30話 グルガンデ武具店の主人
29話は手直ししただけの話だったので、もう1話更新します。
ルナと話し合いをした後、仮眠を取る程度しか眠れなかったが俺達はいつも通りに目を覚ました。
目を覚ましたルナは、ちょっと目が充血してるかな? ぐらいの違いしか変わったところがなく、いつも通りの笑顔を見せてくれた。
数時間前の事なのに既に心の整理がついているようだ。
むしろ、俺のほうがまだ動揺してる気がしている。
女は強しであった。
顔を洗い終わったルナはいつも通り、ミランダに味見の催促をしている。
だが、今日はさせて貰えなかったようで拗ねた顔をしてカウンターに戻ってきた。
今日のミランダの朝食は、ロールパンとトマトのスープのようだ。俺はトマトが好きだから朝からテンションが上がる。
「で、今日はどうするの?」
「ミランダに紹介して貰ったグルガンデ武具店を覗きに行こうと思ってる」
「丈夫なブーツを買うのぉ!」
俺が答えてる間に口にあったものを飲み込んだルナが意気込みを伝える。
それを温かい目で見つめたミランダは、そう、笑うと俺に向けてウィンクしてくる。
ミランダの優しげな視線がムズ痒くて掻っ込むように食事を済ませる。
食後のコーヒーを出してくれる時に耳元でミランダが言ってくる。
「お疲れ様、トール。やっぱり男の子ね?」
「本当にそう思って褒めてくれてるなら今日ぐらい砂糖とミルクを俺に与えてくれ!」
ミランダはウィンク一つして笑みを浮かべたまま、ルナの下へアップルジュースを届ける。
鉄壁の守り過ぎる!!!
そして、今日も俺は諦めて、苦いコーヒーを飲み干すのであった。
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ミランダの地図を頼りに俺達はグルガンデ武具店にやってきていた。
その店を見て、最大限好意的に見て、隠れた名店であった。
だが、素直な意見を言わせて貰えると……
「商売やる気あるのか?」
良く言う籠売りとか言われるように適当に積んだモノが置かれて武器の種類も分けられていない。
値段すら分からない仕様で商売やる気を見出すのは困難を極める。
「徹、お店の人が誰もいないの」
そう誰もいないのである。これはもう盗んでくださいと言わんばかりであった。
どこからか、槌の音がするが人はいない。
ご近所も鍛冶師や細工師などの店のようで店外か店内か分からない。
一応、カウンターまで行ってみると誰もいないが奥から槌を打つ音が聞こえてくる。
いると分かった俺は声を大きくして声をかける。
「すいません!」
俺がそう声をかけるが、槌の音は相変わらず一定のリズムを刻んでいた。
あれぇ? 今の声でも聞こえてないのか?
そう思っていると、
「聞こえてないんじゃないの?」
「そうみたいだな」
ルナも同じように思ったようで俺はカウンターを廻り込んで奥を覗き込むとすぐそこが鍛冶場になっていた。
この距離なら完全に聞こえるだろ!
でも集中し過ぎて聞こえてないだけかもしれないと思った俺が再び叫ぶ。
「すいません!!」
「五月蠅い! 聞こえとるわっ! もう少しで区切りがつくから、しばらく店で待ってろ!」
逆に怒鳴り返されて俺はズコズコと引き下がってルナの下へとやってくる。
怒られて拗ね気味で戻ってきた俺を見て、ルナは笑う。
「しょうがない、暇潰しに商品でも見てようか?」
商品を見ようと思うがバラバラに置かれていて、見辛く、下手に抜くと崩れそうで仕方がないので整理する事にした。
よーし、こうなったら徹底的にやってやる!
俺は腕捲りをすると山と積まれた商品を仕分けし始めた。
こういう単純作業を黙々とやってると気付けば時間が経ってるという経験、みんなした事はないだろうか?
周りの事も気にならなくなり、ただ整理整頓に時間が過ぎていった。
うし、いい仕事した!
自分が思い描いていた通りに配置された武具達を見つめて満足そうに頷く。
俺は、やっと終わったと額の汗を拭うと腹が鳴いたので、思わず首を傾げる。
「徹、お疲れなの。もうお昼だから食べようなの」
後ろを振り向くとサンドイッチが山になってる皿をカウンターに置いているルナと見知らぬ髭だらけのおっちゃんがいた。
驚いた俺が知らん顔してサンドイッチを抓んでるおっちゃんに近づいて目線を合わせる。
シーナさんのようにエルフがいるから不思議じゃないけど……
「ただの小さいおっちゃんじゃないよな?」
「誰が小さいおっちゃんじゃ! この馬鹿モンが!」
寸胴で手足が短い割に逞しい。だが、頭はデカイという特徴からドワーフかと思って気を使ったつもりだったが、落ち着けば、そっちのほうが失礼だったと気付く。
そんなおっちゃんに俺は、拳骨で頭を叩かれる。
「うぉぉ! 頭蓋骨が陥没するほど痛いぃ!!!」
「ふんっ! 大袈裟な小僧じゃ」
地面をのたうちまわる俺を鼻を鳴らしてサンドイッチを口に放り込む。
痛みに耐えて立ち上がるとルナに聞く。
「頭、へっこんでない?」
「大丈夫なの、むしろ、膨れて大きくなってるの!」
それ、腫れ上がってコブになってるって意味やん!!!
