを浮かべる。
「過去のお兄さんを心配する必要はないけど、今のお兄さんは心配しないとかもね。どうやら、この辺りからがお兄さんにとってなかった事にしたい過去みたいだからね」
インプの言葉に剣呑な響きを感じ取った2人がインプを見上げてくる。
だが、インプはその2人の思いを無視して「見てごらん?」とスクリーンを指差す。
スクリーンに目を向ける2人の視界には徹と犯人の間に割り込むように入ってくる上品な和服を着る初老の女性が刺される所であった。
刺してしまった事で動きが停まった男を警察官が取り押さえ、倒れて胸から血が溢れ出る初老の女性に縋りつく徹の姿が写される。
体中、初老の女性の血で染まる徹が「お婆様ぁぁぁぁ!!!!」と壊れたように叫ぶのを見て、徹を助けた相手が旅行を中止するように言った祖母である事を知る。
「ふーん、本当にお兄さんのお婆様は予知ができたみたいだね。こうなる未来を予知できて助けに入った。でも、おかしいな……まあ、いいか。過去の事だし、僕に関係のある事じゃないしね」
何か矛盾を感じたようだが、インプは興味ないと切り捨てる。
インプの呟きに先程から分かり易い程に食い付いていた2人が噛みついてこない。
徹が祖母を抱き締めながら宙を見上げて叫び続ける姿に胸が締め付けられ、泣きそうな顔で見つめていた為であった。
スクリーンの向こうの徹は泣きたいのに泣く事を忘れているように叫び続けているのを見ていたら、こちらの徹の体が激しく痙攣するのに気付いて3人は慌ててそちらに目を向ける。
向けた先では徹を取り巻くようにあったオルデールの力の奔流が吸い込まれるように徹の中へと入っていくところだった。
ワンパターンな行動を繰り返す2人の行動を先読みしたインプが動く機先を取って止める。
「止めておきなよ? 今、介入したら両方共、消えるか、オルデールだけが残っちゃうよ?」
「しかし、あのままではトオル君がオルデールに取り込まれます!」
美紅が焦りを見せるのを肩を竦めて笑うインプが言う。
「いや、まだだよ。これから、お兄さんとオルデールの心の戦いの一騎打ちが始まろうとしてる。これが初代勇者が描いたシナリオ……おっと、楽しくなってきて話し過ぎちゃったよ」
「待ってなの!? 初代勇者とオルデールのやり取りの話だと初代勇者がオルデールに騙されたように聞こえたの!」
「まさか、騙されたのはオルデールの方!?」
良い反応をする、と言いたげなインプの様子に2人はどこまでが正しく、どこから嘘なのか、と疑心暗鬼になる。
喋り過ぎたというのもルナと美紅をからかう為にワザと言ったのかと眉を寄せる。
ニヤニヤとイヤラシイ笑みを浮かべるインプが、再びスクリーンを指差す。
「場面が切り替わったよ。どうせ見るしかできないんだし、見逃したら損だと思うけどな?」
歯痒い思いに苛まされるがインプが言う事はもっともなので2人はスクリーンに目を向ける。
徹の過去が映し出され、それが物語のように終わりが迎えると徹とオルデールが向き合う映像が現れる。
そこでのやり取りでオルデールの言葉に徹は笑い飛ばし、見ている2人の方が呼吸が荒くさせられていた。
迷いを感じさせない徹の言葉を受けた2人は瞳を潤ませてお互いの手を握り合い、徹と出会えた事を感謝しながら孤独な戦いをする徹を見つめ続けた。
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お婆様が幼い俺の代わりに刺されて倒れ、血塗れになった幼き俺がお婆様を抱えながら、ただただ、叫ぶ事しかできなくなってるのを見下ろしながら胸を掻き毟る。
「昔の事と分かってても胸がイテェーな……」
自分を嘲笑うようにすると平衡バランスがおかしくなったと思うと暗転する。
意識を持って行かれそうになるのに耐えると足場を強くイメージしたと同時に自分のいる場所を認識する。
何もない空間、いや、幼き俺が病院の外のベンチで座る姿が映るスクリーンがあるだけで、それ以外は何もない空間に居る事に気付く。
「くそう、今度はなんだ? さっきまでと毛色が違うけど……あのスクリーンを眺めるしかないんだろうけど……」
なんか、メッチャ嫌な予感しかしない。
そう思うが、このまま何もしなかったらジリ貧なうえに物事が好転しないと俺のカンが訴えるので渋々、スクリーンの前に向かう。
写される映像がはっきりと分かる距離に来ると足を止める。
「ベンチに座ってるように見えたからそうじゃないかとは思ったがな」
「そうだ、お前のせいで死なせた祖母と別れの時の記憶だ」
突然、話しかけられたが俺は驚かなかった。
多分、出てくると思っていたから。
