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スイカ割り

作者: 結城陸空

*注:タイトル、内容共に身体障害者、知的障害者を差別する意味ではありません。

 【スイカ割り】、一般には目隠しをした人が周りの人の声を頼りに、砂浜などに置いてあるスイカの位置まで誘導してもらい、手に持った木の棒でスイカを割るという遊びで夏の風物詩でもある。


 しかし、一部ではその【スイカ割り】を、統合失調症や知的障害者などに対して行われていたロボトミー手術の隠語として呼んでいた。ロボトミー手術とは、手の施しようのない精神障害者や知的障害者たちの前頭葉の一部を切除することによって患者の多動などを抑制し「穏やかな日常を送れるようになるきわめて人道的な施術」とされてきたが、前頭葉とは脳の中でも人の高次の思考や感情などを司る部位であり、言い換えれば人を人たらしめている最も重要な位置でもある。ここを極めて粗暴な手段をもって破壊するロボトミー手術とは、すなわち患者の人間性の根源を非可逆的に破壊することを意味しており、棒切れによってスイカを叩き割り、大抵その結果スイカは汚く散らばり砂などと混ざってとても食べられたものではなくなってしまうという「スイカ割り」の遊戯になぞらえて暗喩したものとされる。


「以上がロボトミー手術をスイカ割りと呼んできた理由だ」


 俺の目の前には、俺の授業の内容を聞く生徒達がノートや手帳などにメモを取っている。俺は、この大学院の教授で医学について教えている。とは言っても知識だけの人間なのだが。俺は、実際に医者ではないし、そんなものにも興味がない。ただ親が、医者であることで幼い時から知識だけはあった。そして俺は医者になる変わりに医学部を卒業してこの大学院の教授となった。ここ最近は、脳に関する手術の授業をずっとやってきた。そんな中でロボトミーと呼ばれる手術についても触れた。


 正直なところ、俺はこういうことに賛成だ。なぜなら、精神的に障害を持っている者の中には自虐性や暴力性を持っている者も多数いる。そういうものに関してはこういう手術は自己を守るためにも有効な手段だと感じる。そして、その内容からしてスイカ割りと呼ばれるのも納得がいく。


 ロボトミーは、現在では禁止されている術式だ。その理由は、人を破壊する行為であるから。確かに、ロボトミー手術によっての成功例も数多く報告されている。たいていの場合、暴力行為などの精神的な部分から来ているものはなくなり、穏やかな日常が送ることが出来るようになるのだ。しかし、それに比例して、いや、それ以上に副作用となるものの存在がとても大きい。


 副作用として、てんかん発作、人格変化、無気力、抑制の欠如、衝動性などが挙げられる。これはすなわち人間性の破壊を意味する。前頭葉とはそういう位置なのだ。


 しかし過去、ロボトミーは全国的に”普通”に行われてきた行為であり、推計で12万人もの人間がロボトミー手術を受けている。またこのロボトミー手術の創始者としてポルトガルのエガス・モニス、スイスのルドルフ・ヘスにノーベル医学・生理学賞が与えられている。



 これだけの功績を残してきたロボトミー手術。医学会では、まだそれだけの医学に達していないという、つまりは無知な人間による早すぎる技術とされ、【悪魔の手術】と言われ、現在では抹消されている。だが、それは過去の出来事。現在医学は発展し、人の脳内にマイクロチップを埋め込むことが出来るほどに医学は発展している。今となっては、この術式を行っても大丈夫なのではないかと思えてくる。


 そういう風に思うと是非ともこの手術をしてみたい。俺は医者ではないがそういう知識や技術は間違いなくある。手術に適した人間がいるとすれば精神病院。特に犯罪を犯し、精神鑑定によって統合失調症と判定されたものがいい。


 善は急げ、そう思った俺は仕事が終わり次第さっそく、精神病院を訪れた。


 精神病院とはいってもいろいろな場所がある。俺が訪れた病院は特に重度の精神疾患を持つ患者のいる病院だった。ここは病院とはとても思えない。格部屋には鍵がしっかりとかけられ外に出ることは出来ない。中には、ベッドに縛りつけられ動くことも出来ないものもいる。病院というよりも牢獄に近い感じだ。俺はここの院長とは顔なじみだ。まぁ学会を通じて全国の医者に幅広く顔が知れているのだが。


