プロローグ
プロローグ
東京郊外のマンション。
東京とはいえ、閑静さが売りの住宅地ともなると、夜の十時を過ぎれば人通りも少ない。
スーツ姿の男が一人、街灯に照らされた車道を自転車で走り抜ける。
自宅マンションへの帰路だ。
「東京じゃないみたいだな」
地方出身の男からすると、東京ならどこでも都会のような印象がある。
しかし、このような人の姿もまばらな光景は、地元にいるような錯覚を覚えた。
その気安さもあって、この場所にあるマンションを買ったのである。
築21年、11階建の白い外壁。
個性的なデザインでもなく、ごくありふれたマンションだった。
男は、マンションの裏側にある駐輪場――ここもオートロックだ――へ入る。
決められた区画に自転車を停め、きちんと鍵をかけた。
――チャリン。
「おっと……」
男は自転車の鍵を落としてしまった。
運悪く自転車のスタンドに当たり、跳ねた鍵は、駐輪場の奥の方へ転がる。
「チッ」
男は軽く舌打ちをして、鍵を拾いに行った。
ほんの数歩。
たったそれだけでも、普段とは違う位置から見ると、見慣れた場所にも意外な発見があるものだ。
「あれ? あんなところに通路があったんだ?」
駐輪場の奥に、扉一枚分の大きさの開口部があった。
普段ならコンクリートの柱で死角になっている位置である。
マンション側面の点検用か、通風や採光用の開口部だろう。
あるいはデザイン性――見えにくい場所なのに――を求めてのことかもしれない。
それは一見すると通路にも見えた。
その開口部の先には、隣のマンションの薄汚れた外壁と、暖色のライトに照らされた観葉植物が見える。
男は眉間にしわをよせた。
「……あんなとこに電気つけて、無駄な管理費使いやがって」
先日の管理組合の総会でも、無駄な管理費が多いと指摘があった。
外から見えるでもない、隣のマンションとの数メートルのスペースに、ライトやら観葉植物やらを置くのも無駄ではないか。
男はそう思った。
地面には茶色っぽい筒状の物体がいくつか転がっている。
空っぽの植木鉢だろう。
「まったく、あの鉢だって管理費で買っているんだろうに。……あれ?」
植木鉢のうち、ひとつだけ、少し形が異なっている。
ライトの角度が悪いせいか、薄暗いので、はっきりとは見えない。
丸みが似ているが、あれは……。
植木鉢ではなく、茶色の革靴――か?
靴のかかとの曲線が、遠目に見ると、植木鉢のそれと似ているのである。
「……なんであんなところに?」
男は目を凝らした。
転がる革靴。
そこから伸びる黒い影。
いや、黒いソックス。
それだけではない。
中身――黒いソックスに包まれた人間の足首が伸びている。
黒いソックスは血でどす黒く染まっていた。
「あ……きゅ、救急車! 救急車ぁ!!」
(プロローグ 完)