105話 継承式
茫然と見つめる俺にもう一度、ダンさんが抜き身の長剣を突き付けながら無表情で言い放つ。
「抜け、トール」
「い、嫌だよ! 意味がわかんねぇーよ!!」
ペタリと尻モチを着いて激しく被り振りながらズリズリとダンさんと距離を取ろうと後ずさる。
しかし、ダンさんは俺の言葉に一切反応を示さずに俺が下がった分だけ歩を進めて距離を一定、一足で斬りかかれる距離を維持していた。
何がどうなってんだ!?
どうして俺がダンさんと訓練でなく、剣を突き合わせてる?
意味が分からないよ、ダンさん……
俺はイヤイヤと首を振りながら尻を擦って逃げる情けない姿を晒すだけでなく、頬に伝う温度のある水、涙が流れている。
そんな俺を見て何の感情を浮かべない、軽蔑すらする様子を見せないダンさんが長剣を大上段に構えて俺を見下ろす。
き、斬られる!
俺がそう思った瞬間、ダンさんが迷いも感じさせずに長剣を振り下ろす。
ヒッと短い悲鳴を上げた俺は考える前に前転して避けながら地面に落したカラスとアオツキを手に取り、無意識に抜き放つ。
カラスとアオツキで身を守るように顔の前で構え、へっぴり腰になりながらダンさんに叫ぶ。
「や、やめてくれよ、ダンさん!! 俺はダンさんとやり合いたくないっ!」
俺の呼び掛けにすら反応を示さないダンさんが叩きつけるように俺に向かって振り下ろし続ける。
その斬撃をカラスとアオツキで必死に受け止め、逃げ続ける俺の腰の入ってない構えを遂にダンさんの突きが抜ける。
「あつっ!」
頬に火傷のような熱さを感じた俺は後方に飛び跳ねて逃げる。
そして、おそるおそる、頬の熱さが過ぎ、微かな痛みを感じる部分に手を這わせ、その掌を見つめると血が付いていた。
ワナワナと震える掌から正面で正眼の構えで見つめるダンさんを見つめ返す。
「本気なのか? ダンさんは俺を本気で殺そうとしてるのか?」
「……」
俺の問いに答えずに再び大上段に長剣を構えようとしたダンさんを見て俺は体全体をブルブルと震わせて俯く。
俺がダンさんに何をした?
ああ、確かに恩を受けてるだけでまだ返せてない。だからってこんな待遇を受けるほど俺が何をしたって言うんだっ!!
そうだ、ロキだって俺に愛想尽きたんなら、ほっとけばいいだろう? 殺そうとする必要がどこにある……
ふと、俺は先程見た夢のロキの言葉を思い出す。
「さあ! 俺を恐怖しろ! 俺を侮蔑しろ! そしてその感情の根源である俺を……」
そうか、周りにあるものは全て俺にそう望むのか……ならその想いに答えてやろうじゃねぇーか!!
俯いていた顔を上げるとダンさんが長剣を振り下ろそうとしているのに合わせて、下段から掬うようにカラスで迎撃する。
今度は腰が入った攻撃だった俺の剣戟に弾かれたダンさんのガラ空きになった腹に蹴りをいれて吹き飛ばす。
距離が出来た事で俺は前傾姿勢になって一気に加速してダンさんに肉薄する。
詰め寄る俺に苦々しい表情を浮かべたダンさんが長剣で防御態勢に入った。
カラスとアオツキで暴風のように無慈悲な攻撃を無数に叩きこみ、体ごと回転して全体重を載せた攻撃を受けて、膝を付いたダンさんに俺は二刀で掬いあげるように斬り込む。
叩き込まれたダンさんの長剣は真っ二つに割れ、勢いを殺せなかったダンさんが仰向けに倒れるのに合わせて飛びかかって両膝を使って両腕に乗って動きを封じる。
そして、夢で、そしてあの戦いの時に俺にロキが言った言葉が耳元で囁かれるように聞こえる。
『憎め』
カラスを両手逆持ちにしてピクリとも表情を変えないダンさんに振り上げる。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い!!!!