「藤井くん、こっちだ」


「本当にいいんですか?」


「ああ、彼はもはや両親にも見捨てられていてね。誰もお見舞いには来ない。あまりの凶暴性にベッドに縛り付けてあって、手のつけようがない。あの暴力性は精神的なところから来ていてその性もあり、殺人を二件行った。彼なら君のいう術式にはピッタリだと思うよ。名前は桜庭正二」


 精神病院を訪れた俺は、思っていたよりも遥かに簡単にロボトミー手術をする患者を手に入れることが出来た。そして俺は、ここの手術室を借りて彼のロボトミー手術の準備を始めた。ロボトミーに使用する道具は極簡単なものだ。

 

 それは切り取るためのメスなどの一般的な手術道具の他に、アイスピック。医術用ではない。どこにでもあるような極普通のアイスピックだ。手術の仕方も極簡単だ。


 眼窩骨外線縁側方3cm,頬骨弓上方6cmを穿骨点とし、皮膚切開を冠状縫合線に平行して約4cm行ない穿孔する。硬膜に小切開を加えた上であらかじめ脳室穿刺針を正中矢状面垂直に挿入し試験穿孔を行ない、ついで半球内面軟膜より1cm短い距離でロイコトームを正中矢状面に垂直に挿入し、冠状縫合線の走行線に沿って振子運動させて前頭葉白質を切離する。


 脳を弄くる手術の割にはとても簡単だ。そうして俺は、桜庭の手術を終えた。


 術後数日が経過し、桜庭に暴力性は一切なくなった。以前はベッドに縛り付けておかないと触れることすら出来なかった狂暴さはなくなり、大人しくなり、とても物静かになった。


 ただ俺が一つ気になっていること。それは……。


 桜庭の目だ。無気力とでも言おうか。焦点が合っていない其の目は、なにも考えていないのか。なにも思っていないのか。ただ一点のみを見つめて、周りを伺おうとすらしない。その目は、俺にとってとても印象深く心の奥まで刻み付けられていた。


 忘れることができない。桜庭のあの目を。あの、死体のように焦点の合っていない目が。夢にまで悪夢となってでてくる。桜庭の目には活力がまるでない。


 桜庭は、生きた屍のように、何事にも怯えることなく、なににも興味を示さず、ただ一点のみを見据える。言葉を話すこともなくなり、動くことさえもままならない。糞尿を垂れ流し、栄養剤を点滴で身体に流すことでしか、生きていることすらできない身体になった。


 本当に手術は成功したのだろうか。確かに、以前のように暴れるようなことはなくなった。ただそれと引き換えに人間性を完全に失ってしまったのではないだろうか。凶暴性を消すという意味では成功だとしても一緒に人間性までもが消えてしまっては、本当の意味での成功とは言えない気がする。


 気になり、いても立ってもいられなくなった俺は、再び桜庭の元を訪れた。


 桜庭は今は、病院のベッドで毎日点滴を受けながら、ただ天井の一点だけを、決してまばたきすることもなく、凝視するかの如く見つめていた。俺が桜庭の部屋に入った時も同じ、ただ天井を見つめていた。俺はふと心の中で桜庭の名前を呼んだ。


 その瞬間、桜庭は首が折れてしまうのではないかというほどの勢いで、こちらを見た。その目は生気を感じられないというレベルではなかった。白目を向き、充血して血走っている。意識があるのかないのか、俺の心の声が聞こえたのか。桜庭の動きに驚いた俺は、その場でよろけてしまった。そんな俺の動きを見てなのか、桜庭の口の両端が少し動いたような気がした。


 恐怖に駆られた俺は、部屋を出て、急いで自宅に戻った。

 

 自宅に戻った俺は、テレビをつける。少しでも気を紛らわせたいのだ。桜庭のあの目があの顔が以前よりも遥かに強く俺の心にとり憑いた。テレビではニュースをやっている。俺はそのニュースを見ながら、汗をかき、その恐怖に声すらでなくなっていた。なんだ、これは。幻か。ニュースのレポーターの目が白目を向いて、充血し、血走っている。あの桜庭の目だ。恐怖のあまり俺はテレビを消す。


