23話 クマは元騎士?
俺とルナは静かな攻防戦を繰り広げていた。
こんな事いきなり言われても困るだろう。
俺達はあるモノから遠ざかろうと必死になっていた。相手より少しでも遠くに行く事で自分は助かる為に……
俺がルナより後ろに行くと、ルナが俺の後ろにずり下がってくる。
これを先程から俺達は繰り返していた。
あの藪から出てきたのは、イノシシではなく、森のクマさんではなく、山のクマさんがご登場してしまったのだ。
だから、俺達は相手を差し出してでも助かろうと奮闘中という状況だ、伝わったか?
「ルナ、お前、クマの刺繍の入ったハンカチ欲しがってたよな? あそこにリアルなのがいるから飛び付いてこいよ」
そう言いつつ、ルナの軽く押しやるようにして遠ざかる俺。
俺の行動と言動に焦った様子を見せるルナが押す俺の手を掴んで言う。
「私が求めてるのは、リアルティじゃなくて可愛らしさなの!」
「おい、ちゃんと見ろ、ワシのどこがクマじゃ」
俺達の前に立ち塞がるようにいるクマが、ルナの言葉に反応したような気がしたが、きっと気のせい。
どことなく傷ついた声音に聞こえたのも、きっと恐怖を感じてる俺の幻聴。
しかし、喋ったような気がしたので、俺もルナもチロッとクマを見上げるが、即死んだふりをして攻防に戻る。
ヤバいわ、どう見ても79%はクマだ。これが降水確率なら間違いなく傘を持って行くレベルだ。
「ワシ、本気で傷ついてるぞ? 冗談ならここで止めないと泣くぞ?」
鳴くぞ? 仲間を呼ぶ気か!
「おい、お嬢ちゃん、良くワシを見ろ」
ルナはクマに肩を掴まれ、テンパリ過ぎて、涙を浮かべて叫ぶ。
「私を食べても美味しくないのぉ! どうせ食べるなら徹、徹をお願いなの~」
「待て、ワシはノーマルじゃ、男なんぞお断りじゃ!」
うん、クマ、色々言うべき言葉が他にもあるかもしれないが、ギリギリでアウトだ。
クマに両肩を掴まれて子供のように泣くルナにオロオロするクマから少しずつ離れようとする俺に気付く。
「坊主、お前はワシが人だと気付いておるじゃろ! いい加減この子に説明してくれ!」
「まあ、そろそろ頃合いかな?」
俺は土が付いた服を手で払いながら立ち上がる。
実は、俺は目の前のクマ(仮)が一応、人である事に気付いていた。
確かに、最初見た時はクマだと思い、咄嗟に死んだふりをしたが、死んだ爺ちゃんが、イノシシの話をした回数ぐらい、クマの話もしてくれた。
クマ避けの方法から、色々、教えて貰えたが、一般に普及する勘違いでクマが現れたら死んだふりをしてやり過ごすという間違った常識の話を聞かされた事を思い出していた。
それを思い出して、走って逃げようと思ったが目の前のクマ(仮)は困った顔をしているだけで怒ってる様子はない。良く見るとマタギのような格好をして、髭が立派過ぎてクマみたいに見えているだけだと気付く。
すぐに言って聞かせようとしたが、ルナのテンパリ具合が面白くて悪乗りしてしまった。
「さっさと説き伏せてくれ。この子、本気で勘違いして泣いておるぞ……」
うん、見事な形振り構わない泣き方にある種の感動を覚えるな!
