17話 皆がいるから辛くても楽しい
俺は空が薄らと茜色になる頃にクラウドに帰ってきた。
何気なく歩くのを止めてしまった俺に気付いたルナが振り返る。
「どうしたの、徹?」
「悪い、ルナ。冒険者ギルドには1人で行って貰っていいか? 少し1人になりたいんだ」
拝むように頼む俺を一瞬辛そうに見つめるルナだったが、無理矢理笑顔にする。
「ん、分かったの。報告したら先に帰ってるから徹も暗くなる前に帰ってくるの」
「ああ、分かった。夕飯までには帰る」
俺はルナを手を振って見送るとアテもなく歩き始めた。
しばらく歩き続けて気付けば、初めてクラウドに来た時に途方に暮れた俺達が座ってた広場の噴水の淵で腰をかけていた。
はっはは、人間、へこむと自然を感じられる場所に行くって聞いた事あったっけ?
水の流れが癒しといって、そういうCD売られていたな、と思い出す。
心の整理をしようと思ってルナから離れて1人になったのに、ここまで来る間、何も考えなかったな、と思うが今日の事を考えると思考が止まる。
すると、地面を見つめていた俺に影が覆い被さるようになってる事で人が前に居る事に気付いて顔を上げる。
「どうした、あんちゃん。こんないい夕暮れ時にこんなところで肩を落として? 良ければ俺に話してみないか?」
お茶目にウィンクしながら笑みを浮かべるダンさんがそこにいた。
俺が何かを言う前に、俺の横にドッコイショ、と言って座る。
「おっさん臭いな?」
「ほっとけっ!」
そう言い合うとお互い顔を見合わせて笑い合う。
「で、あんちゃん。何かあったのか?」
「うん、色々。自分でも纏められなくて……」
そう言う俺の言葉を聞いたダンさんが肩を竦める。
「そういう事は無理に纏めようとしたら駄目だ。話の順序も考えずに垂れ流せばいい」
「取り留めもなさ過ぎて、いつ終わるか……」
慌てるように言う俺を目を細めて見つめる。
「いいねぇ、若さってのは、永遠はあるよ? という具合に思えるんだからな。あんちゃん、永遠に垂れ流す事なんて無理だ。いつか終わりがくる。その終わりが体力が尽きる時か、吐き出す言葉か分からねぇけど、やってみな? きっと、あんちゃんが求める答えるが出るからよ」
「なんで、答えが出るって分かるんだよ!」
優しい笑みを浮かべるダンさんは俺の胸を拳で叩く。
「吐いて、吐いて、捨て続けて、それでも捨てられないモノが残る。例え、誰かに吐き出されても、クソに塗れようとも飲み込もうとするモノがある。吐き出した結果、残ったモノがあんちゃんの望み、答えだからだ」
ダンさんの優しい瞳を直視するのが辛くなった俺は俯く。
そっと俺の肩に手を置くダンさんが言ってくれる。
「吐き出しちまえ」
俺はダンさんに背中を押されるようにして、ポツリポツリと話始めた。
それからしばらく時間が経ち、夕日も沈んだ頃、俺の言葉が止まる。
ダンさんに話始めると止まらなくなり、自分でも何を言ってるか分からなくなるほど、支離滅裂な事を口走ってたような気がする。
それでもダンさんは、そうか、そうだな、ああ、と相槌を打ち続けてくれた。
人生経験豊かなダンさんの言う通りで終わりがないと思ってた言葉も日の沈む時間から考えて1~2時間で尽きた。
というより、同じ言葉を禁止されていたら30分話せたか怪しいほどだ。
黙り込む俺を見たダンさんは星空を見つめながら聞いてくる。
「で、答えは出たか?」
そう言われた俺は自分の胸を押さえる。
ここに残る温かいモノがある事を俺はやっと認識して、探し続けていた答えだと今だから認められる。
「いつか、自分の生まれた場所に戻る!」
ダンさんが、そうか、と呟くのを聞いた俺は笑みを浮かべる。
「でも、ただ帰るのは嫌だ。ダンさんに出会って、やり始めた冒険者で自分で納得できるとこまでやって、ルナや、これから知り合うみんなと笑い合ってから俺は帰りたい。だから、明日からも俺は冒険者でありたい!」
「そうか、あんちゃんは童貞捨てたな」
そう言われた俺は慌てふためく。
「は、恥ずかしい話だけど、俺、まだ彼女を……」
「違うって、そんなガキの童貞話じゃねーよ。大人の男になったという意味での話だ」
どう違うんだ? 違いがわからねぇ!