 その瞬間、電話がなる。突然の音に俺の身体は一瞬硬直し、鳥肌が立っている。しかし、その電話はコール四回で切れた。その瞬間、窓が鳴った。俺は驚き窓のほうを見る。その瞬間、白い目が見えた。それは、幻影ではないかと思うほど一瞬で消えた。台所のコンロに火が点き、消える。それを繰り返している。その炎は白くまるで桜庭の目のようだった。次に天井が鳴る。俺は驚き天井を見る。天井にある木目がいくつもの白い目に見える。


「なんだ、なんだよ。これは……」


 これはなにかの間違いだ。疲れているんだと思った俺は洗面所に行き、顔を洗った。タオルで顔を拭き、鏡を見る。そこには白い目で充血し、血走っている俺の目があった。あまりの出来事に俺は、その場に倒れこむ、その際後ろの棚に頭をぶつけてしまい、意識が朦朧とする。意識が朦朧とする中、微かに俺には足が見えた。


 誰かがいる――。


 

 ――気がつくと、目の前には海が見えた。


 どうやらここは、浜辺のようだ。一体誰が俺をこんなところに連れてきたのだろうか。それを確かめようと身体を動かす。けど、俺の身体はまったく言うことを聞かなかった。それは、俺の身体が地上になかったから。俺の身体は砂浜の中へと埋められていた。俺は、今、頭だけを砂浜の上に出している。まるで砂浜に置かれたスイカのように。夏の太陽が俺の顔面に照りつける。砂の中はまるで蒸し風呂のように暑い。


 一体誰が、こんなことを……。


 その時、俺の耳に砂浜特有の歩く音が聞こえた。それと同時に声も聞こえてくる。それは、右、左と言っているように聴こえる。それは、少しずつ、でも確実に俺のほうへと近づいてきている。そして、それが最大限に俺へと近づいたとき俺は、それの正体に気がついた。


 桜庭だった。俺がロボトミー手術を施したあの忌まわしき障害者が俺の目の前で立っている。手には、木の棒を持っている。


 俺は、なんとか動かせる範囲で首を動かし、必死に眼を上に向けて、あいつの目を見た。


 俺は、その瞬間、金縛りにあったかのような恐怖に打ちのめされた。目の前にいたあいつの眼は白目を向き、血走っている。血の涙を流し、頭部からも血を流している。そして、鼻からも耳からも血を流し、口の中は真っ赤。歯はまるで獣のように糸を引き、そこから発せられる声は狂人のようだった。


 そして、桜庭はゆっくりと、木の棒を振り上げた。


「ま、待て! やめろ! 自分が何をしているのか分かっているのか?」


 この状況がどういうことなのか理解した俺は、桜庭に向かって声を張り上げた。けど、桜庭は無反応でただただその白目を俺に向けている。


「た、頼む。やめてくれぇ」


 あまりの恐怖に俺は、情けない声を出してしまった。俺の願いなど聞く耳を持たない。桜庭がそう言った気がした。その瞬間桜庭は、俺の頭部にその木の棒を力一杯振り下ろした。


 ――そして、俺の頭は、まるで『スイカが割れた』かのように、鈍い音と共に真っ赤なモノを巻き散らかせて、砕け散った。



「スイカ……割れた。……いただきます」



               了

いかかでしたでしょうか。完全に題材に負けた気のする作品で、申し訳ありません。ほんの少しでも怖がっていただけると幸いです。


また内容の一部には実際に起きたロボトミー殺人事件を元に構成しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精神医学的な記述に全くリアリティが無く,取材不足が否めないかと。
[一言] こんにちは、お疲れ様です(^o^)/ 色々な怖さが凝縮された作品でしたね(^O^) ただ、オチ、色々な受け方がありすぎて、どれが先生が描こうとしたオチなのか、よく解らなくなってしまいまし…
[一言] 執筆お疲れ様です。 ロボトミー、私も興味を持って少しだけですが調べてみたことがあります。ですからわりとすんなり読めました。 眼ってのは結構怖いですよね。作中に出てきたみたいにそこらへんに眼が…
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