28話 月明かり
イノシシ狩りから帰っても既にルーチンワーク化した、ゴブリン、ウサギ狩りをしていた。
俺達の日常が帰ってきたかのように感じているかというと実のところ、様子が変な事が1つある。
ルナだ。
帰って2日目に俺達が狩り過ぎたのか、俺達を恐れて場所を移動したのか分からないが、ゴブリンの姿を発見できなかったので、いつもと違う場所に移動した。
情報も集めずに気の緩みから適当に行った場所で運悪く放浪オオカミと鉢合わせしてしまった。
ダンさんからビックスパイダーより難敵と聞かされていたので、俺はルナに逃げる事を告げようと思った時、俺は目を疑った。
迷いも感じさせずにルナが放浪オオカミに挑む姿を見て、一瞬呆けたが、すぐに参戦して放浪オオカミを狩る事に成功する。
俺は忘れられない。狩り終えた時、ルナが自分の拳を見つめる姿だった。まるで、そう感触を試すようにする仕草が印象的で俺の心に残った。
明らかに今までのルナの動きではなく、一瞬ルナが別人に見える動きを披露した。
冒険者ギルドで、放浪オオカミを狩った事とビックスパイダーを狩った事で問答無用に俺達はDランクに昇格させられた。
ルナが俺がトドメを刺したと証言した為である。
嘘ではないが、ルナの殴打により死に体の様相を晒してる状態であった為、素直に頷けない。
ルナ、何があったんだ……
時折、考え込むルナを見つめ、心配する俺をよそに日が進み、イノシシ狩りから帰って1週間がたった。
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「うーん、そろそろ、トール達も武具を新調したほうがいいんじゃない?」
それは突然、夕食をカウンターで食べている俺達にミランダが話しかけてきた。
何が、そろそろ? と疑問符を浮かばせながら俺はミランダに聞く。
「どうしたんだ、いきなり?」
「いきなりじゃないわ。だいたい、トール達は防具は一切着けてないし、トールが持ってる武器もお客が忘れて行って取りに戻らないようなナマクラよ? いつかは買い直しを勧めようと思ってたわ」
ミランダが言うにはDランクになって、駆け出しとして扱って貰えないのだから、身を守る武具は揃える事、ということらしい。
確かに、ミランダに貰ったショートソードも刃零れが目立ってきてる。
「2人もだいぶ稼いできてるんだから、命を守るモノにケチちゃ駄目よ! ねぇ、ルナちゃん」
「……えっ、なになに?」
黙々と食事をしていたルナは話を聞いてなかったようだった。
俺が、それなりに稼げてきてるんだろ? とミランダが聞いてきた事を伝える。
「一杯一杯、狩って私達のお財布もホクホクなのっ!」
どこか噛み合ってないルナにミランダは少し考えるような顔をしながら、俺に紙を差し出す。
「ここに行ってみなさい。腕は確かよ。多少、気難しい人だけど、私の紹介と言えば無碍に追い返されたりはしないわ」
「グルガンデ武具店?」
ミランダに渡された紙には簡単な地図が書かれていた。どうやら、東門側のほうに店を構えているらしい。
「こういう事は思い立った時に行くモノよ。早速、明日行ってみなさい」
「そうだな、行ってみるよ」
そう答える俺に満足そうにするミランダが、ボケーとしているルナに話しかける。
「ルナちゃんも分かった?」
「えっ、うん、明日も頑張って稼ぐの!」
俺とミランダに心配げに見つめられて、自分がトンチンカンな事を言っている事に気付いたらしいルナは、作り笑いと分かる笑い顔を見せると立ち上がる。
「ちょっと眠くなってきたの、先に寝るね?」
そう言うとそそくさと部屋へと戻って行った。
ルナを見送った俺とミランダ。
ミランダは頬に手を充てて溜息を零す。
「トール、気付いてる?」
「ああ、俺もそろそろなんとかしないと、と思ってる」
ミランダの質問に俺がそう答えると満面の笑みを浮かべる。
「じゃ、大丈夫ね。頑張ってね、トール!」
いつもながらの隙のないウィンクをされて苦笑を浮かべた。
部屋に戻った俺はルナと話をしようと思ったが既にベットに入っているので断念して、俺も少し早いが寝る事にした。
酔客の声も聞こえなくなる深夜、ベットから起き上がる者がいた。
ベットから降りて、窓際に来た時、月明かりに照らされた姿はルナであった。
ルナは静かに荷物を整理して終えると持ち上げて忍び足をしながらドアに向かう。
「こんな深夜に買い食いか? 開いてる店があるなら俺にも紹介してくれよ」
露骨に肩をビクッとさせるルナは悪さをした子供が怯えるように振り返ってくる。
ベットから起き上がっている俺を見つめるルナ。