明らかに大丈夫じゃないよね!?
「裏手に井戸があるらしいの。早く手を洗って来てお昼にするの!」
お腹が減って危険色がチラつき始めてるルナに見つめられて俺は、正しい選択をする。
「おう、すぐ行ってくる!」
そう言うと裏手にある井戸を目指して小走りして向かった。
帰ってきた俺は、手を洗うついでに手拭を水に浸して殴られた場所に充てて帰ってくる。
まるで銭湯や温泉に入る人のような状態で帰ってきた。
頭を負傷して可哀そうな俺を見たルナが、ブフッ! と笑われて俺の繊細なハートは傷ついた。
良く見ると加害者のおっちゃんも背中を見せて肩を震わせていた。
身も心もボロボロにされた俺はもっと手当が必要な患部ができたので、手拭を頭から降ろして目元を覆った。
3人共、落ち着きを取り戻した頃、俺とルナも食事を始めた。
サンドイッチを齧りながら、俺はおっちゃんに話しかける。
「このサンドイッチ、おっちゃんが作ったというオチはないよな?」
「馬鹿モン、ワシはモノ作りは鍛冶しかせん!」
俺は思わず、家事? とボケようかと思ったがこれ以上殴られたら堪らないので素直に引いた。
ルナが言うには、おっちゃん持ちでミランダの所で作って貰い、ルナが持ってきたそうだ。
道理で食べ慣れた味だと思った。
食べてる俺におっちゃんが話しかけてくる。
「小僧、先程、お前が整理整頓してる間に嬢ちゃんからだいたいの事は聞いた。武具の買い直しとないモノを買い足そうという話らしいのぉ?」
「ああ、俺達、防具は着けてないし、俺のショートソードも刃零れし始めて、いつ折れるか分からないからな」
そう言うとおっちゃんに得物を見せろと言われて、素直に手渡す。
ショートソードを抜いて見つめながら聞いてくる。
「で、小僧はどんな武器を求めておる?」
「同じタイプのショートソードで、少なくとも、それより丈夫なのが欲しいな。頼りなくて思いっきり斬れないから」
ショートソードを鞘に納めるおっちゃんは、嘆息しながら、「そうじゃろうな」と呟いてカウンターに置く。
呆れたような顔をしたおっちゃんが俺を見つめる。
一瞬、おっちゃんに見つめられても気持ち悪い、と馬鹿しようとしたが止めた。
おっちゃんの目がマジだったからだ。
「小僧、戦うようになったのは最近じゃろ?」
「ああ、まだ2週間経ってないな」
俺の言葉ですら、おっちゃんの予想を超えていたようで少し目を大きくすると笑われる。
笑われた俺はルナと目を交わし合い、首を傾げる。
「小僧、名を聞いておこうか?」
「トールだけど?」
おっちゃんは、トールか、と笑うと話を再開する。
「よく自分の力不足を武器で補おうとする馬鹿モンは多いがトール、お前は逆じゃ」
おっちゃんは好意的な笑みを浮かべている事にも驚くが、滅茶苦茶褒められてる気がする。
「トール、お前は凄まじい速度で成長しておる。だが、まったく自覚症状がない所はおそらく、相棒の嬢ちゃんの腕が立つせいで自覚しておらんのだろう」
ルナの立ち振る舞いでおっちゃんはできると見ていたらしい。
比べる対象がルナだったから自分がそれほど成長してる事に気付いてなかったと言われるが実感がない。
「このショートソードは勿論、丈夫にしたぐらいのモノじゃ、トールには役不足もいいところじゃ。とはいえ、今の目算で丁度良いのを用意しても成長分を考えんと、すぐに買い直しになるのぉ……」
腕を組んでブツブツ言い出す。
そして、「楽しくなってきたぞぉ!」とおもむろに立ち上がる。
「明日、もう一度ここに来い。きっちりと仕上げたのを用意してみせるわい」
鼻息荒くして言うおっちゃんは、ルナに「嬢ちゃんの必要なモノもちゃんと用意しておく」と言うと楽しげな後ろ姿を見せて奥に引っ込んだ。
俺とルナは顔を見合わせる。
「しょうがない、明日、もう一度こよう」
俺の言葉に頷くルナと茜色に染まり始めた空を眺めながら『マッチョの集い亭』と帰って行った。
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