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2:Scientia est potentia.【虎目石の少女】

1章ヒロイン?トーラの依頼。夢の内容が違うのは、最初の冒頭で使ってしまったからです。

もう一人のヒロイン?は次話から。

 あんまり面倒な依頼でなければ、或いは報酬がこれでもかってくらい出るのなら、受けてやっても良いと思った。しかし……だ。それは相手にもよる。

 アスカは自覚する。たぶん今現在自分の口はぽかんとだらしなく弧を描いているであろうと。ついでに両目も。

 しかしそれは何も自分だけでもない。

 もしこんな状況に放り込まれたら、誰だってそうなる。そうに違いない。


(トーラ……だと?……マジで?嘘だろ?こんなガキが、あの大組織のお頭だって?)


 情報請負組織TORA。アスカも契約上その傘下に入り、加盟している大組織。先の依頼でもいろいろ世話になっているその組織。

 確かに、風の噂では……情報請負組織の長は混血だという話。それが男か女かは不明だが、凄腕の数術使いだという話はあまりに有名。しかし、それが彼女だという保証は何処にもないわけで。第一疑問を上げるなら、その外見。TORAの設立と目の前の少女の年齢が合わない。十年前に作られた組織の長、代替わりしたという話はない。この少女が三歳、四歳の頃に組織を立ち上げたとは思えない。

 故に……結論、寝言は寝て言え。アスカはあっさり結論を下し、混血の少女に笑みかける。満面の笑み。いっそ胡散臭いがまでの爽やかさ。アスカをある程度知る者なら、間違いなく疑いの目を向けるであろう表情。

 しかし、この少女とは初対面。探りを入れる必要がある。どの程度自分を知られているのか。これが本物でも偽物でも、得体の知らない奴からの依頼を受けるわけにはいかない。金は確かに必要だ。大物からの依頼は喜ばしいこと。それでも死んでしまっては意味がない。依頼人として信頼に足りるか。今度はアスカが彼女を試す版だった。


「そうか。そいつは凄い。ところで何だ、ここ3階だろ?今日は日差しも強いし部屋暑いし涼しい地下室にでも移動しないかお嬢さん?依頼人を俺のむさ苦しい部屋に通すのもどうかと思うしな」

「ははは、ご謙遜を。年頃の男の子の部屋にしては片付いてる方だと思うよ?寝台の下に異常がないくらい片付いてる」

「そんな典型的な所に置けるか。アルムやエルムがに勝手に出入りされてるんだ……あの年頃のガキにの目に触れさせるわけにもいかねぇだろ」

「そうだよねー偉いねー、倹約家のアスカ君は家まで持って帰らないで立ち読みで脳内に刻み込むタイプだもんね」

「プライバシーねぇのかあんたは!!」

「あははははは、だってなかなか信じてくれないんだもん、僕があのトーラだって」

「ち……、唯の不法侵入者ならあの変態野郎に押しつけてやろうと思ったのに。お見通しってわけか?」

「白々しすぎるよ。それに僕は情報請負組織の頭。西裏町は僕のホームグラウンド。何処にどんな人が暮らしてるかどんなことしてるかくらい大体把握してる。そうは思わない“飛鳥”君?」


 名前の呼び方。そのイントネーションに僅かな含み。


(今のは……タロック語!?)


 アスカが少女……自称TORAの長へと目をやったのは反射。今じゃあの闇医者くらいしかそう呼ぶ者はいない、耳に懐かしい異国の言葉。

 アスカが目を見開くのを見、少女はにたりと笑む。予想通りの反応をありがとう、そんな風に語る表情。


「驚いた、カーネフェルの金髪の癖に……話せるんだなタロック語」

「混血の髪色は確立の問題だよアスカ君。僕は混血だから、色で判断するのはよくないことさ」

「……その年で二カ国語話せるのか?」

「嫌だなぁ。アスカ君だってもっとちっちゃな頃から話せてたじゃない」


 答えが答えになっていない。代わりに聞いてもいないことを少女は語る。この国へ来て、誰にも話していない自身の経歴を暴露するかのような、その情報。

 それはつまり、彼女はこう言っているのだ。“私はお前を知っている。お前が誰か、知っている”……その僅かの情報に隠された含みに、アスカはぞっとする。


(情報請負組織の……頭、か)


