20話 お土産を期待してろ、というフラグ
早朝、裏庭の井戸の近くで俺は精神集中しながら桶に掌を向けていた。
スー、ハァー
呼吸を整えて、循環している魔力を掌から水が出るイメージする。
すると、滝の水のように勢い良く水が飛び出し、桶で収まらない量が出て周りを水浸しにして項垂れる俺。
「体内魔力だけを使う事はできるようにはなってるけど、まだまだ、力の加減が甘いの!」
ウサギの彫刻が入っている歯ブラシを咥えながら、ルナが駄目だしをしてくる。
初めて覚えた肉体強化の反動で引っ繰り返った一件から魔力のコントロールをだいぶ意識してきた。
肉体強化に関しては、倒れない程度にはできるようにはなったが、生活魔法を使おうとすると攻撃魔法のようになってしまう、という弱点を抱えている事が判明した。
言い返せない俺は辺りを見渡す。
井戸の周りの地面はボコボコに穴が空いている。
そう、俺の制御をミスした跡である。
「生活魔法って難しいよな? 肉体強化は簡単にできたのに……」
「普通は逆なの」
ルナ曰く、肉体強化は感覚的に掴むのが苦労するらしく、逆に生活魔法は楽ではあるが攻撃できるのは普通じゃないらしい。
それをミランダにも聞いてみたが、やはり普通ではないようだ。
溜息を吐きながら、歯ブラシに塩を付けて俺も歯を磨き始める。
実のところ、ルナ達に内緒でこっそりと他の生活魔法も練習をしていた。いや、正確ではない。いくつかある生活魔法を試しに1度ずつ使ってみた。
生活魔法の水ですら地面を陥没させるだけで、呆れた目で見つめられ、見てない所での生活魔法の使用を禁止された。
とてもじゃないが、ルナ達にお見せできるレベルではない。
確実に使用禁止レベルである。
まあ、風はそこまで目を剥く事はないし、火ももうちょっと時間があれば、大丈夫そうだが、すこぶる危ない生活魔法は制御できるまでは秘密にしておく必要だ。
「生活魔法でこれだと攻撃魔法は、当分、先のお話になりそうなの」
あー、うん、俺も今は必要ないと思う、と理解しているので若干後ろ髪を引かれるが納得していた。
そう言うルナが桶の水で口を濯いで顔を洗う。そして、俺の肩に掛かってる手拭を奪って顔を拭く。
手拭を俺に放るように返すとルナは、鼻歌を歌いながらミランダに味見を志願しに向かうのを俺は溜息を零し、手拭を見つめる。
あれから、ずっとルナは顔を洗った後、俺の手拭を使い続けている。
俺も口を濯いで、顔を洗うとルナが使った手拭で顔をゴシゴシと顔を拭く。
うん、もう慣れて平気になった。
ごめん、嘘吐いた。まだ、ちょっとドキマギしてる徹、15歳です。
濡れた手で髪を撫でつけるようにして寝癖を誤魔化すと俺もルナの後を追って食堂の方へと歩いて行った。
俺が食堂にやってきたのを見たルナとミランダは朝食の準備を始めてくれる。
ミランダに出された朝食、ご飯、焼き魚、味噌汁の3つでファンタジー感が台無しと見てる側なら突っ込みたい。
だが、提供される側になった俺としては感激のし過ぎで、ご飯がホンノリと塩辛くなるぐらいに有難いぞ? 一度体験してみてくれ。
「そういえば、ルナちゃんに聞いたけど、今日は南の山でイノシシ狩りって聞いたけど、本当に行くの?」
食べ終わったのを見計らって、コーヒーを俺にルナにオレンジジュースを出してくれるミランダ。
気持ち、日本茶を出して欲しいが、聞いた話だとあるにはあるらしいが時期が悪いそうで手に入らないと言われた。
紅茶があるから、あってもおかしくはない。
「ああ、ペイさんに勧められて行く事になったんだけど、もしかして危ないの?」
そう聞き返しながら、目の前にある砂糖を取ろうとするとミランダに掻っ攫われる。
笑顔で「ごめんね、これは塩なの」とミエミエの嘘を吐かれる。
ミランダから砂糖を奪うのは無理だと諦め、そのまま、コーヒーに口にする。
「にがぁ、ミランダ、意地悪しないで砂糖をくれよ」
「ふっふふ、その苦味が分かる男になりましょうね?」
クスクスと笑いながら、そう言うミランダに溜息を吐く。
俺はブツブツ言いながらコーヒーを口にしていく。
「さっきの続きだけど、危険は何事にもあるけど、油断さえしてなければ、徹が不覚取る相手じゃないわ。ただ、すぐに見つけたらいいけど、捜すのに手こずると帰りが遅くなると山道は危険だわ」
確かに、どんな所か知らないが、夜の山歩きは危ないと漠然と理解できた。
一応、一晩、野宿の用意しておいたほうがいいかも、と考えているとミランダが提案してくる。
「野宿の備えはしておいたほうがいいとは思うけど、あの山にザウスという私の知り合いがいるわ。元、エコ帝国の騎士だった男よ」
その人物にミランダの名前を伝えれば一晩夜露を凌ぐ為に泊めてくれるらしい。
騎士だった人か……
やっぱり、ダンさんみたいな渋いタイプ? それとも戦士にいそうな筋骨隆々タイプだろうか?