クマ(仮)も本気で傷ついているようだから、なんとかする事にする。
「おい、ルナ。お前の目の前にいるのがクマならとっくに食われてるぞ? 良く見てみろ」
後ろから俺が両肩を押さえながら、前にいるクマ(仮)を見るように言う。
引きつけを起こしつつも、手の甲で涙を拭いながら前を見つめる。
クマ(仮)も友好を示そうと二コリと笑ってみせる。
「歯を剥き出しにして威嚇してるのぉ!」
俺に抱き付いてくるルナに嘆息してクマ(仮)を見つめる。
「もうジッとしててくれ、話が余計に拗れる」
シュン、とするクマ(仮)を見て、呆れたような溜息を零すが、実際は自分が最初に悪ふざけしたのが原因だという事から目を逸らす。
「ほれ、もう一回落ちついて上から下へ見てみろ。無駄にあり過ぎる髭に濃い体毛、毛皮を纏った姿……ギリギリ、クマじゃないだろ?」
思わず、クマだと断言しそうになったが、これ以上は収拾がつかなくなると思い、堪えた。
「クマの獣人さん?」
「さすがルナ、よく答えに行き着いた」
「ワシは人じゃあ!……もう、ええわい、獣人で……」
どうやら、クマ(仮)はコミニケーションが取れる存在だと思われるなら、と妥協して受け入れたようだ。
いや、受け入れきれてない。目尻に涙が浮かんでいる!
それからルナが落ち着いて、見直す事で、クマ(仮)がギリギリ人類と納得した。
「それで坊主達はここで何しとる? そこでイノシシが転がってるところを見るとやったのか?」
「ああ、俺達はイノシシ狩りをする為にこの山にやってきたんだ」
片頬をパンパンに腫れ上がらせながら答える。
冷静になったルナが勘違いと分かってたのに悪乗りした俺に制裁した結果であった。
このおっさん、ザウスという人物らしく、ミランダが紹介してた元騎士らしい。
その風体で元騎士と言われて、本気で混乱した俺達がクマ扱いしたのは長くなるので割愛しよう。
色々、受け入れ難い事実を俺達は飲み込んで大人になり、やっとここまで話が進んだ。
空が茜色に成りかけているのはきっと気のせいである。
「成程のぉ、しかし、これだけ大物のイノシシとなると半分も持って帰れんじゃろ?」
「ああ、正直、どうしようかと思ってた。イノシシもこんなにデカイと思ってなかったからな」
そう言う俺におっさんに「ワシが知る限り、コイツはこの山の主じゃからな」と言われて納得した。
おっさんの話では、俺が知るイノシシの大きさが普通とのこと。
「そこでどうじゃろ? 解体をワシがしてやるし、一晩の夜露を凌がせてやる。勿論、ワシも運ぶのを手伝おう。じゃから、今日の夕飯にこの肉を食わせてくれんか?」
これだけの大物はそう滅多にお目にかかれないから食べてみたいそうだ。
どうせ、ほとんど持って帰れないと思ってたところに、おっさんが現れて運ぶのを手伝うという。そのうえ、余る肉をお裾わけするだけでいいと言われたら断る理由などどこにもなかった。
「むしろ、おっさんがそれでいいのか? と俺は思うんだが……こっちは有難過ぎる提案で助かる」
「構わん、構わん。明日は暇じゃったしな。それに本当にこの大物のイノシシの肉は食ってみたかった」
おっさんは、交渉成立じゃ、と笑う。
早速とばかりに、おっさんは手慣れたナイフ裁きでイノシシを解体していく。その手捌きに俺とルナは感嘆して思わず、拍手をすると作業するおっさんの動きが早くなる。
あんなクマみたいな顔してる癖に、おだてられるのに弱いらしい。
日が暮れる前に解体を済ませたおっさんに先導されながら肉を運ぶ。
解体されて目減りした肉であったが、1度で運びきれずに俺とおっさんはルナをおっさんの家に残して往復する事になった。
残る全部を持って、おっさんの家に向かう。
手にある肉を見つめる。
この肉、美味いかな?
そう思っていると気付く。
下手すると俺は、おっさんよりこの肉を楽しみにしている事に……
自分に苦笑して歩いていると、おっさんの家が見えてくる。扉が開き、そこから出てきたルナが手を振って出迎えに出てきてくれた。
「おっさん、俺も楽しみになってきた。早く食おうぜ?」
「そうじゃな」
俺の言葉に、ニカッと笑うおっさんに俺も笑い返しながらルナの下へと歩いて行った。
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