38話 懐かしい記憶は歌詞と共に
魔神の加護を受けし者のサブレを撃破した俺達は、光の柱の下を目指して歩いていた。
回復が途中だった俺はルナに一度、足を止めさせられて、きっちりと回復魔法を行使されて全快であった。
「あの馬鹿より凄いのが3人か……ゾッとしないけど、次元の狭間から魔神の欠片を探すのに必死になる時間だけは俺達の身の安全が保障されるかな?」
「んっ、多分。開いた私だって、もう一度同じ場所を開く事はできるとは思えないし、今日、明日とか言う話はないはずなの」
と、ルナは言うが、本人の予想では見つけられない、と思っているようで、サブレの絶望っぷりと合わせると信憑性は高そうだ。
だって、それを見ただけで昇天してたからな?
などと考えていると隣のルナは俯いて深刻そうな顔をしていたので俺は、その可愛らしい鼻を抓んで引っ張る。
「い、痛いの、徹、止めるの!」
「止めるのは、お前だろ? 何度、同じ事を言わせたんだ? 馬鹿な事ばかり考えてるんじゃない」
涙目になるルナに、「分かったか?」と念押しして頷くのを見た俺は手を離してやる。
痛そうに鼻を摩って恨めしそうに見つめるルナから視線を切った俺は、このまま放置しようが、関わろうが、いつか魔神の加護を受けし者と遭遇する日がくると考えていた。
「このまま、という訳にはいかないよな……」
「徹、何か言った?」
俺の呟きを聞き逃したルナが聞いてくるが、「勇者の女の子は可愛い子かな?」と誤魔化したら何故か頬を膨らませて拗ねられた。
「そんなに会いたいなら、さっさと歩くの!」
そう言うルナが肩を怒らせて歩いていくのを後ろから見つめる俺は苦笑する。
「爆発物処理班、新人、立石 徹。処理失敗しましたっ!」
1人で馬鹿やっても突っ込んでくれるヤツがいないと本気で馬鹿そのものだ……
俺は溜息を吐くと前を歩くルナを追いかけて歩を速めた。
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「なぁ、ルナ、勇者の女の子、どんな子なんだろうな?」
「この場ではその者の心の在り様が形になるから……多分、そんな感じなのかも?」
俺とルナは、光の柱の根元に辿り着き、視線を上に上げていた。
天に届けとばかりに伸びる光の柱は蝋燭の炎のように揺らめき、光力は弱くその根元にいるはずの女の子の姿は見えない。
何故なら、光の根元から石垣で造られた壁が光の柱を覆うように建てられていた為であった。
その石垣の高さを見る為に俺とルナは視線を上に上げていた。
見上げる高さはビル3階分ぐらいで10mはありそうであった。
ルナの言葉を踏まえて、目の前の状況を考えるに肉体的には間に合ったが、精神的には……
引き籠ってない?
俺、アウトじゃないか? という考えちゃうんだが!!
額に汗を浮かせる俺の考えは、どうやらルナも同じ結論に行き着いているようで、俺を見つめて困った顔をしていた。
下手な思案は休むと同じ!
「ここでグダグダしてもしょうがない。とりあえず会ってみよう」
「分かったの」
そう言うとルナは石垣の取っ掛かりに足を掛けると飛び跳ねながら登っていく。
ルナを見送った俺は呟く。
「あいつ、人間か? ああ、女神っぽい存在だったな?」
色々、分かってない事が多いな、と笑うと頂上に着いたルナが俺に手を振って呼ぶので、生活魔法の風の足場を作って俺も登っていった。
石垣を越えて、内側に入った俺達は光の柱の中心へと歩いて行った。
そして、その中心で膝を抱えて顔を埋める少女が視界に入ると俺は不思議な気分にさせられた。
あれ? 俺はこの子を知ってる。
ただの直感ではあったが、俺はその子を見た瞬間、そう思ってしまった。
肩まで伸ばした俺と同じ黒髪なのに同じ黒とは思えない吸い込まれるような黒。
そして、光の加減のせいか頭に天使の輪があるように錯覚してしまいそうになる美しい髪。
ブカブカの皮のような鎧の隙間から覗けるスタイルはルナ同様残念さんのようだ。
見れば見る程、どこかで見た覚えがある想いが強くなっていく。
どこだ? どこで、この子と会った?
ジッと見つめる俺に気付いたルナが聞いてくる。
「何か気になる事があったの?」
「気になるというか、俺はこの子を知ってる気がするんだ……」
えっ? と驚くルナは俺を凝視してくる。
驚く気持ちは俺にも良く分かる。
何故なら……
「ザウスさんの話から考えて、徹が知ってる訳がないの!」
「俺もそう思うんだがな」
そう、俺がアローラに来る前から、この子は召喚されてたようだし、ここに入れられたのも同じだ。
ルナを納得させる言葉など用意できない。
俺自身が納得できてないのだ。
理性はおかしい、と訴え、カンは俺の感じてるモノを支持してくる。
そして、気付けば、俺は黒髪の少女の下へと歩き始めていた。
近くに寄ると女の子は何やら言葉を紡いでいる事に気付いた俺は耳を傾けると唄のようだ。
『ウサギさん、ウサギさん、どうして眼が紅いの?
