第一章/六話『ハズレのガム』
それからすぐに詩杏は戻ってきた。理人たちが全員をぐるっと回っていたのだ、当然だろう。
「店員の佐々木さんが言うには、注文のものを運ぶときも空になったトレーを持って戻るときも誰ともすれ違わなかったそうですよ」
開口一番、手に入れた情報をつらつらと話し始める詩杏に縁が慌ててメモを取り出している。理人はその様子を一瞥して続きを促す。
「東さんと鳩代さんが言うには、よく見ていたわけじゃないが、大学生たちは来ていないと言ってました。騒がしかったから来たら気付いたはずだ、と」
理人なら名前を把握しているだろうという信頼のもとの報告だが、メモを取っている縁には誰が誰かさっぱりわからないようで、メモの中でクエスチョンマークが踊っている。
「鳴海さんは行きはよく見てなかったけれど、帰りは咳をしていた神楽さんが目に入ったそうです」
「…………鳴海さんってスーツの人ですよね?あの人が通りかかった時はまだ咳はしてなかったと思いますけど」
「まあ、嘘だろうしね」
矛盾を指摘できる程度には状況整理ができるらしい。縁はまったくのポンコツというわけではないようだ。それこそ、探偵役に及第点を出せる程度には。今度は縁を主役に据えてもいいかもしれない。
「たしかに少しキョロキョロしてましたけど……」
「トイレで手を洗って覚悟決めたのかな?肝心な毒は何かさっぱりだけど。縁くん、神楽さんが食べられない物とかないの?それでショック死みたいな」
「そんな適当な」
神楽衣紋の嫌いな食べ物といえば、ピーマンである。担当編集者に聞き出してもらったことがある。が、さすがにミルクにピーマンは浮く。沈むのかもしれない。今度試してみようか。
「ああ、神谷先生はアレルギーを疑っているんですか」
「そういうことならアレルギーを教えてくれって言ってくださいよ。……衣紋先生はカニとナッツだったかな。カニはともかくナッツは普段から気にされてる様子でしたよ」
「……ああ、そういうこと」
縁はガムを三種類持っていた。特に理由はない。捨てられなかっただけだ。
それと同じように犯人は小分けされたお菓子を数種類持っていた。チョコチップクッキー、キャラメル、キャンディ、ガム、そしてフロランタン。
フロランタンとはナッツを使ったお菓子だ。当然、神楽衣紋は食べられない。お菓子を砕いてミルクに混ぜたのか。縁と衣紋は話に夢中で気付かなかったのだろう。ハンカチでフロランタンを隠して、手を拭くフリでもしていたか。
それにしてもつまらない。想定外を期待していたというのに。なんともまあつまらない。
「……理人先生?どうかしました?」
「思ったよりもつまらないと思ってね、縁くんは早く犯人は鳴海彼方だ、とでも言って容疑を晴らしてくればいいんじゃない?」
「そんなこと言っても、証拠が無いですよ」
「二番テーブルに、鳴海彼方が持っていたお菓子の粉か何かがあるだろうから、気にしなくていいよ」
縁のメモ帳をさっと奪い、真相を書いてやる。これを見ながらなら助手役以上探偵役補欠の縁でもそれっぽく説明できるだろう。
「じゃあ、探偵役は補欠合格ってことで推理披露して来てね。縁くん」
理人の字を書き足したメモ帳をそのまま押し付けて、理人はノートパソコンを開いた。一応小説のネタになるかもしれないので、この内容を元に短編小説のプロットを書いてみる。縁と詩杏が何か言っているが知ったことでは無い。期待したものがハズレだった理人を慮ってくれてもいいんじゃないか。もう自分で面白いものを書くしかない。
口寂しさに貰ったガムを口にする。包み紙にはハズレの三文字。ああ、つまらない。