 どうやらそれを信じなければならないらしい。

 アスカの溜息一つから、降伏を読み取った少女。彼女は面白がるよう、けたけた笑う。少女のその様子に、似てるなとアスカは思う。

 目の前の少女は自分に似ている。笑っているが、本気では笑っていない。胡散臭さというか何というか。思ったことを口にしていないし、表情まで偽りだ。自分が言うのもあれだが、要するに信用するのは危険な人間。探りを入れるはずが逆に探られている。

 口先にはそこそこ自信があった自分が完全に遊ばれている。

 彼女の自信は、その情報。知っていると言うことはそれだけで大きな力。彼女をよく知らないアスカでは彼女には勝てない。それを今は認めるしかなかった。


「セネトレア生まれじゃないのか?完全に、タロックの発音だったが」

「ううん、僕はアスカ君とは違って、生まれも育ちも生粋のセネトレアっ子だよ。商売に携わる身としては、これくらい出来なきゃねぇ」


 少女はさも当然という口ぶりだが、これはそんな簡単な話でもない。

 セネトレアはタロック圏。貿易の中心地でもあり、この国の人間は大体タロック語とカーネフェル語の二カ国語はマスターしてる。シャトランジアの古代語は現代で仕える奴らは教会の上層部とかその辺の奴だけ。

 タロックは鎖国をしているから、共通語として使われるのはカーネフェル語の方が主流。

 しかし先にも述べたが、貿易の中心地であるセネトレア王国はタロック圏。

 だからセネトレア生まれの者はタロック語を日常的に使う。彼らの話す言葉の意味を知らなければカーネフェル人は騙され損をする。そんな理由でカーネフェル人もタロック語をマスターせずにセネトレアに来るのは無謀。そんな状態で観光にでも来たら、間違いなく国には帰れない。その無謀さは、身包み剥いで殺すか売り飛ばしてくださいと書かれた張り紙を背に付けて歩いているようなものだから。

 この一癖も蓋癖もある物騒なセネトレアという国とやり合うためには、力か金が……更に付け加えるなら頭、狡賢さが必要となる。

 金だけあってもそいつが馬鹿なら雇った護衛に金を奪われ殺されることだってあり得るのだ。少なくとも、言葉が通じなければ話にならない。雇う以前の問題だ。

 故にセネトレアでは二カ国語が混ざった、セネトレア訛りの言葉が使われている。

 だから本国出身の人間がセネトレア語を聞けば、発音に違和感を感じることがある。

 タロック育ちの自分が違和感を感じないその完璧な発音。



「本当に疑り深いね君。まだ僕をトーラと認めたくないって感じがプンプンするよ」


 落とした視線の向こうから、此方を覗き込んでくる少女の金の双眸。キラキラと光るそれは、こちらを値踏みするようだ。


「見た目で人を判断するのは愚か者の証拠だよ?君はそんなに馬鹿な男だったなんて、僕の見込み違いだったかな」


 頭では認めつつ、尚も納得したがらないアスカに少女は溜息一つ。


「あのね、アスカ君。いいこと教えておいてあげるよ。数術使いとか混血を、見た目通りで判断するのは危ないよ?年齢だけで言うなら僕はアスカ君より数ヶ月年上のお姉さんだし」

「……え、マジで?」

「うん。マジで。僕の姿の情報が外に漏れないのは、僕がその時々で姿を変えているから。そんな風には思わなかった?」


 少女からもたらされた情報は、アスカがまったく知らないものだった。

 これまで自分が見た数術使い(自称)は、髭面で腰の曲がった爺やら、鼻の長い老婆だの……いかにもそれっぽい雰囲気の人間か、明らかに嘘といった感じの大嘘つきの若者だった。ちなみにどちらも詐欺師みたいなものだった。


「……視覚数術って奴か。話には聞いたことはあるが、実際やってのけた奴は初めて見たぜ」

「数術にもいろんな系統があるからねぇ……。脳内計算の普通数術に、契約数術、それからアスカ君の使ってる代理数術。この世界の万物が数字である以上、理論上数術使いは何でもありではあるね」


 アスカの知る数術であり、少しは使えるそれは、代理数術。これも一種の運だ。

 その家だとか本人とかが精霊なんかの祝福を受けていると、その加護を受けられる。この場合計算の代理をしてくれるのはその精霊とか。見えないアスカが脳内計算無しで数術を扱えるのはこのためだ。父親がえらく精霊に好かれやすい奴だったもんで、その恩恵を息子の自分まで頂いている形、らしい。

