ティラミス
ティラミス
吉原 和
月を真横に臨むレストラン。ウェイターが最後に運んできたのはティラミスだった。
ふと見ると、正面に座る男は不思議と不安そうな表情をしている。それだけでなく、ちらちらとウェイターが伏せていった伝票を気にしている始末だ。
「月橋、何を気にしているの。みっともないわ」
月橋ははっとして私を見つめた。
「申し訳ありません。お嬢様にお食事にお誘いいただいたというのにみっともない真似を……」
「反省しているのならいいわ。それに、あなたが伝票を気にする必要はないのよ。言ったはずよ。私が払うと」
フォークでティラミスを掬い、ゆっくりとした動作で口に運ぶ。そこまでの動作を月橋は目に焼き付けるように眺めていた。
「さすがね……」
恍惚とした表情を隠せない。こんなに美味なティラミスを出すのは私が知っている中でこの店だけだ。
「あなたも食べなさい。保存料なんてナノグラムも入っていないのよ」
両ひざに手を縫いとめていた月橋は私の言葉に反応し、慎重な動作でシルバーを手に取り、ティラミスを掬いとり、劇薬でも口にするかのよう不安げな表情でブラウンの宝石を頬張った。
瞬間に、月橋の表情が万華鏡のように変化した。刹那の不安を消し、驚愕と悲哀を通り越し、最後に快感を留めた。
「どう……?」
私は圧倒的な自信と一抹の不安をもって聞いた。
「……は、初めてです。うまく言えないですが……ドキドキします……」
私は、口下手な月橋のその言葉を聞けただけで大満足だった。
すると、不意に月橋が真剣な顔をした。快感の顔との落差が大きかったために、私は何か不満だっただろうかと、不安になった。
「お嬢様はなぜ、俺……いえ、私を今晩の食事にお誘いなさったのですか? 」
突然の質問に、私の胸は高鳴った。思わず、フォークを落としそうになる。
「深い理由はないわ。目についたのがあなただったから。それだけよ」
冷静を装い、言い捨てる。
「そうですか。……お嬢様」
「なに? 」
「今晩は、その、私を選んでいただき、ありがとうございました」
仕事中は一切見せない柔らかな笑み。予想外の笑顔に私は今度こそ、フォークを落とした。




