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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第6話「成瀬薫VS緒方竜」

作者: TEATIMEMATE

   成瀬薫VS緒方竜


 「なぁ、あんたと今の会長、ほんまはどっちが『最強』なんや?」

 緒方竜(おがたりょう)は生クリームの浮かんだココアを(すす)りながら、カウンターの中でコーヒーを()れている成瀬薫(なるせかおる)に声を掛けた。

 高校を卒業し、大学に通っている薫と彩子(さいこ)――内藤彩子は、授業のない時はよくここ――不知火羅牙(しらぬいらいが)の母親の茶店で手伝いをしていた。

 「何だよ、竜、まだそんなこと言ってんのか」

 薫は高校在学中、この喧嘩っ早い後輩に何度か勝負を挑まれたものだったが、その度に何やかんやと理由を付けて結局そのまま卒業したのだった。

 「なぁ」

 竜は強請(ねだ)るような目で薫を見上げた。

 「一賀(いちが)に決まってるだろ。あいつがこの辺りじゃ『最強』って呼ばれてたんだ」

 呼び名なんかどうでもええ。――竜は思った。確かにこの辺りで「最強」と呼ばれていたのは日栄(ひさかえ)一賀だった。「最悪」という形容詞のおまけ付きで。しかし、彼がこっちへ転校してきたとき、その日栄一賀もすでになりをひそめて一般の学生の中に埋没してしまっていた。――そうさせたんは誰や。竜が疑問を(いだ)くのはそこだった。

 「なぁ、あの性悪が何で大人しゅうしとるんや」

 一賀が「最悪」と呼ばれたのにはそれなりの理由(わけ)がある。そんな奴が何故大人しく「お茶会同好会」なんていう茶飲み友達グループの会長なんかに納まっているのか。

 「そりゃあ(たまき)女史の人徳さ」

 薫は笑った。環女史――現お茶会同好会副会長。

 「(とぼ)けんなや」

 「惚けてなんかないさ」

 「あんた、あん人とやりおうたこともないらしいなぁ」

 竜は、お茶会同好会に入ってからも近隣校の奴らを締め上げて、解散してしまった「龍騎兵(ドラグーン)」――特に最後の総長、成瀬薫とナンバー2日栄一賀について調べて回っていた。

 「ああ、ああいう奴には近付かないに限るからな」

 竜は薫に解るように口を尖らせて眉を顰めて見せた。

 「あんた、負けんのがそんなに怖いんか」

 「負けるのは一向に構わないさ。結果の判ってる勝負はする必要がないだろ?」

 竜は渋い顔のままココアを啜った。

 「勝負なんて、やってみな判らへんやろ」

 「判るよ」

 竜は成瀬薫のこういうのらりくらりしたところが気に入らなかった。他のメンバーの手前、先輩として立ててはいたが、薫の幼なじみの女たちならともかく、あの日栄一賀までが大人しく彼に従っているのがどうしても()せなかった。

 「あんたほんまに腑抜けやな」

 「ああ、腑抜けだよ」

 竜がいくら挑発しても薫がそれにのった(ため)しはない。その点では薫の忍耐強さは驚異的だった。

 「なぁ、何でや?」

 竜はカウンターに肘をついて上目遣いに薫を見上げた。

 「いいじゃないか。一賀に無理させなきゃ、お前に(かな)う奴はいないんだ。それでさ」

薫は竜の目の前にアップルパイの皿を置いて、「ああ――羅牙(らいが)と美希ちゃんは別だぞ」と、付け加えた。

 「いーやーや。あんたらを知っとる奴らの誰がそないに思うねん。俺はええ笑い(もん)になるだけやないか」

 竜は皿を引いて、フォークを(くわ)えた。

 彼が甘党なのを知っている薫は、いつも頼まれもしないうちからケーキを出してやっていた。

 「そんなことないって。俺は臆病者で(とお)ってるんだから」

 薫は自分で淹れたコーヒーを()いで口に運んだ。

 「その臆病者が龍騎兵を壊滅に追い込んだんか?」

 「人聞きの悪いこと言うなよ。龍騎兵は解散したんだ」

 竜は膨れっ面でアップルパイにかじりついた。

 一高龍騎兵には総長の代替わりの時に、次期総長候補者を卒業生が私刑(リンチ)にかけるという伝統があった。噂では、それまで大して目立った存在ではなかった成瀬薫が次期総長に指名されて、私刑にかけられた際、先輩を全員叩きのめしただけではなく、当時最大の勢力を誇っていた龍騎兵に解散止むなしの損害を与えたということになっていた。