 本人は笑い話のように沼に引きずり込まれそうになっただとか森で神隠しにあっただとか話してくれたが、その度にアスカの母が精霊に一騎打ちで挑み取り返しに行っていたらしい。

 もしかしたら彼女が、負けた代償に末代まで祝福しろという約束でも取り付けたのかもしれないが……死人に口なし。今となってはその真相は行方不明。

 しかしそんな精霊数術は基本的に四大元素。火、水、風、土に関係するものばかり。ちょっと火を出したり風を吹かせたりその程度。姿を変えるだとか、消すだとか、場所を移動するなんてそのどれにも当てはまらない。

 精霊にお願いして力を貸して貰ってる自分とは違い、数術使いであるトーラはその現象全てを脳内で計算し、空中に記述し、それを展開させる。だから割と自由なことが出来るのだろう。

 風の精霊に火を出してくれだの水を出してくれだのとは頼むのは無理は染んだんで、こう言っては何だが融通が利かない。アスカは自身の数術をそんな風に思っている。


「まぁ、消費は少ないから僕レベルとなれば簡単に使うけど……初心者にはちょっと難しい術だからねぇ」


 消費とは数術を使う上での足し算引き算割り算掛け算、それにより引かれず数、代償のこと。代理数術の使い手の自分には殆どその代償はない。

 精霊達は元素に近い存在だから、その数を取り込むのは容易。自分自身の数を捧げる零の数術と、周りの空気中の元素の数を用いて術を紡ぐ壱の数術使いと、二種類の術師がいるというが、精霊なんかはみんなこの壱の数術使いなのだろう。

 目の前の少女は自分で術の全てを展開させる本物の数術使いだから、自分からか周りからかは知らないが、何らかの代償を支払っているのだろう。

 ならばこの場合の消費とは、脳内計算による……身体への負担のことだろう。精霊は人とは違う造りの存在だから、数術を酷使しても人のように脳死になることはないという。しかし人間は違う。無理な数術を使えば、その計算量に脳内計算が間に合わず、脳がやられる。

 だから、こんな巫山戯た格好をしていても……よくよく考えればこの少女は……凄いのだ。アスカの視線にその畏怖が含まれたのを知ってか少女はえっへんと胸を張る。そこはかとなく。

 しかし今の姿ではあまり胸はない。自分は地下室の変態野郎とは違うので、完全に対象外だった。


「しかし年齢査証はいただけないな。地下の変態が泣いて叫くぞ?純モノでなければ意味がないのだとか言いながら」

「あはは、確かに言いそうだねぇあの人なら」

「しかし……だからか。黙ってれば可愛らしいお嬢さんだって言うのにまったくときめかねぇと思ったら」

「アスカ君のストライクは、あれだもんね。年上は人妻属性、年下は一、二歳下が好みだもんね。年下なのにお姉さん属性とかっていうギャップ萌えに弱い、みたいな」

「ほんとお前の組織プライバシーねぇのか?」

「嫌だなぁ、アスカ君は特別だからさ」

「そんな特別のし付けて送り返したいぜ、運び専門請負組織に着払いで頼んで。つか何時調べやがったんだ?」

「うーんとね、君を追跡してたときの視線率による推測データ。基本的に君、面倒見はいいけど子供に興味ない感じだし。そんなわけでわざとこの姿でお邪魔した感じ。挨拶代わりの軽い嫌がらせ的なあれで」

 

 話を合わせてケタケタ笑う少女は、子供の格好の方が油断する馬鹿が多いんだよと話、アスカ君は違かったみたいだけどさと苦笑する。

 否定はしない。確かナイフ投げたような記憶はある。

 しかし当然だろう。女子供であろうと犯罪者は犯罪者。不法侵入者は不法侵入者。容赦してたらキリがないのがセネトレア。隙を見せればジエンドが、この国のお約束。



「で?結局あんた俺に依頼引き受けさせたくないのか?」

「え?そんなこと無いよー……かっこわらい」



 がっくりと肩を落とすと、トーラは憐れみの眼差しで肩を叩いてくる。何か悟ったような表情で首を左右に振っている。「君もいい年なのに無茶して騒ぐから……」そんな風に言っているようだ。この脱力感と頭痛と疲労は主にお前のせいだと言ってやりたい。……が、それを言ったら更なる拾うに繋がると予見できたので、言葉を胸に押し留める。世界はあまりに理不尽だ。こんなのが自分より年上だとか。年上なのにこんなはっちゃけた奴がいていいのか、とか。自分のことは棚に上げてアスカは考える。


