96話 原始へ還れ
はぁ、今週に試験があります。落ちてもクビではありませんが費用が無駄にかかるので1発で終わらせたいですね……
早朝、市場が動き始める頃、俺達はモスからクラウドに帰ってきた。
ピンクのおっさん、コルシアンさんが面倒と言ってた依頼、クリミア王女の護衛を終え、確かに暗殺者とやり合う事になり面倒だったな……と嘆息する。
しかし、自分の両手を見つめてほくそ笑む。
ふふふ、しばらくこの両手は洗わん! 幸せな感触が消えてしまわないように!
御者をする俺はこっそりと手綱を握る両手を見つめ、鼻息を荒くする。
すると、背後から突き刺さるような視線に身震いをし、おそるおそる背後に目を向けると冷たい目をした美紅が半眼で見つめていた。
「トオル君、何やら良からぬ事を考えてませんでしたか?」
「な、何の事? べ、別に手なんか見てないよ?」
俺の発言を聞いた美紅は更に目を細める。
あ、あかーん! 墓穴掘ってねぇ!?
必死に笑みを浮かべて美紅に誤魔化そうとする俺の隣に同じように半眼のルナが気付くとおり、無許可に俺のカバンを漁り出すと手拭を取り出す。
俺の手を手綱を奪うと馬の速度を落とす。
「御者を代わってくれるのか?……な、なんばしょっとねぇ!!」
手綱を急に手放したルナが俺の両手を取ると手拭で俺の掌を磨き始める。
まるで汚れの一切も逃さないとばかりにピカピカにする気らしく、やる気が半端でない。
ぎゃーす! それは汚れじゃない、俺の幸せなんだ!
俺はイヤイヤするように首を横に振りながら親の仇のように俺の掌を磨くルナを見つめて嘆願する。
「お願い、僕ちゃんのスイートメモリーを消さないでぇ……」
俺の悲しみが籠った切ない声はまだ開店準備に追われる市場で静かに木霊した。
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俺はシクシクと泣きながらサルのお尻のように真っ赤になった掌で顔を覆い、冒険者ギルドにやってきた。
あれからルナだけでなく、美紅にも「ルナさん、磨き残しがあります」といって追い打ちをかけられピカピカを越えて赤々としたテカテカにされた。
手が痛くて泣いてるのとチャウねん……思い出が殺された事が悲しいだけやねん……
悲しみに包まれる俺を挟むように歩く悪魔、もとい、ルナと美紅はやり切った表情を浮かべて歩いている。
どうして、ここまでされるのだろうと俺は思う。
ルナは整理整頓、掃除など下手過ぎるうえ、あまりしようとしないのに本気みせる。美紅は普段、俺の手に触れるどころか、服に触れる時ですら躊躇する素振りを見せるのに一旦、スイッチ入ると遠慮が一切なくなる。
あの恥ずかしがり屋の美紅がな……
そう思う俺だが、スイッチの入り方次第ではパンツまで剥ぎ取られる想像した瞬間、背筋に冷たいモノを感じる。
ははは……ないない、さすがにそれはないよな?
乾いた笑みを浮かべていると当の本人、美紅が可愛らしく首を傾げて見上げてくる。
「どうかしました?」
「なんでもないのよ!?」
必死に噛まないように喋った俺は美紅と同じように俺を見るルナから逃げるように足早にカウンター、シーナさんがいる場所へと向かった。
カウンターに向かうと出勤したところだったらしいシーナさんがカバンから資料を取り出していたが、俺達に気付くと笑みを浮かべて挨拶してくる。
「おはようございます。あ、もしかして依頼完了されてきたのですか?」
「うん! 無事に済ませてきたの」
俺を追いかけるようにやってきたルナが嬉しそうに答えるとシーナさんも喜色を見せて両手を合わせるようにして笑みを浮かべる。
美紅がいつの間に? と思わず聞きたくなるがクリミア王女から貰ったと思われる依頼完了のサインが入った書類をシーナさんに手渡す。
美紅から受け取った書類を目を通したシーナさんが顔を上げると俺達を見渡し頷く。
「はい、依頼完了をした事を確認しました。これでトールさん達3名をBランクと認定します」
「あはは、完了は嬉しいけど、Bランクは今からでも辞退したいな……」
悪足掻きで一応、辞退を言ってみるがシーナさんに気持ち良い笑顔で「駄目です♪」と言われて項垂れる。
項垂れながら頭を掻く俺を見てたシーナさんが俺の手を見つめて言ってくる。
「トールさん、掌が真っ赤ですがどうしたんですか?」
「よくぞ、気付いてくれた。聞いてよ、シーナさん!」
キラリと目を輝かした俺は一切の躊躇も見せずにカウンターを飛び越えるように水泳の飛び込みをしてシーナさんに迫る。
失ったメモリーを補填する!
男前な顔をした俺は熟れた2つの果実を持つシーナさんの癒しを目指してダイブした。
俺は妨害するであろう、ルナと美紅に警戒するように視線を走らせるが予想外の表情をしていて驚く。
2人は呆れるように嘆息して首を横に振るだけで邪魔する様子はなかった。
どういう事だ!?
困惑するが飛び出した俺は止まれない。
着地点先のシーナさんは笑み、正確に言うと楽しげに安全を確保して楽しむ悪戯をする少女のように笑いながら俺に向かって手を上げる。
「えいっ」
「ぎゃあああぁぁ!」
掛け声は可愛らしいがやってる事はエグイ。
俺に向かって上げた手をチョキにして俺の柔らかく繊細な部分を突いてくる。所謂、目潰しである。
目を押さえて転がり廻る俺に嘆息するルナと美紅。
カウンターを半身乗り越えるようにして笑顔で見つめるシーナさんが言ってくる。
「うふふ、今のはタイミングが良く分かりました」
「トオル君、行動がワンパターンですよ。おサルさんと一緒です……」
「反省するの!」
突かれた目から涙を流す俺は驚愕の表情を浮かべて3人を見つめる。
読まれてただと……!?