 当時一年生だった今の三年生たちに問いただしても、薫と、一賀を怖れて詳しいことを教えようとはしないので、彼らが薫に何をしたのかは判らなかった。

 「本気になるんが何でそないに難しいんや」

 パイで口を一杯にしたまま竜は呟いた。


★          ★


 「日栄さんと成瀬さんですか?」

 緒方竜に図書館の視聴覚室に呼び出された相原裕紀(あいはらひろのり)相原浩己(ひろき)は、彼の質問にちょいと首を傾げて、

「成瀬さんでしょ」

と答えた。

 「何でや?何でそう思う?」

 日栄一賀との方が付き合いの古い二人が意外な答えを返したので、竜は眉を顰めた。二人は成瀬薫が卒業してから入ってきた一年生だ。中学が同じだった一賀のことはともかく、薫のことを何故そんなふうに評価できるのか。一年間付き合った竜でさえ薫の実力については評価しかねているというのに。

 双子は、そっくりな顔を見合わせて、

「一つにはあの日栄さんが大人しく(つる)んでるから」

と、彼らにしたらもっともな理由を挙げた。

「緒方さんだってあの人の気性は知ってるでしょ」

 付け加えられたとおり、確かに元の日栄一賀なら薫のようなもめ事嫌いの日和見主義者など相手にもしないだろう。

 「ふん、で?」

 でも、一賀は機嫌良く薫と付き合っていた。何故か。

 「で、もう一つには成瀬さん自身がそう思ってるから」

 銀狐とあだ名される双子が日栄一賀より成瀬薫の方が上だと評価するもう一つの理由は、その評価と同様意外なものだった。竜は、ぽかんと口を開けてポーズをとると、すぐ渋い顔に作り替えた。

 「何…やと。ほなあいつ、口ではあないなことばっか()うといて、腹ん中じゃ自分の方が上や思うとったいうことかいな」

 「まあ、そう言っても間違いじゃありませんけど」

 「でもたぶん、『本気でやれば』、日栄さんの体調を抜きにしても成瀬さんの方が上手(うわて)だと思いますよ」

 浩己は「本気でやれば」、というところに力を入れて言った。

 「ただあの人を本気にさせるのはまず無理だと思いますけど」

 裕紀が肩を竦めた。

 それは竜が一番よく知っている。どんなに挑発しても成瀬薫の態度は変わらない。竜と一賀の勝負を止めるために間に割って入って、竜を吹っ飛ばすほどの蹴りを喰らわせたときでさえ全く本気ではなかった。