「……あのなぁ」


 半ば呆れ気味に零した言葉に、少女が頷く。


「君はあんまり本物の数術使いとやりあった経験がないんだね、つまりは」


 大げさに頷く少女からは、自分は本物の数術使いですが何か?そんな含みがありありと感じられる。確かに、それを否定する要因は……悔しいことに見つからない。

 このセネトレアには三流数術使い……要するに自称野郎はあまりに多い。詐欺師同然の奴らばかり。

 この少女は、本物だ。姿を消したり姿を変えたり、勝手に部屋に入り込む。まるで魔法。……そんな奇跡を引き起こす才能。三下が見様見真似で真似ようと、こうはならない。彼女と自分を比べるのなら、彼女は本物、自分は三下……よりはちょっとはマシだからニ下くらいの存在だ。


「確かに君がうちで引き受けた依頼の内容に、あんまりそういうのはないからねー……数年前に一回報酬目当てで引き受けて痛い目会ったんだっけ?楽して金儲けしようと数術使いと組んででかい山に挑もうとしたら、その子が前金貰ってとんずらしたっていう」

「そこまでデータあるなら人の古傷穿り返すなよ……ったく」


 セネトレアに来たばかりの頃の話だ。それなりの金を出して雇った数術使いが唯の人間。仕事には来ない。契約不履行で文句を言いにもとい半殺しに行こうとしたら逃げられた後。

 当然依頼は失敗。依頼人と護衛仲間から私刑に合うわ、表で働く道も閉ざされ……そんなわけで裏町の住人になったわけだが、どうにもこっちの方が性に合っていた。


「……まぁ、あの件ではTORAに感謝してる。情報の大事さが痛いほどわかったからな」

「あれ?やっと認めてくれた?」


 まだ信じてくれないならその時の詐欺師の名前でも出してあげようかと思ったとトーラが笑う。正直遠慮したい。やめてくれ。思い出したくもない。

 顔をしかめたアスカにトーラは話題を変える。空気が読めないわけではないらしい。


 「……で、セネトレア一有名な請負組織のお頭が、中小組織の俺の所に何のご用だ?まさかわざわざ報酬手渡しに来たわけじゃないだろうな?」


 経歴全てを洗われた。それでアスカの正体を見事に曝いた彼女には感服するしかない。

 それでも悔しいので、皮肉位は言わせて貰う。


 「そんなことなら不法侵入も姿消すのもする意味ないんだけどね」

 「あんたはさっき俺を試した、みたいなことを言っていたな。組織ランクの抜き打ちテストとかそんなもんだったりする?それなら加盟組織として文句は言えないが」

 「あー……それは無理かな。君の組織って基本的に君一人でしょ?規模の大きさもランクには反映されるから難しいな」

 「ほほう、そんな情報があったのか。通りで最近ランク伸び悩んでるとは思ったんだ」

 「そうそう。それでもアスカ君の仕事ぶりは僕の目に留まった。だから僕はここに来た」


 そのまま聞けば、大々組織の盟主様が直々に弱小組織の自分の所にねぎらいに来てくださった。そんな風に解釈できるかも知れない。しかし少女のギラギラ光る金色の瞳は、そんな穏やかな色には見えない。何か企んでやがるなと、アスカの勘がそう告げる。


 「ねぇアスカ君。僕からの依頼、受ける気ない?報酬は弾むよ。君の欲しがってた情報まで手の届く金を……ってのは面倒だから、君の欲しい情報をあげる。破格でしょ?」

 「……何をさせる気だよ」


 アスカの求める情報は、とてもじゃないが安い額ではない。この9年間必死に貯めて貯めて貯めまくっても、未だに届かない額なのだ。その額は、もしかしたら国家予算1年分くらいにはなるんじゃないだろうか?

