32話 出発前夜
グルガンデ武具店のおっちゃんに武具を売って貰って慣らしを済ませた俺達は、夕食を済ませると部屋で明日の準備に勤しんでいた。
大方の道具はおっちゃんに明日来いと言われた時点で時間があったので、歯ブラシを買った雑貨屋で買い集めてきた。
雑貨屋のおっちゃんは、体調が悪いのか、顔が引き攣っているように見えたが、俺達が言う前に値引きをしてくれるという懐の広さを見せてくれた。
色々、予定より買ったが予算に収まるという嬉しい状況になった。
いやぁ~雑貨屋のおっちゃんに足向けて寝れないなっ!
なので、昨日の内には大方の準備は済んでいたので、主に確認がメインで武具のメンテに時間をかけた。
とは言っても詳しくないので、時間があれば毎日した方が良いと言われた簡単な手入れのみであったが。
良く絞った布で血糊などを拭き取って、乾拭きして水気を取る。その後に剣用の油を染み込ませた布のでショートソードの刀身を磨く。
本当なら砥石などを使ったりしたらいいんだろうが、勝手も分からずにするのはどうかと思うので、今度、おっちゃんに磨いで貰うついでに、やり方を学んでこよう。
俺の皮鎧とルナのブーツは濡らすと良いイメージがなかったので、乾拭きをした後、雑貨屋で専用クリームが売ってたのを思い出して帰りに買ってきたモノを伸ばすようにして使った。
でも、ルナのはシーサーペントの皮だから濡らしても問題はなかったかもしれないが、どうだろう?
慣れない作業で四苦八苦していたら、結構遅い時間になっていた。
「メンテは意外と時間食うな?」
「雑貨屋さんも言ってたけど、慣れるまでは大変というの本当なの……」
面倒だからと言って雑に使ってもいいような武具ではないのは今日、身を持って理解してきたから、そんな事をする気はない。
なら、慣れるしかないな、と同じ姿勢でいたせいか体が固くなっているのを伸びをして解しながらルナに声をかける。
「ミランダに何か飲み物出して貰いに行こうか?」
「賛成なの。喉が乾いてたの」
食堂にやってくると客は誰も居ずにミランダが後片付けをしている姿があった。
あちゃぁ、思ってたより時間過ぎてたか
そんな事を思った俺は戻ろうとルナに声をかけようとしたら、俺達とミランダの目が合う。
困った顔をする俺達を見て、クスッと笑うと声をかけてくる。
「そろそろ、一息つけようと思ってたのよ。良かったら一緒に飲み物でもどう?」
明らかにミランダが気を使ってくれたのが分かったが、用意を始めたので、ありがとう、と告げ、カウンターに座る。
俺にコーヒーをルナにはホットミルクを手渡しながら、ミランダは話しかけてくる。
「何か準備してたみたいだけど、遠出でもするのかしら?」
「いや、遠出ではないけど、山に行くから何泊かするかもしれないと思って用意してた」
そう言うとミランダは、頬に手を充てて悲しそうに言う。
「そうなの、しばらく顔が見れないと思うとミランダ寂しい! で、どこの山に行くの? またザウスがいる山?」
少しおちゃらけてみせるミランダは自分用のコーヒーをカップに注ごうとする。
「いや、今度はここから北西にある山に行こうかと……」
俺がそういうとミランダはコーヒーを注ぐのを止める。
止めたミランダが真面目な顔をして俺を見つめてくる。
「あの山にいったところで、特別変わった依頼はないはずよ? ただの腕試しでも居てもビックスパイダーぐらい、それで良ければ、ザウスのいる山でも……」
そこまで口にして、答えに行き着いたような顔して、目を細める。
「ザウスに何を聞いたの? トール」
マジな顔をするミランダを見て、ミランダも知っていたんだ、と思うが正直何故か驚きが来ない。
逆にルナは、驚いているようだが、何故だか、ミランダは知ってたような気がしていた。
ジッと見つめるミランダを見返して、俺は呟くように言う。
「俺が聞いたのは『魔神と初代勇者の物語』だ」
俺の言葉を聞いたミランダは溜息を吐きながら注ぐのを止めていたコーヒーを入れ始める。
そして、一口つけて、心の整理をするようにしたミランダは俺を見つめてくる。
「トールが見つけられるかどうか、封印を解除できるかは、さておくわね。見つけて、封印を解除してどうするの? 魔神を復活させる事になるのよ?」
そう言いながら、「まさか物見遊山じゃないわよね?」と言われて、勿論違うと否定する。
「正直に言うとどうしたいかなんて、俺も良く分からないんだ」
俺の正直な気持ちの吐露にミランダは驚いた顔をする。
そして、俺が続けようとする前にルナが介入する。
「私も良く分からないの。ただ、そこに行かなくちゃ、という強迫観念に近い何かが私の背中を押すの」
「ルナは実は記憶喪失なんだ」
そう言う俺の言葉にミランダは目を伏せて、そう、と告げる。
「なら、私も多くは語らないわ。トール、ルナちゃん」
そう言うとカウンターを廻って俺達の傍に来ると俺達2人を逞しい腕で抱き締める。
「お願いだから無事に戻ってきてね?」
「ありがとう」
俺達はミランダに礼を言う。
普段の俺だったら、ミランダに抱き締められて悪寒が走ったりして大変だが、今日は何故か、とても温かいとしか思わなかった。
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次の日の早朝、徹達はミランダに見送られて『マッチョの集い亭』を後にした。
徹達を見送ったミランダは悲しげに眉を寄せて呟く。
「もし、徹があの者が言う存在でないなら、結界は発見する事は無理。もし、そうだったら……」
言葉を切って空を睨みつけるように見るミランダは唇を噛み締める。
「どうか、トール。決して結界を見つけないで、貴方がそうでないという証明の為に……貴方のような子だけは、そんな運命を背負って欲しくはないのよ」
もう一度、特定の誰かを睨むように空を見つめたミランダは肩を落として店へと戻って行った。
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