第40話 古い水場が語る村の物語
春が深まり、雪に閉ざされていた村にも人の声が戻ってきた。
私は公園予定地の端で、掘り返された土を見下ろしていた。
「湊君、ちょっと来てくれ」
呼んだのは、工事を取りまとめているDさんだった。地面には人の膝ほどの深さの穴があり、その底から平らな石が何枚も現れている。石は泥に覆われていたが、並び方が妙に整っていた。
「遊具の支柱を立てようとしたら、これに当たったんだ。砕いて掘り進めることもできるが、勝手に壊していいものか迷ってな」
私は穴の中へ降り、泥を手で払った。石と石の間には細い溝があり、分水室の方角へ続いている。自然に埋まった岩ではない。誰かが目的を持って組んだものだ。
掌を石に触れさせると、淡い文字が視界に浮かんだ。
《旧共同水場跡》
《石床・排水溝ともに再利用可能》
《地下水路との接続あり。ただし北側の一部に崩落》
私は立ち上がり、Dさんに鑑定結果を伝えた。
「昔の水場みたいです。石床も溝もまだ使えます。ただ、北側の水路が崩れているので、このまま掘り進めるのは危険です」
Dさんは腕を組み、穴の奥をのぞき込んだ。
「つまり、壊すより先に水路を確かめろってことか」
「はい。公園の工事はいったん南側へ移しましょう。ここは私が構造を調べます」
少し前までなら、私の言葉だけで工事を止めることはできなかっただろう。けれど今は、Dさんはすぐに作業員へ指示を出した。分水室や教会で見つけたものが役に立つたび、村の人たちは私の鑑定を疑うより、どう生かすかを一緒に考えてくれるようになっていた。
昼前、Bさんが温かい茶を入れた桶を持って現れた。工事に出ている者たちへ湯飲みを配りながら、穴の中の石組みに目を留める。
「また何か出てきたのかい?」
「昔の共同水場です。公園の地下に水路が残っていました」
Bさんは懐かしそうに目を細めた。
「私が子どもの頃、年寄りから聞いたことがあるよ。ここには腰掛けられる石段があって、畑帰りの人が水を飲みながら休んだそうだ」
「石段もあったんですか?」
「たぶん、あの土手の下だね」
Bさんが指したのは、公園予定地の北端にある低い盛り土だった。もともとは木陰を残すため、手をつけずにいた場所だ。
「子どもの遊び場だけじゃなく、年寄りが休める場所も欲しいと思っていたんだ。昔の水場が使えるなら、ちょうどいいんじゃないかい」
その言葉に、私は公園の設計図を思い浮かべた。遊具と広場を置くだけでは、使う人が限られる。けれど水場と石段を直せば、畑仕事の帰りに休む人も、教会へ集まる人も立ち寄れる。
「必要なものを新しく造る前に、まだ使える場所がないか確かめたいです。北側を掘ってみます」
Bさんは湯飲みを私へ押しつけるように渡した。
「確かめるのはいいけど、先に飲みな。倒れたら工事が全部止まるよ」
茶を飲み終えると、Dさんと数人の村人が盛り土を慎重に崩した。間もなく、土の中から三段の石段が姿を現した。角は丸くなっていたが、ひびは少ない。最下段の脇には、陶器でできた細い管が埋まっている。
そこへ、教会の整理をしていたCさんがやって来た。
「こちらでも水が出たと聞きました。教会の裏に古い水差しが何十個も残っていたんです。洗えば使えそうですが、運びましょうか?」
「お願いします。水場を直せたら、ここで使えます」
「では、割れていないものを選びます。文化施設に来る人が公園でも休めるなら、行き来もしやすくなりますね」
Cさんはすぐに教会へ戻り、若い村人たちに水差しを運ぶよう声をかけた。以前は別々に進んでいた工事が、少しずつ一つの町の仕組みとしてつながり始めている。そのことが、私は嬉しかった。
午後になると、Eさんが木材を積んだ荷車を引いてきた。
「日よけを作るなら、この梁が使える。取り壊した納屋から外したものだが、腐っていない部分は選んである」
私は一本ずつ鑑定した。表面に傷はあるものの、芯は丈夫だった。
「十分使えます。石段の上に小さな屋根をつけたいです」
「なら柱は四本で足りる。資材は俺たちが運ぶから、湊さんは水路の方を見てくれ」
Eさんの言い方には飾った称賛などなかった。ただ、自分の仕事を引き受けるという確かな意思があった。私は礼を言い、Dさんとともに北側の水路を調べた。