 それを依頼一つと引き替えに与えるとは……狂気の沙汰。何かあると疑う余地しかない。

 喉から手が出るほど欲しい餌。それを目の前に突きつけられても、アスカは冷静。初対面の人間の言葉を鵜呑みにするような愚かさはとうに無くした。そんな純粋な心も遠い昔に。

 アスカの疑いの眼差しを満足そうに見つめるトーラが、自らの組織を語り出す。信頼を得るには自らを語る必要があると判断したのだろう。


 「情報請負組織TORAでは一般人じゃ手の届かない高額な情報をいくつも持っている。国家間に対立を引き起こせる種だって幾らでもある。でもね、それは売らないんだよ。僕の組織を、混血達を守るための盾。それが僕の裏情報。これがあるからどの国も僕らに手出しが出来ない」

 「おいおい……地道に何億も貯め込んだ俺の苦労をどうしてくれるんだ」


 あまりの話の大きさに、アスカは皮肉以外の言葉を無くす。


 「君の欲しがってた情報も億越え情報。売らない裏情報だったのも知らない君が可哀想になってきたよ。うん」

 「確かにことによっちゃ、中立のシャトランジアまで戦争に顔を出すことになりかねないよな」


 自分の求める情報は、確かに危険だ。その情報を持ち込む場所によっては大問題。

 確かにその情報をトーラが掴んでいて誰にも売っていないのなら、それを是非とも教えて貰いたい。上の連中にとっては箱の中の猫の生死が問題なのだろうが、アスカにとっては少し違う。

 アスカが求めているのは、猫の行方。

 意味は違うが過程と結果は変わらない。トーラが渋るのも当然だった。


 「そう。君の求める真実は世界の均衡を崩しかねない危険な情報。だから君のことを少し調べさせてもらったんだ」

 「……少し?洗いざらいの間違いじゃないか?」

 「あはは、鋭いなぁ飛鳥君は。でも安心してよ、別に捨て駒扱いのハイリスクの仕事頼みたい訳じゃあないんだよ、僕は」


 にこりと笑うトーラ。ようやく観念したかと、はじめて割と本気で彼女が笑った。


  「僕が君に頼みたいのは、ある通り魔について」

  「物騒な話だな」

  「あはは、そうだね」

 

 悪びれもなくあっさり肯定するトーラ。


  「だけど僕はその通り魔を捕まえて欲しいとは言わない。君に見てきて欲しいんだ、その犯人の顔を」


  「僕は正義の味方じゃないからね。僕が情報を集めるのはあくまで僕と混血と組織の保身のため。危ない橋は渡りたくはないけれど、僕は知らないことがあってはならない。この国……この街について誰よりも早く正しく真実を所持する必要がある」


 話に茶々を入れていては肝心な話を聞けない。

 聞きたいことはいろいろあるが、この相手が正直に話してくれるようには思えない。なら、此方が此方で読み取るしかない。アスカはトーラの言葉に耳を傾ける。


 「その通り魔が出没するのはこの王都ベストバウアーの東裏町。西は僕のテリトリーだけど、東はそうじゃない。東は……奴隷商人達の領域だ。こっちに流れてくる情報も限られてくる。それに目撃者がだぁれもいないんだ。被害者はみんな毒殺されてるからねぇ」

  「毒殺……だって!?」


 思わずアスカは声を荒げる。その単語は、あまりに自分と関わりの深いものだった。だからおそらくは条件反射的なもの。その反応を予想していたようなトーラはさほど驚きもせずに、にやりと笑う。


  「あ、食い付いてきた。……まぁ、まだまだこんなもんじゃないよ?僕はいろいろ頑張って犯行に使われた毒を得ることに成功した。そして僕の情報解析能力でそれを調べまくった。そしたら君以外の誰にも頼めないことが解った」


