104話 折れた心
新章スタートです。ちょっとだけ章タイトルでてこずりました(笑)
俺はグロッキー間際のボクサーが必死にボディをガードする上から力で蹂躙されるように殴り続けられるように顔が分からない誰かに剣戟を必死に防ぎ続ける。
しかし、防いでるはずの攻撃の振動が重低音のビートを刻むように確実に俺の浸食していく。
ギリギリで防いではいるが、いつ抜かれる、弾き飛ばされるかという恐怖で体より先に心が参りそうだ。
ヤケクソ気味に足下を払うようにしゃがんだ状態から廻し蹴りを放ち、宙に逃げたのを見て炎の翼で縛り上げる。
それを見てホッとしたのも束の間で短く気を吐く動作で炎の翼が霧散される。
「も、もう勘弁してくれよ……!」
怖い、怖い、怖い……ッ!!
俺の心の中を絶望という色で染め上げられそうになっているのを見て目の前のヤツが心底楽しそうに高笑いを上げる。
「くくっくっ……そうだ、それでいい。トオル、てめぇは可能性である事を俺に示し続けないといけねぇ! さあ、もっと俺に見せてくれぇ!!」
青いライダースーツを纏ったぼさぼさの長い髪をした大男、見えなかった顔の部分に現れたのは……
「ろ、ロキ、もう止めてくれ」
「さあ! 俺を恐怖しろ! 俺を侮蔑しろ! そしてその感情の根源である俺を……」
ロキは俺の鼻と鼻が触れ合う距離で夜よりも暗い、闇色の瞳で覗き込む。
『憎め』
「あああああああぁっ!!!!!」
ロキを両手で突き飛ばすつもりが逆に弾かれるがそんな事実も自覚せずに俺は地面に転がり、這うようにして逃げる。
逃げようとした方向に丸いモノがある事に気付いて目を向けて俺は息を飲む。
「我はこんな者を助ける為に命を捨てたのか……」
頭だけになった血だらけのフレイドーラが俺に向かって話しかける。
一瞬、息が止まり、目の前が真っ白になって俺は大きく口を開いた。
▼
「いやだあああああぁぁぁ!!!」
絶叫しながら目を覚ました俺は叫んだせいで咳き込み、ベッドに蹲る。
徐々に咳が落ち着いて来て辺りを見渡す。
ここは……『マッチョの集い亭』の俺が借りてる部屋?
天井、寝ているベッド、そして窓から見える景色がアローラに来てから世話になっている部屋だと伝えてくる。
状況が分からなくて思い出そうとすると身震いと共に一気に溢れるように記憶が蘇る。
コルシアンさんと初代勇者の足跡を辿りに魔神との最終決戦地に向かい、和也と選択を強いられ、フレイと出会い、そして……
夢の事まで思い出した俺は頭を抱えたと同時に部屋のドアがバンと激しく音を鳴らして開く。
その音にビクッとしてそちらを見ると息を弾ませているルナが俺を認知したと思ったら目尻に涙を浮かべると飛び付いてくる。
「徹ぅ!! 起きなかったらどうしようかと思ったのぉぉ!!」
俺に飛び付くとアンアンと子供のように泣くルナの頭に自分の頭を抱えようとしてた手を置いてゆっくりと撫でる。
ルナは泣きながらではあるが、俺が気を失った後で分かってる範囲の話を始めた。
最初に意識を取り戻したのはコルシアンさんで、目を覚ました場所が洞窟の外で馬車の傍だったらしい。
どうして無事なのかは分からないがロキが追いかけてくる前にと俺達を馬車に載せて出発したが御者は見よう見真似だった荒い運転でまずルナが目を覚ました。
目を覚ましたルナが俺と美紅に回復魔法で応急処置をしてくれ、美紅は目を覚ましたが俺は傷が深くて昏睡状態だったようだ。
なんとかクラウドに戻って来て『マッチョの集い亭』に帰ってきて、しっかりと俺を治療したが1日、眠り続けて、今らしい。
そうか、と気の抜けた返事をする俺を見て首を傾げて見上げるルナから目を逸らすと入口で双子のライラとマイラと2人の肩に手を置くミランダが心配げに見つめられて、その視線にも耐えれず再び、視線を逸らす。
そんな俺に何かを言おうとしたルナを両手で両肩を押すようにして止める。
「わりぃ、今はちょっと1人にしておいてくれないか?」
「えっ……でも」
戸惑いを見せるルナの後ろにやってきたミランダが両手で肩を優しく掴んで微笑む。
「ルナちゃん、トールには整理する時間が必要なのよ」
「……うん」
色々と納得は出来ないようだが、ミランダの手を振り払って何が出来るという訳ではないと理解したようで諦めるように溜息を洩らす。
ミランダに連れられてみんないなくなったと思ったら、双子の妹のマイラだけが残っており、ベッドにいる俺をいつもの無表情、いや、自分の意志で感情を殺しているような顔で見上げる。
シーツを頭から被るようにして苛立ちげにマイラを追い払おうとした。
「1人にしてくれって言っただろ!?」
「……私はお兄さんに贖罪をしなくちゃならない」
そう言われて、はぁ? と苛立ちから感情が高ぶりそうになるが必死に押し殺す。
「何の話をしてるんだ! お前には関係ないだろう!!」
「関係ならある。私はお兄さんが身を引き裂かれる思いをすると分かってた……でも私は姉の命を救う為に……」
分かっていただと?
姉というのはマリーさん? なんでそんな話が今頃……ッ!!