感情のままに一気にカラスを俺は振り下ろした。
振り下ろしたカラスの先から血は噴き出したり、悲鳴の一つも起きない。あるのは少年の嗚咽だけであった。
その発生源が俺だと分かるのに数分要した。
カラスを突き付けている先を見るとダンさんの喉元に剣先が触れるかどうかのところで寸止めされていた。
ボロボロと涙を流す俺を見上げるダンさんの瞳はいつもの兄貴分の温かみがある優しさで一杯の色を称えていた。
「やっぱり、駄目だ……ダンさんにどれだけ嫌われても俺、ダンさんを憎めねぇ……アマちゃんだ」
その言葉と同時に俺はカラスを引いてゆっくりとダンさんの上から退いて地面に尻モチを付く。
天を仰ぐようにして泣き続ける俺を見て嘆息するダンさんは、よっこらっしょ、と掛け声と共に立ち上がり、俺の前にくると屈んで優しく俺の肩に手を置く。
「違うさ、あんちゃん。それは優しさ、そして強さって言うんだ」
「で、でもロキは……」
俺が否定しようとするがダンさんは被り振りながら立ち上がると俺に向かって手を差し出す。
おずおずと手を差し出す俺の手を力強く掴んで立ち上がらせるダンさんは男臭い微笑を浮かべる。
「なあ、あんちゃん。Aランクの希望と絶望……悲願って知ってるか?」
「えっ!? いきなり何を……」
戸惑う俺に「まあ、いいから聞けよ」と言ってくるダンさん。
希望? 絶望? 相反する言葉がどうして? そして悲願……ダンさんは何が言いたいのか?
「Aランクって言えば、その冒険者ギルド、もっと大袈裟に言えば、その国の冒険者の顔だ。それは優越感にも浸れるし、大抵の冒険者が憧れる。俺も嫌々と言ったがなって満更でもないと思った事は沢山あったさ」
照れ臭そうに言うダンさんの様子から満更でもないという思いの中に調子に乗って失敗した例もあるんだろうな、と感じさせた。
そういや、俺達に絡んできたBランクパーティも似たような事言ってたっけ?
そんな事を思い出しながら聞いているとダンさんの話は続く。
「俺は人より才能があったらしくてさ、冒険者ギルドから指名があってAランクになった」
嫌がるダンさんをペイさんが頼み込んだと言ってた事を思い出す。
ダンさんはその当時を思い出すように薄暗くなっていく空を眺めながら呟く。
「Aランクの仕事は大変なのが多かった。でもな、充実もしてた。しかし、現実は残酷だ。人は時の流れには勝てない。感情的になって実力の半分も出せてたか怪しいあんちゃんにも勝てないほど衰えた」
「そ、そんな事ない! ダンさんは……」
今でも充分に強い、と言う俺の言葉を遮られ、ダンさんは続ける。
「もうAランクとして胸をもう張れない。それは俺が一番分かってる……なあ、あんちゃん。Aランクになる方法って知ってるか?」
「えっ? さっき言ってた冒険者ギルドからの指名じゃ?」
さっき言った答えを質問されて何かカマかけなのかと一瞬疑った俺だが素直に答えた。
俺の答えにそうだな、と言いたげに頷くダンさんが俺の瞳を覗き込むようにして言ってくる。
「もう1つある。現Aランクが認めた相手に自分のランクを譲る時だ」
そう言うダンさんは胸元から銀色のカードを取り出して俺に差し出す。
それはAランク専用の冒険者カードであった。
それ以下の冒険者カードは等しく銅色であるので一目瞭然である。
「えっ? えっ!? ちょっと待って、これを俺に?」
「ああ、俺を含めて過去のAランク冒険者達の願い。それは自分が認めた相手に自分の背負ってきたモノを引き継いで貰う事だ」
真摯に俺を見つめるダンさんが言った言葉に俺は一瞬、呼吸を忘れて見つめ返す。
えっ!? どういう事? 意味が分からない。話についていけないよ、ダンさん!
