54話 魔神戦争時代の亡霊
女神像の下から現れた地下へと続く階段を覗き込むロキが鼻を抓み、臭いのを耐えるようにする。
「あの胸糞ワリィ匂いがプンプンしやがるぜぇ。この下で間違いなさそうだな?」
振り返るロキが「行くぞ?」と顎で地下を示してくるが、俺は強張るように立ち竦む。
それを見たロキが俺が怯えてると思ってか眉を寄せて不機嫌そうにして近寄ってくる。
「おいおい、トオル、ビビってるのかよ? さっさと行くぞ?」
「俺はこの先にビビってない! 俺がビビってるのは後ろだ……」
ロキの言葉に小さな声で答える俺のセリフを聞き逃さなかったロキが俺の後ろに視線をやると、呪詛のような言葉と氷を思わせる視線を向ける少女が2人いた。
「徹は馬鹿なの? 死んでまともになるの?」
「小さい子ならまだしも、トオル君はいくつなんですか? 本当に私と同じ年なのですか?」
後ろを見て納得したらしいロキが俺の背を押して階段の方へと歩かせる。
「馬鹿やったトオルだがよ、おめえがいなかったら、見つからなかった事を納得できねぇ生娘の嬢ちゃんの言葉なんぞ相手にしてんじゃねぇ……間に立ってやるから、さっさと行け」
つまらなさそうに鼻を鳴らすロキを俺は頼もしそうに見上げる。
ロキ兄さん、アンタだけやで! 俺の事、分かってくれるのは!!
ルナと美紅もロキの言葉を聞いたようでバツ悪そうにお互いの顔を見つめ合う。冷静に考えれば、俺がファインプレイした事は分かってはいたようだ。
俺のキラキラビームを気持ち悪そうにするロキが俺を蹴っ飛ばして「さっさと行け」と階段へと進まされる。
これ以上、蹴られたら溜まったモノではないので階段を降りて行こうとするが明かりがないので生活魔法で光の玉を生んで浮かせて先に進む。
じめじめする道を行く途中に白骨化した死体がいくつか落ちているのに気付いて息を飲む。
それをしゃがんで調べながらロキは言ってくる。
「白骨の感じと着てる鎧の紋章から見て、おそらく500年近く前の死体かもな? よく風化せずに残ってたと思うがよ」
「どうして、500年前だと分かるのですか?」
ロキの鑑定に疑問を覚える美紅が問うとロキは、鎧に刻まれている紋章を指差す。
「骨の古さは俺のカンみたいなもんだから説明できねぇーが、その鎧の紋章は、500年ほど前までエコ帝国のシンボルとして使われてた紋章だからだ。魔神戦争後、終戦50周年とやらで変えたらしいからなぁ」
「前から思ってたけど、ロキって強いだけでなく色んな事知ってるの。見た目から分からないけど良い所の坊っちゃんなの?」
ルナの疑問は俺の疑問ではあったが、恐れも知らない聞き方をするな、とある意味ルナを尊敬して見ているとロキはくだらなさそうに唾を地面に吐く。
「冗談でもそんな事言ってくれるなよぉ? ただ単純におめえらが冒険者として無知過ぎるだけだろうがよぉ?」
ルナはロキの怒気を受けて首を竦めているが怖がってるというより、悪戯を叱られたぐらいの反応からルナは本気にしてないようだが……
本当に嫌そうにするロキを見て、俺は逆に分からなくなった。
ロキはこの若さで達人級の冒険者だと俺は疑いを持っていない。おそらくダンさんより、いや、若い頃のダンさんとやっても相手にならなかったのではないだろうかと思える程、ロキは規格外に強く、ダンさんもそれを肌で感じているように見えた。
ロキに鍛えられるようになって、自分がどんどん強くなっているのが分かる。
自惚れがあるのは自覚するが今ならルナと初めて会ったダンジョンで見た大蛇とも戦える、少なくとも一方的な勝負にならないと思っていた。
天井が見えない強さに他人に強さを教える事ができるロキの事が知りたくて初めて訓練を受けた日に聞いたがロキにこう言われた。
「俺はよぉ、色々、詮索されるのは好きじゃねぇ! 根掘り葉掘り聞こうってんなら、鍛えるって話はナシだ!」
睨まれるだけで震える視線に当てられた事も理由の一つだが……
