ナルシスト
彼女はナルシストだった。
毎日、自分の美しい顔、美しい身体を眺めて過ごしていた。
彼女の美しさに世界中からモデルの依頼が殺到した。
しかし彼女は、一生遊んで暮らせるお金を稼ぐと、
華々しい世界からあっさりと足を洗い、
自分の豪邸に引き籠もるようになった。
彼女の家には、幾つもの異様な部屋があった。
様々な衣装に身を包んだ美しい彼女の写真が、壁中に張られた部屋。
彼女の精巧なフィギュア、彼女の顔がプリントされた数々のグッズ、
彼女の全裸の抱き枕が置かれた部屋。
彼女の喋り、動きを撮った写真や、動画が映し出されている部屋。
その中でも彼女の異常性が最も垣間見えた部屋は、
一見、病院のようで、写真が壁の全面に張られていた。
彼女の、レントゲン、CT、MRIの画像、
胃カメラ・大腸カメラの内視鏡画像、
口腔内含め身体の様々な画像、
特に多いのは目の画像で、
目の奥の網膜や血管・視神経の画像、
網膜の断面の3次元画像、
黒目・白目・まぶたの表面を拡大した画像、
拡大されたそれらの画像が壁を彩っていた。
だが、彼女が1日の大半を過ごすのは全面鏡張りの部屋だった。
その部屋で彼女は全裸で自分の美しい顔と身体を
うっとりと眺めながら一日中過ごしていた。
写真家である私が、彼女の友人になったのは、
家が近かったというのもあるが、
何より私の撮影スタイルを彼女が気に入ったというのが大きい。
被写体へ無慈悲に残酷な現実を突き付ける、そのスタイルに。
私の方も、美貌とナルシストで有名な彼女に、
写真家として興味があった。
私は、美しい彼女を、わざと平凡に見えるアングルから撮り、
憤怒、嘲笑、差別的侮蔑の顔、
彼女の本心、心の醜さが初めて捉えられたかのように
誇張して演出した。
彼女の微細な皺を目立たせ、拡大し、露悪的に老いを強調し、
写真全体におぞましい死臭を漂わせた。
彼女は私の撮った醜い写真に、目をキラキラさせて喜んだ。
初めて見る自分の姿に興奮していた。
私の写真を見て、
ナルシストを止めて現実を見ることを、少し期待していたが、
私の期待は彼女の異常性の前で、脆くも崩れ去った。
彼女は鏡の部屋のベッドの上で、全裸で一人、突然亡くなった。
死因は心臓発作で、あっという間に旅立った。
彼女には子どもはいなかった。
親も亡くなり、一番近しいのが友人の私だった。
彼女は以前、子どもを作ることを考えたことがある。
一般的な意味とは違う。
彼女は、自分の分身が欲しかったのだ。
異性の遺伝子が混入するのは論外だった。
自分のクローンを作ることを真剣に考えていた。
しかし、環境により顔も身体も性格も変わる。
成長するにつれて、自分から遠ざかる。
そのことに耐えられないと悟った彼女は、
クローン制作を断念した。
同じ様に、ネット上で
世界中の自分にそっくりな人を検索していた時期がある。
しかし、実際に会ってみると、どんなに似ていても、
当然、別の人間であり、
それが彼女には耐えられなかった。
彼女の死の前日、私は彼女の家の近くで
誰かと2人で歩いている彼女を見た。
彼女が、私以外の誰かと出歩いていることにも驚いたし、
何より、心から嬉しそうに相手と腕を組んで歩く彼女に、
度肝を抜かれた。
帽子に隠れて相手の顔は見えなかった。
道の真ん中でキスをしていた。
2人は、彼女の家へ入って行った。
彼女の死んだ鏡の部屋には、
ウエディングドレス2着が脱ぎ捨てられており、
彼女の左手の薬指には指輪があった。
全く同じ指輪が、ベッドの下に転がっていた。
どちらの指輪にも、
彼女の氏名のイニシャルが刻印されていた。
彼女は自分のドッペルゲンガーに会い、
彼女の家で自分達だけの結婚式を行い、
愛し合って、死んだのだ。
彼女の死に顔は、今まで見たことがない程、
美しくて、幸福そうだった。




