106話 家出して家に帰る時の気まずさ
ダンさんと一緒にクラウドに帰り、門を抜けた辺りで別れる。
「あんちゃん、ルナと美紅を連れて冒険者ギルドに顔を出しな」
「えっ? 明日じゃなくて今から?」
首を傾げる俺に頷くダンさん。
一応、陽が暮れても冒険者ギルドは空いているけど遅く帰ってきた人の依頼達成を受け付ける目的で開店休業状態で行く意味合いはほとんどないよな?
何せ、酒場が併設されていれば冒険明けの祝杯などで夜も活気はあるだろうが少なくともクラウドの冒険者ギルドにはない。
要領が得ないとばかりに眉を寄せる俺を見て苦笑するダンさんは背中をバンバンと叩いて俺の背を押す。
「まあ、細かい事はいいから、ちゃんと来いよ?」
そう言うと俺の返事も聞かずに背を向けて去っていくダンさんを見送る俺。
なんかあるのだろうか……まあ、用事もないし、ダンさんのお誘いを断る選択肢は基本的に俺にはないしな!
まあ、いいか、と楽天的に頷いて『マッチョの集い亭』へと足を向けた1歩目で硬直する。
俺はダンさんに連れ出される前の事を思い出す。
ルナ、ミランダ、顔も合わさずに出てきた美紅、そして双子ちゃん、特にマイラにした情けない行動の数々を……
頬に冷たい一滴の汗を流す俺は生唾を飲み込む。
ヒジョーに帰りづれぇぇ!!!
家出をしてその日の内に帰って来た時に似た気まずさ……自業自得かと諦めた俺は項垂れながら『マッチョの集い亭』へと歩を進めた。
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『マッチョの集い亭』へと到着した俺は、おそるおそるとドアから顔を半分だけ覗かせて中を見る。
ゆっくりと開けたつもりだがドアベルが反応して、カウンターで項垂れて座っていたルナが顔を跳ね上げて入口に顔を向け、ばっちりと俺と目が合う。
一瞬、嬉しそうな顔をした後、すぐに口をへの字にして眉尻を下げるルナは肩を震わせる。
そんなルナを見て、どうしたらいいんだろう? と悩みに悩んで良く分からない言葉が口に付く。
「帰ってきちゃった?」
えへ? と可愛い小動物を連想させるイメージでしてみせる。
てへぺろろおおおぉぉ!!!
うん、俺は精一杯、頑張った。
だが、ルナは椅子から降りるとズンズンと足音が聞こえそうな足取りで近づいてくるが、俯き気味で表情が分からないから無駄に怖い。
目の前に来たルナが両手を突き上げるのを見て、殴られると思った俺は目を瞑って来る痛みに備えて歯を食い縛る。
ポクポクポクポク
備えていた想定した音とはまったく違うだけでなく、衝撃もほとんどなく、ゆっくりと目を開くとそこには涙をボロボロと流して顔を真っ赤にさせるルナの姿があった。
「徹のあほ、ばか、おたんこなす……」
同じ言葉を繰り返し、力なく俺の頭を肩を叩くようにして叩き続ける。
力なく……違うな、傷ついている俺を心配する気持ちと俺に対する憤りの折衷案がこれなんだろうな。
俺の相方は優しいヤツだと泣くルナの頭を胸に押し付けるようにして抱き締める。
「心配かけた。もう俺は大丈夫だから」
「違うの! 徹なんか心配してないの、ばかぁ……」
俺の罵倒が収まらないルナに苦笑しながら頭を撫でているとルナの背後からミランダが姿を現す。
そして、ルナの背から俺ごと抱き締めてくる。
「お帰り、トール」
「……ん、ただいま」
優しげに俺を見つめるミランダを見て、何故か、俺が自暴自棄に陥った時期に見つめてきた母さんと同じに感じる瞳だったので妙に照れ臭くなって目を逸らす。
そんな俺の心情を読めたかどうかは分からないがミランダは微笑を浮かべる。
「駄目よ、トール。ルナちゃん、本当に心配してたんだから……女の子を泣かせる男はミランダが許さないわよ?」
「あはは……次から頑張るよ」
そう言う俺に「今からでしょ?」と言われて敵わないな、と思わされる。
苦笑いする俺に悪戯っ子がするような笑みを浮かべるミランダが言ってくる。
「じゃ、早速、美紅ちゃんを元気付けてね?」
俺達を抱き締めるのを止めるとウィンク一つして離れて、奥へと姿を消すミランダ。
弱ったな、と見送っているとカウンターと厨房をに繋がる位置で覗き見るようにする双子ちゃんの姿があった。
良く分かってない様子の姉、ライラとホッとした様子を見せる妹のマイラの姿以外は対極のような双子に苦笑しながら話しかける。
近寄ってきた2人を交互に頭を撫でる。
「2人にも迷惑をかけたな……特にマイラ、お前には年上がする行動じゃなかったな」
「いい……ううん、お兄さんは充分に優しい対応をした。私は本当に最悪の覚悟はしてたから……」
「うん、問題ないよ……って、マイラ、マイラ、お兄さんが病気だっただけじゃないの?」
本当に安堵した様子のマイラにまったく状況を理解出来てなく、風邪か何かだと思っていた残念な姉を見て嬉しそうにするSな妹マイラは「姉さんはそのままでいいんですよ?」と言ってくるのにライラは「うん!」と元気に返事をする。
とってもこの双子の将来が心配でしょうがないですよ?
