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第一章/五話『突飛な探偵役』

Q,1

「さっき聞いてたのは何ですか」


詩杏しあんとの会話を黙って聞いていると思ったが、内心気になっていたらしい。それはそうか、突然 理人りひと灰里かいりを無罪だと言い放ったのだから。



A,1

「僕が受けていた取材の記録。音声記録だし、何か残っていないかと思ってね」


それが全てでは無いが、嘘とも言えない。全部答えるとはハナから言っていないし、そもそもえにしが知りようのない話だ。




Q,2

「じゃあ僕からの質問。ミルクがテーブルに運ばれてからを全部教えて」


理人の中で、重要アイテムはミルクだ。コーヒーはそれ以前から飲んでいたし、追加のミルクが怪しい。

これくらい警察も調べているだろう。理人が貰える情報ではないから、その真偽は確かめられないが。


「み、ミルク?」

神楽かぐら衣紋えもんがコーヒーに入れる用に頼んでいただろう?それをコーヒーカップに注ぐまででいいよ」

「そんな簡単に言われても……」


遠目から見ただけの情報よりも縁の記憶の方が役に立つと思ったのだが、ろくに注視していなかった情報なんて覚えていないのかもしれない。



A,2

「……確か、ミルクを運んできてくれたのは女性の方だったと思います。それを衣紋先生がご自分で受け取られて、そのままコーヒーに入れていました」


記憶を探り探りなのかたどたどしく話す縁の話を軽くメモに書き留めながら、理人は質問を繰り返す。


「その時の衣紋さんの様子は?」

「普通だったと思います。あ、咳もしていませんでした」

「その時近くにいた人は?」

「えっと、隣の席の人たちと、スーツの人?」


やはり犯人は分かりやすい。衝動犯のようなので仕方がないか。


「そのスーツの人はその時何をしてた?」

「なにをしてた……?えーっと……手を拭いてた?話に夢中で全然覚えてないです」

「そう」


理人はペンを走らせる手を止めた。縁はその様子にやっと終わりかというように肩の力を抜いた。



「それじゃあ、持ってる荷物全部出して」

「……何するつもりですか?」

「ほら、犯人候補くんの荷物は調査上見ておきたいだろう?」


何を言っているんだ、この人は。とでも言いたげな縁を意にも介さず、パタンと手帳を閉じる。その様子に決定事項なのだと感じた縁はごそごそとバッグの中身を抹茶ラテの入っていたグラス隣に並べ始めた。


冗談だったのだけれど。


「スマホとモバイルバッテリー。あと財布。こっちは仕事道具です。この封筒の中身は、いくら理人先生でも見せられないので、中は確認しないでくださいね。それとこれは――」


見た目に反して几帳面な性格なのか、規則正しく並べられる荷物たち。中身そのものにそこまで興味は無いが、性格がくっきり現れる並べ方が面白い。

途中で鏡が何個か出てきて、こんな所にあったのかという様子から几帳面でも無さそうだが。


「――これで全部です。満足ですか?」

「うん、満足ってことでいいよ。ところで、ガムを三種類も持ち歩いてるんだね」

「あー、なんかコイツら辛すぎてオレ食べられないんですよね。かといって捨てられもせずバッグに、って感じで」


縁は並べられた三種類のうちふたつを手に取った。パッケージからミントの主張が強い。


「僕が貰ってあげようか?」

「ホントですか?助かります」


それを理人は受け取ってバッグに仕舞った。縁が理人にいい意味で遠慮がなくなってきていて、懐いている、と感じる。もうとっくに縁は理人が犯人であると疑ってはいないのだろう。

その理人が灰里を犯人では無いと言ったのだが、いったい縁は誰が犯人だと思っているのだろう。



「じゃあ、他の人たちの荷物を見せてもらいに行こうか」

「…………は?」




「あの、流石に警察でもなんでもない人に荷物を見せるのはちょっと…………」

「俺はそんな荷物持ってないですけど、何で見たいんですか?」


歩望あゆみ和弥かずやの荷物は見せて貰えなかった。不信感を滲ませて、会話を早々に切り上げて離れていってしまう。妥当な判断である。理人だって見ず知らずの人間に荷物を見せろと言われれば、どんな状況でも見せやしない。




「俺の荷物……ですか?大したものは持ってませんよ」


その逆で、サラリーマンこと彼方かなたはあっさり理人たちに荷物を見せた。疑われているとは微塵も思っていないのだろう。瞳孔は僅かに見開いているが。


チョコチップクッキー、フロランタン、キャラメル、キャンディ、ガム。随分甘党のようで、様々なお菓子がでてきた。


「長時間の作業って糖分欲しくなりますよね、僕もわかります」

「そうですよね。このままだと糖尿病になるぞって友人に脅されてるんですけど」

「将来より今ですよ、僕個人の意見ですけどね」


健康に害が及ぶほどの甘党では理人には無いので分からないが。どうやら相当の甘党らしい、是非その心理を教えていただきたいものだ。


「いやぁ、あの神谷かみや理人りひと先生にそう言われるとそんな気がしてきますね」


そして彼方は本が好きらしい。衣紋の作品も理人の作品も知っているだけではなく、どちらも内容まで知っていそうだ。作家、神谷理人に会えたことに大きなリアクションをしている。




「オレたちの荷物?テーブルに置いてあるのが全部っすよ」


大学生たちに話し掛けると、灰里を含む仲間全員の容疑が晴らされたからか動揺は収まっていた。機嫌が良いという程でもないが、さきほどよりもずっとマシな顔色をしている。

五人を代表して翔馬しょうまが理人の突飛な要求に対応してみせた。全員、なんだコイツといった顔をしている。特にももの視線が冷たい。身内にだけ明るいタイプか。


テーブルの上にはノートパソコン。資料と見られる紙や本。お菓子のゴミ。ここはお菓子の持ち込みが許されていたか。飲み物一杯でここに居座れる上に、かなり自由が担保される。この店の店主はさぞ懐が広い上にあたたかいのだろう。


スマホや財布は自分たちで持っているのだろう。現に調子を取り戻したはやては既にスマホをいじって一言も発さない。



「……今度こそ満足ですか?」

「まあ、そこそこに」

「警察の方になんで怒られなかったんでしょうか」


それは理人も気になるが、まあ触らぬ神になんとやらとはよく言う。犯人ではないとわかっている危険人物は一旦放置というところか。それとも、ボロを出したら捕まえようと泳がされているのか。


こちらをじっと見つめる正義せいぎの視線からして、後者なのだろうなと思いながら、それを無視した。付き合ってやる義理はない。

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