崩れていたのは、土圧で外れた石が二枚だけだった。だが、その奥には木の根が入り込み、水の流れを塞いでいる。根を切り、石を組み直すと、分水室側から細い水音が聞こえた。
「来るぞ」
Dさんの声と同時に、濁った水が溝を走った。最初は泥を含んでいたが、しばらく流すと透明になっていく。石床の中央にある浅いくぼみへ水がたまり、そこから排水溝へ静かに流れ出した。
周囲で見守っていた村人たちから歓声が上がった。子どもの一人が両手ですくおうとしたので、私は慌てて止める。
「まだ飲んじゃだめだ。水路の中を全部確かめていないからね」
鑑定では、水そのものに強い毒は見えなかった。ただ、長く閉ざされていた管には泥や小動物の痕跡が残っている。飲み水にするには、上流を清掃し、何日か流したうえで煮沸の設備も必要だった。
「見た目がきれいでも、安全とは限らないんですね」とCさんが言った。
「はい。最初は手洗いや道具洗いに使いましょう。飲めるようになったら、改めて印をつけます」
Bさんは子どもたちを石段から少し離し、「勝手に飲まないこと」と言い聞かせた。Eさんは余った板で注意書きの札を作ると言い、Fさんは上流の点検口までの距離を測り始める。発見に浮かれるだけでなく、使い方を決めるところまで皆が動いてくれる。その変化が、何より頼もしかった。
Fさんは水の流れを確かめると、縄を張って傾斜を測った。
「排水は生きてる。ただし雨の日にあふれないよう、東側へ逃がす溝を一本足した方がいい。明日の朝から掘れば昼までに終わる」
「遊具の場所には影響しませんか?」
「配置を半歩ずらせば大丈夫だ。設計図を貸してくれ。今夜のうちに寸法を書き直しておく」
私は図面を渡した。発見した価値を生かすには、鑑定だけでは足りない。Dさんが工事を止め、Bさんが昔の話を思い出し、Cさんが道具を集め、Eさんが資材を選び、Fさんが安全な水の流れを考える。誰か一人が欠けても、この水場は土の下へ戻されていただろう。
夕方には、石段の泥が落とされ、仮の木板が腰掛けとして置かれた。教会から運ばれた水差しが並び、子どもたちは流れ始めた水を珍しそうにのぞき込んでいる。
Bさんが石段へ腰を下ろし、満足そうに息をついた。
「新しい椅子より、こっちの方が落ち着くね」
「高さは大丈夫ですか?」
「ちょうどいいよ。ただ、手すりは欲しいね。立つときに少し怖い」
私はすぐ設計図の余白へ書き込んだ。使えるものを残すだけでは十分ではない。今の村人が安全に使える形へ直してこそ、古い水場は再び役目を持つ。
作業を終えたあと、Dさんに誘われ、私は食堂へ向かった。机の上には豆と根菜の煮込みが湯気を立てていた。
「今日は予定が狂ったな」とDさんが言う。
「すみません。遊具の工事を止めてしまって」
「謝ることじゃない。あのまま杭を打っていたら、水路を壊していた。公園は少し遅れるが、休憩所まで増えるなら悪くない」
Dさんはパンをちぎりながら、少し考えて続けた。
「湊君には、この村に残っているものを見直す力がある。だが、それを町に変えるのは皆の仕事だ。今日みたいにな」
私は頷いた。
「皆さんが力を貸してくれたから、ここまで来られました。私だけでは、石の価値が分かっても土から掘り出せません」
「なら、明日も遠慮なく人を使え。手伝いなら間に合ってる。それより次は何が出てくるか、そっちの方が気になる」
Dさんの笑いにつられて、私も笑った。
食堂を出ると、夜の公園予定地には仮設の灯りが一つだけ残っていた。その下で、再び流れ始めた水が石床を細く光らせている。朝には工事を妨げる障害に見えた石組みが、今は公園と教会をつなぐ休憩所の中心になろうとしていた。
私は設計図を開き、石段の横に手すりを書き足した。そのとき、水場の縁に刻まれた小さな印が灯りに浮かんだ。三本の波線と、その下に北を示す矢印がある。
泥をぬぐって鑑定すると、新しい文字が視界に現れた。
《共同水場・第二取水口》
《北方に未接続の貯水槽あり》
私は矢印の先にある暗い斜面を見上げた。
公園の地下に残っていたのは、この水場だけではないらしい。