  トーラは一息置いて、僅かに低い声色で……その忌み名を口にした。


  「犯行に使われた毒は、屍毒“ゼクヴェンツ”」

 「ぜ、ゼクヴェンツ……だって!?そんな、馬鹿なっ!!あの毒が外に出ることなんて……」

  「至高の毒……やっぱり君は知ってたね?……忘れられるわけもないよね。アスカ君、君の大事なご主人様を殺した毒だ」


 その単語を、まさか異国で聞くことになろうとは。アスカは今度こそ、絶句。そしてようやく悟る。全てのどうして。

 トーラが自分を試したのも、依頼を持ってきたのも、全てはそこに関わることだった。

 確かに、それなら自分以外に……引き受けられては困る。それがあれに繋がることならば。


  「一人の男の狂気が生み出した、恐ろしい毒。毒の王国タロックでもお伽話の猛毒の名前。タロックに居たことがある君なら勿論知ってる名前でしょ?」

  「大昔の狂王の話、だろ……?」

  「うん。タロックの建国者にして、シャトランジアにまで挑んだ昏君のお伽話」


 伝説上の毒。現実ではないということになっている毒。

 それでもアスカは知っている。その毒が歴史の上では割と最近でも用いられたこと。

 そしてそれが、確かに存在しているのだということも。


  「僕はその空想上の毒が、存在していることを知っている。そして君も知っている。そうだよね?」


 自称世界一の情報屋も、その存在を知っていると口にした。

 どこからその情報を手に入れてきたかは知らないが、彼女の情報力は認めざるを得ない。こいつは確かに、腕のいい数術使いだ。


 「普通の人はお伽噺の中の創作毒だと思ってる。かつてあったとしても、今はもう存在しない伝説の毒だって。でも僕はそして君も知っている。あの毒はまだこの世界に存在するんだってこと」

 「だが……あれが外に持ち出されるなんて。それこそ冗談じゃない!あれがどんなに危険なものか……知らずに使っているってのか?」

 「さぁね。ぶっちゃけ殺人事件なんて僕はどうでもいい。でもそっちの方は放っておけない。知らないってことはそれだけで不利。やば目の情報は誰より先に真実を手に入れておきたい」


 「それでゼクヴェンツの情報を集める時に……俺が見つかったって言うことか」


 アスカが小さく呟くと、トーラが頷く。


 「そういうことさ。君は何度もあの毒について情報検索していたからね。どう?引き受けてくれる気になった?」


 引き受けてくれる?だって?何を馬鹿なことを。トーラは完全にアスカの退路を断っていた。


 「……どうせ引き受けないって言ったらそれこそ一生あの情報を俺に教えてはくれないんだろ?」

 「うん」

 「依頼っつかこれ脅迫じゃねぇか!……まぁ引き受けないわけにはいかなねぇし、やるけど」



 ここまで来たら、もう腹を括るしかない。虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う。これ以上うだうだ言うのは時間と寿命と酸素の無駄だ。

 依頼を引き受けるとトーラへ告げると、助かったよとにこにこと笑いながら、彼女は一枚の紙を差し出してくる。彼女が集めた情報で推測した次の犯行現場らしい。

 おおよその時間帯までそこには記載されている。

 ここまで解っているのなら……そうも思ったが、大所帯では犯人に気付かれる。一人を送り込むにはそれなりに逃げ足が速くてそこそこ強く、……そして絶対に裏切らない駒が必要。悲しいことにアスカはそれを満たしている。

