33話 封印された山
クラウドを後にした俺達は、北西の山を目指して歩き始めていた。
山に到着するまで、後2~3時間はかかりそうな感じで手持無沙汰にしていると突然ふいにある事に気付く。
そういや、ルナが戻った記憶については聞いたが、力の使い方も、と言ってた内訳を聞いてなかった!
今からいく場所で何が起こるか分からないのに前のルナと今のルナの違いが分からなかったらやばいやん!
その事に気付いた俺はルナに話しかける。
「そう言えば、記憶は感覚的なものだけ、と言ってたのは聞いた。力の使い方を思い出したとも言ってたけど、何が出来るようになったか教えて貰っていいか? 戦ってる最中にいきなり、これできるとか言われても混乱するから?」
「うっかりしてたの、色々立て込んでて言った気になってたの」
そう言って説明してくれたルナの話は纏めるとこんな感じだ。
今まで、回復魔法といったら擦り傷を直す程度だったが、今なら、両断されたての指ならくっ付くかも、というレベルの使い方も理解したようだ。
後、防御魔法関係も極端に上がり、障壁の強化が凄いらしい。
どちらにしても、多分、これぐらいと分かってるだけで、試した事がないので自信なさげなところは致し方がなかった。
他にも魔法の制御向上や、肉体強化レベルが跳ね上がってるそうである。
使用用途が分からない魔法や、強くても使い方が思い付かないようなものもあるが、それは今は考えないそうだ。
道理でびっくりするような動きをすると思った。
まあ、その動きですら、ルナは加減して動いてたそうだから、上限が分からないのではあるが……
後、残念な話だが、空を飛ぶような魔法は知らないらしい。
無念だ……
「つまり、回復、防御に特化して全体的に強化されたと思っていいのか?」
「多分……色々、出来るような気がすると思うだけで、良く分かってないの。でも、こないだのイノシシの時のように魔法を外しまくる事はないと言えるの」
うん、それは切実に助かる。
俺の身の安全の為に!
「一応出来る事は理解した。どの程度できるかはともかくとしてな?」
俺は話は変わるけど、と前振りをしてルナに違う質問を投げかける。
「ルナの記憶が曖昧と知って聞くが、おっさんがあの山にあると言ってた結界は本当に初代勇者のおとぎ話に出てくる結界だと思うか?」
「……多分、あのおとぎ話は実話だと思うの。ただ、この山には魔神はいないと思うの……」
もどかしそうに言うルナは悔しげに唇を噛み締める。
きっと喉に引っかかった魚の小骨のように煩わしいのであろう。
「まあ、ルナの記憶が曖昧だから、これ以上は無理か。それより、その結界を探知する方法や魔法に心当たりは?」
被り振るルナに、「そうか」と告げる。
どうやら、余程近くにいかないと分からないらしい。
「こんな事なら、おっさんに場所を詳しく聞いておけば良かった……おっさんと一緒に行動してる時は、まだすぐに動くか決めてなかったしな」
「確証はないけど、多分、聞いても無駄だったと思うの。例え、ザウスさんの言う通りの場所に行っても見つからない気がするの」
これもまた、何故そう思うのかも説明ができないようで項垂れるルナ。
そんなルナに俺は笑いかけてやる。
「ルナ、前に言っただろ? 考える事を止めない限り、道は途切れない。今のルナの記憶通りだとするなら、他の可能性を優先的にあたって違ったら次へだ。そうだろ?」
「でも、私が間違ってたら……」
やっぱり、自分の記憶というか感覚を信じ切れないようで不安に思うルナの頭を撫でてやる。
「結界の場所を見つけて、おっさんに聞いた同じ場所だと言ったら、ルナを笑ってやるよ。その程度の事さ」
俺は頭の後ろで手を組んで、呆れるように空に溜息を零す。
「第一、おっさんに聞いておかなかった俺も間抜けだしな。違うとしても、行き先の指針がないから向かうのもアリだったのに」
おどける俺を見てクスッと笑うルナに、
「うわ、今、笑っただろ? 気付いてるか? 情報収集しなかったのはルナもなんだぞ!」
「そんなこと知らないの~、私は聞くのを忘れたんじゃなくて、聞こうという考えがなかったの~」
俺が、「もっと性質が悪いだろうが!」と追いかけるといつものルナのどこか抜けた笑い顔をして逃げ出す。
やっぱり、ルナには暗い顔は似合わないな。
そう思う俺は、調子に乗ってルナを追いかけて、山の麓までルナと追い駆けっこを楽しんだ。
