27話 荒くれ者の不文律
動かない笑みを浮かべたままのペイさんが俺の背中のリュックを指差す。
「リュックの中身、重そうね? ちょっと出してみない?」
「やだな、着替えしか入ってませんよ」
俺とルナは顔中に汗を浮かせて、乾いた笑いを浮かべる。
「ん? どういう事だ、ペイ?」
「今、査定して分かったんだけど、ある部位だけないの。高級部位『ヒレ』がね……私がいくらか買い取ってダンの好きな燻製とかを作ろうと思ってね」
180度向きを変えたダンさんが、もう見本のような笑みを浮かべて俺の肩に腕を廻してくる。
「なぁ、あんちゃん。幸せは皆で分かち合うもんじゃねぇか?」
そう言いつつ、徐々に狭まる腕の隙間。
肉の魔力半端ねぇ!!!
「半分だけですよ?」
溜息を吐きながら言う俺に、
「あんちゃんなら分かってくれると信じてた」
と調子の良い事を言ってくるダンさん。
ルナも指を咥えて名残惜しそうだが、普段お世話になってる2人となると文句はないらしい。
カバンから出した肉を見た、ダンさんとペイさんが驚く。
「なんだこれは、でか過ぎだろ」
「大きいのも凄いけど、肉質が凄く良い。量的には1/3もあれば充分ね」
それを聞いた俺が、じゃあ、1/3だけね! と言いかけるとペイさんの相方の女性といつの間にかやって来ていたシーナさんが口を挟んでくる。
「じゃ、私達2人で1/3ね。ねっ! いいよね?」
「あっ、はい……」
もう否と言える空気ではなかった。
感激した2人がオーバーリアクションで投げキスされてデレっとする俺。
デレっとする俺にイラっとしたらしいルナに抓られるが俺は幸せであった。
オーバーリアクションした2人の無防備な
オッパイが激しく揺れて、徹ちゃん感激ぃ!!
俺的にはお釣りを払う必要があるか悩むレベルであった。
感激に震えながら残りの1/3のヒレ肉を返して貰いリュックに仕舞っているとおっさんが声をかけてくる。
「坊主、このビックスパイダーの素材も買って貰え」
「おっ、あんちゃんビックスパイダーを狩ったのか……ちょっと待て、あんちゃん……」
ダンさんが何かを言いかけた時、俺に声をかけてくる者達がいた。
「雑魚狩りのゴブリンハンターのトール。わざわざ、素材を運んでくれたのか? まさかネコババする気じゃないだろうな?」
振り返ると、ケバい化粧をした女を片手に一人ずつ抱きながら歩くマイケルとボブの姿があった。
それなりに目鼻は整っているが正直、お近づきにはなりたくない部類の女性だった。
俺は小声で独り言のように呟く。
「あれ? アイツ等、モテなくて僻みまくってたと思ったんだが、あんなにモテたのか?」
「あんちゃん、前に言ったガキの脱童貞話を覚えてるか? 本当の意味で童貞を捨てた男を見つける良い女がいると言う話を?」
ダンさんが言ってくる言葉に頷くとダンさんが唾棄するように顔を顰める。
「モテてる男を見て童貞捨てたらモテると勘違いする男のクソガキの反対で、良い女がデキる男を見分ける真似事で一端の女を気取る青田買いするクソ女があれだ」
「昨日、いったじゃろ。ビックスパイダーを討伐したらEランクなら一発でDランクになると、あのクソガキ共は自分の手柄として冒険者ギルドに報告した、そう言う事じゃ」
ああ、急成長したと勘違いした女共が将来有望と勘違いしてコナをかけてるという事か……
あほらし
「素材が欲しいなら持ってけよ」
そう言うとおっさんから受け取って2人の前に放り投げる。
俺の態度に頭にきたらしい2人がいきり立つ。
「Dランクの俺達にEランクのお前、分かってんだろうな!」