「山を降りるのが遅くなりそうだったら、頼らせて貰いに行くよ。どの辺りに住んでるの?」
だいたいの場所を聞くと、最悪見つからなくても、その辺りは拓けた場所だから野宿がしやすい、と言われる。
ミランダに感謝を告げて、俺達は部屋へと戻る。
カバンの中身を確認を済ませ、忘れ物がないのを確認して部屋を出て食堂に降りてくる。
「トール、ルナちゃん。お昼のお弁当よ」
「いつも、有難う!」
俺はミランダから紙で包まれた弁当、おそらくサンドイッチを受け取り、カバンに仕舞う。
「でっかいイノシシ狩って、お土産を持って帰ってくるから、期待しててくれ!」
「トールが帰った日の夕飯は豪勢になりそうね?」
俺の言葉に肩を竦めて、ウィンクするミランダを見て、釣りに行く父さんが母さんに「大物を期待してろよ」と言うやり取りをしてる時に似てる気がする。
実際に父さんがどうだったかって? 聞くなよ。
「じゃ、ミランダ行ってくるの!」
ルナもお土産を持ち帰る事に鼻息荒くして、拳を突き上げてミランダに笑ってみせる。
やる気を見せるルナがフラグを構築しているように見える……
ルナのおかげで良いか悪いか肩から力が抜ける。
俺達は、ミランダに「いってきます」と言って『マッチョの集い亭』を後にした。
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クラウドの南門から出て行こうとすると門兵に声をかけられる。
「おっ、今日もゴブリン、突撃ウサギ狩りか?」
「いや、今回は、冒険者ギルドのペイさんの勧めもあって、イノシシ狩りに行く事になって」
そう言いながら目的地の山を指差す。
俺の言葉を聞いた門兵は感心するように頷く。
「お前達はちゃんと手順を踏んでいってるな。立派だぞ、冒険者が無駄に危険を冒すのは馬鹿がやる事だからな。それと引き換え……」
門兵が言葉を濁すのを見た俺達はお互いの顔を見合わせる。
疑問に思ったルナが質問する。
「何かあったの?」
「いや、お前さん達と同じ新人のマイケルとボブの2人が相変わらずでな。また無謀な依頼を受けて、お前さん達と同じ山にさっき出ていった」
マイケルとボブ?
一瞬、誰だろ、と思ったが思い出したので続きを聞く為に門兵に話しかけようとする俺より先にルナが、
「誰なの?」
と、あっさりと問い返す。
存在感は無駄にあるけど、何故か記憶に残らない相手だから仕方がないのか?
それでも、ルナに色目を使ってた奴らなんだから、思い出してやれよ。
そう思って苦笑する俺を見て、俺には心当たりがある事に気付いたルナが首を傾げる。
「ほら、放浪オオカミを倒した、と騒いでた2人組だよ」
俺がそういうと、知ってた俺に感心したような顔をして見せる。
「そんな名前だったの?」
ちょっとだけ、同じ男として同情してしまった……
門兵も、そいつ等だ、と言うと肩を竦める。
正直、どうでもいい奴らだから、気にしないと言いたいところだが、同じ場所に先に出たと言われると嫌な予感しかしない。
無茶して勝手に死ぬのはいいが、目の前で死なれたら堪ったもんじゃない。
どうか、巻き込まれませんように、と祈るが、俺の頭の片隅から、諦めろ、という声が聞こえた気がして、深い溜息を吐いた。
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