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山の麓に着いた俺達であったが、俺達は不思議な感覚に襲われていた。
上手く説明できないが、酷く落ち着かない気持ちになっている自分に違和感を感じていた。
そんななか、ルナが頷き、何かに気付いた顔をして俺の額に掌を充ててくる。
「今、キャンセルするの」
そう言うとルナの掌から温かさが伝わる。
すると、落ち着かない気持ちになっていたのが霧散して目を白黒させる。
安堵の溜息を吐くルナを見つめて、理由を問うと話してくれた。
「結界が張られてたの」
「えっ? もう、おっさんが言ってた結界の中にいるのか?」
驚く俺を見つめながら、ルナは被り振る。
「違うと思うの。これはきっと後付けの結界で、おそらく人払いの結界。知能がある者に不快な気持ちにさせる類のそれほど強い結界じゃないの」
どことなく自信ありげに語るルナであったが、根拠は求められた困ると苦笑する。
しかし、ルナの言う通り、落ち着かない気持ちはなくなり、違和感もなくなっている。
だとすると、ここにそんな結界が張られているという事は……
「つまり、ここに何かあると言ってるようなもんだよな? しかも状況的に結界を張っているのは、おっさんの言葉を信じるとエコ帝国という事になるな」
「そうだと思うの。でも一々人払いの結界を張る意味が分からないの。こんな事しなくても見つける事も介入する事も普通はできないはずなのに……」
そう言うと顎に手を添えて考え込むルナ。
言われてみれば、ルナの記憶の切れ端の情報が正しいのであれば、場所は特定できないし、魔神を封印できるレベルの結界に介入できる者など、そういるものではないであろう。
むしろ、結界に介入が出来る者が人払いの結界に気付けば、逆に怪しまれて介入の危機だし、出来ない者を追い払うだけの結界であるなら、もっと無駄な行為であった。
これが意味するところ、考えられる可能性の筆頭は余り良い考えではない。
「見つける事もできず、介入もできないはずの結界が、見つけたり出来るようになってしまっているという事か?」
「そう考えるのが妥当だと思うの。これ以上は見てみない事には言えないけど、見つけられる可能性がグッと上がったの」
考えられる可能性は宜しくない事のようだが、見つけられる可能性が提示されてルナと俺はやる気が出てくる。
「じゃ、ちょっと早いけど昼飯にして、仕切り直しとしますか!」
俺の言葉に頷いたルナに笑みを浮かべてカバンからミランダの弁当を出そうとしてると目の端にチラつくものに気付き、そちらに目を向ける。
向けた先には、何もなく首を傾げていると突然、一瞬、光の柱が現れたと思ったら消え、思わず声を上げてしまう。
「どうしたの? 徹」
変な声を上げた俺を不思議そうに見つめるルナに先程、光の柱が現れた方向を指差す。
「いや、見間違いかもしれないけど、あっちの方向に光の柱が現れた気がしたんだ」
「本当なの? ううん、そんな事言ってる場合じゃないの。結界はゆっくりとはいえ、発生源は移動してるはずなの」
そういうと弁当をすぐにカバンに仕舞うルナに倣って俺も仕舞う。
ルナに正確な方角を聞かれて、指し示すと俺達はそちらの方向へと走り出した。
それから何度かルナと一緒に見た方向を確認しながら走り、もう一度太陽の位置から場所を探ろうとしてるとルナが止めてくる。
「やっぱり、徹が見たのは結界の光の柱だったの。もう結界の位置は捉えたから」
そういうルナは俺を手招き、歩き出す。
しばらく歩くと空気が変わるのを感じる。
例えるなら、遊園地でたまに見かけるエア遊具、動物をモチーフにして作ったビニール製の大きいモノに空気を送る事で中に入って子供が遊ぶ、あれに入った瞬間に感じる感覚が近い。
「初代勇者の結界の入口に入ったの」
そう言いながら、苦悩するような顔をするルナ。
一瞬、ルナもこの感覚を受けていて、気分が悪いのかと思っていたが、次のセリフで否定され、俺も焦燥感に囚われる事になる。
「もしかしてとは思ったけど、結界に大きな綻びが出来てるの。しかも外からの介入によって力ずくでこじ開けられてるの」
つまり、ルナが魔神がここにいないと感じてた事が正しいとするなら、俺達が知らない内に災厄は既に解き放たれていたという事実に打ちのめされた。
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