混乱、大混乱へと引きずり込まれるようにする俺を置いてけぼりにしてダンさんは微笑む。
「あんちゃん、俺が10年背負ってきたモノを貰ってくれないか?」
「む、無理だ! 俺なんか……」
被り振る俺に優しく微笑むダンさんも同じように被り振る。
「ロキに裏切られ、そして俺にも裏切られたと思ったのに憎悪に飲まれずに戻ってこれた、あんちゃんに、あんちゃんだから任せたいんだ」
真摯だと思っていたダンさんの瞳から俺は違う感情だった事に気付かされる。
言うなれば、焦燥、渇望というべきか貪欲な強い思いをヒシヒシと感じさせられる。
違う、俺はただビビっただけだ……
ダンさんの想いとは違う理由だ、と声を大にして言えたらどんなに楽だろうと俺は下唇を噛み締める。
そんな俺を見てダンさんは仕方がないな、と言いたげに笑う。
「その様子からあんちゃんは『俺はそんな立派じゃねぇ』とか思ってんだろうな……あんちゃんはいつも自分を過小評価するからな」
遂にダンさんの目を見てられなくなった俺は拳を握り締めて俯く。
「あんちゃん、Aランクになるべき存在はな、挫折を知ったヤツじゃないと務まらない。そして、そこから立ち上がれるヤツがなるべきなんだ。俺はあんちゃんがそうだと信じてる」
思わず後ずさる俺を見つめるダンさんが言う。
「Aランク冒険者は自分の終わりが見えだすと自分の後を憂う。自分と同等、それでは満足出来ない。自分を超えて安心出来る奴に託したい。そう願い続けてきた。そして、その願いを叶えた者は俺が知る限りゼロだ」
Aランクになりたいという冒険者はそれこそ腐る程いる。しかし、Aランクという肩書の重さを知った者から見れば、とてもじゃないが任せて安心だと思えないらしい。
それでも、冒険者ギルドから妥協できる相手をAランク指名される。
資格を返上した元Aランク冒険者がそれを見て納得できたものがどれぐらい居ただろう。少なくとも、不安が付き纏う結果であっただろう。
そして、新しいAランク冒険者もその責務の重さを知り、先代のように……を繰り返す。
そう、ダンさんもそうなると思ってたところで俺と出会い、そんな俺の中に可能性を見たと言ってくる。
「と言う事は今回のこれは……」
「そうだ、負の感情に振り回されて自分を見失わないかの俺からの最終試験だった」
微笑んだまま言ってくるダンさんに初めて強い苛立ちを感じて問う。
「もし、俺が……」
「ないよ。あんちゃんは絶対に踏み止まるって俺は分かってた……これは傲慢かな、でも俺はあんちゃんを信じてたからな」
ダンさんを殺したかもしれない、と言おうとしたが遮られて言われた言葉に絶句すると同時に鼻の頭がツーンとし出すが必死に耐える。
そんな俺にダンさんは再び、銀色のカード、Aランクの証を俺に差し出す。
「さあ、あんちゃん。俺達、Aランク冒険者の悲願、継承してくれ」
ゆっくり山間に沈もうとする太陽が俺とダンさんの影を伸ばす。
本当に俺でいいのか? とダンさんに問いたい。しかし、それはとてもダンさんに失礼な気がする。
俺はダンさんの期待に添える男なのだろうか?
ジッと俺を見つめるダンさんを見て、俺は覚悟を決める。
ダンさんがいなければ、今の俺はいない。そんな人にここまで言わせて、更にロキに心を折られてイジけてる俺の面倒もみられて……本当に情けないな、俺って。
真っ直ぐにダンさんを見つめ返した俺は両手で恭しく差し出されたAランクのカードを受け取る。
「ダンさんの覚悟を俺の覚悟を持って受け取らせて貰います」
「ああ、頼む。はぁ……俺は幸せだ。俺以上に幸せなAランクの辞め方したヤツはいないだろうな」
沈みゆく太陽を眩しげに見つめるダンさんの横顔は憑きモノがおちたかのように晴れ晴れとした表情であった。
歯を見せる嬉しそうな笑みを浮かべたダンさんが俺を見つめていってくる。
「何か、こう一言ないのかよ?」
そう言ってくるダンさんは苦笑する。
今まで有難うございました? 違うな、Aランクとしての矜持を教えてください、でもないな……
などと色々と考えていたが出た言葉はまったく違う言葉であった。
「お疲れ様でした」
「ああ、ありがとうよ、あんちゃん」
丁度、太陽が沈み、ダンさんの表情もまったく見えなくなる。
ただ、少しダンさんの声音が震えていたような気がする俺はそっとダンさんから目を三日月が浮かぶ空に向ける。
ありがとう、ダンさん。俺、また前を見て歩き出せそうだ。
そして、もう一度、俺はロキと向き合う決意を胸に譲り受けたAランクカードを胸に抱いた。
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