いつもの双子劇場が始まったと同時に奥からミランダに連れられた美紅がやってきた。
美紅の両肩を掴んで俺の方へと押し出すミランダがウィンクして言葉にせずに「後は頑張って?」と丸投げされる。
俺の目の前の美紅はまるで余命宣告された患者のように暗い様子でどう手を付けたらいいか分からず途方に暮れそうになる。
そういや、何で聞いたか忘れたけど、どんな方法でもいいから、まず笑う事が活力になるって話があったな……
近寄る俺を見ない美紅が先制をするように言ってくる。
「ごめんなさい、トオル君。私、あの時、何も出来なかった……」
「いやいや、あの時、俺も何も出来なかった。フレイが身を呈してくれてなければ……」
フレイの最後を看取ったのは俺だけで、ルナも美紅もその件で反応を示すが大きな反応はなかった。
おそらく、状況を考えるとそれが一番自然だと感じていたのかもしれない。
一向に快方に向かわない美紅のスベスベの頬に両手を当ててクニクニとして小顔体操のイメージで優しく動かす。
「と、トオル君、止めてください」
「いやあ~美紅の頬ってスベスベだな?」
落ち込んでいた様子だった美紅の表情が悪戯をする仲の良い男子を「子供っぽい事を」と呆れを含める色が勝り始めるのを見て俺は満足そうに頷く。
頭をワシャワシャと撫でる俺に「もう本当に怒りますよ?」と少しだけ明るくなる声で言ってくる美紅を見て、普段なら確実に怒っているが、今回は俺なりに必死に慰めていると分かったようで仕方がないな、と言いたげに少しだけ笑みを浮かべる。
おお、この路線で良さそうだ! こうなったらイメージはムツ○ロウさんだな!!
よーし、美紅、良い子、良い子だな!
頭だけでなく、擽るように体もワシャワシャすると身を捩りながら擽ったそうにするのを見て調子に乗る俺。
しばらくして美紅から反応らしい反応がなくなり、空気が重くなったと感じて首を傾げ、美紅の頭の横から見えるところで水晶を片手にちょっと興奮気味のS素養がメジャー級のマイラの姿があった。
「お兄さんが生き残れる確率、3割……はぁ」
「えっ? どういう事?」
身悶えしそうなマイラにビクつきながら聞く俺のカンが「警報ボタン、押すの忘れちった(笑)」と言ってる気がした。
事情が分からない俺にマイラが教えてくれる。
「お兄さん、今、ワシャワシャしてるのはどこ?」
「背中だろ?」
そう言う俺は「なあ?」と美紅に向き合おうとして見つめるとそこには顔がなく黒い綺麗な髪があるだけであった。
んん!? どうして目の前に後頭部があるんだい?
「背中ですか」
底冷えしそうな声音で美紅が言ってくる。
あれれ? 美紅ってこんな低い声出せるんだ……新しい魅力を発見、てへぺろ♪
え? 気付いているんだろうって? 何の事か分かりませんよ?
俺はイヤイヤとするように被り振っていると膝裏に蹴りを入れられて後ろ向きに倒れてしまう。
地面にバウンドするのに合わせるようにルナがマウントを取り、誰か、分かっているが敢えて誰かが俺の両足を掴んで4ぽい形にしていく。
うおぉぉ! 無駄に連携取れ過ぎじゃないか!?
絶対に練習してるよな?
「徹の」
「トオル君の」
「「バカッ!!」」
「ぎゃあぁぁぁ!!」
悲鳴を上げる俺に四の字固めにする美紅とマウントから殴り始めるルナ。
ボクボクボクボク
ルナさんや! 微妙に擬音が似てるけど質がさっきとまったく違うんですけどぉぉ!!
美紅さんや! 外せとは言わないから、ちょっとだけ緩めてぇぇ、足が折れちゃうぅぅ!!
殴られる俺を覗き込むようにするマイラは幸せそうに俺を見つめる。
「私、やっぱり困った状況になってる大好きな人を見てるのが好き。お兄さん、大好き!」
「お、お前、本当にヤバいよ!? そ、それより目に殺意がある2人を止めてぇぇ!!」
必死にルナの拳から顔を守る俺をしゃがんで膝に両肘立てた上に顎を載せて笑みを浮かべる見るマイラの後ろであたふたとするライラに付きそうミランダが呟く。
「これで元通り……」
一瞬、笑みを浮かべたがすぐに真顔になるミランダは天井を見上げながら誰にも拾われない声音で呟く。
「元通りであって欲しいわね……」
神に祈りたいところであるがミランダの、この願いを聞き届ける神は存在しなかった。
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