 人の足下みやがって……そう思う気持ちもあるが、これはチャンスだとも思う。すぐそこに、真実がある。この依頼を果たせば……ようやく願いに手が届く。

 もう悪夢に悩まされることもない。終わるんだ。何もかも。


 「別に犯人殺せとか捕まえろとかそういうのじゃないから死なない程度に頑張って?」

 情報屋はそう言い残し、空間移動の数術で部屋から消えた。

 後には何も残らない。一瞬視界が光ったような気がした。それに耐えると、もう何もない。騒がしい少女は何処にも居ない。

 遠くから聞こえる街の喧噪。それがこの部屋でのありふれた静寂。

 口から息が漏れるのは、長らく続いた緊張からようやく解放されたという安堵と……それから得も知れぬ高揚感からの。


 トーラに教わった情報から、依頼は今夜。夜中に行けばいい。朝から仕事で疲れている。少し、仮眠しよう。依頼には万全の体調で望みたい。

 ベッドメイクの済んだ皺のない布団……寝台に倒れ込むと、急に疲れが襲ってくる。瞼を閉じれば、それだけで……意識のそこへと沈んでいった。


 *


「昔々のお話です」


 棺の傍の椅子へと腰掛けて、物語る少年の姿。

 彼は赤子にそれを聞かせるように、童話を口にする。


 それは、童話らしい無意味な残酷。子供に聞かせるのはどうだろうと思われるような文章の羅列。それでも彼も自分も、それは問題と思っている。

 相手は子供ではない。相手は、物言わぬ死体の眠る棺なのだ。

 借りにそれが生きた子供であっても、なんら問題はない。これは誰でもよく知る、この国に伝わる話なのだ。

 それは大体こんな話。


 戦いの続く世界。ある小さな国に、一人の王子が生まれた。

 王子は隣国の姫と結ばれる定めにあった。戦わず、国を強くするにはそれしかなかった。けれど王子は好きでもない女との結婚が死ぬほど嫌だった。

 姫はとても美しい少女だったけれど、お淑やかなのは外見だけ。王子は彼女の男勝りな性格をどうにも好きになれなかった。口うるさい彼女と寄り添わなければならないのは耐え難い苦痛。

 彼は逃げだそうとするが、それはことごとく失敗。それならばと、彼は毒を呷り自殺を図る。冥府へと逃げようとしたのだ。

 けれど、それも失敗。

 しかし毒に冒された王子は……頭の螺子が何本かいかれてしまう。

 誰かを殺すくらいなら、自分を殺して逃げようとした王子が、逆の発想を手に入れたのだ。

 自分が逃げられないのなら、邪魔する全てを殺してしまえばいいのだと。


 そして王子は婚姻の儀……宴の席に毒を盛る。婚約者も家族も親戚も……参加者全てを毒殺し、それを隣国の謀とし隣国を攻め滅ぼす。

 バタバタと人が倒れていく。毒の魔力に取り憑かれた王子は世界中から毒を集めたいという衝動に駆られた。もっと珍しい毒を!素晴らしい毒を!美しい毒を!そうして戦い続ける内に、彼はその大陸を統一する覇者となる。

 そして毒の狂王として世界に恐れられ、書物に名を記すことも許されず……今では名は失われた男。それでも彼の罪は世界中に今も尚語り継がれる。


 少年が棺に話しているのは、そんな男の最期の話。

 気狂いの王は、ある日突然恋をした。その相手は……なんと、かつて自分が殺めた隣国の姫。十年経っても、二十年経っても、彼女の身体は腐らない。まるで眠っているようなお姫様。

 何も語らない彼女は、彼女の品位を貶めることはなく……唯ただ………光のように美しい。

 死んだ人間が、それ以下になることがない。

 年月により、記憶は美化され……姫の小言の音はそこから薄れ、在りし日の笑顔だけが甦る。

 自分は何と愚かだったのか。こんな美しい女は世界中の何処にも居ない。王は彼女を殺めたことを心から悔いた。

 そして彼女があんまり綺麗なので、それは死んでいるのではなく眠っているだけだと思うようになる。

 彼女を眠らせているのが毒なら、薬を与えればいい。しかし幾ら薬を与えても彼女は目覚めない。薬は時に毒へと変わり、毒は時に薬と変わる。毒を打ち消すのもまた毒だ。

 そう考えた王は、世界中から集めた毒を彼女に与えた。しかし、それでも姫は目覚めない。

 為す術を無くした王は、お伽話へと縋り……彼女へ口付けて、そしてぽっくりお亡くなり。


 物語にも救いはない。人が生き返るなんてことは絶対にあり得ない。だから人を殺めてはいけない。これはそういう教訓の物語。

 少年は、そっと棺の蓋を開けてみる。中には一人の子供が眠っている。花は萎れるのに、その子供は変わらない。お伽話のお姫様そのもの。眠っているように、優しく穏やかに微笑んでいる。何か夢でも見て居るんだろうか。そんな風に思わせる。


 少年は、一瞬でもその子供が眠っていると思った自分に呆れて、馬鹿馬鹿しいと顔をしかめて蓋を閉じる。それでも心のどこかで、もしかしたら本当は生きているんじゃないか。そんな非現実的な妄想に取り憑かれているのを自覚する。

 手に取るように、少年の心が解る。その葛藤は……彼のものだけではない。それは、彼と自分のモノなのだから。

 彼女と交わした約束。大切なその誓い。それはまだこの胸の中にある。

 それだけが、今も自分が生きる意味。


「二度と、悲しいことがないように……君が泣かないように……」

 守るんだ。絶対に。この手で、きっと。

 貴方の剣と盾になりましょう。僕がいつか死ぬ日まで。

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