なぁ、ロキ、どうして、お前は自分の過去に触れるような話になると強い怒りと、そして……
ルナに「怒り過ぎなの!」と言われて機嫌悪そうに舌打ちし、瞳に怒りを宿らせながらそっぽ向くロキを見つめて俺は思う。
どうして、そんな悲しそうな瞳も同居させるのだろう、と俺はいつかロキに聞いてみたいとずっと思っていた。
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間に挟まれるように歩く機嫌の悪いロキが黙り込んだので、会話らしい会話がないまま、奥に進むと十字路に出る。
十字路の真ん中にやってきた俺達はどちらが正しい道か悩んでるとロキが口を開こうとした瞬間、来た道に振り返り目を細める。
ロキの様子に気付いた俺が声をかける。
「ロキ、どうしたんだ?」
「シッ! なるほどなぁ、俺とした事がこんな簡単な事を見逃すなんてなぁ、おめぇ等を無知呼ばわりできねぇな」
してやられたとばかりに眉を寄せるロキに俺と同じように声をかけようとしたルナと美紅もロキが見つめる先に弾かれるように見つめる。
「おう、ルナと美紅も気付いたようだな、来るぜぇ?」
俺も3人が見つめる先を見ていると金属が擦れる音とカタカタという音が聞こえてくる。
生活魔法の光を前に飛ばしても? とジェスチャーした俺にロキが頷いたので飛ばすとそこには通り道で発見した白骨化した骸骨の集団がこちらに向かってやってきていた。
「なっ、さっきのはアンデットだったのか!?」
「みてえだな、道理で風化が思ったより進んでねぇーと思ったぜぇ」
ロキが長剣を構えると倣うように俺も武器を構えようとするがロキに止められる。
「止めとけ、アレはおめぇ等には荷が重いな。魔神戦争時代の一兵卒でも今の冒険者のC以上って話だが、奥にいるのは千人長のようだ」
俺には骨のアンデット、スケルトンの強さは分からないが、一兵卒がCランク以上でそれを纏めるのがB程度ではないぐらいは分かる。
ロキが前に出ようとするのをルナと美紅が続こうとするが2人も止められる。
「言ったろ? おめぇ等、と? もっと広い場所でやるならよぉ、ルナと美紅ならやりようがあるだろうが、邪魔だ」
ルナと美紅はロキの言葉が悔しいのか言い返したいようだが、戦う事に関してずっと先を行くロキにできる反論の言葉を持ち合せてなくて黙り込む。
スケルトンから目を逸らさずに肩を竦めるロキが言ってくる。
「トオル、あの気持ち悪い匂いはこの先から続いてる。先に行け」
「でも、ロキだけ置いては!」
俺の言葉に鼻を鳴らすロキは馬鹿にするように言ってくる。
「テメエに心配される程、落ちぶれてねぇーよ! すぐに追いつく。それにあの姉ちゃんに時間がねぇ事を忘れんじゃねぇ!」
ロキはこちらを見ずに「行け」と言ってくる。
自分の力の無さに悔しさを感じつつ、下唇を強く噛んで悔しさを飲み込む。
「ルナ、美紅、先を急ぐぞ」
「で、でも……」
見捨てて行くような居心地の悪さを感じるのかルナが戸惑い、美紅が俺とロキを交互に見つめる。
そんな2人に俺は笑ってみせる。
「俺はロキが勝てない、と泣きながら俺達を追いかけてくるに賭ける」
俺が口にした事に目を白黒させるルナと美紅。
スケルトンが斬りかかってきたので鍔迫り合いをするロキが短く笑う。
「その賭けはトオルの負けだなぁ、俺はぁ、賭けで負けてた事はねぇーからよ? クラウドに帰ったら飯を奢らせてやるぜぇ?」
「それはこっちのセリフだ。財布が軽くなるような飯を食ってやるからな?」
俺とロキが笑い合う。
呆れるルナと美紅に俺は「いくぞ」と声をかけると返事を聞かずにロキが示した方向へと走り出した。
俺を追いかけるようについてくる2人の足音を聞きながら、口の中だけで声にする。
「ロキ、死ぬなよ!」
目的地を目指して俺達は走り続けた。
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