「お前らこそ、分かってるのか? 本当に俺とやり合うか、そのハリボテのランクで?」
見つめる俺に舌打ちすると転がってる素材を買い取りカウンターに叩きつけるように置くと、査定しろ、と騒ぐ。
眉を寄せたペイさんが銀貨3枚をテーブルに置くとむしり取るようにして、これ見よがしに叫んでいく。
「ああ! 気分ワル! 飲みに行くぞっ!!」
ケバい女を連れて冒険者ギルドを出ていくのを見送らずに俺はペイさんから肉の代金、銀貨50枚渡されて、ルナとびっくりしながら受け取る。
真面目な顔をしたダンさんが俺の目を覗き込むように聞いてくる。
「あんちゃん、正直に答えて欲しい。ビックスパイダーを狩ったのは誰だ?」
「もういいよ、別に一発ランクアップとか興味ないし」
アイツ等に関わるのが嫌な俺は、終わりとばかりに話を切ろうとする。
だが、ダンさんは俺の肩を強く握って、大事な事なんだ! と言ってくる。
「狩ったのは徹なの。殺されそうになってたあの2人を助ける為に一発で頭を落として倒したの」
ルナを横目でチラッと見た後、ダンさんが俺の目を見て確認する。
「あんちゃんが本当に倒したんだな?」
「そ、そうだけど、何でダンさんがそんなに怒ってるんだ?」
ダンさんの気迫に押され気味の俺は素直に認める。
「冒険者は荒くれ者の集まりだ。たいした決まり事もないし、守るヤツもいない。だがな、そんな俺達の間にも破っちゃいけない事がある」
俺達の話に耳を傾けてたのか、近くにいたベテラン冒険者達がダンさんの言葉と共に立ち上がる。
「冒険者仲間を踏み台にしちゃいけねぇ。俺達は命を切り売りしてる。それを踏み躙るようなヤツは同じ冒険者を名乗らせる訳にはいかない。あんちゃんは心配いらないと思うが覚えておいてくれよ?」
そう言うと立ち上がったベテラン冒険者と一緒にダンさんは出て行った。
見送った俺にペイさんが悲しそうな顔をして言ってくる。
「トール君は、ああ、なっちゃ駄目よ?」
俺は、それに頷くしかできなかった。
それから、俺達は冒険者ギルドを出て、おっさんは買い物をして帰ると言って、その場で別れた。
俺達は、寄り道する気も起きなくて、『マッチョの集い亭』に戻り、ミランダに無事帰った事を喜んで貰えたが元気のない俺達を心配して理由を聞いてくれた。
冒険者ギルドであった事をそのままミランダに伝えると短く、そう、と言葉にすると俺とルナを同時に優しく抱き締めてくれた。
「トール達が悪い訳じゃないわ。お夕飯まで部屋でゆっくりしてるか、散歩にでもいってらっしゃい」
俺もルナもどこかに出かける気分じゃなかった。だから、俺達は部屋のベットに寝っ転がって無為に時間を過ごした。
次の日、冒険者ギルドに行くとカウンターのシーナさんに街を出た所にあった死体の話を報告してる現場に立ち会う。
冒険者ギルド証だと言って2枚のカードを手渡す俺達と同じ駆け出しのEランクの少年が報告料として、銅貨20枚受け取ってる姿を目撃する。
それを見て、覚悟を決めたつもりだったがヌルい前の考えから抜け切れてない自分に気付いて戒め直した。
「でも助ける事は悪い事じゃないよな?」
そう呟いた言葉にルナが力強く言ってくる。
「徹は悪くないの! 徹は徹のままで大丈夫なの!」
俺を励ましながら、少し泣きそうになってるルナの頭を撫でながら笑う。
「ありがとう、ルナ。さあ、今日もお仕事に行くか!」
「うん!」
目元を拭うルナは笑みを弾けさせて、俺と一緒にシーナさんの下へと今日の依頼を受注する為に向かった。
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