 だからこそ、成瀬薫の本気が見てみたいのだ。

 「日栄一賀と――もう一戦やらかしたらどうや?」

 後輩に、伺いを立てるように、ゆっくりと竜は訊いた。

 「だめです。それは俺たちがさせません」

 案の定二人はすぐに首を横に振った。

 「緒方さんとじゃあの人が()たない。成瀬さんが来る前に俺たちが止めますよ」

 過去、唯一、日栄一賀を心停止にまで追い込んだという二人は、中学時代から日栄一賀に付き従って、彼に仕掛けられた喧嘩を片っ端から片付けてきた。

 「過保護やなぁ」

 竜は溜息をこぼした。

 「緒方さんは何でそんなにこだわるんです」

 二人にしてみれば、全くその気のない薫と、ようやく大人しくなってくれた一賀の実力の優劣など、興味のない問題だった。

 「俺はなぁ、やってもみんうちから結果を決めつけられるんが嫌なんや」

 「でも」

と、言いかけてから浩己は口を閉ざした。

 「でも何や」

 しまった、というような表情の浩己を竜が睨み付ける。

 浩己は怒鳴られるのを覚悟で言葉を続けた。

 「緒方さんだってもう判ってるんでしょ、結果は」

 「銀狐(ぎんぎつね)――」

竜は浩己の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「人の頭ん中、覗くんやないで」

 銀狐――裕紀と浩己は精神感応力者(テレパス)だった。言葉の形にして伝え合うことができるのは互いの思考のみだったが、しかし、共感(エンパシー)と呼ばれるその力は人の心の動きを敏感に感じていた。

 「緒方さん」

裕紀はやんわりと竜の腕を押さえた。

「あの人、ここに傷があるんですよ」

と、溜息混じりに自分の胸を指差して見せる。

 竜は怪訝な顔で浩己を放してやった。

 「何や、心臓でも悪いんかいな」

 日栄一賀が喘息持ちだというのは有名な話だが、成瀬薫の身体が悪いなんて言う話は聞いたこともない。

 「そうじゃなくて」

と、双子はまた顔を見合わせた。

「俺たちじゃあ詳しいことは解りませんけど、あの人、昔、何かあったんでしょう?傷があるんですよ、ここにね」

 もう一度とんとんと胸を叩く。

 傷――精神的な、か。

 ――鬱陶しいやっちゃで、ほんま。成瀬薫も銀狐も。

 「昔、何があったんや?」

 諦め半分に竜は訊いてみた。

 二人は同じ様な仕草で首を竦めた。

 「俺たちは知りませんよ。知っているとすれば、彩子さんくらいじゃないですか」

 内藤彩子――か。

 はああ、と、竜は溜息を吐き出した。


★          ★


 閉店間際に佐々克紀(さつさかつき)は現れた。

 「こんばんは。成瀬先輩」

 克紀は愛想良く笑ってカウンター席に腰を下ろした。彼がここへ来ることは珍しくはない。お茶会同好会のメンバーではなかったが、妹の(すくな)を連れてよく出入りしていた。

 「よう、今日は一人か」

 薫もいつものように愛想良く応対した。

 克紀はくすりと笑って、

「相変わらずですね。この間のことはお咎めなしですか」

と、視線をカウンターの上の自分の手首に落とした。

 薫は自然とその視線を追った。

 克紀が袖口を少し引き上げると、銀色の細身の時計が姿を現す。

 女物の――時計。

 「咎め立てしたところでお前が聞くとも思えん」

 「――何事も、やってみなけりゃ判らないでしょ」

 克紀はゆっくりと腕を上げながら、視線を上げた。

 薫の視線が腕の動きについて上がってくる。

 二人の視線が合う。

 「――緒方先輩、また随分ストレスを溜め込んでましたよ」

 克紀はにこっと笑って頬杖をついた。

 「お前……」

薫は克紀の笑顔から目が離せなくなっていることに気がついた。

「あいつにまた何か仕掛けたのか…」

 佐々克紀が催眠暗示を使うことを知っていたはずなのに、まんまと引っかかった。竜はもっともっと単純だからなぁ。薫は自由にならない身体を動かそうとすることはさっさと諦めた。