「お前がオルデールか?」
俺がそう問うが含み笑いをするだけで答えてこない。
隣に視線を向けると昔のイメージの魔法使いのジジイといった見た目の気色が悪さが悪目立ちしていた。
良かった……視界外から話しかけられて……正面から話しかけられたらマジでビビったかもしれない。
そう思っていると幼き俺が座る隣にお婆様が突然現れ、放心状態の幼き俺に話しかけるのが見える。
「おお、ついに始まったな? お前の祖母との別れの時が? どうだ、お前が死なせた祖母を見て?」
「そうだな、これを見せてくれてるのが、お前なのか、剣の力なのか分からないが感謝してる。例え、映像だとして忘れてはいけない、この日の事を再確認させてくれるからな」
俺の返事を聞いたオルデールが嘲笑うような顔から驚きの顔に変化させる。
なんとなく、ざまぁ! してやった感じになってるが当然のように俺にそんな意図はない。
「ど、どうしてだ!? 少なくとも、この記憶はお前にとって今までで一番辛い思い出のはずだ! どうして動揺しない!!」
「充分、動揺してるさ。胸も痛いし、見てるだけで過去の自分を殴り飛ばしたいと思ってる。でも、俺はこの事を乗り越えずに受け入れ済みだからな」
俺が静かに見つめ返すと後ずさるオルデールが信じられないという顔をする。
「嘘だ! この記憶の幼きお前は激しい後悔と全てに憎悪している。何よりも自分自身を一番許せてない!!」
当時の俺の気持ちを叩きつける事で揺さぶろうとしてくるが俺は肩を竦める。
コイツ、相当テンパってるな? 俺の話を碌に聞いてない。
「だから言ったろ? 受け入れた、と? 乗り越えただけだったら喉元を過ぎて熱さを忘れてるだけだから、同じ苦しみを覚えて大変だっただろうな?」
有り得ない、有り得ない、と叫ぶオルデールを見つめて溜息を吐く。
スクリーンの中でお婆様に抱き付き、やっと泣けるようになった幼き俺が声を上げてお婆様に抱き付いているのが見える。
確かに、この時の俺は自分を殺してしまいたい、と強く思っていた。
だから、オルデールの最初のドヤ顔も分かるんだけどな……
俺は、自分を立ち直らせてくれた坊主頭のお調子者を思いだし、懐かしい思いを噛み締めている最中、オルデールは俯いてブツブツ言い始める。
横目でオルデールの様子を見ながら、スクリーンの幼き俺とお婆様の会話に耳を傾ける。
「徹が悪いんやないんよぉ? 徹を止めても旅行に行くのは分かってたし、本当は何も言ったらアカンかった……まだ、死んだ徹があちらに連れて行かれるのは私はまだ早いと思ってたんよ」
えっ? お婆様が言ってる言葉のニュアンスがおかしくないか!?
死んだ徹があちらに連れて行かれる、とお婆様が言ってるが、当時はあの世に連れて行かれるという意味に取ってたけど、死んだら、あの世に行くのは当たり前じゃないのか?
病み始めているオルデールよりお婆様の言葉の方が気になりだしている俺。
「お婆ちゃん、頑張ったよぉ? 4年という猶予を作ったから……」
頭を撫でられて号泣する幼き俺はこの言葉を聞き逃していた。
4年後!? 今じゃないのか!?
「立ち止まってもいい、時には膝を着いて泣く時もあるやろうね? でも、最後には笑って立ち上がれる男の子になるんやでぇ? きっと徹は4年後……」
お婆様の言葉の続きを唾を飲み込みながら覗き込もうとする俺の横から叫ぶオルデールが体を幽霊のように透き通らせ、何倍も大きくなって俺を見下ろす。
「自分の罪に苛まされろ! 心を凍らせろ!!」
「うっせえぇ!! 今、大事な事をお婆様が話してるところだったのに!!」
肝心な所をオルデールの叫びで消された俺は苛立ちをオルデールに見せ、目だけでスクリーンを見るとお婆様が光の粒子となって消えるところであった。
くそう、こんな消え方したから、正直、俺は夢だったかもしれないと思ってたけど……
4年前の俺、そして、現在の俺は2度も大事な事を聞き逃してしまったようだ。
「お前はおかしい。受け入れた? そんな事を本当にできる人などいるか!? そんなのは儚い理想だ。痛みに耐えて痛みが和らぐのを待つか、目を逸らしてなかったことにするかだ。その苦しみを何度も耐えられる訳がない!!」
「うるせぇーな? 受け入れたモノは受け入れたんだ。お前が言う方法は、1人でやる限界の話だ! 誰かに差し出された手を掴んだ時、一歩ずつ前に進んで受け入れていける」
指を突き付けてオルデールに言うと怯む様子を見せるがお構いなしに続ける。
「ある訳ないと思うなら何度でも見せればいい。無駄だと分かってるからお前は吼えてるんだろうが!?」
ん? リピートして貰えたら、さっきのお婆様の言葉をもう一回聞ける?
