第一章/七話『誰の物語』
「犯人はオレじゃなくて鳴海さんです」
縁が警察の前で言っているのを、自身のテーブルから頬杖をついて眺める。ノートパソコンの内容を保存して、目先の興味を優先した。店の奥は扉さえ閉めなければ手前の席から覗くことは容易だ。
ミステリーの定番はみんなの前で推理ショーだが、現実はそうもいかない。
普段 理人が作るシナリオは創作仕様だ。まあ今回は理人が介入する余地もない。警察数人に囲まれた縁の孤独なショーである。
正義という刑事は縁のことをこれっぽっちも疑っていないようだが、他の刑事の視線は冷たい。
「どうしてそう思ったのか聞いてもいい?そんなに自信があるなら根拠があるんだろ?」
といっても、現場の警察の代表は正義が務めるようで、柔らかい笑顔に砕けた口調で縁の話に乗っている。
「衣紋先生の様子がおかしくなったのは、追加でミルクを入れたコーヒーを飲んでからです。それまでは普通でした」
「そうだね、俺たちもミルクに毒物が仕込まれたんじゃないかと疑ってた。けど、結果はシロだよ」
言い聞かせるような様子の正義は、縁の話を聞いてはいるが、本当に真実を当てるとは思っていなさそうだ。
理人と話していたからヒントは出てくるかもしれない、とでも思っているのか。切り上げることもない。親しい間柄というのは見ていてわかりやすい。仕事中だというのに態度に出ているほどだ、無下にできないだけかもしれない。
「死因は毒ではなくアレルギーです。ナッツを誤って食べてしまい、亡くなったんです。先生はナッツアレルギーでしたから」
「でも、お店の方はミルクはただの牛乳で何も混ぜていないと仰っていたよ」
「だから、ミルクにナッツを混ぜたのが鳴海さんなんです」
台本を見れば、誰かの推理をなぞっているのがあからさまにわかると思ったのか、何も見ずに滔々と語る縁。やはり探偵役の才能はあるらしい。
「鳴海さんが持っていたお菓子にフロランタンがありました。それを砕いてオレたちが見てない隙にミルクに混ぜたんです」
それから正義の疑問を縁がひとつひとつ丁寧に答えていき、“鳴海彼方が犯人である”と皆が納得した頃、鳴海本人が詩杏に連れられて舞台に上げられた。
「なんですか、警察が呼んでるって……」
「これからお呼び出しがかかるだろうと思って、事前にお声掛けしたんです」
彼方は冷や汗をダラダラと流している。そんな彼の手を、詩杏は逃げられないようにがっしり掴み、縁のもとまで歩いていく。探偵に従う助手のように。
どうやら、この短期間で理人の美学を学んだらしい。理人に見られてオドオドしていた彼女と大違いだ。
「……鳴海彼方さん、神楽衣紋さんを殺したのはあなたで間違いないですね?」
そして、縁も理人の美学に従ってくれる。
編集者として、稼ぎ頭の機嫌を損ねたままではいけないと思ったのか。それとも容疑を晴らす道筋を整えた礼か。
今この瞬間、間違いなく彼は物語の探偵だ。
「…………どうして、それを」
舞台に上げられた犯人役は、意を決したように口を開いた。エピローグを書く手筈は整った。
「神楽は、大学時代の同期でした」
語られた動機は、それなら殺してもいいんじゃない?というような内容で。縁もまさか信頼していた作家先生の行いを信じたくないのだろう。顔が青い。
眉間にしわがよっている刑事さん的にはそれでもアウトらしい。厳しいな、倫理。
「同じ執筆サークルに所属して、切磋琢磨してきた仲間です。いつかプロとしてデビューすることを夢見て」
なにかに使えるかもしれない、とノートパソコンに打ち込んでいく。彼方はもちろん、縁や刑事たち、詩杏の様子も添えて。
「そんなある日、神楽が星彩社の企画でデビューすることになりました。俺たちは手放しで賞賛しました。凄いな、デビューおめでとう、と」
そこで、話の流れは変わる。
「俺はすぐにその作品を読みました。仲間の晴れ舞台です、ちゃんと読んで感想を伝えようと思いました。でも、それは俺の作品でした」
「俺の作った、俺だけの作品のはずでした」
そう、動機は盗作であった。理人ならば少しでもそんな素振りを見せる奴はサクッと殺す。自分に不利益しか齎さないからだ。
神楽衣紋の作品は理人も評価していただけに残念だ。作家、神楽衣紋が虚像も虚像であったこと。そして、この良作を生む作家はもう折れてしまったこと。
なおも恨み言は続く。バレてしまったのだからこのことを表沙汰にしてしまおうという魂胆だろう。幸いなことに、すぐ隣に記者が居る。
「アイツは言ったんです。『それの何が悪い。もう俺の作品ってことになったんだから、お前は口出しするな』って。あれは俺の作品だ!ふざけるんじゃない」
どれだけ訴えても、妬み嫉みで好き勝手言っているだけ、と片付けられた。そのまま神楽衣紋は彼方の書いたデビュー作が大ヒットし、作家として大成する。一方の彼方は結局デビューする機会に恵まれず、一端のブラック企業で社会の歯車として使い潰される日々。
もう半ば諦めていた。彼方は仲間に騙され裏切られたのだ。
そんなある日、今日。このカフェで彼方は聞いてしまう。神楽が大学で講演会を開くということを。何をしに行くのだ、と。何を語ることがあろうか、と。また恨みで頭がいっぱいになり、そのまま――。
そうして語り終えて、満足したのかその場に崩れた。理人には恨みで頭がいっぱいになるという感覚が分からないが、馴染み深くはあるので、想像だけで好き勝手書き足す。そもそもいつものように原型をわかりやすく残せば、世間に実在の事件をもとにしたとバレるので丁度いいだろう。
また、彼方の物語は人に奪われるのだ。