 「あの人には仕掛けるまでもありませんよ」

克紀は言葉を区切った。

「あなたが本気になるだけだ」

 ――暗示、か。

 薫は眉を顰めた。胸が痛む。しかし――――軽い。

 「俺は筋金入りの腰抜けだからな。お前ごときに(そそのか)されたからっておいそれとは本気になったりしないよ」

 「その性格は直した方がいいんじゃないですか」

 克紀は頬杖を外して腕をカウンターにおいた。

「ブラックを」

時計がこつりと音を立てる。――引っ掻いたくらいの暗示じゃあだめか。楽しませてはくれないなぁ。

 克紀は薫が彼の好みに合わせて淹れた濃いめのコーヒーに口を付けた。


★          ★


 「緒方くん」

 校門を出たところで竜は呼び止められた。

 「彩子はん」

 いつからそこで待っていたのか、校門の脇で内藤彩子が立っていた。

 ――わざわざ向こうから出向いて来るやなんて、どういう風の吹き回しや。

 彩子はすうっと手を伸ばして人差し指で竜の眉間を押さえた。

 「緒方くん、あたしたちを見るときにそうやって眉間に縦皺入れるのやめてくれないかしら」

 「彩子はん…」

 竜は彩子に押されて後ずさりすると額に手をやった。

 ――眉間に皺て、俺、そないに気にして…。

 「気に入らないんでしょ。薫ちゃんの日和見」

 彩子は幼なじみらしく遠慮のない言い回しで薫を評した。

 竜はちょっと考えてから思い切って

「その上八方美人で優柔不断ときとる」

と付け足した。

 「よく解ってくれてるじゃない。なら、もう、勝負勝負って追い掛けるのは勘弁してもらえないかしら?」

 彩子は竜に目配せして歩き始めた。学校に隣接する公園に向かう。

 竜は彩子について公園に入っていった。

 「薫ちゃんには全くやる気がないんだから、緒方くんの不戦勝よ」

 竜はまた眉間に力を入れた。

 薫の全くやる気がないっていうのは、弱い奴がしっぽを巻いて逃げ回っているというのとは違う。――俺にしてみりゃ、相手にもされへんかったっちゅうこっちゃ。勘弁できるかいな。

 「じゃあ」

と言って彩子は振り返った。

「緒方くんの不戦敗というのはどう?」意地悪な問いかけだった。

 「嫌や。それだけは絶対にありえへん」

竜は即座に言い返した。

「俺は今まで負ける思て、喧嘩したことなんかあらへん。勝負なんてやってみなわからへんやんか」

 竜にはその言葉だけが頼りだった。成瀬薫は恐らく自分より強い。心の奥底では判っていた。しかし、それを認めるわけにはいかなかった。やってみなければ判らない。薫の強さを見たこともないのに。