弱ったフリをしようと思った瞬間、オルデールの瞳が光るとその光に飲み込まれる。
真っ白な世界に招待された俺にオルデールが語りかける。
「お前がおかしいのはそれだけではない。私の始末を頼んだ双子の依頼を受けたのもおかしくはないか? 本当に占いで解決策を見つけたのか? それでできるのがお前というのを信じられるのか? ただただ、払う対価がないから、お人好しのお前を騙してるだけとはどうして思わない?」
急に方向転換してくるオルデールに肩を竦めながら「必死だな?」と呟く。
「そうだな、否定も肯定もできる材料は何もないな。だから、どうした?」
あっけらかんと答える俺に絶句しているのが伝わる。
何を当たり前な事を言ってるんだろうか?
自分の大事な姉の命がかかってるのだから、取れる手は全て取っているはずである。
だいたい、婚約者がいるという話があったのに出てこない辺り、婚約者も奔走しているのだろう。
俺も高校受験する時に本命以外にも滑り止めも受けたしな。
こうやって見方を変えたら誰でもやってる事をおかしいとか言うコイツが本当におかしい、と俺は思う。
舌打ちするオルデールが矛先を変えてくる。
「ならば、ミランダはどうなんだ? 只の宿の主人にしては情報通過ぎるだろう? どうして、お前達のような得体のしれない相手を優遇する。きっと裏があるとは思わないのか?」
「はぁ!? ミランダが只の宿の主人!? お前が本気でおかしいだろう? あれは妖怪の類だぞ? いなかったはずの所から突然現れたりするし、抱きついてくるし、コーヒー出すと砂糖とミルクを使わせてくれないんだぞ?」
捲し立てるように言い返す俺に下手に出るように「砂糖とミルクは関係ない……」と言ってくる。
知るかっ!
フンッ、と鼻を鳴らす俺に戸惑いを感じるようだが、自分を奮い立たせるオルデールが体がない癖に荒い息を吐きながら言ってくる。
「なら、ルナや美紅はどうなのだ?」
「2人がどうかしたのか?」
俺の反応が芳しくないが虚勢で笑うオルデールが言ってくる。
「ルナはクリスタルの中で寝ていたのだぞ? どう考えても人じゃないだろう。女神だとかじゃないとか、言われ、記憶がないと言ってるがどこまで信用している? お前を隠れ蓑に何かを画策してるかもしれんぞ?」
そう言ってくるオルデールをジッと俺は見つめる。
何も言わないので好機と判断したオルデールが続ける。
「美紅をどうして、わざわざ、結界の外に連れ出した? せっかく来たお前を拒絶して追い返そうとした。いくら魔神の復活の阻止が為されたとはいえ、エコ帝国に睨まれる覚悟してまで引き取る必要がどこにあった? お前は美紅に利用されてるだけではないか?」
口を閉ざして相変わらず無表情な俺を見て口の端を大きく上げるオルデール。
「お前にはメリットなど、ほとんどないだろう? アイツ等から受け取れてるのは普通に冒険者ギルドに行って仲間を募集しても得れるものばかりだ。それなのに、アイツ等は特にここ最近は殴る蹴ると好き放題であろう?」
「……そうだな、本当にどんどん遠慮がなくなってきてるわ。俺の春奈ちゃんを見るわ、勝手に燃やすし、酷い奴等だよ」
やっと反応した俺に嬉しそうにするオルデールが前のめりになって言ってくる。
「そうだろう、そうだろう? 私が力を貸そう! アイツ等に痛い目……」
「だから、それが何なんだ? お前が言う全部が本当だったとして?」
俺はオルデールが言い終わる前に被せるように言い放つ。
オルデールは、キョトンという表情を見せる。
「俺は信じてる。俺を巻き込みたくないから置いて出て行こうとして見つかって俺の胸で泣いたルナの涙を」
「なっ!?」
指をオルデールに突き付ける俺は目を細めて強い思いをぶつけるように続ける。
「結界の中で涙を流さずに泣いて膝を抱えてた美紅。俺が差し出した手を握り返した美紅の想いは本物だ」
迷いも感じさせない俺の言葉にまた後ずさり、押されている事を自覚したオルデールが吼える。
「そんなモノは信じるに値はしないっ! お前は騙されているんだぞ!!」
目を血走らせるオルデールを見つめる俺は歯が良く見える程に大きな笑みを浮かべる。
こいつ、本当はメッチャ可哀想なヤツなのかもな?
怯むオルデールに更に笑みを深くして告げる。
「ああ、俺はアイツ等を疑うぐらいなら、騙される側でありたい!」
そう告げた瞬間、俺の周りが再び真っ白な光で包まれた。
▼
徹を中心に眩しい光が生まれる。
その光から目を背けるルナと美紅を余所にインプは歓喜の表情を浮かべながら徹を見つめる。
「乗り越えた! 初代勇者ですら乗り越えられなかった心の闇を!!」
インプの声を聞いていたルナと美紅は目を細めながら徹がいると思われる場所を見つめる。
薄れる光の中から現れたのは、封印されていた二刀を持つ徹が、狂える神のなれの果てと化しているオルデールと対峙する背中であった。
そんな2人を振り返らずに徹は声をかけてくる。
「2人共、力を貸してくれ! 決着を着ける!」
「徹のお願い、喜んでなの!」
「私の力は貴方の為に!」
徹が先陣を切るのが合図になり、2人もその背中を追うようにオルデールに肉薄していった。
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