俺が混乱してるとダンさんは笑いかける。
「あんちゃんは童貞捨てたら女にモテると勘違いしてるクチだろ?」
その通りだったから二の句も告げなくなってると笑われる。
「それは勘違いだ。大人の男の覚悟を決めて男の童貞を捨てると、一本の筋が通った良い男になる。同じように良い女がそれに気付くんだ。結果、女にモテてるからガキは勘違いしてる」
言われてみれば、その童貞を捨てるだけでいいなら、風俗で捨ててもモテるはずだが世の中そうはなってない。
顔さえ良ければと思う事もあるが、モテてる人、全員が男前とは限らない。
「これから、その腹の決まったあんちゃんに気付く、良い女が沢山現れるだろう。だが、1つ言っといてやる。仲良くするのはいい、だが、腹が決まるまでは結論を急ぐな。答えを求められても格好悪くても素直に腹が決まってないと言え」
立ち上がるダンさんは俺に振り返って見つめる。
「本当に良い女はそれが本気だと思ったら、いつまでも返事を待ってくれる」
「それがダンさんにとってのペイさんですか?」
クスッと笑う俺に照れた笑いを浮かべるダンさん。
「言わせんなよ……」
そう言うと俺の手を掴んで立ち上がらせる。
俺の肩に手を廻すと『マッチョの集い亭』を目指して歩き始める。
「良し、あんちゃんの脱童貞祝いに今日は俺が夕飯を驕ってやる!」
マジで? と言う俺に、マジマジと笑いながら言うダンさんと楽しげに夜道を歩いた。
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『マッチョの集い亭』に帰ってきた俺は、
「ただいま~」
と言ってドアを開けようとすると摩訶不思議現象を体験する。
「ト~~ル!」
その叫びと共に俺の足元から飛び出すようにミランダが現れる。
どうやって現れたっ!!!!
硬直する俺に無駄にマッチョな体で抱き締めてくる。
そう、あれは夏の……
「ぎゃぁぁぁ!!! た、だずげでぇ~~!!」
「ミランダ、ルナちゃんに話を聞いて、とっても心配したんだからぁ!!」
遅れてドアが開いた先にはルナがおり、必死に助けを求める俺を一瞬見つめると明後日の方向に顔を向ける。
肩を震わせたルナが呟く。
「ご、ごめん、ムリっ!」
「お前、笑ってるだろっ!」
ルナに掴みかかろうとするとミランダに今度は頬ずりをされて、昇天しそうなる。
口から魂が抜けかけた頃、ダンさんの言葉でミランダが正気を取り戻してくれたが、断言する。俺の心臓は5秒は停まったと!
ヤケになった俺はダンさん持ちと分かっているから片っ端からヤケ食いする事を決める。
遅れて合流してきたペイさんの胸で癒しを貰う為に飛び付くとダンさんは苦笑してただけだが、ルナがネコを超えて鬼にクラスチェンジしてボコボコにされた。
馬鹿騒ぎをしてて、俺は思う。
今日、無事に生き残って帰れて良かった。
明日からも頑張れる。だって、俺を見守ってくれる人がこんなにいるんだから、俺は幸せだ。
「ルナ、明日からも頼むな?」
「んっ、お任せなの!」
俺とルナはジュースで乾杯して笑い合った。
1章―1 了
ここで一度区切りになります。また休載期間を設けて、区切りまで書いたら放流しますのでよろしくお願いします。
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