 「彩子はん、あん人、俺より強いんか」

 あまりに真っ直ぐな瞳を向ける竜に、

「今はそうね、まだ薫ちゃんの方が強いでしょうね。でも、あの人はもう鈍っていく一方だから、すぐに緒方くんの方が強くなるわ」

と彩子は笑って見せた。

 「俺は、そんなん嫌や」

 先のことなんかどうでもいい、今の、強い成瀬薫に勝てなくては意味がない。

 「不戦敗は認められない?」

 「当たり前や」

 「じゃ」と言って彩子は公園の中を先へと進んでいった。

「これで、認めてあげてもらえないかしら」

彩子が示したのは高さ二メートル以上はある庭園用の巨石だった。

 「薫ちゃんの高校三年間でたった一度の本気の一発よ」

 幅も厚みも一メートル以上はあろうかという巨大な石は縦にぱっくりと割れていた。中央部は石の表面が砕けて丸く凹んでいる。

 「……んな、アホな」

 竜はあんぐりと口を開けたまま立ちつくした。

 モルタルの壁に大穴を開けたり、コンクリートブロックを割ったりくらいのことは彼でもできる。しかし、相手は巨大な自然石だ。それを。

 「こん…なん、ウソや。こんな…」

 ――化け(もん)か…、あいつ――。

 「緒方くん、構えなさい」

 彩子は一言だけ声を掛けて、竜に打って掛かった。

 「なっ、彩子はんっ、俺は―――」

 女とはやれない――そう言おうとしたが言えなかった。

 彩子の拳がとっさに構えた竜の腕をかいくぐって鳩尾に打ち込まれたからだ。重さは全くない。触れているだけだ。しかし、――速い。

 竜には彩子の躍るような動きが追えなかった。

 ――アホな。この俺が――――。

 彩子の拳が身体に触れるのにそれを払うことがどうしてもできない。

 竜が十発以上喰らってから

「薫ちゃんはあたしの数倍速いわよ」

最後に彩子の拳は竜の顔面で寸止めされた。

 「こん……な」

 竜はぎいっと歯を鳴らした。

 内藤彩子がここまでできるなんて。

 しかも。

 「なんで、殴らへんのや」

 手加減されていると考えただけでも竜は泣き出しそうだった。あれほどのスピードの打撃を全て寸止めするなんて。

 「ごめんなさい。でも、あたしとしても、殴り返してこない相手を殴るわけにはいかないのよ」

 彩子も竜が絶対に女を殴ったりしないことは承知していた。竜がその信条を通すというのなら、彼女にだって通したい信条はあった。

 それに。

 ――目的のためには手段を選ばず。

 いつだったかそう決めたのよ。

 「こんで、不戦敗を認めぇっちゅうわけか」

 竜は恨めしそうな声を上げた。

 「そうよ」――たとえ可愛い後輩を傷付けることになってもね。

 ――何でや。

 女に手加減されて負けを認めさせられるくらいなら、薫に殴られて負けた方がいい。何故あの男は自分でやらない。竜は悔しくて仕方がなかった。身体に傷を負うことは辛くはない、だが、こんなふうにプライドを傷付けられて黙ってはいられない。

 「嫌や、俺、絶対」

 「許さないわ、あたしが、絶対」

 二人は暫く睨み合った。

 「何でなんや…」

 先に折れたのは竜の方だった。眉を八の字にして彩子から視線を逸らす。

 「ごめんなさいね。悪いのはあたしたちの方だっていうのは解ってるのよ。でも、普通の人は、一生殴り合いなんてしなくても暮らしていけるわけじゃない?あの人はやらないで済むことで痛い思いや苦しい思いをしたくないのよ」

 彩子は困ったように曖昧な笑みを浮かべた。

 ――誰かてせんで済むならしとうはないわい。

 「したら、一生そういうヤなもんから逃げ回っとくつもりなんか」

「できるものならね」

「痛うても苦しゅうても守らなならんもんかてあるやろ。俺はプライド捨ててまで楽しようとは思わへん」

「プライドを捨てても守らなければならないものもあるのよ」

 彩子の口調は静かだった。竜を説得しようというような調子ではない。昔話を聞かせるように彩子は言った。

 「緒方くん、守りたいものがいっぱいあっても、実際守れるものはごく僅かなの。薫ちゃんはね、自分の周りに波風を立てないことがなるべく多くのものを守れる方法だと思っているのよ。誰もが羅牙や美希ちゃんのように強いわけじゃないの、解るわね」

 竜は彩子の言葉をぎいっと噛み締めた。

 プライドを捨てても守らなければならないもの――――。

 そんな大事なものなら、痛い思いをしたって苦しい思いをしたって、傷だらけになってでも守らなければならないのではないのか。

 ――ただ逃げ回っとるだけで、何でそいつを守れるっちゅうんか。

 「そんなん、解らへん」

 竜は彩子の言葉の意味するところには思い至らなかった。

 「――緒方くん、裕紀くんと浩己くんを見てても解らない?」

 彩子は心苦しそうに二人の名前を口にした。

 「銀狐、か?何で――」

 二人は彩子たちが卒業してから入ってきた新入生だ。彩子があの二人のどんな事情を、そもそも何故、知っているというのか。

 「あの子たちは優しいから、もし、羅牙や美希ちゃんや日栄くんがいなかったら、もうここにはいないわ」

彩子は訳知り顔に言って溜息を吐いた。

 羅牙と美希。強さの喩え。

 「そらどうゆう――」

言いかけて竜は漸く気が付いた。認めたくはないがあの二人くらいでないと安心できないってことなのか。

 「あの子たちの方がきついとは思うけど、あの人も自分のことで周りの人間が傷付くのが怖いのよ。守りきれなくて辛い思いをするくらいなら誰とも関わらない方がいい。あの子たちもよ。日栄くんのことはどうしても放っておけなかったみたいだけどね」