それはね~ 』
その言葉を聞いた瞬間、俺の背中に電撃が放たれたように背筋を伸ばす。
この唄の意味を考える前に俺は口から古い記憶を揺り動かす言葉が紡ぎだされる。
『ウサギさん、ウサギさん、どうして眼が紅いの?
それはね~悲しんでいる、みんなの為に代わりに泣いているから紅いんだよ
ウサギさん、ウサギさん、何故、みんなの為に泣くの?
それはね~笑ってる、みんなを私が見ていたいからなんだよ
ウサギさん、ウサギさん、だったら僕はウサギさんの傍にいるね
みんなの代わりにウサギさんを笑わせるから友達になろうよ
寂しくて自分の為に泣く必要がないように僕はいるよ、優しいウサギさん』
俺の口から零れるように漏れた唄が止まると光の柱の中にいた少女に変化、いや、変化というには大き過ぎる程の反応を示して、目を見開いて声も出ないらしく、荒い呼吸をして見つめてくる。
見開かれた目は赤く、まるで今、唄ったウサギのようであった。
その瞳を見つめた瞬間、俺の中の疑問が解消されたように焦る気持ちが霧散する。
ただ、安堵の溜息だけが漏れた。
俺は、ソッと手を差し出す。
「さあ、出よう。もう君がここにいる理由はないよ」
「あ、貴方は……関係ない! 私はここから出ない。ここから出たら辛い現実が待ってるだけ、もう利用されるのも騙されるのも……怖い」
再び、女の子が膝を抱えると周りの景色が一変する。
その変わった風景に驚いたルナが悲鳴を上げそうになるが必死に口を抑えて耐える。
どうやら、俺を邪魔しないようにして任せる気のようだ。
有難い気の使い方をしてくれる相棒だ。
その変わった景色は、見知った場所であった。
10年前に1度だけ出会った笑みすら満足に浮かべられない赤い瞳をした少女と出会った場所。
神社の境内であった。
俺はそんな中を平然と歩いていると女の子は、驚きもしない俺に逆に驚かされていた。
立ち止まった俺が見えない何かを触るように空中に手を置いて止めると女の子を見つめて話しかける。
「ここに手水舎があったの忘れてるのか?」
「手水舎?」
女の子に、手を洗ったり、口を濯いだりする場所で、龍の口から水が出てたろ? と説明すると絶句する。
そして、俺は女の子の記憶の欠落を埋めるようにないモノ、余計なモノを指摘していく。
俺を無視できなくなった女の子は話しかけてくる。
「貴方は私の幻覚なの?」
「おっ、やっと俺に興味を持ってくれたか? その答えはここから出れば答えは出るさ」
そう言うと再び、女の子に手を差し出す。
先程は手を差し出す素振りすら見せなかった女の子であったが一瞬、宙に浮かせて迷いを見せたが、また膝を抱えてしまう。
「やっぱり、イヤ! 外は私に優しくない。ここで思い出に浸って朽ちていきたい……」
「たった1日を永遠に繰り返して?」
肩を竦める俺に何も言えなくなり、小さな拳を握る女の子。
「外に出れば、楽しい思い出が沢山できて、腹の底から笑えるぜ?」
「どうして、貴方がそんな事を言えるんですか!」
俺は、光の柱の外を目指すように歩きながら女の子の悲痛な声を受け止める。
そんな否定して欲しいと叫んでるような声で聞かされて、黙ってられるかよ。
光の柱の外に出た俺は振り返る。
「決まってるだろ? 俺が傍にいて、お前の楽しいを見つけてやるって言ってるんだ」
大きな笑みを浮かべる俺は手を差し出す。
ふらつきながら立つ女の子は牛歩のようにゆっくりと俺に近づきながら言葉を洩らす。
「私は、無能の烙印を押されました」
「そんなのは俺が否定してやる」
女の子は一歩、俺に近づく。
「私の価値は結界の触媒だけだと言われました」
「言ったヤツの目が節穴だったんだな。俺が肯定してやるよ」
また一歩近づく女の子。
「私の瞳は赤く、親にすら化け物扱いでした」
「そうか? 俺はその赤い瞳は綺麗でチャームポイントだと思うぞ?」
俺との距離が1m切ったところで女の子は立ち止まると見上げる瞳には止まる様子がない涙が流れていた。
涙で輝く赤い瞳は本当に俺は綺麗だと思った。
「私は……私は、生きていてもいいですか?」
「当然、俺が生きてる喜びを、生まれてきて良かったって思わせてやる!」
俺は、女の子に手を何度目になるか分からないが差し出す。
「さあ、俺の手を掴め、お前自身でな。後は俺が引き揚げてやる!」
一瞬躊躇する様子を見せた女の子であったが、おそるおそるではあったが近づいてくると触れる程度に掌を添えてくる。
それを俺が掴み、引き寄せると小柄だったせいか勢いが付き過ぎて、俺の胸に飛び込むような形になってしまう。
「俺の手を掴んだ以上、お断りは許さないぜ? 楽しいのお代わりは受けつけるが、ご馳走様はさせないからな!」
笑う俺を見つめる女の子を見つめ返す俺は、久しぶりに会う友人にあの時出来なかった事をする。
「自己紹介してなかったよな。10年遅れだが、俺は徹。お前の名前は?」
「やっぱり、貴方はあの時の……ううん、私は美紅」
そう言うと懐かしい思い出が蘇るぎこちない笑みを美紅は浮かべた。
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