「徹、起きてたの?」
「まあな、なんとなく寝付けなくてな」
本当は今夜、何かある気がすると俺のカンがビシバシと訴えてたから起きていた。
俺はルナに近づき、手に持つカバンを奪うといつもの置き場に置く。
「まあ、座れよ」
俺のベットに座るようにルナを誘導する。
おとなしく座るルナの隣に座ると天井を見つめながらルナに話しかける。
「ここのところ、ルナの様子がおかしい事が気になってた」
視界の端に映るルナに特に動きはないが、俺はそのまま話を続ける。
「間違ってたら言ってくれ。俺も確証があっての話じゃない」
これに対する返答はあると思ってなかった俺は、気にせずに続けた。
「お前、記憶が戻りかけてるんじゃないのか?」
ビクッと肩を震わせたのが見なくてもベットの振動で分かった。
「ど、どうして、そう思うの?」
「言ったろ? 確証なんてないって、ただ、そう思ったんだ。これも確証はないが、ルナの記憶の琴線に触れたのは、おっさんが話してくれた初代勇者のおとぎ話か?」
止めてた息を吐き出した後、ルナは疲れた声で呟く。
「徹には隠し事ができないの……」
「何を思い出したんだ?」
苦笑いするルナは、こちらに目を向けて困った顔をする。
「そんなにたいした事じゃないの。漠然とした自分の力の使い方を少し……後、ザウスさんが言う封印を見に行かなくちゃ、と焦る気持ち、これだけなの」
「じゃ、俺も行く」
ちょっと買い物行ってくるぐらいの軽い感じで俺がそう言ってくるので一瞬、俺が何を言ったか認識できなくなったルナが、間抜けな顔を晒す。
理解が追い付いてきたルナは急に慌て出す。
「と、徹には関係ない話なの。危ないかもしれないの! だって……」
「なあ、ルナ。もし俺が元の世界に帰れるかもしれない場所の噂を聞いた! と騒いだらどうする?」
ルナの言葉を遮って、そうルナに問うと目を白黒させる。
「いきなり、何なの?」
「いいから答えろよ」
ルナの言葉には答えないのに強引に話を進める俺に怒りは見せないが、戸惑った様子で答える。
「勿論、徹の帰れる為に力を貸すの!」
「じゃ、俺がルナの力になるのも問題ないよな?」
俺の返しに口をパクパクさせるルナ。
天井に向けていた顔ををルナに向ける。
「ルナが俺を助けて良くて、俺がルナを助けて悪い話はないだろ?」
両手で口許を隠すようにして、目端に涙を浮かべるルナ。
そんなルナに笑いかける。
「俺達が出会った時の状況の流れで協力し合う事にした。会って1カ月も経ってないけど、俺達はもうそんな適当な関係じゃないよな? だから、今度はちゃんと言葉にして約束を紡ごう」
俺はソッとルナの頭に掌を優しく置く。
「俺、徹は、相棒のルナと、このアローラで協力し合って生きていく」
さあ、ルナも、と俺は大きな笑顔で優しくルナに告げる。
ルナは声音を震わせながら言葉を紡ぐ。
「わ、私、ルナは、相棒の徹と、こ、このアローラで協力し合って生きていくの」
「もう、俺は関係ない、って冷たい事は言いこなしだぞ?」
そういうと、ルナは、うんうん、と必死に頷いてみせる。
俺は苦笑しながら、ルナの頭を撫でてやる。
「明日、ミランダに紹介して貰った武具店に行って装備を整えてから出発しよう」
もう頷く事しかできないのかと思っていると自分で力一杯口を押さえている。どうやら、泣くのを我慢しているようだ。
ルナの馬鹿さ加減に笑みが浮かぶ。
1人で行く事が心細かったのに俺を危ない目に合わせるかもしれないと思って強がってたルナに折檻してやることにする。
俺のデコをルナのデコにぶつける。
その衝撃で、ルナの目端に溜まってた涙が頬を伝う。
「笑いたい時は笑え、怒りたい時は怒れよ。そして、泣きたい時は泣いていいんだ。俺はそれを迷惑とは思わねぇからよ」
「と、徹ぅ!」
ルナは俺に抱き付いて来て、胸に顔を埋めると声を上げて泣き始める。
俺もルナの肩を抱いてやる。
そして、抱いた事で俺も気付いた事がある。
こんなか細い肩で力一杯抱き締めたら壊れそうなルナが悩んで、背負っていたのにすぐに動かなかった自分に苛立ちを覚える。
でも、ギリギリだけど間に合ったよな? それで許してくれ、ルナ。
俺はルナの頬を伝う月明かりに照らされた美しい宝石のような涙を指で拭ってやる。
「これからも、よろしく頼むな、ルナ」
俺はルナが泣き止んだ、明け方まで胸を貸し続けた。
1章 了
1章がこれで終了になります。
次から2章に入りますが、また区切りの良い所まで書き溜め期間に入りますので、しばらくお待ちください。
感想や誤字がありましたら、気楽に感想欄にお願いします。