 日栄一賀――あいつでさえ守られる側やゆうんか。

 何故それほど、強くなければならないのか。誰だってそんなに強くはあり得ないだろう――。なのに何故、周りの人間の弱さにまで責任を持たなければならないのか。

 「――この辺りが不穏なのは今に始まったことじゃないのよ」

 不穏。

 「あの人は自分の見ていないところで誰かが傷付けられるくらいなら、自分は強くなくていいと思ったの。強くなければ周りの人間まで傷付けられることはないってね」

 「――何が、あったんや」

 そうまでしなければならない何が。

 「昔の話はやめておくけど、龍騎兵にしても、あの人に言うことを聞かせるのにあの人自身には一切手を出さなかったのよ。――それがどれほどのストレスだったか、解るでしょ」

 それで、何もかもやめてしまったというのか。逆らうことも、戦うことも――。それで、錆だらけの(なまくら)になって忘れられるのを待っているというのか。

 竜は胸の辺りがいらいらして身を震わせた。

 そんなのは嫌だ。それでは、卑怯な連中の卑怯な手に屈したことになる。そんな負け方は我慢できない。

 「――だからあたしは強くなったの。あの人に守って貰わなくてもいい程度にね」

 「俺かて、そないな思いはさせへん。弱いやなんて思わせへん」

 竜は拳を握り締めた。

 「なら、早く強くなることね。あの人がほんとの(なまくら)になる前に」

彩子は強い口調で言った。

 「すぐや。すぐあいつより強うなって見せたる。痛いとか苦しいとか言わせへん。羅牙にも美希はんにも俺の前には立たせへん。誰がどないに卑怯な手を使(つこ)たかて、俺は逃げへんし、諦めへん。流れ弾がどっち向いて飛んでこうが俺が全部盾んなったる、全部や。何があったってどないな目えにおうたって、俺は絶対諦めたりせえへん」

 身体の傷などもとより気にならない。卑怯な奴らがどんなに汚い手を使っても、守ることを諦めたりするものか。

 彩子はにこりと笑った。

 「緒方くんは強いわね。その言葉、薫ちゃんに聞かせてやりたいわ」

 竜は彩子の笑顔から目を逸らした。

 「嫌みなこと言いなや。今の俺ではあいつには勝てへんねやろ」

 彩子は笑って竜の頭を軽く撫でた。

 緒方竜の初めての不戦敗は、こうして決定したのだった。

成瀬薫VS緒方竜 あとがき


 タイトルと中身が甚だしく違ってますね。でも、気持ち的にはこうなんだもん。竜ちゃん的にもね。

 しかし、竜ちゃん、このシリーズでは一勝もできてないなぁ。あと残ってるお茶会メンバーは、銀狐と征四郎くんだけど、竜ちゃんが勝てるかどうかはやってみないと判らない(笑)。銀狐も蔑ろにされてはいるけど、組めばそれなりに強いからねぇ。征四郎くんの方は作者にも全く判らない。だって、彼の実力は真琴ちゃん(美希ちゃんの妹)の振り下ろした真剣を木刀で止めたってことしか記されてないから。でもこの二人の対戦は、薫ちゃんVS竜ちゃんよりあり得ないかも。お互いがお互いに興味がないんだもん。

 ともかく、今回はとうとう竜ちゃん戦わずして負け。ページ数も大幅にオーバーして粘ったんだけど、相手が彩子さんじゃあね。竜ちゃんも聞き入れるしかないよね。克紀もちょいと暗躍(笑)してるけど、薫ちゃんを本気にさせるには至らなかったねぇ。全く楽しませてはくれない。でも、この後この辺りはどんどん不穏になってきて薫ちゃんも手を(こまね)いてはいられなくなってしまいます。自分のせいじゃないことで周りの人間が傷付けられてしまうから。某組織の性悪エージェントも本腰入れて学園物に介入してくるし。

 がんばれっ、薫ちゃん。(なま)ってる場合じゃないぞっ。

 そして、がんばれ私、番外編ばかり書いてる場合じゃないぞっ。

 番外編だけでイメージ固められたらお茶会の人間も動きづらくなっちゃうぞ。というわけで、本編の方、もっと頑張ります。

 ぢゃ、みなさんまた会いましょう。



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