確かにここのところ声をかけられたと同時にシーナさんに飛びかかっていたような気がする。
それ以外、なかったかもしれないと訴えるもう一人の俺の言葉は華麗にスル―。
立ち上がった俺は立っていて掻き上げる前髪がないのに掻き上げる素振りをして鷹揚に頷いてみせる。
「これは確かに反省する必要を感じるな……」
「そうそう、反省なの!」
「うううっ、遂にトオル君が真っ当な道を……」
「あれ? トールさんが反省するって思っても居ませんでしたから意外?」
シーナさんが本当に意外そうに首を傾げるのを見て憮然とする俺。
俺だって反省の1つや2つするからっ!
こうなったら反省を形にしてやる、とばかりにカウンターに向かって一歩出て、片手を突き出して項垂れる。
「反省」
「「「……!!」」」
俺は猿回しでされる片手を壁に手を当てて項垂れる反省を文句が出ない姿勢で完璧に決めてみせる。
しかし、ここには壁がなかったので代用品を使った。
一言を言うなれば、柔らかった、御馳走様である。
俺が置いた手の先は身を乗り出していたシーナさんの豊かな左胸であった。
「トオル君?」
ルナと美紅は静かに俺の肩、片方ずつに手を置いてくる。
正面にいるシーナさんは笑みを凍らせたまま額にバッテンを作りながら俺の頭を鷲掴みにしてきて囁く。
「私からのBランク昇格祝い、是非、受け取ってください」
切実に辞退したいところだったが、どうやら俺に選択権はなかったようだ。
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それから小一時間過ぎた頃、カウンターの上に敷かれた座布団の上で俺は腫れあがった顔を持て余しながら正座させられていた。
きっと正座で足が痛くならないように座布団を置いてくれていると信じたいが違うと俺のカンが訴える。
だって、前回より周りの様子が良く分かるもん!
そう、俺が周りが良く見えるように周りも俺が良く見えているはずである。
つまり、晒し度を上げる目的で座布団が敷かれている事を俺は気付いていた。
ルナと美紅がシーナさんからBランクの説明を受けているなか、俺は周りからの視線、羞恥に耐えていると見覚えのある2人組が入ってくるのに気付く。
向こうも俺の存在に気付いてこちらにやってきた。
「よう、あんちゃん。今日は一段と見晴らしがいいところで座ってるな?」
「ダンさん、おはよう。出来れば、そこには触れないで?」
俺とダンさんのやり取りにクスクスと笑うダンさんと一緒にやってきたもう1人、ペイさんが俺達を見つめる。
笑うペイさんにシーナさんがイヤラシイ笑みを浮かべて話しかける。
「今日も同伴出勤なんですか?」
「はぁ、そうなのよ。まだそんな心配はないって言うんだけどねぇ……」
「おいおい、万が一がお腹の子にあったらどうする? 俺は出来る限り、送り迎えするからな?」
3人のやり取りを見て俺達3人も微笑ましいものを見るようにダンさんを見つめる。
ダンさん、親馬鹿になるかもな……
もともと、面倒見の良いダンさんが我が子の事になればなるかもしれないと想像するのは難しくない。
にやける俺はペイさんに話しかける。
「これで女の子が生まれた日には大変かもね?」
「そうなのよ。私は女の子が欲しいけど、ダンを見てると男の子の方がいいかもって思い始めてるのよね」
ペイさんの言葉で俺達が爆笑するとダンさんが赤面して顔を背けるのが面白くて更に俺達の声が大きくなった。
ダンさんが照れを隠すように視線の逃がし場を捜すようにしているとカウンターの上にある俺達のBランク昇格の書類に気付いて手に取る。
「おお、あんちゃん達、遂にBランク……いや、もうBランクというべきか……」
ジッと見つめてくるダンさんに妙に照れて言葉を捜すようにする俺達に柔らかい笑みを浮かべる。
「頑張ったな?」
「えっ!? まあ、なんていうか……シーナさん、後の細かい事はまた今度で、俺、腹が減り過ぎてさ?」
ダンさんの言葉を受けて急激に恥ずかしくなってしまった俺はカウンターから飛び降りると冒険者ギルドから逃げるように飛び出す。
「あっ、待つの、徹!」
「えっと、し、失礼します」
飛び出した俺を目で追いながら2人はダンさん達に頭を下げると追いかけて冒険者ギルドを出て行く。
飛び出した3人を見つめるダンさんは成長を喜ぶとも取れるがどこか悲しみを彩る視線を向け、静かに呟く。
「もしかしたら、あんちゃんになら……しかし、これは兄貴分としては失格な願望だ、性急過ぎる。だが、冒険者としての俺は……」
遠くを見つめるような視線で冒険者ギルドの入口を見つめるダンさんの気持ちを理解するペイさんはそっと優しくダンさんの二の腕に手を添える。
「トール君がその時を迎えるかは本人次第……迎えた時、ダンが揺らがず向き合えばいいだけでしょ?」
「……そうだな」
ダンさんはペイさんの手に手を合わせ、目を閉じる。
その日が来ない事を祈る気持ちと来てくれる事を願う気持ちに葛藤を現すようにペイさんの手をギュッと握りしめた。
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