ガバッとシーツを跳ね除けてさっきと同じ場所で、同じ姿勢で同じ表情で見つめるマイラを睨みつける。
「沢山知ってる訳じゃない……でも、ここでそれを口にしたら、お兄さんに都合が悪くなる事だけは分かる」
そう、確か俺達に依頼を受けさせる為にロキを焚き付けた時に占いがどうこうと言って、ロキと俺、そして美紅の共通点を知っていると言った。
どうして、あの時、その事をもっと考えようとしなかった。
ロキだけは俺達が転移者だと分かっていて今回のようにする為に計画してたロキを邪魔するぞ、マイラが脅した。
だから、ロキは依頼を受けるように俺の背を押した。
「つまり、俺達が違う世界から来て、ロキと美紅が勇者という事を知ってたのか!」
「あの時点で知ってたのは3人が違う世界から来て、ロキさんがお兄さんを使って何かしたいという思いがあった、という事だけ……2人が勇者だというのは今、知った」
淡々と語るマイラを睨みつける俺は奥歯を噛み締め過ぎてギリっと音を鳴らして拳を力強く握り締める。
必死に怒りを抑えながら俯き気味で続きを聞く。
「つまり俺を利用したのか……」
「そう、私は姉の為にお兄さんを利用した」
跳ねるように顔を上げた俺は拳を振り上げてマイラに振り下ろす。
しかし、俺の拳はマイラに当たる直前で止まる。いや、止まってしまった。
微動だとしなかったマイラが告げる。
「止めないで、そのまま振り抜いてくれていい」
「……お前みたいなガキが俺に殴られたら死んでも……」
「構わない。それでお兄さんの気が済むなら……」
俺の言葉を遮り、迷いもなく言い切るマイラの微動もしない視線、労わりや感謝が込められた瞳で見つめられた俺が制御出来ない感情のまま拳を再び、振り上げた瞬間、思い出す。
「私はお兄さんが早い段階で知っておけば苦しまずに済む事を知っていながら話す事ができない。これは大きな裏切り、本来、私はお兄さんに殺されても文句が言えない」
マイラは姉を助けた俺に感謝を告げた時に言った言葉だ。
くそう……こいつは初めから覚悟を決めてたのかよ……
10歳のガキンチョなのによ……
震える拳をゆっくりと下ろして怒鳴る。
「出ていけ! 俺を一人にしろ!!」
怒鳴られたマイラは静かに頭を下げ、ゆっくりと部屋を出ていく。
ドアが閉まり、マイラが階段を降りていく音が聞こえたところで俺は枕に振り下ろせなかった拳を叩きつける。
そして、うつむせでベッドに体を預け、泣きそうになりながら呟く。
「俺、何やってんだろう……」
▼
マッチョの集い亭の食堂のカウンターではルナが落ち込んだ様子で座っていた。
静かなで重い空気に支配されたなか、ドアベルがなり、1組の男女が入ってくる。
入ってきた男女を見たルナが一瞬、ホッとした表情を浮かべた後、顔をクシャクチャにして女の方に抱き着いてアンアンと泣き始める。
少し、落ち着いた頃合いを見計らった男が事情を聞き始める。
コルシアンと出かけたところから帰ってきたところで分かっているとこまでを説明をした。
そして、ルナ以外の状況を聞かれ、美紅は帰ってから裏庭で座り込んで食事も水も取らずに塞ぎこんでいて、今はミランダが見てくれていると伝える。
徹が目を覚ましてからの話をした時、男は深い溜息を洩らし、ルナを抱き締めてくれている女は辛そうに眉を顰める。
どうしたらいいか、分からないと一度、引っ込んだ涙を盛り上げたルナを優しげに見つめた男が頭を撫でる。
「あんちゃんの事は俺に任せておけ」
そう言うと男は単独、2階へと上って行った。
▼
誰かが階段を上がってくる音に気付いた俺は頭からシーツを被る。
ノックもせずにドアを開ける音が聞こえ、俺に近づいてくるのが分かったが俺は無視する事にした。
もう何を言われても返事もしない……
無気力な事を考えてボーとしているとシーツを剥ぎ取られる。
シーツの向こうにいたのはダンさんであった。
「トール、面を貸せ」
淡々と無表情で凄みのあるダンさんに俺は生唾を飲み込んでしまう。
いつも笑っているダンさんと違う? そ、それに俺の事を『あんちゃん』でなくトールって……
ダンさんの迫力に飲まれて動かない俺を心底呆れたと様子で溜息を吐くと襟首を掴んでベッドから引きずり落とされる。
慌てた俺がダンさんの手を両手で掴むが落ち着いているダンさんは意にも介さずにカラスとアオツキを空いてる手で持つ。
「な、何するんだよ! ほっといてくれよ!」
俺の言葉に反応を見せないダンさんは無視し続けて階段も引きずられる痛みに歯を食い縛る。
食堂に来た時、ルナがダンさんを止めようとしたがペイさんがルナを止めてダンさんの歩みは止まらない。
マッチョの集い亭を出たところで襟首は掴まれているが自分の足で歩き始めたが「何をするんだよ!」、「どこに行くんだよ!」などと叫ぶが相手にされずに街の外まで連れて行かれる。
だだっ広い何もない場所で漸く、手を離される。
薄らと茜色に成り始める太陽をバックに振り返るダンさんがカラスとアオツキを俺に放る。
「ひっ!」
受け止めずに思わず背後に逃げる俺に反応せずにダンさんがゆっくりと腰にある長剣を抜くと俺に向かって正眼の構えで居抜くように見つめる。
また1歩、下がる俺に静かにしっかりと耳の鼓膜に響く声で言う。
「抜け、トール」
聞こえたはずの声なのに俺はダンさんが何を言ってるかまったく理解出来なかった。
感想や誤字がありましたら、気楽に感想欄にお願いします。




